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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第3部 爵位継承編
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第5話 ガーネットの帰還 国議会編

 司令室を後にした公爵夫妻は、そのまますぐに湊と合流しようとはせず、そのまま少し施設内を見て回ることにした。


 士官室が並ぶ静かな廊下を通り抜け、一般職員やABERパイロットたちが忙しなく行きかう広間を突っ切り、ゆっくりとした足取りで二人が向かったのは、湊が使用しているのとは別の訓練室。


 幾度か改装が施され、二人の記憶にあるよりも新しく感じる軍施設内において、一際古ぼけて今では誰も使わなくなってしまったたそこを訪れた夫妻は、お互いの手を握りながら懐かしそうに目を細めた。


「ここは……いつまでも変わりないな……」

「えぇ……、とても懐かしいですわ……」


 長らく放置されていたためか、床には埃が積もり、体を鍛えるトレーニング機器もすっかり錆が浮いてしまっていて、その役目を放棄していた。


 誰も訪れず、ともすればその部屋の存在すら忘れ去られてしまったようなその部屋を、夫妻は軍施設を訪れるたびに赴き、こうして思い出に浸っている。


 そんな、数え切れないほどの思い出が詰まったその場所へ、二人は埃で靴が汚れるのも厭わずに踏み入れる。

 そうして二人同時に向かったのは、乱暴に布が掛けられただけの、現在主力となっている機種の数世代前の旧式シミュレーター。

 外壁の塗装は剥がれ、開放されたままの扉から覗く内装は綿がはみ出し、シートにつながれていたはずのコードは半ばからちぎれて、無残な姿を晒している。


 その、もはや機能しなくなって久しいシミュレーターへ手を伸ばしていた夫へ、妻が声を掛ける。


「まだこんなものが残っていたんですね……」

「ああ……今でも昨日のことのように思い出せるよ。私がキミと初めて出会ったときのことを……」


 そういいながら、公爵はその時のことを思い出すように目を細めた。


 それは、今を遡ること三十年ほど前のこと。

 

 かつて若かりしころのチャールズ・ガーネットは、軍学校を卒業してから軍に入り、実戦でもシミュレーターでも目覚しい活躍をしていた。

 偏に親の期待に答え、一刻でも早く爵位を継承したいと思いながら積み重ねた努力が実を結んだからであり、その結果としてチャールズは、若くして部隊のエースを任されるほどになっていた。

 同期の中でも一番の出世頭であり、まさに向かうところ敵なし。

 おまけに、将来は公爵と言う地位までも約束されていた。

 そんな彼に将来甘い汁を吸わせてもらおうと、彼の取り巻き立ちもたくさんいた。

 それが更に彼を冗長させた。


 ありていに言えば、若かりしチャールズ・ガーネットは調子に乗っていたのだ。


 常に回りに人を侍らせ、横柄に通路を歩き、果ては上の作戦指示に平気で反抗する。

 それでいて、常に結果を出していたのだから、上としても彼を処罰することも出来ない。

 もっとも、彼の家柄に恐れをなして、処罰できなかったとも言えるが。


 だがしかし。

 ある日、そんな彼の鼻っ柱を見事に折った存在が現れた。

 その存在の名は、シェリー・ベリル。

 当時、まだ軍学校を卒業したばかりの新兵の少女だった。


 その少女は、当時、配属されたばかりの同じチームの先輩が、チャールズとのシミュレーション戦闘でぐうの音も出ないほどに叩きのめされたことに怒り、そしてチャールズへ挑んだ。


 誰もが無謀だと思った。

 いくら、軍学校を優秀な成績で卒業したとは言え、少女シェリーはまだ実戦経験も少ない新兵。

 対して、チャールズは数々の魔獣との戦闘でも常に結果を出し、部隊内どころか軍施設内でもエースとして活躍する一線級の兵士。

 きっとシェリーの先輩のように、彼女もチャールズに叩きのめされ、悔し涙を流すことになるのだろう。

 誰もがそう予想した。


 そうして始まったシミュレーションでの戦闘は、しかし全員の予想を覆して、シェリー・ベリルの勝利という形で幕を閉じた。


 周囲が歓喜に沸き、少女の勝利を祝う中、チャールズ・ガーネットはショックを受けていた。

 それまで無敵とまで言われた自分を完膚なきまでに叩きのめす存在がいたことに。

 自分がどれだけ調子付いていたかを思い知らされた、その事実に。

 そして何より、自分へ毅然と立ち向かい、あまつさえ自分を叩きのめしたその少女に。


 後に公爵の地位を引き継いだチャールズは、このときのことを振り返り、こう語った。


「あのとき、彼女の姿を見て私の全身に雷を受けたような衝撃が走り抜けた。そして、それまで見えていた景色が一変したような、そんな気がしたのだ」


 その日からチャールズ・ガーネットは心を入れ替え、どれだけ訓練や実践で成果を上げても決して調子に乗らず、常に己を高めるための努力を欠かさない、軍人の鑑とも言うべき存在へとなったという。

