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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第1部 こんにちは、異世界編
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第4話 戦う理由

 銀髪の少女は警告を発すると同時に、右足でフットペダルを思いっきり踏み込んでスラスターを全力で噴射させる。

 直後から体全体に圧し掛かってきた重圧に、湊は悲鳴を上げる余裕すらなく、ひたすらに振り落とされないようにと少女の細い胴に回された腕の力を込め続けるしかない。

 もちろん、パイロットの生命維持は最優先に考えられているため、操縦席コクピット内に掛かる重圧を軽減させるための機構は当然搭載されているし、パイロットが着用しているぴったりと肌にはりつくような薄いパイロットスーツも、最新の技術によって重圧を軽減する機能を持ち合せているため、このロボットのパイロットたる深い柘榴石色カーバンクルの瞳をを持つ少女は、実はさほど重圧を感じていなかったりする。

 ただそれは少女に限った話であり、そういう機能が一切ないただの学校の制服姿の湊からすればたまったものではなかった。


 ともあれ、腕に力をこめて必死に圧力に抗うこと数秒後。

 体を押し付ける力が感じられなくなって、ホッと息をついたのもの束の間。今度は体の中身がすべてひっくり返りそうなほどの浮遊感が襲いかかってきて、今度こそ湊は思いっきり悲鳴を上げた。


「うぎゃ~~~~~~~~~~っ!!」


 落下高度も速度も、ジェットコースターのそれに比べて劣っているはずだが、少女に両腕でしがみついているだけの不安定な状態が、思ったよりも湊に恐怖心を与えていた。

 そしてその悲鳴は、狭いコクピットの中に一つしかない座席に体を納め、操縦レバーを握る少女の鼓膜を直撃するという二次被害をもたらしていた。


 レバーから手を放してしまえば、機体が空中でバランスを崩して転倒してしまうため、耳を押さえたくても押さえられなかった少女は、ゆっくりと機体を地面に着地させると、そのまま自身にしがみつく少年を振り返った。


「あなたは人の耳元でなんて声を出してるんですか!?」


 いまだにキーンと鳴り続ける耳を今更のように押さえながら文句を言う少女へ、湊は憮然と言い返す。


「そんなこと言ったって! いきなりだったし!」

「だから動きますと最初に言ったじゃないですか!」

「そうだけど……! いや、でも……あんなジェットコースターみたいに動くだなんて思わないじゃないか!!」

「じぇっと……? いったい何の……?」


 間近で顔を見合わせながら、二人が言い合いを始めた時だった。


『隊長無事に助けられたみたいっすね……』

『なんだか楽しそう……』

『というか、そんな子供と喧嘩してないで、さっさと戦線復帰してくださいよ……』

「そうでした……すいません」


 突如開かれた通信モニタに謝る少女の後ろで、湊はぽかんと間抜けな顔をさらしていた。


「(まるでロボットアニメみたいだな……)」


 そんな場違いな感想を思い浮かべる湊へ、通信モニタに映し出された一人の男から声がかけられる。


『おい、そこの間抜け面! てめぇは隊長の邪魔にならねぇように、そこでおとなしくしてやがれ!』

「んなっ!? 誰が間抜け……」


 初対面の相手に散々な評価を受けたことに対して言い返そうとした湊の言葉を、別のモニタに映し出された女性が遮る。


『今は揉めてる暇はない……あとでしっかりお仕置きするから、それまでおとなしくしていて……』

『そうそう。隊長にしがみつけるだなんて羨ま……もとい、隊長のコクピットに一緒にいられるだけでも栄光なことだと思うんだね』

『カール……お前……』


 何かを言いかけた三人目に、最初に湊へ暴言を吐いた男からジト目が飛ぶ。

 その隊員たちの様子をくすくすと笑った少女は、弛緩しきった空気を引き締めるように軽く咳ばらいをする。


「軽口はそこまでにして、今はこの状況をどうにか切り抜けることに専念しましょう」


 それぞれから了承の言葉が返ってくると同時に、モニタに移った三人の顔も引きしまる。


『んで? どうするんすか、隊長?』

『その子もいるし……撤退する?』

『今撤退はありえないだろ……といいたいとこだけど……。そいつがいるとなると……それがいいかもしれないね……』


 言いたい放題言われて憮然とする湊をよそに、銀髪の少女は小さく首を振った。


「いいえ、撤退はしません。いま撤退すれば我々の負けです」


 まるで初めから少女(隊長)がそう言うと分かっていたかのように……否、実際に分かっていて先の発言をした隊員たちが頷く一方で、まったく分かっていない湊が「そんな!?」と声を上げた。


「あの化け物みたいなデカい亀は本物なんだろ!? だったらさっさと逃げないと……!」

「ですから撤退はできません」

「どうして!?」


 日明治見た声で問いかける湊を振り返って、少女はその燃えるような深い柘榴石色カーバンクルの瞳を湊に向ける。


「見て分かりませんか? 撤退すればエネルギーが足りなくなります。敵の足止めと行軍で撤退戦は思っているよりもエネルギーを消費してしまうんです。つまり今戻れば、私たちは確実に紫獣石ビスダイトを補給せざるを得なくなるんです……。いくら相手の移動速度が遅いといっても、私たちが補給を受けている間に、街があの強力な砲撃の射程に入ってしまいます。そうなれば、きっと相手は容赦なく砲撃を打ち込んでくるでしょう……。他の部隊の人たちがいれば、あるいは応援を要請して撤退が可能だったでしょうけど、生憎みんな出払っています……。ですから、私たちが今、この場であの城砦亀シェルタートルをしとめないといけないんです」

