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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第2部 学園生活編
52/89

第42話 卒業試験 後編

 魔獣、円環羊ドーナッツシープ


 見た目は湊が元いた世界の羊によく似ていて、短い巻き角とつぶらな瞳、そして全身を覆う真っ白なもこもこの毛を持つ魔獣である。

 とはいえ、魔獣は魔獣なのでその体は湊の知る羊の数十倍に匹敵するほどの大きさをしている。

 そして、この魔獣の一番の特徴はその名が示す通り、体が円環状になっていること。

 なぜそんな姿をしているのかは、魔獣生体学会でも大きな議題となっており、今のところ有力な説としては、体を円環状にすることで紫獣石ビスダイトのエネルギーを効率よく体に循環させるのが目的というものがある。


 さて、そんな円環羊ドーナッツシープだが、もう一つ大きな特徴として、この魔獣は弱い。

 紅の獅子(ホットレグルス)樹木猿ウッドエイプなどのような強靭な四肢を持っているわけでもなければ、女王機蜂クイーンホーネット城砦亀シェルタートルのような強力な砲撃能力を持つわけでもない。

 持っている攻撃手段といえば、せいぜいが巻き角を利用した頭突きか、あるいは強酸性の唾液を飛ばすくらいだが、どちらも攻撃手段と言うよりも、地中に埋まった紫獣石ビスダイトを掘り起こしたりするために利用される。


 だが、そんな弱い部類の円環羊といっても、やはり魔獣なだけあって、対魔獣殲滅兵器(ABER)パイロットからは厄介な相手として認識されている。

 その理由は、円環羊ドーナッツシープだけが持つ特殊な能力の「歌」にある。

 魔獣生態学者によれば、正しくは歌ではなく、巻き角の中の空洞を利用した反響音が特殊な音波になって歌に聞こえるだけと言うが、パイロットたちは便宜上「歌」と呼んでいる。

 ともあれ、その歌はあらゆる生物の耳から脳を刺激し、紅の獅子(ホットレグルス)女王機蜂クイーンホーネットのような気性の荒い魔獣たちですら、ものの数秒で眠りに落とすほどの強い催眠作用をもたらす。


 ただし、眠りにいざなわれるのは魔獣だけであり、人間の場合はその効果が違って現れる。

 その効果とは、強い幻覚作用。

 過去、何人ものパイロットがこの幻覚作用にやられ、同士討ちをさせられたり、あるいはエネルギーが切れるまで暴れさせられたりと、様々な被害を受けたという記録が残っている。


 何はともあれ、そんな厄介な魔獣を目の前にして、行商組合キャラバンの隊列を下がらせた湊たちは、油断なく魔獣の動向をうかがいながら作戦を立てていた。


『授業でも習ったけど、円環羊ドーナッツシープは「歌」が厄介やねん。音波やから防ぎようもないし……』

『それならどうする? 俺が遠距離でしとめるか?』

『それとも私が一気に接近して首を落とす、です?』

『アッシュは兎も角として、なんでユーリはそない物騒な発想やねん!? ウチ、追い返すだけって言わんかった!?』

『追い返しても戻ってきたら意味がない、です。こういうのは遺恨がないようにしとめるのがいい、です』

『そうそう。俺とユーリのコンビネーションなら円環羊ドーナッツシープごとき……』

「ごめん、アッシュ……。突っ込んでいって歌にやられて暴走するアッシュしか思いつかない……」

『ああ、それはウチも思いついた……。というか、それしか思いつかんかったわ……』

『お前ら!? ゆ……ユーリは違うよな!? 俺が華麗に魔獣を倒すところを想像したよな?』

『…………………』

『…………なんか言って!?』


 アッシュが叫ぶようにツッコんだ直後に、行商組合キャラバンから通信が割り込んできた。


『君たち……。やるなら真面目にやってくれへん?』


 すんません、と素早く謝ってから、改めて作戦を練る。


『真面目な話、円環羊ドーナッツシープは仕留めるよりも、追い返したほうが楽やねん。狙撃じゃ、あのもこもこの毛に邪魔されてハンパなダメージしか入らんし、直接攻撃も歌があるからうかつに近づけへんしな……。せやから、やっぱり作戦は当初の予定通りに追い返す方向でやりたいんやけどな……』