 軍施設では、このチャールズ・ガーネットの心の入れ替え方、そして後の軍人としての生き様が、ある種の伝説として語り継がれているが、このエピソードには隠された真実と言うものがある。


「あのシミュレーションの後、あなたは私にずっと迫ってきていましたよね……」


 あの頃から数十年の時を経て、中年に差し掛かるような年齢になっても、あの頃の美しさは少しも損なわれないシェリー・ガーネットが懐かしそうに目を細めながら呟いたとおり、当時のチャールズは、まだ軍学校を卒業したばかりの新兵の少女に、すっかりと心を奪われたのだ。

 つまるところ、彼は彼女に恋をしたのだ。


 それからと言うもの、チャールズはシェリーへと猛アタックをかけた。

 姿を見かけたら積極的に声を掛けるところから始まり、訓練の時間をわざわざ合わせ、ついには部隊の転属願いを出してわざわざ彼女と同じ部隊になれるように配慮した。


 出会いが出会いだっただけに、まともに口を聞いてくれるようになるまで二週間掛かり、そこから連絡先の入手までさらに一月、食事に誘うようになるころには三ヶ月が経過し、ついに想いを告げるまで、出会ってから一年以上が過ぎていた。

 そこまでの行動力を発揮したチャールズの熱意に中てられたシェリーに、いかなる心の変化があったのかは、本人たちのみぞ知るところだ。


 何はともあれ、そうしてはれて恋人となった二人は、順調に交際を続け、やがてチャールズが親から公爵の地位を受け継ぐと同時に結婚し、その数年後には待望の子供――リリアがこの世に生を受けた。


 もし、二人がこの訓練室で出会わなければ。

 もし、その時に少女が青年に負けていたら。

 今、二人がここに並んでたっているという未来はありえなかっただろう。


 ここは、二人にとっての運命が定まった場所なのだ。


 うっすらと埃が積もった床を歩き、出口へと向かいながら公爵はふと目を細める。


「あの娘も……リリアも我々のような出会いをするのだろうか……?」


 誰に向けたわけでもないその問いかけに、しかし妻はくすりと笑いながら答える。


「あら、意外と既に出会っているのかもしれませんよ?」

「そんな馬鹿な! 嘘だよな!? 嘘だといってくれ、シェリー!!」

「あらあらまぁまぁ……」


 焦ったように詰め寄る夫と、それを笑いながらからかう妻。

 二人はそのまま、思い出の詰まった部屋を後にし、自分たちがすっかり待たせてしまっていた少年の下へと向かっていった。




◆◇◆




 気まずい。


 それが異世界から来た少年、石動湊の現在の心境だった。


 湊は、もそもそと自分の皿からパスタを口に運びながら、探るような目で自分の対面に視線を向ける。

 そこには、中央市場マーケットで突然声を掛けられ、なし崩し的に――というかほぼ強引に軍施設への案内役を任せてきた二人の人物がいる。


 チャールズとシェリーと名乗ったその二人は、もくもくと料理を口に運びながらも、先ほどからじっと湊へと視線を送り続けている。

 その視線が、軍施設までの電車の中のものと同種で、湊は電車の中と同様の居心地の悪さを感じていたのだ。


「(なんだろう、この探るような視線は……?)」


 顔を伏せるようにパスタを口に運びながら、ちらりと女性のほうへと目を向ける。


「(チャールズさんはチャールズさんで、何でか知らないけどものすごく睨んでくるし……)」


 そのまま、視線を横に移動させれば、まるで親の敵のような鋭い形相でこちらを見ているチャールズの姿。


「(僕、なんかしたかなぁ……)」


 水と共にため息を飲み込んだ湊は、いつの間にか食べ終えた皿にフォークを置いて二人へと問い掛ける。


「あの……それでお二人はこれからどこへ……?」


 言外に、これでお役ごめんですよね、という希望的観測を混ぜたその言葉に、ナフキンで丁寧に口元を拭ったシェリーが答えた。


「これから少し、国議会へ顔を出すつもりです」

「そうなんですか……、それなら……」


 僕はここで失礼します、と続けようとした湊の動きを、シェリーの鋭い視線が縫いとめる。


「ですが、生憎私たちは国議会への道のりを忘れてしまいましたので、よろしければ案内していただけませんか?」

「うぐ……っ! で……でもほら! 国議会は電車で一本道だし……」

「案内していただけませんか?」

「え……駅までもすぐだしそんなに迷うことも……」

「案内、していただけますよね?」


 顔はあくまでもにこやかに、けれどどこまでも圧力を伴った言葉と視線に、湊はまるで蛇に睨まれたカエルのように動けなくなる。

 その眼力の凄まじさは、これまで政界財界の猛者たち相手に夫の横で渡り歩いてきた公爵夫人だからこそのものであり、たとえ娘のリリアであろうと身に宿すことは出来ないものだ。


