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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第2部 学園生活編
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第37話 犠牲者

 勢いよく飛び出した巨大なミミズに巻き上げられた砂が、まるで雨のように湊たちが乗るABERへと降り注ぎ、同時に高々と頭を持ち上げた鎧砂ミミズ(クロス・ワーム)が、その砂の雨に紛れるかのように鋭い牙が並んだ口をあけながら突っ込んでくる。


『っ! 各自散開!』


 同行した教師の指示に従ってすぐさまその場を離れる湊たち。

 その直後、巨大なミミズがほんの数秒前まで湊たちがいた場所へ頭ごと突っ込んできた。

 凄まじい振動が伝播し、湊たちの機体を激しく揺さぶる。


「ぐっ!」


 短い苦悶を漏らしながら、必死に機体を制御して態勢を立て直し、すぐさま敵の位置を把握しようとモニタに目を向ける。が、そこには鎧砂ミミズ(クロス・ワーム)が開けたと思しき大穴が広がっているだけで、肝心の魔獣の姿は見当たらなかった。


『厄介だな……』

「うん……」


 繋ぎっぱなしだった通信モニタからアッシュの声が聞こえ、湊は小さく頷く。


『いくら下が柔っこい砂言うても、あれだけ勢いよく突っ込んだら普通は頭が潰れるんやけどな……』

『それを護ってるのが多分、あの鎧、です……』

『それだけじゃないぞ』


 嘆息を混ぜたアリシアにユーリが冷静に返し、教師が情報を追加する。


『砂って言うのはな……、意外に圧力が強いんだ。そんな中をまるで水に潜るみたいにすいすいと移動できる、あの魔獣の力……。それをすべて攻撃に転化して突っ込んで来るんだ。速度と威力、その二つが備わった攻撃は、ABERでは一撃喰らっただけで破壊される……』

『そんな…………、どうすればいいんですか!?』


 同じ場所へと配置された別のチームからの悲鳴じみた問いかけに、アリシアは小さく舌打ちした。


「(何も自分で考えることすらせぇへんで、作戦も指示も他人任せ……。これは、ちっとばかしシンどいなぁ……)」


 常に教師がそばにいて、アドバイスや作戦を教えてくれる授業とは違って、卒業して現場に出るようになれば、自分たちの考えで動かなくてはいけないときが来る。

 それだけでなく、もし現場で指揮官が倒れたら? もしその指揮官が無謀な作戦しか考えられないような人間だったら?

「指揮官の指示に従った結果、魔獣を討伐できませんでした」という言い訳は通らないのだ。


「(しかもこの先生も、多分普段からABERの操縦訓練をしとらんとちゃうか? なんや、妙に動きにぎこちなさがあるし……)」


 先ほどの、鎧砂ミミズ(クロス・ワーム)の突撃を散開して避けたときも、自分で指示を出しておきながら、訓練生の自分たちよりも一歩動きが遅かった。

 さすがに基本的な操縦スキルは身に染み付いているだろうが、あの動きを見る限り戦闘では足手まといにしかならないだろう。

 そもそも、自分たちに同行した教師は、普段から自分たちのABERの訓練を見てきているリリアとは違い、教室の中で魔獣に関する講義を担当しているため、自分たちがABERでの動き方や癖、考え方がまるで分かっていない。

 そんな教師に、自分たちへ的確な作戦指示が出せるとは思わない。


 もっとも、それはアリシア自身も同じで、目の前の教師がどんなABER乗りであるかなど知る由もないし、自分たちのチーム以外のこともあまり知らないのだが。


 横に逸れ始めた思考を、軽く頭を振ることで強引に元に戻す。


「(考えるんや、アリシア! 使える手駒は限られとるで! ただ、焦ったらあかんで! 落ち着くんや!)」


 自身に冷静になるように言いながら、必死に脳を回す。

 しかし、砂に潜っては飛び出して攻撃を仕掛けてくる巨大ミミズと、ぎこちない動きで散発的に指示を出す教師、その教師の指示に狗のように従って無駄な攻撃を繰り返すチーム。

 そんな彼らの喧騒に邪魔されて、上手く思考を纏めることができず、焦ったら駄目なのはわかっていても、次第にアリシアのイライラが募ってきた。


「(……あかん……。今すぐあいつらに向かってミサイル全弾打ち込みたくなってもうた……。魔獣は兎も角として、先生もあいつらも仲間の邪魔せんといてほしいわ……。もういっそのこと、先生や他のチームの奴らを魔獣の囮にして、一緒にヤるっちゅう作戦でもええかな?)」


 思考が物騒な方面へぶっ飛び始めたことに、アリシア自身が気付かずにいる中、先ほどから牽制を繰り返していた頼もしき仲間たち(湊たち)が通信モニタ越しに呼びかけた。


『アリシア! 僕らは大丈夫だから落ち着いて!』

『そうだぜ! お前らしくもない!』

『アリシア先輩はやればできる子、です!』

『おっと、ドサクサに紛れてチビっ子がアリシアを子ども扱いしたぞ? だが、アリシアはチビっ子と違って胸がでかいからな。残念ながらチビっ子じゃ子ども扱いできねぇぜ?』