「ちなみに倒すとしたらどういう風にするの?」


 湊の質問にアリシアは僅かに沈黙する。


『せやなぁ……。やるんやったら、完全な奇襲から歌う暇もないくらいに速攻で……ちゅうんがセオリーちゃうかな?』

「なるほど……。今回はすでに相手にも見つかってるから、電撃奇襲作戦はできないんだね……」

『でも、長距離ロングレンジならどうだ? 頭を狙えば一発で……』

『授業で習った、です。円環羊あれは狙撃に気付くと毛の中に首を引っ込める、です』

『せや。ちなみに、あの毛は紫獣石ビスダイトのエネルギーを和らげる役目もあるから、銃は通りづらいんよ……』

『んじゃあ、どうするんだよ……』


 狙撃という活躍の場を失ったアッシュの、若干不貞腐れたような言い方にアリシアは思わず苦笑する。


『大丈夫や。ちゃんと作戦はある! ほんなら説明するからちゃんと聞くんやで!』

『もちろん!』

「分かった!」

『大丈夫、です!』


 仲間たちと共に心強い返事をしつつ、湊はしっかりとモニタを見据えた。




◆◇◆




 もこもこの毛に覆われた巨大な羊へ向かって、いくつものミサイルが白煙をたなびかせながら飛んでいき、数瞬後、円環羊ドーナッツシープの足元へと着弾し、盛大に爆発する。

 当然、直撃したわけではないので、魔獣自身にダメージを与えることは叶わないが、その代わりに爆発と衝撃に驚いた円環羊ドーナッツシープは、その場から急いで逃げ出す。


 そんな魔獣と湊たちの戦闘の様子を遠くから眺めながら、彼はそっと携帯端末を取り出し、前日の夜に話していた人物へと通信を繋げる。


「こちら、トントヤード行き行商組合キャラバン監視担当。ただいま予定通り、魔獣との戦闘に入りました」

『そうですか……。どんなようすですか?』

「今のところ、動きにぎこちなさや戸惑い等は見られません……。いたっていつも通りです……。というか、いつも通り過ぎて先ほど行商組合キャラバン隊長から注意されたくらいです……」

『あらあら……。それは彼ららしいですね……』


 空間投射ホログラムの向こうで口元を押さえながらころころと笑うその人物に、思わずため息が漏れる。


「笑い事ではありませんよ、ガーネット先生(・・・・・・・)? 彼らの卒業の評価に響くんですから!」

『……ごめんなさい。ですが、彼らなら心配ないと私は信じていますから……』

「…………それはがいるからですか?」

『それもありますが、それだけではありません。彼らの日々の訓練の様子を見ているのですから、彼らの実力はよく知っているつもりです……。後は、変に力みすぎなければ、きっと彼らはこの試験をパスしてくれるはずです』


