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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第2部 学園生活編
44/91

第34話 少女の心に点るもの

「……不覚、です」


 夜空に浮かぶはずの緑色の月も、輝く星の光も届かない深い森の中で、綺麗な白金色の髪をした少女がぼんやりと呟いた。

 その少女の背後には、高さ数メートルほどの崖が控えており、ちょうど少女の真上の部分にあることから、彼女がそこから滑り落ちたことが伺える。

 その崖は、ただでさえほぼ垂直に切り立っていて、少女の細腕では到底登れそうにない上に、今の少女は崖を滑り落ちた際に足をひねってしまったらしく、先ほどから右の足首からズキズキとした痛みが何度も少女の体を走り抜けていた。

 当然、歩くこともままならないため、崖から落ちた衝撃で失った意識が戻った後、少女はずっと同じ場所でうずくまっていた。


「皆、今頃心配してるはず、です……」


 彼女の脳裏に過るのは、今頃突然姿を消した自分を心配して探しているであろう、仲間たちの姿。


「アッシュ先輩はともかくとして、ミナト先輩やアリシア先輩、リリア先輩に迷惑をかける、です……」


 一人ごちて、もう一度立ち上がろうとするも、やはり足の痛みに負け、その場に座り込んでしまう少女。


「携帯端末は落ちた時にぶつけたのか、反応しない、です……」


 ポケットから取り出した携帯端末は、土に塗れ、画面のところどころに罅が生じていてボタンを押してみても反応することはなく、携帯端末で助けを呼ぶのは絶望的だ。

 かといって、大声で助けを呼ぼうにも、近くに人がいない状態では無駄に体力を消耗するだ。小さな体でその分体力も少ない少女としては、極力体力の消耗も抑えたいので、大声を出すのは却下だ。


「せめてもの救いはリソス帝国と違ってオークスウッド(ここ)が一年を通して暖かい気候だから、風邪を引きにくい、です……」


 そうはいっても、夜になれば少しだけ肌寒さを感じる気候でもあるため、できれば長時間、夜の帳が下りた外に放置されたくはないのも確かだ。


「これは…………。もしかしたら人生最大のぴんちというやつかもしれない、です……」


 あまり切羽詰った様子のない声で呟きながら、少女――ユーラチカ・アゲートは、現状の原因になったことを探るべく、数時間前の記憶を呼び起こした。





◆◇◆




 それは新年初日の朝が明けたころ。

 元の世界(あっち)にいたころは、家族で元旦を迎え、おせち料理と年末に手作りした餅入りのお雑煮を囲んでいた湊が、異世界こっちでは、特に特別な料理もない、いつも通りの朝食に内心で驚きながら食べていた時のことだった。


「なぁ、今日の夜は肝試しをしようぜ!」


 齧っていたパンをミルクで流し込んだアッシュが、唐突にそう切り出した。


「はぁ? いきなり何言うてんねん……」

「アッシュ先輩が、また突然アホなことを言い出した、です」

「またいきなりだね……」

「はっは~! 既視感デジャヴたっぷりの反応ありがとよ!」


 休暇直前に似たような反応を見せた三人を笑い飛ばし、アッシュが残る一人に目を向けると、その当の本人たるリリア・ガーネットは、可愛らしく小首をかしげて見せた。


「あの……、その「きもだめし」ってなんですか?」

「あれ? リリアたん。今まで肝試ししたことないの?」

「ええ……、お恥ずかしながら……」


 頬を僅かに染めるリリアに、アッシュが大げさに驚いてみせる。


「マジで!? それはまさに人生の半分を損してるぜ、リリアたん!」

「そんなにですか!?」

「それは流石に言いすぎだって……」


 湊が呆れたようにツッコむ。


「肝試しっていうのは、暗い山道とか幽霊やお化けが出るって噂される場所を、夜に探索する遊び……でいいのかな……」

「要は、みんなでちょっと怖い思いをしながら楽しみましょってことでええんちゃう?」

「ああ、なるほど……。そういうことですか……」


 湊の自信なさそうな説明と、アリシアの補足で大体の内容を掴めたのだろう、納得したように手のひらを打つリリアに、アッシュが意地悪な笑みを向けた。


「そうそう! そんでもって事前に調べたんだけど、この辺りでは昔、紫獣石ビスダイトの採掘場で落盤事故があったらしくってさ……。その事故に巻き込まれた人たちの霊が、今も彷徨ってるって噂があるんだ」