「いや、でも……」

『シェルタートルがエネルギー収束を開始……。二十秒後にあの砲撃がくるみたい……』


 まだ言い下がろうとした湊が言葉を発するよりも早く、通信モニタからもう一人の少女の、どこか緊張感に欠ける警告が飛び、銀髪の少女は意識を前に向ける。


「クレアはカウントを取ってタイミングを指示してください! あなたも黙ってないと舌をかみますよ?」


 強制的に会話を終了させられて不満げな湊を無視して、目の前の少女は忙しくレバーやボタンを操作して愛機を操る。


 機体を縦横無尽に走らせて、頭上から雨霰とばかりにばら撒かれる光の弾幕を回避し、反撃とばかりに発射した小型ミサイルが全て打ち落とされて小さく舌打ちをする。


 そうしている内に、亀の甲羅の天辺にある巨大な砲口に溢れんばかりの光が集まる。

 何の知識も無い湊がモニタ越しに見ても危険だと判断できるそれの矛先が、ゆっくりと4機のロボットに向けられる。


 そして、一際その光が大きく膨れ上がったのと同時に、さっきからカウントダウンを読み上げていた少女から声が飛んだ。


『砲撃、来ます』

「各機、散開!!」


 短く発せられた命令に従い、全員がその場をすぐさま離れる。


「ぐぅっ!?」


 再び体に襲い掛かってきた重圧に、湊が腕に力をこめながら歯を食いしばって耐えている最中、巨大な亀から眩い光が発射され、僅かな静寂の後に大地を大きく揺るがした。


 凄まじい衝撃と爆風がそれぞれの機体を煽る中、懸命にレバーやペダルを操作してバランスを保った銀髪の美少女が、どうにか自分のロボットを着地させた直後だった。


「っ……!?」


 内壁に投影されたその光景を見て、湊は思わず息を呑んだ。


 クレーター状に大きく抉られた地面。

 ガラス状に融解したその表面と大きく抉られた大地が、その威力の凄まじさを物語っていた。

 いくらロボットに乗っていたとしても、あれを直撃されたら骨も残らず蒸発してしまうだろう、そう直感させる威力。


 その理不尽なまでの猛威に、自然と体が震えだすのを感じながら、湊は自分がしがみつく華奢な少女に目を向ける。


 こんなの倒せるわけが無い。やっぱり逃げたほうがいい。

 そう言いかけた湊の口は、しかし何らかの言葉を発することなく閉じられる。


 ちらりと覗いた少女の瞳に絶望の色は無く、部下たちに指示を出すその声もまた、怯えや諦めなど一切含まれていない、力強さを感じさせるものだったのだ。


「どうして……」


 思わず、といった様子で湊の口から疑問がこぼれる。


「……?」


 首をかしげて振り返る少女に、湊はそのまま疑問をぶつけた。


「どうしてあんなのに立ち向かおうとするんだよ……? 死ぬかもしれないのに……

 戦っても勝てないかもしれないのに……。なのにどうして……」

「…………私が軍人だからです」

「…………?」

「私たちが軍人で……。私の後ろには守るべき人たちがたくさんいます。私たちが魔獣に勝つことを信じて、いつも笑顔で見送ってくれる人たちが。彼らのその笑顔を守りたくて、そんな彼らに報いたくて私はこの道を選んだんです。だから戦うんです」

「死ぬのが……怖くないの……?」

「そりゃ、怖いですよ」


 少女は即答する。


「私だってまだ若いんです……。やりたいこともたくさんある。やらなきゃいけないこともたくさんある。それを為さずに死ぬなんて真っ平です……怖いです……。でも、だからといって逃げていたって仕方ありません。逃げたところで何かが変わるわけでもない。いいえ、むしろ何も変えることなんてできません。だったら前を向いて少しでも自分にできることをする、そのほうがよっぽど健全じゃないですか」


 そういって微笑む少女は思わず見惚れてしまうほどに綺麗で、湊は思わず固まってしまう。

 と、そこへ、固まる湊をバカにするような乱暴な声が通信モニタ越しに投げかけられる。


『おい、小増! うだうだ言ってんじゃねぇ! てめぇも男だろうが! てめぇのその股についてるモンは飾りか!? ちげぇってんだったら、ちったぁ根性見せやがれ!!』

『ダイン……最低……』

『うぇっ!?』

『クレアの言う通りだ。隊長の前でそんなこと言うなんて、下品で最低な男だな、ダイン』

『カール……クレア……てめぇらなぁ……! せっかくいいこと言ってんのに茶化してんじゃねぇよ!』

「ふふふ……」

『あっ! 隊長まで笑うんすか!? ひでぇ!!』


 突如始まったバカらしいやり取りに少女がくすくすと笑い、それが他の三人にも、そしてそれをぽかんと眺めていた湊にも伝播し、空気が一気に弛緩する。


 そうして全員でひとしきり笑った後、隊長の少女が「さて」と緩みきった空気を切り替えた。


「おふざけはまたあとで、作戦が終わった食事の席に続けましょう。それよりも今は、目の前の城砦亀シェルタートルをどう攻略するか、です」


 そこで一度言葉を区切った銀髪の少女が、肩越しに湊を振り返る。


「あなたも何か作戦があればどんどん言ってくださいね? まずはアレをどうにかして我々が生き残ることを最優先に考えましょう。問答はその後です」

「分かった……」


 こくり、と頷いて、湊は少女の背中越しに前に目を向けた。

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