第39話 仕事人と誕生日
「ぐぬぬぬ……」
オークスウッドへの魔獣同時進行からしばらくしたある日。
異世界からの来訪者たる石動湊は、朝から一人、奇妙な唸り声を上げていた。
「……どうした、相棒? 朝から変な声出して……」
そう声をかけてきたのは、湊の親友のアッシュ・ハーライト。
先ごろの防衛戦が終わった折、同じチームメイトで年下のユーラチカ・アゲートと付き合うことになって、内心浮かれっぱなしのその少年の、にやけきった笑みを浮かべながらの問いに、湊は小さくため息をついた。
「あのさ、アッシュ……」
「なんだよ?」
「いい加減、そのにやけきった顔をどうにかしない? いい加減、気持ち悪いんだけど……」
「おま……っ! 親友に向かってそれはねぇだろ!? というかしかたねぇだろ! 嬉しいんだから!」
無遠慮に湊の肩をばんばんと叩きながらも、そのにやけ顔は納まらない。
「嬉しいって……。もうその話は何度も聞かされたし、いい加減慣れてもいいんじゃ……」
「慣れるわけねぇだろ……。何せ、人生初の彼女だぜ!?」
「ほんま……、ウチもいまだに信じられへんわ……」
「流石にちょっと恥ずかしい、です……」
会話に混じってきたのは、特徴的なトントヤード訛りの喋り方をするチームメイトのアリシア・ターコイズと、アッシュに想いを告げた「彼女」のユーラチカ・アゲート。
「アッシュ先輩は、アレからずっとこう、です」
「だってよぉ……。いままで彼女ができたことなんてなかったから嬉しくてよ……」
呆れた口調をしながらも頬を赤く染めるユーリと、相変わらずのにやけ顔をしながら頬を掻くアッシュ。
その二人の間で甘い空気が流れ始め、それを敏感に察した湊とアリシアは、そそくさとその場を退散することにした。
「ほんま、かなわんわ……。油断するとすぐにああなるんやから……。ユーリなぁ。部屋に戻ってもアッシュのことばっか話すねん……」
「ああ……。ユーリもなんだ……。アッシュもだよ……」
少し前までアッシュと一緒に「非リア充友の会」なるものを結成していた一部の男子生徒たちの、妬みの視線に気付く様子もなく二人だけの世界に没入したアッシュとユーリを見て、湊と同時にため息をついたアリシアが、目の前の光景から逃げるように話を振ってきた。
「ほんで? 自分は何を悩んどるん?」
「え? ああ……えっと……。大したことじゃないんだけど……。その……もうすぐリリアの誕生日なんだ……けど……」
「まだ何をあげたらええか、決まっとらんっちゅうこと?」
こくり、と頷いた湊に、アリシアは難しげに腕を組んだ。
「せやなぁ……。リリアちゃんのことやから、ミナトのあげたもんやったら何でも喜びそうやけど……」
「そうなんだよね……。だから余計に悩んじゃって……」
「リリアちゃんからは何が欲しいとか聞いとらんの?」
「何も……。というか、まだ誕生日のことも何も話してないし……」
「お? なんや? サプライズでも狙っとるん?」
「うん……。まぁそんなところ……」
「せやったら、なおのこと聞けへんわなぁ……。サプライズの意味がなくなってまうし……」
「ん? サプライズがなんだって?」
「詳しく話す、です」
ついさっきまで、見ているこっちが胸焼けを起こしそうなほど甘い空気をかもし出していたのにも関わらず、いきなり会話に割り込んできたアッシュとユーリにため息をつきつつ、湊はもう一度事情を説明した。
「実は……かくかくしかじかああなってこうなってあっちとこっちで……」
「……すまん、ミナト……。俺にはお前が何を言ってるいるのかわらかねぇ……」
「右に同じく、です……」
「ま、お約束っちゅやつやな。ええボケやったで!」
トントヤード人に褒められたが、やらなきゃ良かったと若干後悔した湊だった。
何はともあれ、今度こそ事情をきちんと説明した湊へのアッシュとユーリの反応は、先ほどのアリシアと同じようなものだった。
「サプライズを狙うなら、まぁ本人に聞いたら意味ねぇしなぁ……」
「リリア先輩はミナト先輩のくれたものなら何でも喜びそう、です……」
「だよねぇ……」
分かっていただけにがっくりと肩を落とす湊。
「ま……まぁ……、次の休みの日にでも皆で中央市場で、なんかいいもんねぇか探しに行こうぜ!」
「せ……、せやな! ウチらも付きおうたるさかい、一緒に探そ? な?」
「です! 皆で探せばすぐにいいものが見つかる、です!」
「……ありがとう……」
仲間たちの心遣いに感謝する湊。
しかし。
「ぶっちゃけユーリとデートもしたいし……」
ぼそっと付け加えられた友人の一言に、殺意も沸き起こった湊だった。
そして数日後の休日。
かねてからの予定通りに中央市場へとやってきた湊は、目の前で楽しそうに歩く女子二人を見ながら、傍らの少年に問いかけた。
「ねぇ、アッシュ……」
「なんだ、ミナト……?」
