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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第3部 爵位継承編
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第4話 ガーネットの帰還 軍施設編

「(ち……沈黙が痛い!!)」


 オークスウッド国立軍施設へ向かう電車の中で、湊は自分に注がれる視線を必死に堪えながら、内心で冷や汗を掻いていた。

 その視線を遠慮なく湊へとぶつけているのは、中央市場マーケットの広場前で偶然(と湊は思っている)に声を掛けられた二人の男女。

 一人は何故か敵視するような鋭い視線を、もう一人は好奇と探るようなものが混じった視線を、それぞれ向けていた。

 

 これがまだ、多少なりとも会話があれば話は違ったかもしれないが、電車に乗った途端にまるで「電車内では静かに!」を律儀に守る子供のように、一言も発することがなかった。

 もちろん、二人には二人の理由がある。


 例えば敵意の視線を送り続ける男性――チャールズは、事前に妻や執事から仕入れていた情報から、目の前の少年が「娘を誑かす不届き者」であることに気付き、黙ってはいるが「貴様に娘は渡さんぞ!!」という意志を視線に乗せているし、対してもう一人の視線の主の女性――シェリーはといえば、広場で出会ったころから「娘のいい人」だということに気付き、目の前の少年がどういう人物で、娘を任せるに値する人間なのかを品定めするためのものだ。


 が、もちろん、そんな二人の内心など知ったことではない湊からすれば耐え難いものであり、さきほどから「あの~」とか「その~」とか、なんとか会話のきっかけを作ろうとしては、二人の言い知れぬ圧力に気圧されて、慌てて首を引っ込めるしかなく、結果、その行動が不審となって、周囲の視線すらも集めるという負の循環が起こっていた。


 とにかく早く駅についてくれと願いつつ、電車の現在地を示すマップを見れば、軍施設ゴールはまだまだ遠く、湊にとっての奇妙な試練はまだまだ続くことを認識させられるだけだった。


 一方、そんな湊の内心を知ってか知らずか、ガーネット家の母、シェリー・ガーネットは目の前の少年を無遠慮に眺め回しながら、心の内で評価をつけていた。


「(見ず知らずの私たちの頼みをきちんと聞いて、いやな顔一つせずこうやって案内をしてくれたことは評価できますね。イアンからの報告でもあった通り、恐らく彼が優しい気質の持ち主だからでしょう……。これはきっと、将来リリアと結婚しても、あの娘を大事にしてくれると思われます。ですが、こうして電車に乗っていながら、我々へ話題を振ろうとしないあたり、少々引っ込み思案なところがあるのでしょうね。社交界に出ればそんなことではやっていけません。その辺りは少々矯正の必要がありそうですね……。あとはそうですね……。服のセンスももう少し磨いたほうがいいでしょうね。せっかく見た目は悪くないのですが、身にまとう衣装のセンスのせいで彼の存在感を埋もれさせてしまっています……。この辺りはアイシャに任せてみましょうか……)」


 将来の婿になる少年の教育について考えをめぐらせていたシェリーの心のうちが混じったのだろう、じっと見つめられていた湊は背筋に冷たいものが走った気がして、思わず体を震わせる。


 それに対して、夫のチャールズ・ガーネットはといえば、こちらも湊を睨みつけるように見つめながら、考え事をしていた。


「(イアンからの報告通りの見た目をした男と言うことは、この子が例の少年と言うことなのだろう。つまりそれはシェリーが言っていた、「リリアが心を許せる相手」と言うこと! 家柄も不明などこの馬の骨とも知らないこんな子供が!? さっきから一言も喋らず社交性に欠け、かつ服のセンスも微妙! 私たちの案内を快く引き受けてくれたことは評価できるが、それ以外は落第点だ! こんな男に将来リリアを……、ひいてはガーネット家を任せるだと!? そんな馬鹿なことがありえるか! 第一私は、貴様なんぞに「お義父様」などと呼ばれたくない! 可愛い娘を奪った貴様謎にはな!!)」


 まるで今にでも噛み付きそうな視線を遠慮なく湊にぶつけるガーネット公爵。

 もっとも、その評価基準が妻と似ている辺り、さすが長年連れ添った仲の夫婦といったところか。


 それからしばらくして、そんな湊にとってはある種拷問のような時間もようやく終わりを迎えようとしていた。


『次は~終点~。軍施設前~軍施設前~』


 湊が元いた世界(あちら)と同じような独特な抑揚の車内アナウンスが流れ、電車が徐々にその速度を落としていく。

 乗客たちがそれぞれ降りる準備をする中、内心でほっと息をつきながら、湊も立ち上がる。


「もうすぐ軍施設に着きますよ! 降りる準備をしましょう!」


 まるで二人を急かすように、否、実際に急かしながら自ら率先してドアの前に立つ。

 一刻も早く、二人から注がれる視線から逃れたいがための行動だったが、どうやらこれが二人には「早く自分たちを案内したいという心の現われ」と捕らえられたらしく、ガーネット夫妻の目に微笑ましさが浮かんだのを、湊は知る良しもなかった。




