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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第3部 爵位継承編
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第2話 トラブルと反省

 それは、ガーネット公爵夫妻が故郷オークスウッドへと戻る旅路の途中でのことだった。


 途中でキャンプを張り、無礼講で夜を過ごして翌朝。

 キャンプを片付けていざ出発といったところで、行商組合キャラバンの護衛部隊長が、申し訳なさそうな顔でこう告げたのだ。


「申し訳ありません、ガーネット公爵……」

「……? どうかしたのかね?」

「それが……、護衛部隊の隊員の一人が体調を崩してしまいまして……。一応、今は薬を飲ませて大人しく寝かせていますが……。今日は移動を中止したほうがよろしいかと思いまして……」

「ふむ……。それは大変だな……」

「大変申し訳ありません……。体調の管理も我々軍人の重要な任務だというのに……」


 本当に申し訳なさそうに頭を深々と下げる体調へ、ガーネット公爵はからからと笑った。


「なに。君がそこまで気にすることはない。それに、そこまで急ぐ旅と言うわけでもないしな。なぁ、シェリー!」


 呼びかけながら振り返ったその先では、しっかりと化粧をし、身だしなみも整えた公爵夫人が、準備万端とばかりに控えていた。

 凛としたその姿に思わず緊張が走る部隊長だったが、公爵夫人はそんな部隊長を安心させるようにふわりと笑う。


「ええ。別に構いませんよ? 旅にトラブルはつき物ですし、せっかくの機会ですので、体調を崩された方にゆっくりと休むように伝えてください」

「…………ご心配とご配慮、痛み入ります」


 もう一度深々と頭を下げて、部隊長は隊員が眠るテントへと向かっていった。

 そんな隊長を見送って、公爵は改めて妻を振り返る。


「そんなわけだ……。すまんな、シェリー……」


 愛する娘の下へ一刻でも早く帰りたいであろうとすまなさそうに謝る夫へ、夫人はそっと微笑みかけた。


「いいえ、問題ありませんわ……。先ほども言いましたが、旅にトラブルはつき物です。それに……たまにはこうやってのんびりと道草を食うのも悪くありませんわ」

「…………そうか……」


 妻の心遣いに内心で感謝しつつ、公爵は「さてと」と呟きながら周囲を見回す。


「それじゃ、今日は一日のんびりと出来ることだし……」


 言葉を途切れさせた公爵の耳に届いたのは、清水を思わせる川のせせらぎ。


「久しぶりに釣りでもして暇を潰すか……」

「どうせ一匹も釣れたことないくせに……」

「うぐっ…………、あっはっはっはっは!」


 妻の鋭いツッコミに笑って誤魔化すしかないガーネット公爵だった。


 それからしばらくの間、川で釣り糸を垂らしていた公爵だったが、突然、周囲の空気が一変したことに気付く。


「何事かね?」


 たまたますぐ近くを通りかかった行商組合キャラバンの護衛部隊の隊員に声を掛けると、彼は緊張した面持ちでこう答えた。


「つい先ほど、ABERのセンサーで魔獣の反応を確認しました……。ガーネット公爵ご夫妻に置かれましては、すぐに行商組合キャラバンの車にお戻りになって、安全な場所まで退避してください……」

「そうか……。しかしどうするつもりだね?」

「……はっ?」


 公爵の疑問に、はてと首を傾げる隊員。


「どう……とは?」

「魔獣との戦闘は、四機一組が基本だろう? だが今、護衛部隊(君たち)の一人は体調を崩して出撃できない。そんな状態でどうするつもりだね?」

「……あぁ、そのことですか」


 ようやく公爵の言いたいことを理解した隊員は、公爵たちを安心させるように微笑んだ。


「幸い、確認された魔獣は猩猩トカゲ(レセプター)が一体。本来、集団で行動することで知られる魔獣ですが、周囲に仲間の存在は確認できず、はぐれ(・・・)だと推測されるため、討伐はすぐに終わるでしょう……」


 それでは、と軽く敬礼をしてその場を去っていく隊員を、公爵は訝しげに見送った。


「…………どうかしたのですか?」


 夫の様子が気になって訊ねた夫人へ、公爵は僅かに首肯した。


「どうにも魔獣のことが気になってな……」

「……と言うと?」

「彼も言っていた通り、本来、猩猩トカゲ(レセプター)は集団で行動し、紫獣石ビスダイトを狩る魔獣だ……。しかも奴らは同種族で社会性をも構築していて、単体で行動することはまずないはず……なんだがな……」