「僕たち……、リリアの誕生日プレゼントを探しにきたんだよね?」
「……そのはずだな……」
「……だよね……」
ため息をつきながら、さっきからぎしぎしと軋みを上げる両腕に視線を落としてぼやく。
「じゃあ……何で僕たち……、アリシアとユーリの荷物をこんなに持ってるんだろう?」
「……いうな、相棒……」
隣で同じようにため息をつくアッシュの両腕にも、ユーリが市場で買った服やアクセサリーなどが納められた箱や袋が積み上げられている。
「女ってのはな……。こういうところに来ると衝動を押さえられなくなって暴走してしまう生き物なんだ……」
付き合う前から、何度もユーリの買い物に付き合い、その度に同じ目に遭っているアッシュの重たいセリフに、湊は元の世界で妹や母親の買い物に付き合わされた記憶を呼び覚まし、思わず納得した。
「リリアたんは、ああいうことはしなさそうだよな……」
アッシュの言葉に、リリアと一緒に買い物に来たときのことを思い出し、こくりと頷く。
「うん。リリアは自分で買うものを最初から決めてて、最短ルートで回るからね……。あまりあんな感じでうろちょろしないかな……」
「なんか……すげぇリリアたんっぽいな……」
「だよね……」
男二人で呆れたように笑っていると、いつの間にか離れたところにいたアリシアとユーリが手を振って湊たちを呼んでいた。
「さて、お姫様たちも呼んでることだし……。さっさといくか?」
「……だね」
お互いに苦笑を向け合い、急いで自分たちを呼びつける女子たちのところへ走り出した。
◆◇◆
それからさらに数日後。
リリアへの誕生日プレゼントを無事に買うことができた湊が、自分の部屋でくつろいでいると、突然、携帯端末が鳴り出した。
「はいはい……」
誰に向けたわけでもない返事をしながら携帯端末を取り上げ、ディスプレイに表示された名前を見ると、相手はいつの間にか登録されていたガーネット家のメイドのアイシャだった。
「……アイシャさん? いつの間に登録したんだろ……?」
疑問に思いながらも、とりあえず通話ボタンを押し込むと、瞬時に空間投射で件のメイドの姿が映し出された。
「もしもし、アイシャさん……?」
『ああ、お客様! よかった、繋がって……!』
相変わらず湊を「お客様」と呼びつつも、普段のふざけた様子とは違って酷く狼狽した様子の彼女に首を傾げる。
「……どうかしたんですか?」
『大変なんです……! お嬢様が……お嬢様が……!』
「リリアが……?」
躊躇っているのか、あるいはよほど慌てているのか、アイシャから中々要件を聞きだせずにいると、画面の向こうから別の声が割り込んできた。
『どきなさい。私が話します……』
初老の男性の渋いその声の持ち主が、程なく画面に姿を現す。
『夜分遅くに申し訳ありません、ミナト様』
そういって丁寧に頭を下げたのはガーネット家の頼れる執事、イアンだった。
「いえ……それは大丈夫なんですが……、リリアがどうかしたんですか?」
先ほどのアイシャの慌てようが気になった湊が問うと、初老の執事は少しだけ口を噤んでから、ゆっくりと答えた。
『実は……、お嬢様がお倒れになりました……』
「………………えっ?」
リリアガタオレタ。
言葉は耳に入ってくるものの、その意味を理解することができない湊へ、老執事は同じセリフを繰り返した。
『お嬢様がお倒れになりました……』
「え……!? ちょ……ちょっと待って!? リリアが倒れた!?」
ようやく言葉の意味を飲み込めた湊が問い返すと、イアンは画面の向こうでゆっくりと頷いた。
『はい……』
「どういうことですか!? 病気か何か……!?」
『詳しいことは私もまだ分かっていません。今、ちょうどお嬢様の掛かり付けの医者が診ているところです……。幸い、命に別状はないみたいですが……』
普段は凜としているイアンの、どこか落ち込んだ様子の声音に、湊はすぐさま行動を起こす。
「僕も今すぐ行きます! 申し訳ないですけど、迎えを頼めますか!?」
『……かしこまりました……。すぐに向かわせます……』
それでは、と言葉を残して通話が途切れた携帯端末をベッドの上に放り出し、慌てて着替えを済ませた湊は、一瞬だけ考えるような素振りを見せた後、机の引き出しから誕生日プレゼントを引っつかんで、携帯端末と一緒にかばんに放り込むと、そのまま急いで部屋を出た。
「……? どうした? なんか慌ててるけど……?」
共有リビングで読んでいた雑誌から顔を上げたアッシュの問いかけに、湊は手短に事情を説明する。
「今ちょうどガーネットのお屋敷から連絡があって、リリアが倒れたって……!」
「はぁっ!? リリアたんが!?」
「うん……。幸い、命に別状はないみたいだけど……。だから僕もこれからすぐに屋敷に行くところ! アッシュはどうする?」
彼女持ちになったとはいえ、リリアをいまだに慕っているからと訊くと、アッシュは逡巡した後に首を横に振った。