 その眼光は、完全に射竦められた湊が全身に粟立つものを感じながらもどうにか「分かりました」と答えたところで、まるでそれまでの鋭さが嘘だったかのように、あっという間に霧散した。


 途端、全身から冷や汗をかきつつ、ちょうどおりよく運ばれてきたコーヒーで口を湿らせる。


「(今の強烈な視線といい、軍施設でのあの態度と言い……、一体この人たちは何者なんだ……)」


 今はそ知らぬ顔で、いつの間にか注文していたデザートを優雅に口に運ぶシェリーと、その横でさりげなく給仕ウェイターを呼び止めて会計とチップを渡すチャールズのその姿は、とても軍施設で上層部と面会できるような人物とは思えない。


「(……まぁ、今はこの人たちを国議会に案内することだけを考えよう)」


 これ以上考えたところで、相手が余りにカードを見せなさ過ぎて情報が少なく、答えなどでないと判断した湊は、考えることを放棄した。

 ちなみに、自分の分の昼食の代金を支払おうとした湊だったが、チャールズもシェリーも頑として受け取らず、なんだか恐縮したまま財布を仕舞ったのは別の話。


 何はともあれ、どうにか昼食を終えた湊は、「今日は奇妙なことになったな」と口の中で呟きながら、二人と共に駅へ向かい、タイミングよく到着した国議会行きの電車へと乗り込む。

 そして最初のときや昼食時同様に、無言の視線に晒されながら電車に揺られること数十分。


 軍施設行きとは逆方向へ終点まで乗り、改札を出て長い階段を上りきった先にあるのが、オークスウッドの政治の中心地、オークスウッド国立国議会である。


 湊がかつていた世界(あちら)の日本にある国会議事堂など比べ物にならないほどの大きさと威容を誇るその建物を、湊が実際に目の当たりにしたのはこれが初めてだった。


「今まできたことなかったけど……、ここってこんなに凄いんだ……」


 立派な門構えの奥に広がる建物に圧倒される湊を他所に、二人の同行者はあっさりとその歩を進める。


「え……!? あ、ちょっと……!」

「君はここまでだ」


 慌ててついていこうとした湊を、チャールズが振り返って制止させる。


「…………はっ?」


 わけの分からないことを言われ、呆然とする湊へ、今度はシェリーが振り返り、子供を諭すような優しい声音で告げた。


「一応、国議会は一般公開されていますが、今から私たちがいく場所は一般人は立ち入り禁止の場所なのです。それがたとえミナトさん、あなたのような軍人であっても、です」

「……はぁ……でも……だったら僕は中で見学を……」

「してもらっていてもいいんですが、私たちの用事はかなり時間がかかると予想されます。その間ずっと中を見学なんて、若いあなたには退屈でしょう……。ですから、ここでお別れしたほうがいいのです」


 有無を言わさぬその言葉に、湊の足が自然と止まる中、夫人はそっと微笑みながら湊の頭を、まるで幼子にやるように優しく撫で付ける。


「今までの案内ご苦労様でした。私たちにとってはとても有意義な時間を過ごせました。あなたとはまた近いうちに会うような気がします……。それではミナト・イスルギさん、ごきげんよう……」


 そう告げて、最後に湊の額へ口付けを落とした夫人と入れ替わるように、今度はチャールズが歩み出て、湊の手を握る。


「いきなり案内を頼むと言われて、快く引き受けてくれた君には感謝しよう。君のような若者がいるのならば、まだまだこの国は捨てたものじゃない。がんばりたまえ」


 力強く、それでいて優しさを感じる握手をしたチャールズが、からからと笑いながら妻を追いかけて国議会へと消えていく。

 そんな二人の姿が見えなくなるまで、ぼけっと突っ立っていた湊は、やがて我に返ると、頬をかきながら少しだけ微笑んだ。


「結局最後まで正体不明の人たちだったけど……、なんだか悪い人たちじゃなさそうで良かった」


 そんな感想を残して踵を返した湊は、携帯端末に表示された時間を確認すると、今度こそ国立図書館へと足を向けた。


「……それにしてもまた近いうちに会う気がする、か……」


 軍関係者のようだし、いつしか軍施設内で出会うということだろう、とあたりをつけた湊だったが、まさかこの数時間後に早くも再会し、悲鳴のような驚愕の声を上げるとは夢にも思っていなかった。

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