「それこそ、彼が言っていた通りに、群から追い出された「はぐれ」なのでは?」

「…………だと、いいんだが……。……ふむ、仕方ないか……」


 どうにも様子が気になった公爵は一人で何事かを決めると、念のためにと持ってきていたあるものを取りに、行商組合の車へと戻っていった。





◆◇◆




 一方そのころ、護衛部隊たちは、一足先に魔獣との戦闘に入っていた。

 とはいえ、相手は大きさは彼らが乗るABERと同程度と小さく、かといって強力な火力や頑丈な盾があるわけでもなく、集団での行動、統率力ゆえに厄介と認識されている魔獣のハグレ者が一体。

 熟練といっても差支えがない護衛部隊からすれば、隊員の一人が欠けていようが問題なく討伐できる相手であった。


 そして現に、隊長の放ったミサイルに翻弄、誘導された哀れな猩猩トカゲは、左右から迫り来る刃を躱すことが出来ずに、断末魔の叫びを上げながら、あっさりとその命を散らした。


『さすがに単体だと楽勝ですね、隊長……』

「まぁな……。猩猩トカゲ(こいつら)は群でなければ最弱と言ってもいいかもしれないな……」


 念のために周囲を索敵しながらも、センサーに反応はなく、あっさりと討伐が終わってしまったことにいささか拍子抜けしながら答える。


『それじゃあ、さっさとキャンプに戻って公爵たちを安心させてやりましょうよ!』


 もう一人の隊員の言葉に頷き、揃って踵を返したときだった。

 突然、隊長の耳にセンサーの鋭い警報音が鳴り響いた。


 慌ててセンサーに目を向けると、そこには先ほどまではなかったはずの魔獣の反応が複数。


「…………っ!? センサーに魔獣の反応多数だと!? しかもこれは……囲まれている!?」


 慌ててぐるりと視界をめぐらせた隊長は、センサーの反応が正しいことを把握し、驚愕する。


『隊長! どうしますか!? ざっと数えただけでも二十はいますよ!?』


 隊員の悲鳴じみた声に、隊長は思わず臍を噛みながら、一つの可能性に行き当たった。


「まさか……さっきのは偵察要員!? そして最後の断末魔は仲間を呼ぶための……!?」


 そう気付いたものの、すでに手遅れ。

 完全に自分たちは魔獣の群に囲まれてしまっている上に、相手は総じて知能が高いとされる魔獣の中でも更に高い知能を持つ魔獣猩猩トカゲ(レセプター)

 こうなってしまえば、魔獣を殲滅することはもちろん、下手をすれば自分たちが生き残ることさえも困難を極める。


 ここは、本来ならば魔獣を撃退し、安全な旅路を保証するための護衛部隊としては屈辱だが、一度撤退する必要がある。

 そう判断した隊長が、断腸の思いで撤退を口にしようとした矢先だった。


 突如として飛来した一条の光が、徐々に護衛部隊へ距離を詰めつつあった魔獣の一角に突き刺さり、周囲にいた数体を巻き込んで爆発を起こす。


「…………!? 何だ!?」


 一体何が、と思う間もなく、光が次々と飛来しては、魔獣たちを正確に射抜いていく。

 当然、標的となっている猩猩トカゲ(レセプター)も、すぐさまその光が危険なものだと理解してその場から逃走を始めるが、まるで彼らが逃げる場所が分かっているかのごとく、次々と魔獣たちはその場に倒れていく。


 そうしてそれからしばらくして、ようやく光の雨が納まったところで、護衛部隊に通信が繋げられた。


『どうやら無事のようだな……?』

「あなたは……、ガーネット公爵閣下!?」


 通信モニタに映し出された人物――チャールズ・ガーネット公爵の姿に、護衛部隊隊長は驚きのあまり声を失うしかなかった。




◆◇◆




 オークスウッド国立軍施設の休憩所で、異世界から来た少年の石動湊は、コーヒーを片手に落ち込んでいた。

 その原因は、今を遡ること数時間前にある。


 この日、保護者兼上司でもあるリリアと一緒に出勤した湊は、配属されてから負け続けている雪辱を晴らすために、チームメイトのダインと共にシミュレーターへと向かっていた。


