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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第1部 こんにちは、異世界編
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第5話 作戦

 それなりに身長が高いロボットよりも更に高い位置から、巨大な亀が睥睨してくる。

 同時に、まるでハリネズミのように、無数に甲羅から突き出ている砲口の群れが一斉に狙いを定めて、光の弾をばら撒いていく。

 その様は、まるで光の壁が高速で迫ってくるようで、操縦席コクピットの内壁に投影された映像越しに目の当たりにした湊が思わず戦慄する。


 一方、湊が無様にしがみ付いている銀髪の少女はといえば、その特徴的な柘榴石色カーバンクルの瞳に焦りの色を浮かべることなく、冷静にレバーやフットペダル、スイッチを操作して、愛機ごと自分たちを押しつぶそうとしてくる弾膜から素早く逃れる。


 直後、それまで自分たちがいた場所の地面が蜂の巣になるのに一瞥もくれることなく、素早く左手に装備した銃を構え、碌に狙いをつけることもなく、即座に発砲。


 一直線に吐き出された弾丸は、たとえ銃撃が「ど」がつきそうなほど下手な素人が火器管制システム(F.C.S)がない状態だとしても、余裕で当てられそうなほどの亀の巨体に吸い込まれるように飛んでいく。

 そして、狙い違わずに弾をばら撒く砲口の一つに直撃しようとした矢先、亀の巨体を覆っている透明な膜に弾かれ、あさっての方向へ飛んでいってしまった。


「やはりだめですか……」


 即座にその場から移動しながらぼやく少女に、湊は問いかける。


「なんで当たんなかったんだ? 単純にあんたが下手……というわけじゃないよな?」

「そんなわけないじゃないですか! いくらなんでもこの距離であの巨体相手に外すほど下手ではありません! そもそも火器管制システムがあるのですから、はずしようがありません! 今のは、あの城砦亀シェルタートル独自の能力です! どうやらあの城砦亀シェルタートルは亜種のようで、全身をあの透明な膜のようなもので覆って私たちの光学兵器を弾いているんです!」


 頬を可愛らしく膨らませながら怒る少女の背後に、湊は「ぷんすか」という擬音文字を見た気がして、ごまかす意味も込めて外の光景に目を向ける。


 見れば確かに少女の言葉通り、他のロボットが放つ弾もそのロボットを飛び越えるレーザーも、亀の巨体に突き刺さる直前に弾かれてあらぬ方向へ飛んでいっている。

 弾かれた攻撃が落ちた場所のことを考えると冷や汗ものだが、目の前の少女も、彼女の仲間たちもそのことを気にしていないのか、あるいは気にする必要がないのか、一発も当たる気配のない弾をどんどんと吐き出し続けていた。


「こっちの攻撃は弾かれて、あっちの攻撃は透過される……。まったく、とんでもない隠し玉を持っていたものです……」


 歯噛みするように愚痴をこぼす隊長に同意するように、通信モニタに映し出された三人も大きく首肯する。


『ぶっちゃけ、弾の無駄遣いにしかなってない気がするっすね……』

『でも少なくとも足止めにはなってるから、続ける意味はあるけど……』

『このままじゃ、こっちのエネルギーが先に尽きる……』

「撤退するにしても、相手を完全に動けない状態にしない限りは意味はありませんし……。せめてあの厄介な透明の膜さえ何とかなれば……」


 四人そろって頭を悩ませながら、それでもきちんと討つべき敵を見据えて銃を撃ち続けるあたりはさすが軍人といったところだろうか。


 なにはともあれ、さすがにそろそろ何か打開策を見つけないと、と四人が焦りを見せ始めたころだった。


「亀なんだし、ひっくり返せば動けなくなるんじゃね?」


 湊の――軍人でもなければ戦術を学んでいるわけでもない、ただの素人の言葉が放りこまれた。


『あぁっ!? 亀っていっても相手は馬鹿みたいにでけー上に弾幕をばら撒くような魔獣だぞ!?

 近づくことすらできねぇってのに!』

『それにたとえ近づくことができたとしても、現状、僕たちにはアレをひっくり返す手段がないんだ

 あんなでかいのを持ち上げるだけの出力がこのABERアベルにあるわけでもないし』

『下から衝撃でひっくり返そうにも、それだけの火力があるものは手に入らない……。つまり事実上、どうやったって城砦亀あいつをひっくり返すのは不可能……』

『発想は悪くなかったかもしれねぇが、所詮は素人の浅知恵だな』


 だったらその素人に作戦を考えさせるなよ、と内心で悪態をつきながらシート越しに自分を馬鹿にしたように笑う男を睨み付ける湊。

 誰もが湊の意見を否定する中で、唯一、彼がしがみ続けている少女だけは、何かを考えるようにしばし黙した後で、大きく首肯して見せた。


「その作戦、悪くないかも知れません」

「マジ!?」

『隊長!?』

『正気ですか!?』

『大丈夫……?』


 自分たちの隊長へ何気にひどいことを言っている部下たちを、特に咎めたりすることなく、銀髪の少女は手早く説明する。


「確かに、あの巨体を持ち上げるだけの出力はABERにはありませんし、下から突き上げてひっくり返すだけの火力も持ち合わせていません。でも、相手の体勢を崩せればいいんです」