 これ見よがしに語ってみせたアッシュだったが、リリアの反応は薄かった。


「……? この辺りでそんな事故があっただなんて話、私は聞いていませんが……?」

「大丈夫や、リリアちゃん。今のはアッシュの作り話やから……」

「そう、です。アッシュ先輩はリリア先輩がこの辺りに詳しいことを忘れている残念でアホな子、です」

「まぁ、アッシュの言うことだしね……」

「お前ら……、本人を目の前にして言いたい放題だな……」


 いつも通りのチームメイトたちに思わず頬を引き攣らせながら、アッシュは「とにかくだ!」と強引に話を戻した。


「リリアたんはどうする? 肝試す? 試さない?」

「皆さんが楽しんでいる中で、私一人が部屋に引きこもっていてもつまらないだけですし、その「きもだめし」にも大変興味があるので、ぜひ参加させてください!」

「そうこなくちゃ!」


 パチンと指を鳴らしたアッシュは、すぐに出かけようと朝食を慌てて飲みこむ。


「んじゃあ、俺はコースの下見とかいろいろ準備してくるわ」

「ふ、ふん。肝試しにはりきるとはやっぱり先輩、です。だいたい幽霊とかそんなものはこの世にいない、です。信じる方がどうかしてる、です」


 席を立ち、別荘を出ようとしたアッシュの耳に、一人の少女の声が耳に届き、思わず足をとめた。

 振り返った先には、綺麗な白金色の髪をした年下の少女。よく見れば、その少女の方が僅かに震えていたことに気づいたアッシュが、普段彼女からイジられているお返しにとばかりに、その顔ににんまりとした笑みを貼り付けた。


「おやぁ? もしかしてユーリちゃんは怖いんですか? まぁ天才少女といわれてるけど、俺たちより年下だし、チビっ子だから仕方ないかなぁ?」


 露骨なその挑発に、ユーリの眉がぴくりと跳ね上がる。

 それに気づいたアッシュの笑みが、ますます深くなり、まるで水を得た魚のようにからかい続ける。


「怖いんなら、チビっ子だけ一人ベッドにもぐっててもいいんだぜ? あ、でもそうすると今度は一人になっちゃうからそれはそれでこわいよなぁ? 大丈夫かぁ? 一人で寝れまちゅか? なんなら俺が添い寝してやってもいいんだぜ? あ、安心しろよ。俺はチビっ子には興味ねぇから!」

「アッシュ……それはちょっと大人げないんじゃ……」

「ほんま、ガキやないんやからそこまでにしといたほうが……」

「はわわわ……」


 流石に見かねた湊とアリシアがアッシュを諫め、なんだか妙な空気にリリアがおろおろし出す。


 しかし、それでもなお、ケタケタと笑いながらからかい続けるアッシュに、ついに我慢の限界を迎えたのだろう、ユーリが勢いよく立ちあがり、反動で椅子が跳ね跳ぶ。

 思わぬ大きな音に全員が驚く中、素晴らしい笑顔を顔にはりつけながらゆっくりと歩くユーリは、アッシュの少し手前で立ち止まった。

 そして。


「いい加減にする、です!」


 叫びながら気合一閃。ユーリの右足が一瞬で跳ね上がり、そのつま先がアッシュの顎を見事に捕らえた。

 軸足の踏み込み、腰の回転、体重の乗せ方、遠心力。そのどれをとっても、一級品といって差し支えないその回し蹴りは、頭一つ以上以上の体格差があるアッシュの体を浮き上がらせるほどの威力を見せた。