『いつ私がそんなことをした、です!? あとアッシュ先輩はセクハラ、です! ついでに人をチビっ子言うな、です!』

『二人とも……、こんな状況でもいつも通りなんだね……』

『おいおい、ミナト! 何てめぇ一人でいい子ちゃんぶってんだよ? てめぇだって同罪だぜ?』

『何でだよ!? 勝手に人を巻き込まないでくれませんかねぇ!?』

『お前だってアリシアの夢が詰まったおっぱ……っとそうだったな。ミナトにはリリアたんがいたんだった……。つまりお前の趣味はああいう、小さいほうってことか……』

『……ミナト先輩は私まで守備範囲、です?』

『うん、一人で納得してるところ悪いけど、それ、リリアが聞いたら絶対に怒るからね? あとユーリは僕から逃げようとしないでね? 僕は何も言ってないでしょ!?』

「…………ぷっ! あっははっはっは!」


 途中から完全にいつものようなおふざけモードへ突入した仲間たちのやり取りに、ついに堪えきれなくなったアリシアが笑い出した。

 突然のことに驚く湊たちへ、笑いすぎて滲んだ涙を拭いながら言う。


「ほんま、自分らはいつでもどこでもいつも通りなんやから……。気ぃ張って無駄に焦っとったウチのほうが馬鹿らしいやん……。まぁ、おかげで肩の力抜けて、助かったんやけど……」

『お? そうだろ? やっぱさ~。俺ってば狙撃手スナイパーだからか、周りをよく見るんだよね! んでお前がちぃっと力は入りすぎてるような気がしてさ! だから、ガス抜きのために態とだな……』

『それは嘘、です。アッシュ先輩にそんなこと考えられる頭脳はない、です』

『ああ、それは言えてるかも……。絶対に偶然だよね……』

『お前ら!? せっかく俺がいい言葉で締めようとしたのに!?』

「まぁ、アッシュやから締まらんのはいつものことやね」

『アリシアまで!?』


 仲間たちからの総口撃にモニタの向こうでアッシュが涙を滲ませたところで、おふざけを終了させ、他のチームや先生を含めた全体へ通信をする。


「ほんなら全員に作戦を伝えるで!」




◆◇◆




 全身を締め付けるような砂の重圧をものともせず、魔獣は地上から伝わってくる振動と、紫獣石エサの気配を頼りに移動し、一番近い気配のすぐ手前で急浮上をする。

 そのまま勢いよく地表へと飛び出した鎧砂ミミズは、巻き上げられた砂が雨のように降り注ぐ中、鋼鉄の身のうちに漂う紫獣石ビスダイトの芳しい香り目掛けて、獲物へと大口を開けて一気に襲い掛かる、その直前だった。


 鋼鉄の人形(エモノ)の遥か後ろが眩しい光を放ったかと思うと、一瞬で彼我の距離を詰め、大口を開けていた彼女・・の口の中に飛び込んだのだ。


 紫獣石特有の芳醇な甘さとは似ても似つかない強烈な苦味と、舌を突き刺すような刺激が鎧砂ミミズの脳を刺激し、彼女はそれを追い出すべく、本能的に頭を振り回す。

 その勢いで何かに当たった気がしたが、今はそれを気にする余裕もなく、一刻も早く口の中の違和感を追い出すことで精一杯だった。


 それから少しして、ようやく口中を支配していた嫌な味が納まった鎧砂ミミズが見たもの。

 それは、彼女目掛けて飛んでくる無数の小さな何かと光、そして棒状の何かを持った鋼鉄の人形の姿だった。




◆◇◆




 アリシアの作戦は、「前衛が囮になって魔獣をおびき寄せ、地面から飛び出してきたところを総攻撃する」という、ごく単純なものだった。


 その作戦を聞いたほかのチームからは難色を示されたものの、湊やユーリが率先して動き、またアッシュが「お前ら、年下のユーリですらやってることができねぇのか?」という、彼らのプライドを刺激するような一言を持って作戦は実行へ移された。

 もちろん、誰のところへ来るかは分からないので、アリシアと、同行したチームのリーダー、そして教師の三人でセンサーの感度を最大にし、現在、鎧砂ミミズがどこにいてどこから飛び出してくるのかを逐一監視できるようにして、最大限の安全を図るようにしていた。