◆◇◆




 オークスウッド全域を網羅している地下鉄の「軍施設方面」行きを終点まで乗り、駅の改札をでてそのまま地下を真っ直ぐに歩くこと、およそ五分。

 備え付けのエスカレーターやエレベーターで地上部分に上がったその先にあるのが、オークスウッドを魔獣から守る要ともいえる最重要施設の一つ、「オークスウッド国立軍施設」である。


 軍施設入り口は一般人の見学・観光コースを回るためのゲートと、軍関係者専用のゲートに分かれており、普段の湊はもちろん、リリアやチームの先輩たち、はては食堂のおばちゃんたちは関係者用のゲートに登録された携帯端末を触れさせることで出入りしている。


 そんな二種類のゲートを前に、湊は案内を頼まれた二人組みをどちらのゲートに案内するべきかで判断に迷っていた。


「(確かあの人たちは軍の知り合いに挨拶をしたいって言ってたよな? だったら関係者用ゲートに行くべきなのか? でもこの人たちは軍関係者に見えない……となると……)」


 そこまで考えた湊の脳裏に蘇るのは、今となっては懐かしい、軍学校の入学式の朝のこと。

 他の生徒たちと同じように、学校の出入り口に設けられたゲートに端末を触れさせた途端、けたたましい警報音が鳴り響き、一瞬で厳つい警備員たちに囲まれた苦い思い出。


 いくら電車の中で不躾な視線をぶつけてきた二人とはいえ、流石にかつての自分と同じような目に遭わせてしまったら申し訳ない。

 そう判断して、一般来場者向けの受付へと向かおうとした湊は、直後、二人が取った行動に呆気に取られた。


「…………えっ!? ちょ……っ!!」


 湊が驚き、慌てて止める間もなく、チャールズとシェリーの二人は、何の気負いもなく軍関係者用のゲートへと近づき、いつの間にか取り出していた携帯端末をスキャンさせる。

 そしてその直後。

 当然、すぐに警報音が鳴り響くとの湊の予想に反して、ゲートは軽い電子音をさせて、あっさりと二人を中へと招き入れた。


「…………はっ? えっ……!?」


 激しく困惑する湊を、さっさとゲートをくぐった二人が振り返る。


「何をしてるんですか? 早く行きましょう?」

「いやいやいやいや!? ちょっと待ってください!?」


 早く行こうと逆に急かしてくるシェリーを慌てて追いかけながらゲートをくぐった湊は、今目の前で起きた出来事を問いただす。


「何で二人とも関係者用ゲートをくぐれるんですか!? あれは端末を登録していないと…………」

「何を言っているのかね? 私たちがゲートをくぐった瞬間に、私たちが軍関係者だと理解できるだろう?」


 なにを当たり前なことを? とばかりに返され、湊は思わず口を噤む。


 とはいえ、これは湊に原因があるわけではない。

 何せ、湊は軍に正式に入隊してまだ数ヶ月しかたっていないどころか、まだこの、魔獣が跋扈し、人間が対魔獣殲滅兵器(ABER)というロボットで魔獣と戦う異世界こちらにやってきて、一年と少ししか経っていないのだ。

 しかも湊が異世界こちらに来たその時には既にガーネット夫妻は外国へと旅に出ており、二人が公爵とその夫人であり、当然のように軍の関係者でもあるとは知らないのだからなおさらだ。


 何はともあれ、無事に(?)ゲートを通過した三人は、湊主導の下、施設の中を進んでいく。


「それで? 二人が会いたいっていう人は誰なんですか?」


 きっと総務部や経理部などといった部署の人たちだろうと辺りをつけながら、そこへ向かうためのルートを歩きつつ訊ねる湊へ、「ああそれは……」と公爵が答えようとした矢先だった。

 暗がりの向こうから歩いてきていた壮年の男性が、すれ違いつつあった湊に挨拶をしようとしたところで、そのすぐ後ろにいた公爵夫妻に気付き、慌てて敬礼に切り替えたのだ。


「……っ!? あなた方は…………!!」


 ガーネット公爵と夫人殿、と続けようとした彼は、湊に気付かれないように唇に人差し指を当てる公爵夫人が言いたいことを即座に理解し、その先の言葉を無理矢理に飲み込む。

 途端、「ぐぅっ」という奇妙な音が喉から漏れてしまった彼に、公爵夫人が悪戯っぽい笑みを浮かべながら声を掛けた。


「ああ、ちょうどよかったですわ。あなた、私たちを司令部まで連れて行ってもらえませんか?」

「はっ!?」


 夫人の言葉に素っ頓狂な声を上げたのは湊だ。

 それはそうだろう。

 何せ、司令部といえば軍の上層部。ABERパイロットの湊でさえ、任務ミッションを言い渡されるとき意外は立ち入ることすら憚れる場所なのだ。

 そんな場所へ、見知らぬ二人が案内して欲しいといわれれば、誰だって素っ頓狂な声を上げるだろう。


 が、そんな困惑する湊に構うことなく見事な敬礼と共に司令部への案内を始めてしまった壮年の男性の後に続いて歩き始めた夫人は、その琥珀色アンバーの瞳に悪戯っぽい色を浮かべながら振り返る。