「ぶべらっ!?」


 アッシュが意味不明な叫び声をあげながら床に倒れこむみ、ユーリがゆっくりと足を下ろす。

 ちなみに、本日のユーラチカ・アゲート少女の格好はといえば、フリルがあしらわれた白のブラウスに、紺色のひざ丈までのスカートというもの。

 そんな服装で高々と足を上げれば、当然スカートの奥に隠された布地もお披露目してしまうわけで。


「ナイスホワイトだぜ、チビっ子!」

「っ~~~~~~!?」


 倒れ際に呟かれたアッシュの一言の意味を瞬時に察したユーリは、白い肌を真っ赤に染めながら全力でアッシュを踏みつけた。


「エロッシュ先輩最低、です!」

「おぶっ!? 待……! 俺が悪かったから! ちょっ!? そこだけは……ぎゃ~~~~~~っ!!」


 朝からアッシュの汚い悲鳴が響く中、ことの成行きを見守っていたアリシアがぼそりと呟いた。


「見えても言わんとけばよかったのに……。あほやな、アッシュは……」

「あ、あはははは……」


 顔を真っ赤に染めて足を振り下ろす年下の少女ユーリと、その少女に踏みつけられて悶える少年アッシュ、そしてしたり顔で頷く隣の少女アリシアとやっぱり困惑して右往左往する少女リリアという混沌とした状況に、ただ頬を引き攣らせるしかない湊だった。


 それからしばらくは、湖で水遊びを堪能したり、全員分の食材を確保しようと挑んだ釣りで結局一匹も釣ることができなくて肩を落としたり、夕飯前に用意された風呂で思春期真っ只中の金髪の少年が女風呂を覗こうとして女子たちに迎撃されたりと、それなりに楽しい時間を過ごし、ガーネット家に勤める敏腕メイドたち特製の夕飯で空腹を満たしたあと、照明を落とした暗いリビングの中央に一本だけ置かれた、溶液につけられて淡く紫色に発光する紫獣石ビスダイトを淹れた皿を囲むようにして集まっていた。


 暗い室内に、ぼんやりと紫色の顔が浮かび上がる様は、湊がいた世界(あちら)の日本の、怪談を行う際の由緒正しき作法である暗い部屋にろうそく一本の雰囲気に負けず劣らず不気味だった。


「これは俺が今回のキャンプをする際に調べていて分かったことなんだがな……」


 いかにもな雰囲気たっぷりにそう話し始めたのは、食後にくつろいでいた面々へ向って「肝試しする前に怪談で雰囲気盛り上げようぜ」とものすごくいい笑顔でのたまった少年、アッシュ・ハーライトだ。


「今朝も言ったが、実はこの近くの紫獣石ビスダイト採掘場で、昔落盤事故があったんだ……」


 今朝話したときは、全員にあっさりと作り話と否定されてしまったが、今回はこの場の雰囲気もあってか、誰からともなく固唾を呑んだ。

 その様子に、心の中でにやりと笑ったアッシュは、それをおくびにも出さずに話を続ける。


「この事故の犠牲者は、当時採掘現場で働いていた従業員の実に半数にも及んだらしい……。当然、それほどの大規模な落盤だから、事故の犠牲者の生存は絶望視され、捜索はすぐに打ち切られた……

 だが、実は犠牲者の中で一人だけ……、当時全従業員の中でももっとも若かった、とある青年だけは生きていたんだ……。いわば生き埋め状態って奴だ……。当然、その生存者は外へ助けを求めた。大声を出してみたり、近くのものを強く叩いてみたり、いろんなことをしてな……。だが、助けが来ることは決してなかった……。なぜなら、青年が目覚めたのは、捜索が打ち切られた後だったからだ……」


 ごくり、と誰かが喉を鳴らし、ユーリが思わず隣のアリシアにしがみつく。


「青年は捜索が打ち切られたことも知らずに助けを求め続けた……。けれど、どうしたって限界は来る。水もなければ食料もなく、それどころか次第に呼吸もままならなくなるほど酸素もなくなっていった……。そうして青年はやがて力尽き、静かにその生涯を終えた……。ただし、胸のうちに助けに来なかった全ての人間への恨みを抱いて、な……