「今日こそ絶対に勝ってやる!」

「はっ! また黒星を増やすのが目に見えてるぜ?」


 先輩ダインのその言い方にむきになりながら、二人揃ってシミュレーターへと体を滑り込ませようとした瞬間だった。

 突然、基地全体に耳障りな警報音が鳴り響いたのだ。


「……っ!?」


 その意味するところを即座に理解した湊の顔に緊張が走る。


「魔獣……」


 湊の口から漏れたその単語に反応するように、いつの間にか近寄ってきていたダインがにやりと笑う。


「初めての実戦だ。しくるなよ、新人?」

「んなっ……! 誰が……!」


 先輩の言葉に言い返そうと振り向いた湊へ、その場にいたリリアから鋭い言葉が投げられた。


「言い争いは後です! 今はとにかく司令室へ行きますよ!」

「そうだぞ、お前ら! 任務だ!」


 颯爽と踵を返したリリアに続いて、もう一人の先輩(カイン)が一言残してシミュレーター室を出て行くのを、湊とダインは思わず顔を見合わせながら追いかけた。


 それから少しして、ここ数週間ですっかり覚えた道を辿り、迷うことなく司令室にたどり着いた湊は、中年の司令の前に並ぶ先輩たちの隣に、急いで並ぶ。

 そうしてチーム全員が揃ったことを確認した司令が、小さく頷いてから口を開く。


「どうやら、全員揃ったようだな……。早速だが本題に入ろう……。すでに全員警報でおおよその事態は察していると思うが、南門から二十キロのセンサーが魔獣の反応を捕らえた……。これを見てくれ……」


 そういいながら、手元のリモコンを操作して画面に映像を映し出す司令。

 モニタに映し出されたのは魔獣の映像ではなく、その反応を示すセンサーの映像。


「どうやら地中を移動しているらしくて、その姿を捉えることはできなかったが、観測された紫獣石ビスダイトエネルギーの反応から、かなりの大型と予測できる……。観測された数値から判断すると、サイズは城砦亀シェル・タートルクラスと推定できる……」


 城砦亀という名前に、湊は自分が初めてこの世界に来たときのことを思い出し、思わず喉を鳴らす。

 あのころはまだ、魔獣の恐ろしさも、文字通り命をかけて戦う感覚も理解しておらず、目の前の光景すべてが、まるで現実離れした映画のようだった。


 思えば、あのころはいくら知らなかったとはいえ、戦闘区域に自ら近づくだなんて無謀なことをしたものだと、我ながらに呆れる。

 もっとも、その無謀さのおかげで、恩人で今では家族と呼べるまでになったリリアに出会い、友人のアッシュやアリシア、ユーリたちとも出会えたのだが。


 そんなことを考えていた湊の様子を、どうやら司令の話を聞いて怯えていると勘違いしたのだろう、ダインが意地悪げな笑みを隣の少年へと向ける。


「何だぁ? ビビってんのか? まぁお前にとっちゃ、初任務だもんなぁ? 怖いよなぁ? ビビっちまうよなぁ? 思わず漏らしちゃいそうだよなぁ?」

「っ! だ……誰がビビって…………」

「二人とも! 今は司令の話を聞いてください!」


 ダインのからかいに湊が食って掛かろうとした矢先に、リリアから注意を受けて思わず首をすくめる二人。

 そんな二人に小さくため息をついてから、リリアも「失礼しました」と謝罪をしながら改めて司令へと向き直る。


「……気にすることはない。……さて、話の続きだが、今回検出された魔獣の反応は幸いにも一体のみ。相手が城砦亀シェル・タートルクラスの巨体とはいえ、君たちならば問題なく撃破できるだろう……。……それと、ミナト・イスルギ君……」


 突然名前を呼ばれたことに内心焦りを覚えながらも、訓練通りに「はい」と返事をする。


「君はまだ正式に軍に配属されて日も浅い上に、このチームとの連携もまだ上手くとれない。だからといって変に気負いすぎることは禁物だ……。君はまだ新人なのだから、頼れるところは先輩たちに頼りなさい。君の任務は魔獣をたおすことではない……。生きて帰ってくることだ……」

「…………はい!」


 司令の言葉に大きく返事をした湊は、心持新たに自分の愛機がある格納庫へと向かっていった。

 それからパイロットスーツへと着替え、格納庫で準備を整えて待機していたABERに乗り込み、リリアの号令で一斉に出撃した湊たちは、しばらく移動して魔獣との遭遇地点へとたどり着き、同時に地中に潜っていた魔獣が湊たちの前に姿を現した瞬間だった。