 そう口にした人物――リリア・ガーネットの特徴的な深い柘榴石色(カーバンクル)の瞳には迷いも不安も一切なかった。

 それを理解した彼は、小さくため息をついて通信を続ける。


「分かりました。あなたがそういうのなら、私も彼らを信じてみましょう……」

『ありがとうございます……。それと、職務も大事ですが、あなた自身が魔獣との戦闘に巻き込まれないように気をつけてくださいね?』

「重々承知していますよ……。それでは通信を終わります……」


 ぷつり、と音を立てて通信を終えた携帯端末を仕舞いこみ、彼は再び魔獣との戦闘を繰り広げる湊たちへ目を向ける。


「ガーネット先生の信頼を背負ってるんだから、しっかりやれよ?」


 その言葉は、湊たちが放ったミサイルの轟音にかき消された。




◆◇◆




 アリシアの合図に従って発射されたミサイルが、こちらを警戒する魔獣へ向かって一直線に飛んでいく。

 そして数瞬後。

 ミサイルは湊たちの狙い通りに、魔獣の足元へと着弾し、炎と煙、そして轟音を撒き散らす。


 それに驚いたのか、あるいは湊たちからの攻撃を嫌がったのか、ともかく円環羊ドーナッツシープは、食事・・を中断して一目散に逃げていく。


『よっしゃ! 狙い通りや!』

『俺の出番はねぇか……』

「このまま真っ直ぐに逃げてくれればいいんだけど……」

『……そう簡単にはいかない、です』


 ユーリの言葉通り、それまで街道から離れるように走っていた円環羊ドーナッツシープが、突如その軌道を変えて街道へ向かい始めた。


『……ちっ! 素直にそのまま真っ直ぐ行ってればいいのによ!!』


 叫びながら、アッシュが引き金を引き絞る。

 直後、ライフルから発射されたエネルギーが空気を焦がしながら一直線に飛んで行き、魔獣の鼻先を掠めてその先の地面に突き刺さる。


 当然、進路上にビームが飛んできた魔獣からしたら堪ったものではなく、急停止させて進路を再び変更する。


「ナイス、アッシュ!」

『後で火ぃつくほど撫でたるで!』

『じゃあ私は先輩が赤くなるほどハグする、です!』

『はっ! 楽しみにしてるぜ!!』


 それぞれに軽口を叩きながらも、ミサイルを撃ち込み、狙撃で進路を調整する。

 それを何度か繰り返してどんどんと魔獣を街道から離れるように誘導していく。


『そうや……。そのまま真っ直ぐやで……。ええ子やから……。ミナト、ユーリ。もうちょい、ミサイルで追い立てて』

「了解!」

『任せる、です!』

『アッシュは狙撃で進路調整頼むで!』

『おうよ!』


 そうして街道と魔獣の距離が十分離れたところで、ようやくアリシアが大きく息をついた。


『ふぅ~……。みんな、お疲れさんや……。とりあえずこれでええやろ……。あとはあの魔獣がこっちに近づかんように警戒しながら進むだけや……』

「うん、まだ油断はできないけど、アリシアもお疲れ様」

『下手にあいつを傷つけたら逆上して襲ってくる可能性もあったから神経使ったけど……、なんとかなってよかったぜ……』

『私はちょっと暴れたりなくて不完全燃焼、です。アッシュ先輩……後で殴らせろ、です』

『何でだよ!? 俺、お前の彼氏だよね!? そんな理不尽な理由で殴るの!?』


 ユーリの思わぬ発言に、アッシュが反射的にツッコみ、その場に弛緩した空気が流れる。


『はいはい。二人は後で好きなだけ乳繰り合うたらええ。せやけど、今はまだ一応先頭警戒中やから勘弁してな?』

「アリシアの言う通りだよ? とりあえず行商組合キャラバンの人たちに早く通ってもらわないと……」

『……何かその言い回しには引っかかるもんがあるけど、とりあえずミナトの言う通りだな……』

『乳繰り合う……、何を言う、です……』


 なぜか頬を赤く染めたユーリを無視して、とりあえず行商組合たちが街道を通る間、魔獣が近づかないように警戒を続けた湊たちは、そのまま街道を突き進み、魔獣の反応がレーダーから消えたところでほっと胸を撫で下ろしたのだった。




◆◇◆




 その日の夜。


 再び全員が寝静まったころを見計らって、彼は一人テントを抜け出して携帯端末を取り出すと、前日と同じようにリリアに通信を繋げた。


「お疲れ様です、ガーネット先生……」

『はい。そちらこそお疲れ様でした……』


 簡単な挨拶を交わした後、すぐに本題に入る。


「昼間の戦闘の結果は、すでにお送りした通り、特にトラブルもなく無事に終了しました。戦闘技術、状況判断、共に基準値をクリアしています。特に今回は無駄な戦闘を如何に避けるか。またどうしても避けられない場合は損耗をどれだけ減らせるかといった観点でも審査しましたが、こちらも問題はなく、昼間の戦闘での損耗もこちらの想定内に納まっていました。それに、行商組合キャラバンの人たちとのコミュニケーションも問題ないと判断できます」

『そうですか……。それでは……?』

「ええ……。後はこのまま問題なくトントヤード(目的地)までたどり着ければ、彼らには合格を伝えてもいいでしょう……」


 彼からの報告に、リリアは空間投射ホログラムの向こうでほっと胸を撫で下ろし、その直後には顔を引き締めた。


『最後まで油断はできません。何が起こるか分からないのですから……』

「そうですね……」


 彼は、少女の彼女らしい仕草に少しだけ頬を緩める。


「さて……それでは報告も終わります」

『はい、お疲れ様でした……』


 そのまま通信を終えた携帯端末をポケットにしまい、テントへと戻る途中で、彼はふと頭上の緑色の月を見上げる。


「さて……。あいつらに俺の正体を明かしたらどんな顔をするかな?」


 毎年恒例のサプライズの結果を想像した彼は、一人おかしそうにくつくつと笑いながらテントへと戻っていった。




◆◇◆




 翌朝。

 野営地を出発した湊たち一向は、その後、特に魔獣に遭遇したりなどのトラブルにもあうことなく、その日の昼過ぎには今回の目的地であるトントヤードへとたどり着いた。


「やっとついた……」

「さすがに疲れたぜ……」

「ずっと狭いコクピットん中やったからな……」

「私も、です……」


 狭いコクピットから降りて、魔獣避けの高い壁を見上げながらぼやく湊たちに、行商組合キャラバンの隊長が、門のそばの露店で買って来たよく冷えたジュースを持って近づいてくる。


「四人とも、お疲れさん! 自分らのおかげで俺らも無事にたどり着くことができた……。ほんま、ありがとうな!」


 にこり、と笑いながら差し出されたジュースを一息に煽っていると、隊長の後ろから人影が近づいてきた。


「四人とも……。まずはお疲れ様……」

「はぁ……」


 道中も、あまり口を利いたことがなかったその人物に突然、そんなことを言われて、思わずぽかんと間の抜けた表情を返す湊たちへ、その人物は酷く真剣な顔をしながら声を張り上げた。


「オークスウッド国立軍学校訓練生、ミナト・イスルギ! アッシュ・ハーライト! アリシア・ターコイズ! ユーラチカ・アゲート!」

「…………っ!? はい!」

「……うっす!」

「……はいな!」

「……はい、です!」


 日ごろの訓練のせいか、突然名前を呼ばれて咄嗟に返事をする湊たちへ、その人物は相貌を崩しながら、こう告げた。


「以上、四名にオークスウッド国立軍学校卒業試験の合格を言い渡す!」


 その言葉からたっぷりと数秒間沈黙した後、湊たちは魔獣避けの高い壁に囲まれたトントヤードの中にまで聞こえるほどの音量で、驚きの声を上げた。

~~おまけ~~


天然お嬢様「ふっふっふ……。ようやくここに来て彼が夜中に通信していた相手が明かされましたね!

 ……そう! 何を隠そう、その相手はこの私、リリア・ガーネットだったのです! ドヤァ!」

駄メイド「お嬢様、お嬢様。ドヤ顔をキメている最中に申し訳ありませんが、多分読者の方々にはすでにバレていたと思いますよ?」

天然お嬢様「なん……ですって……!?」


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