 それからだそうだ……。そう。ちょうど今夜みたいなよく晴れた日の夜に、その青年の恨みの篭った怨嗟の声が聞こえるらしい……。「助けて……」ってな……」

「ひっ!?」


 遂に我慢しきれなくなったユーリが短い悲鳴を漏らしたのと同時に、アッシュは部屋の明かりをつけた。


「さて、いい感じに盛り上がってきたところで、そろそろ肝試しといきますか!」


 その言葉を合図に、全員が揃って別荘の玄関に移動する。


「んじゃあ、軽くルールを説明するな。コースは単純。この道を真っ直ぐ行って、採掘場の手前にある広場がゴールだ。一人ずつ、時間を空けて出発していくスタイルで、ゴールしたらそこで待っていてくれ……

 一本道だから迷うことはないと思うけど、足場が悪いところがあるかもしれないから、何かあったらすぐに携帯端末で連絡すること!」


 以上、と締めくくられたところで、遂に肝試しがスタートした。まずはアリシアが先行して、その後分後にユーリが出発し、少ししたところで事件は発生した。


「うぅ……怖い、です……」


 暗い夜道を一人で歩いていたユーリは、先ほど聞かされた怪談を思い出して、震えながら前へと進んでいた。

 それからしばらく進んだところで、突然ユーリの横の茂みが「がさり」と音を立てた。

 普段の冷静なときならば、風に煽られたのだろうと判断できたのかもしれないが、このときばかりは完全にパニックに陥り、一刻も早くその場から離れようと走り出した結果、道を踏み外して崖から転落し、その衝撃で気を失うことになってしまった。


 そうしてやがて意識を取り戻したユーリが、現状を把握したところで話は冒頭へ戻る。




◆◇◆




「無事にここから戻れたら、とりあえずアッシュ先輩をお説教、です」


 自分をこんな状況へ追いやった相手へと復讐を誓うことで恐怖心を誤魔化すが、時折揺れる茂みや、鳥の鳴き声を前に、どんどんと心細くなってしまう。


「……もしかしたら、私もアッシュ先輩の話に出てきた青年のように見捨てられた、です?」


 そう思った途端、少女は胸を締め付けられるような感覚を覚えた。


「……寂しい、です……。怖い……、です……。寒い……、です……」


 呟きながら、自身の足を抱え込む。


「……誰か……助けて……」


 心の底から漏れ出したような、その小さな声を、しかし誰も聞きつけることはなく、じわりと少女の瞳から涙が溢れた、その直後だった。

 突然、頭上からがさがさと何かを掻き分けるような音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には重い何かが崖を転がり落ちる音へと変わり、そしてそれはユーリの真横で止まる。


 呆然としながら見つめる少女の視線の先には、頭を強かに打ちつけたのか、悶絶しながら地面を転げまわる金髪の少年の姿。


「アッシュ……先輩……、です?」

「……お? やっと見つけたぞ、チビっ子!」


 にこり、と笑った少年、アッシュ・ハーライトはそのまま這うようにユーリへと近づく。


「まったく……心配させやがって……って、なんだお前……。足を怪我したのか?」

「っ!? こ、こんなの平気、です!」


 咄嗟にいつものように強がって見せる年下の少女に、アッシュは深々とため息をついた。


「お前な……。こんなときにまで強がってんじゃねぇ! いいからほら!」


 乱暴に言いながらも、くるりとユーリに背を向けてその場にしゃがみこむ。


「…………?」


 その意図がつかめずに首を傾げるユーリに、アッシュは安心させるような笑みを浮かべる。


「ほら、いいから乗れ。皆も待ってるし、帰るぞ?」

「…………………」


 少女は僅かに沈黙した後、そろそろと歩み寄って少年の意外と広い背中に体を預ける。

 アッシュは、ユーリがしっかりと自分に負ぶさったことを確認してからゆっくりと立ち上がり、彼女の怪我をいたわるかのように、そっと歩き始めた。


「先輩……、ありがとう、です……」


 少女の消え入るような言葉が、耳をくすぐった。

~~おまけ~~


ド変態メイド「はっ!? どこからかラヴな匂いを感じます! くんかくんか……。これはお嬢様とお客様のものではありませんね……。しかし甘酸っぱいこの匂い……。私、気になりますので確認してきます!」

メイドたち「仕事して!?」

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