「いや……家族でも何でもない、ただの生徒の俺がいっても邪魔になるだけだし……。落ち着いたら電話かメールかするわ……」
「……わかった」
短く受け答えた湊は、そのままアッシュに見送られながら玄関から飛び出し、すぐさま迎えに来た車に乗って、一路オークスウッド中央区郊外にあるガーネット邸へと向かった。
そして。
「リリア!!」
叫びながら勢いよく少女の部屋の扉を開けた湊が見たものは、薄いピンク色の寝巻きの胸元を肌蹴けさせ、薄い胸に聴診器を当てられたリリア・ガーネットの姿だった。
当然、胸の先にある小さな桜色の突起物もばっちり湊の目に飛び込んでいる。
「………………あれ?」
部屋の中に流れる微妙な空気に湊が首をかしげていると、目の前の少女の白い肌が徐々に赤く染まっていった。
そして。
「き…………きゃあ~~~~~~~っ!!」
少女の絹を裂くような悲鳴が、屋敷中に響き渡った。
それからしばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したリリアは、目の前で土下座をする少年に対して、ぷんすかと頬を膨らませていた。
「まったく……! 私を心配して駆けつけてくれたその心遣いは嬉しいですが、いきなり女性の部屋の扉を開け放つのは駄目ですよ!?」
「重ね重ね申し訳ないです」
深々と頭を下げ続ける湊を見下ろして、もう一度だけ深くため息をついたリリアは「仕方ありませんね」と呟いた。
「今回は私があなたを心配させてしまったことが原因ですし、許してあげます……。ですが、絶対に他の女性に対してやってはいけませんよ?」
「………はい……」
どこか微妙にズレた言葉に頷いたところでようやく顔を上げた湊は、今まで成り行きを見守っていた医者に目を向ける。
「それで……? リリアが倒れた原因は?」
「大したことじゃないですよ……。ただの過労です」
「過労……?」
「ええ。まぁ簡単に言えば、働きすぎというやつですよ……。なにせ、リリアお嬢様は最近、ご自宅でも軍の書類仕事や学校の仕事なんかをやられていたみたいですので……」
「そうなんですよ……。我々がいくら言っても、お嬢様はお仕事をやめず……」
よよよ、とわざとらしく涙を拭いながらガーネット家の駄メイドことアイシャが口を挟む。
それに対してリリアはといえば、「だって……」と視線を逸らすしかなかった。
「中々時間が取れないですし……。仕事は溜まっていく一方だったので……。それに……もうすぐ私の誕生日で皆がお祝いしてくれるって言うので……つい……」
ぼそぼそと言い訳を並べ立てるリリアの頭に、湊が手を伸ばす。
そうしてさらさらとした髪を撫で付けながら言う。
「あのさリリア……。確かにリリアが軍と学校の教師で忙しいのは分かるけどさ……。だからといって休まずに仕事のことばかり考えてたら、そりゃ倒れるよ……。今回は倒れただけでよかったけどさ……。もしかしたら死んでたかも知れないんだよ?」
「死ぬって……いくらなんでもそれは大げさすぎでは……?」
思わず苦笑するリリアに、湊は首を横に振って見せる。
「それがそうでもないんだ……。僕の世界では働きすぎで死ぬ「過労死」ってのが問題になってたくらいだし……」
「そう……なんですか?」
「うん……。それにそれじゃなくてもリリアが倒れたりしたら皆が心配するんだから……。僕だけじゃない……。屋敷の皆も……それに、学校の皆だって……。だからあまり無理しないようにしないと……。もうすぐ誕生日だって言うならなおさらだよ……。せっかくの誕生日を潰すところだったんだよ?」
「ご……ごめんなさい……」
しゅんと肩を落として謝る少女に、湊は小さく苦笑を向けると、ポケットから一つの箱を取り出した。
「まぁ、反省してるならそれでいいけど……。それじゃ……そこまでしてがんばったリリアにご褒美をあげる……。ちょっと早いけど、誕生日プレゼント……」
「え……? いいんですか……?」
「うん……。そのために買ったんだから……。貰ってくれると嬉しい……な……」
照れくさそうに頬を掻きながらいう湊から箱を受け取り、丁寧にリボンを解いたリリアは中に入っていた小さな耳飾を見て顔を綻ばせる。
「綺麗……ですね……」
彼女の特徴的な深い柘榴石色の瞳の色に近い石がはめ込まれたその耳飾を目の前で掲げて見せたリリアは、それをそっと自身の耳に付けた。
「どう……ですか?」
「うん……よく似合ってる……」
えへへ、と照れくさそうに笑う少女の頬は、耳飾の石に負けないくらいに上気していたことを、湊は知らない。
~~おまけ~~
変態メイド「お嬢様、お嬢様! 誕生日おめでとうございます!」
天然お嬢様「ありがとうございます」
変態メイド「私からのお嬢様への誕生日プレゼントは「私自身」です!」
異世界少年「やめろ変態メイド!!」