 こうして実行に移された作戦は、見事に魔獣を捕らえることができた。


『あの魔獣は音と紫獣石ビスダイトの気配を捕らえて移動する』


 最初にそう指摘してきた教師の言葉に従って、とりあえず囮役の前衛たちは高機動モードでそこら中をでたらめに移動する。

 その間にも、センサーで地中の様子を監視しているアリシアたちから、逐一飛び込んでくる情報を頼りに、湊たち前衛兼囮は、集合しながら予め指定されていた、アッシュたちの後衛チームが狙いやすいポイントへ魔獣を誘導していく。

 そして、ポイントへ到着した湊たちが立ち止まり、鎧砂ミミズが勢いよく地面から飛び出してきたところで、後衛チームとアリシアたち監視チームがすぐさまミサイルやライフルを撃ち放ち、同時に囮役たちは一斉にその場から離脱した。

 その直後、囮チームをその大口で喰らおうとしていた巨大ミミズの口に、ライフルの弾丸とミサイルが飛び込む。


 どうやら、これには流石の魔獣も溜まったものではなかったらしく、激しく頭を振り回す。


 そしてその事故が起きたのはそんなときだった。


『あかん! 早く離脱せぇっ!』


 アリシアの悲鳴じみた声に湊が思わず振り返ると、悶え苦しむ魔獣の前に一機のABERがいた。


『あっ……、あぁ……!?』


 恐らく、目の前の魔獣の異様に飲まれたのだろう、呻くような、搾り出すような、そんな一人の少年の声がモニタ越しに聞こえてきた。


『早く逃げなさい!!』

『馬鹿野郎!!』

「逃げろ!!」


 湊たちが叫ぶも、一向に動こうとしないその機体へ、暴れまわっていた鎧砂ミミズ(クロス・ワーム)の頭が直撃した。


 砂の重圧から体を護る鎧と、その砂の中を水のように進むための筋力が合わさったその一撃は、事前に教師が言っていた通りに、ABERの装甲を紙の様に引き裂きながら、その衝撃で機体が遠くへ吹き飛ばされ、同時に繋ぎっぱなしになっていた通信が、ブツリと途絶えた。


『ハンスっ!? ハンス!!』


 アリシアの隣で魔獣の動向を監視していた少女が必死に呼びかけるも、通信モニタは無情にも通信途絶の文字を映し出すだけだった。


 それが一体何を意味するのか、分からないほど鈍感ではない湊たちが思わず沈黙する中、必死に応答しない機体へ呼びかけていた少女が飛び出した。


『よくもハンスを……! 私の大切な人を……!! うわぁぁぁああああああぁっ!!』


 少女は叫びながらミサイルをすべて魔獣へ向けて発射し、さらには手にしていた銃も発砲、そしてついには隣にいた教師が装備していた高周波振動刃の剣を奪い取ると、スラスターを全開にして魔獣へと飛び出していった。


『あかんっ! 戻るんや!!』


 咄嗟に伸ばされたアリシアの手が虚しく虚空を掻く中、光の弾丸とミサイルの爆炎が纏わりつく魔獣へと一気に接近した少女は、手にした刃を思いっきり巨大なミミズの腹へと突き立てた。


――――っ!!


 声にならない悲鳴を上げる鎧砂ミミズ(クロス・ワーム)から吹き出た紫色の血飛沫が、少女が駆るABERを染め上げる。


『ハンスを……、あの人を返せっ!!』


 憎悪に染まった声を出しながら、さらに剣を捻り込む少女を、ふと巨大な影が覆う。

 そして次の瞬間。

 金属の拉げる音と同時に、少女は彼女が乗っていたABERごと、巨大な魔獣の口の中へと姿を消した。


「そん……な……」

『くそっ!!』


 湊が愕然とし、アッシュが悪態をつきながらハンドレバーを殴りつける。

 そんな中。


『…………まだや! 手を止めたらあかん!』


 アリシア・ターコイズがその場の全員を叱咤する。


『魔獣はまだ生きとるんや! 戦いは終わっとらんで!』

『何言ってるんだよ!? 仲間が死んだんだぞ!?』


 ハンスと呼ばれていた少年と同じく前衛を務めていた少年の叫びを、けれどアリシアはばっさりと斬り捨てる。


『せや……。仲間は確かに死んでもうた……。せやけど、それは魔獣には関係あらへん! ウチらの仲間が死んだから待って下さいって魔獣に頼んで、待って貰えると思ってるん? そんなことありえへんやろ!? 嘆くんも、悲しむんも全部後回しや! 今は戦うことに専念せな、そんなこともでけんようになってまう!』


 自ら引き金を引き絞りながら叫ぶ少女に、湊やアッシュ、ユーリは頷いてそれぞれの武器を構える。


 そうして、それからしばらくしてようやく到着した軍の応援もあって、生徒二人の命を奪った魔獣、鎧砂ミミズ(クロス・ワーム)はどうにか討伐された。




◆◇◆




 そしてオークスウッド史上初めての大規模防衛線から数日後。


 重たい雲から冷たい雨が降り注ぐ中、今回の作戦で犠牲となった人たちの葬儀がしめやかに行われた。

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