「あ、そうそう。ミナトさん? 私たちの用事が終わったら、またオークスウッドの案内をお願いしますから、それまでどこか適当なところで時間を潰しておいてください。そうですね……、ちょうどランチの前には終わるでしょうから、お昼はあなたのおすすめの場所でランチにしましょうか」


 うふふふ、という不敵な笑みを残して去っていく夫人と、それに呆れたような顔をしながらも大人しくついていく公爵。

 そんな二人を呆然と見送りつつ、湊はこの先も自分を待ち受ける受難に頭を抱えるしかなかった。




◆◇◆




「私に来客だと聞いて、アポも無しに一体誰だと思いましたが、あなた方でしたか……」

「忙しいところを突然すまなかったね」

「いえいえ! あなた方ならばいつでも大歓迎ですよ! 本当にご無事に戻られて何よりです……」


 司令部の一角にある司令官専用の部屋で、簡素な事務机から立ち上がり、突然の来訪にも関わらず気持ちよく出迎えてくれた基地司令と、堅く握手を交わす公爵。


「私たちが留守の間もしっかりとこの国を守り通してくれたこと、一国民としても、国議会議員としても、そして公爵としても感謝するよ」


 公爵の、その深い感謝に、けれど基地司令は冗談のような口調で返した。


「結構大変でしたよ。特にこの一年はお嬢さんが軍人と軍学校の講師という二束わらじでしたし、なによりオークスウッド(ウチ)には、じゃじゃ馬たち(・・・・・・・)がいますからな……。彼らが何かしでかさないかと心配で、監視の目も手を抜けませんでしたし……」


 口調はあくまでも冗談に聞こえるように、けれど中身は真面目そのもので、司令の顔にはそれまでの苦労がありありと見て取れた。


「本当にご苦労だったね……。それで? 彼らに動きは?」

「私の知る限り、大きなものはありません。せいぜいが新型を開発しているらしい、くらいです」

「そうか……。だが油断はできんな……。特にあの男は昔から大それた野望を持っていたからな」


 公爵の言葉に、場の空気が重くなりかけたその時、後ろでそれまで黙って控えていた公爵夫人が話題を変えるべく、口を開いた。


「そうそう、新型といえばチャールズが外国から貰ったデータはどうですか?」

「ああ、それならば今、公爵直轄の研究施設にデータを回して解析を進めながら、開発に着手しているところです。実戦評価など、クリアするべき課題はまだまだありますが近々、お披露目できるでしょう」

「そうですか。あれは何れ、私たちの娘が乗ることになる機体です。くれぐれもよろしくお願いしますよ?」

「重々承知していますよ」


 夫人の最後の言葉に特に圧力を感じた司令は、そうとは気付かれないように頬を引き攣らせつつ、内心で「あとで部下たちにしっかり言い聞かせよう」と心に決めた。




◆◇◆




 一方、そのころ湊はといえば。


「ぐぬっ! ……ああ……!?」


 どうせ気取った店など知らないのだからと、早々に二人を連れて行くランチの店を適当に決め、あまった時間を訓練用シミュレーターで潰していた。

 ちなみに今、湊がやっているのはシミュレーターにあるいくつかのモードの中でも、人工知能(AI)の僚機を指揮して魔獣を撃破するという「指揮官モード」であり、今の所の湊の成績は五回中撃破数ゼロという凄惨たるものだった。


「ふぅ……。やっぱり難しいな……」


 画面いっぱいに浮かび上がる「任務失敗」の文字を見つめながらぼやく湊の脳裏に、先日の訓練中に先輩ダインから言われた言葉が蘇る。


「てめぇの課題は戦術を理解することだ。戦術を理解すれば、いちいち隊長が指示を出さなくても何をして欲しいのか、どこにいて欲しいのかを理解できるようになるし、俺たちとの連携も深まる。だから暇があるなら、シミュレーターでも何でもいいから戦術を勉強しな」


 口調こそ乱暴だが、意外と面倒見がいい先輩の言葉を思い浮かべ、湊は再びシミュレーターにプログラムを走らせる。


「よし、今度こそ!!」


 意気込みながら、仮想の操縦桿を握り締めた湊は、目の前に現れた魔獣へと突撃していった。

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