「どうやって?」


 その具体的な手段が思いつかなかった湊の問いかけに、少女はカーバンクルの瞳を向けてほほ笑む。


「あれを見てください」


 そういって少女がモニタに映し出したのは、先ほど城塞亀が主砲の一撃で抉りとった巨大なクレーター。

 具体的な直径や深さまで測ることはできないが、少なくとも今彼らが搭乗しているロボットの上背以上の深さがあり、その穴の広さもかなり広い。


 そんなクレーターを見て、彼女が何を言いたいのか理解したのだろう、通信モニタ越しに三人がありえない、と首を振った。


『ちょっと待ってくれよ、隊長! 確かにあいつが開けたあの穴はでけぇし、深さも結構ある

 たぶん、隊長はあの穴にあいつを落とそうっていうんだろ!?』

『確かにあの穴にあいつを落とせれば体勢を崩すし、うまくひっくり返すことも可能です! けど、到底うまくいくとは思えない!』

『相手は魔獣……。そこら辺の知能が低い動物たちと違って、そう簡単にあそこに落ちてくれるはずもない……』


 確かに、と湊も納得する。

 あの巨大生物に遭遇して僅かな時間しか経っていないが、そのわずかな時間の間に、あの化け物亀がそれなりの知性を持っていると理解できた。

 つまり、自分が言い出しておいてなんだが、あの三人が言う通り、そう簡単に事が上手くいくとは到底思えないのである。

 そしてそのことは、目の前の少女も十分に理解しているだろう。


 だが、当の本人はといえば、さして気にすることなく「大丈夫です」と言い放った。


「もちろん、私だって普通に城塞亀あのこが落ちてくれるとは思っていません。ですが、私たちがそうなるようにあの子を誘導してあげれば、話は別です」


 作戦はこうです、と前置きをしてから少女はモニタにいろいろと映し出しながら話を続けた。


「まずは、私とダインであの子の気を逸らします。目の前をちょろちょろと動き回れば、きっと鬱陶しく思ってこちらに気を取られるはずです。そしてその間に、カールとクレアで紫獣石ビスダイトを道のようにして、穴に向かうように設置してください。もちろん、穴の中にもいくつか纏めておいておく必要があります。そして、それらの準備が終わったら、煙幕弾を撃って穴と付近の地面を隠してください。私とダインはそれを合図に即座に離脱。カールとクレアと合流して近くに身を隠します。後は私たちを見失った城塞亀シェルタートル紫獣石ビスダイトにおびき寄せられて、穴に落ちたところを一気に片付けます」


 それは、作戦と呼ぶにはあまりにもお粗末過ぎるし、トラップと言うにはあまりにも古典的過ぎるし、ただの、本能のみで生きている野生生物と違って、知性がそれなりにある魔獣相手に実行するには運の要素が大きすぎる。


 だが、今この場で、この小さな隊長が考え出した作戦以上に成功率が高い作戦を提示できないのも事実ならば、城砦亀アレを足止めするためとはいえ、いつまでも効果が大して望めない弾を撃ちつづける訳にもいかない。

 つまりは時間があまり残されていない。


 それになにより彼ら三人は、この自分たちより年下で小さなこの少女のことを、あの日(・・・)から全面的に信頼すると決めたのだ。

 だからこそ、彼女が提案したこの作戦と呼べるかどうかも怪しい作戦を、今更拒否するべくも無い。


『分かったっすよ、隊長』

『作戦、了解しました、隊長!』

『クレアもがんばる……』

「あなたたち……。ありがとうございます。こんな不甲斐ない私の作戦に乗ってくれて……」

『そいつは言いっこなしっすよ、隊長』

『僕らはどこまで隊長に着いていくだけです』

『隊長、大好き……』


 部下三人へ、少女はモニタ越しに「ありがとう」と呟いてから、確りと前を見据えた。


「それでは、すぐに作戦を開始します!」

「了解!」と声を揃えて返事をした三人が、一斉に通信モニタを閉じ、狭い操縦席に沈黙が流れる中、湊は少女の華奢な背中に向かって言葉をかけた。

「いい三人だね……」

「ええ……。皆さん、とてもいい人ばかりです」


 薄い胸を張っておどけるように笑った少女は、すぐさま気持ちを切り替えて目の前の巨大な亀を睨みつけた。




◆◇◆




「ぬおわ~~~~~っ!」

「ひぅっ~~~~~~!!」

「ぎゃ~~~~~~~す!!」


 ロボットが巨大な亀の鼻先を掠めるように、右へ左へ激しく動くたびに、全身に圧し掛かる加重と内臓すべてがひっくり返りそうな落下感を味わい、座席越しに必死になってしがみつく湊を、その少女は思わず振り返った。