『ひぅっ!?』


 普段ならば絶対に聞けないはずの、リリアの可愛らしい悲鳴が通信モニタからもれ聞こえてきた。


「…………リリア?」


 どうかしたのだろうかと首を傾げる湊へ、リリアは酷く怯えた顔で言う。


『わ……私、ああいうぬたぬたぬめぬめしたものが嫌いなんです……』

「ぬたぬたぬめぬめって……あの魔獣のこと?」


 こくりと頷くリリアの視線の先には、茶色の半透明の全身に長大な触手をのた打ち回らせ、ぎょろりとした両眼で湊たちを睥睨する巨大な魔獣、山岳イカ(ロックスクィッド)の姿。

 見た目は、湊が元いた世界(あちら)のイカに少しばかり醜悪な要素を混ぜた程度で、それほど嫌うものかなと湊が首をかしげていると、ついに我慢の限界に達したのだろう、リリアが号令も出さずにミサイルや銃弾をばら撒き始めた。


「リリアっ!?」


 突然のことに驚きながらも、とりあえず湊も彼女に倣い、ミサイルと銃を撃ち放つ。

 二機の対魔獣殲滅兵器(ABER)から撃ち出されたミサイルや弾丸が、次々と巨大なイカに突き刺さり、盛大に爆発を起こす。


「やったか!?」


 濛々と立ち込める煙越しに、確かな手ごたえを湊が感じた直後だった。


『馬鹿野郎! 気ぃ抜いてんじゃねぇ!!』


 先輩ダインの一喝と同時に、煙の中から二本の触手が湊の乗った機体をグルグルに縛り上げた。


「うわぁぁあああっ!!」


 思わず悲鳴をあげ、操縦桿をめちゃくちゃに動かす湊の耳朶を、再びダインの怒声が叩いた。


『落ち着け! 今助けてやっから暴れんな!!』

『まったく……世話が焼けるよね……』


 ため息交じりの言葉と共に、魔獣の触手から助け出された湊は、結局そのあと、ろくに戦うことすら出来ずに、基地へと帰還した。


 その後に待っていたのは、先輩のダイン・コランダムからの一発の鉄拳だった。


「てめぇ! 軍学校で何を習っていやがった!? あの程度でやられてくれるほど魔獣がやわいとでも習ったのか!? 残心どころか盛大に油断しやがって!! もしあの魔獣の攻撃でテメェが死ねば、俺らにも迷惑が掛かんだよ! やる気がねぇなら辞めちまえ!!」


 最後に乱暴に湊を突き飛ばし、怒りを露にしながら去っていく先輩を、湊はただ見送ることしか出来ず、ようやっと自分が失敗したことに気付いた湊は、休憩所で一人、コーヒー片手に落ち込んでいるというわけだった。


 そんな湊へ、一人の少女――リリア・ガーネットがその特徴的な深い柘榴石色(カーバンクル)の瞳を伏せながら近づき、頭を下げる。


「ごめんなさい、ミナト……。私のせいであなたが……」


 ゆっくりと顔を上げた湊は、少女へとそっと首を振って見せた。


「ううん。リリアが謝ることじゃないよ……。今回は僕が悪かった。確かにあの人が言った通りだよ……。確かな手ごたえを感じたとはいえ、あそこで油断しなければ僕は捕まることもなかった……。そしたら皆にも迷惑なんてかけなかったし……」

「ですがそれは私が暴走してしまったために……」


 なおも自分が悪いと平謝りするリリアへ、湊はしばらく思案したあとでこう提案した。


「それじゃあさ……。ちょうどいい時間だし、ご飯を食べながら二人で反省会しようよ」

「……反省会……ですか?」

「うん。今日の戦闘でお互いに何が悪かったのか、次に同じような状況になったらどうしたらいいのか……。学校にいたころはアッシュたちと一緒に訓練の後でよくやってたんだ……」

「そうなんですか……?」


 うん、と頷いた湊は、カップに残っていたコーヒーを一気に飲み干すと、勢いよく立ち上がってリリアに手を差し伸べる。


「ほら、行こう?」


 そうして差し出された手を、リリアは少しだけ考える素振りを見せた後、ゆっくりと握り返したのだった。

~~おしらせ~~


活動報告にて、とある募集をいたします。

皆様のご参加を、心よりお待ちしております。

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