「あまり変な声を出さないでください! 作戦の緊張感がなくなってしまいます! それにその声を聞くたびに、私のやる気がどんどんと抜けていくんです!」

「そんなこと言ったって……こっちはしがみつくだけで精一杯だし……。にゃ~~~~~~~~~す!! こんな安全バーなしでジェットコースター乗ってるような状態で叫ぶなってほうが無理だろ! うにょら~~~~~~~~~っ!!」


 セリフの合間合間に叫び声を混ぜつつ、憮然と反論する湊へ、少女は「はて?」と首を傾げる。


「さっきも言ってましたけど、そのじぇっとこぉすたぁ(・・・・・・・・・)って何ですか?」

「えっ……? ジェットコースターはジェットコースターだろ……? 遊園地とかによくある絶叫マシンじゃないか……」

「…………?」


 本気で分からない、とばかりに首を捻る少女のその仕草に、妙な愛らしさを感じる。


「ジェットコースターを知らないとかどんだけ箱入り娘だよ……」

「…………何を言ってるんですか? 私は箱に入ってなんか無いですよ?」

「話が通じねぇ!?」


「ガッデム!」とばかりに頭を抱えるあたり、意外と湊にも余裕があるらしい。


 それは兎も角、なぜかあまりにも会話が噛み合わない状況に湊がもやもやしていると、突然通信モニタが開かれた。


『おい、クソガキ! てめぇ、さっきから分けわかんねぇこと言って隊長の邪魔してんじゃねぇよ!』

『ダイン、そんな子供のことは放っておきなよ。それより……』

紫獣石ビスダイトの設置が完了した……。いつでもいける……』


 三人の報告に、小さな隊長は大きく頷く。


「それでは、作戦を第二段階へ! ダインは私と一緒に、城砦亀シェルタートルの視界を覆うように、カールとクレアはクレーターと地面を隠すように、それぞれ煙幕を! 効果が確認され次第、4時の方向の茂みへ離脱・潜伏します! カウント! 三……二……一……発射!!」


 銀髪の少女の合図と共に白い煙が亀の顔と地面、そして巨大なクレーターを覆っていく。


「キシャァアァアアアァァァアアアッ!」


 本能を揺さぶるような、おぞましい叫びを上げながら、巨大な亀が鬱陶しそうに首を振り、視界と足元を覆う煙を吹き飛ばそうと、背中の甲羅から一斉に光の弾を撃ち出す。

 しかし、そこにはさっきまで自分の鼻先をちょろちょろしていた、小さな機械人形たちの姿は無く、代わりに僅かに晴れた煙の奥から、綺麗な紫色に光る石が姿を現した。


 その途端、巨大亀の脳髄を甘い香りが刺激し、食欲が全身を支配する。


 ――食らえ、喰らえ、くらえ、クラエ、食喰食喰食喰食喰食喰食喰食喰っ!!


 魔獣としての本能が細胞の一片にまで行き渡り、城砦亀は目の前に光る石のことしか考えられなくなった。

 そして本能の赴くままに、首を伸ばして紫色に光る石を喰らう。

 直後、舌の上に芳醇な甘みが広がり、脳が歓喜する。

 だが足りない。


 ――もっとだ! もっと、もっともっともっとモットモットモットモットモット!


 もっと寄越せと叫ぶ本能に突き動かされるように首を巡らせた巨大な亀は、今食べた紫獣石の少し先に、もう一つ紫獣石が落ちていることに気付く。さらにその先にも一つ、さらにその先にも……。

 点々と、まるでどこかに亀を誘導するように真っ直ぐに紫獣石の道が伸びている。


 ゆっくりと移動しながらそれらを一つ一つ口の中に放り込む城砦亀は、その先に、これまでとは比べ物にならないほど大きな紫獣石の気配を感じ取った。


 ああ、きっとあれを食べれば、さっきからがんがんと頭に鳴り響く食欲の声も満足するだろう。

 何より自分自身が、アレを食べたい!


 その瞬間、城砦亀は目の前にある巨大な紫色の石のことしか考えられなくなり、そこを目指して一直線に突き進み、そして次の瞬間に自分に何が起こったのか分からなくなった。

 ただ把握できたのは、足元に感じていた大地の喪失感と、全身を叩いた痛み、そしてなぜか背中を地面につけ、濛々と視界を覆う煙を見上げているという状況だけだった。


 そして、その煙を突き破るように突如現れた小さな鉄人形たちが、自分にむかって刃を振り下ろす。


 それが城砦亀が見た最後の光景だった。

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