第33話 年明け
「やってまいりました、キャンプ場!」
「といっても、リリアの家の別荘だけどね……」
湖にせり出すように建てられたガーネット家所有の別荘を前にして、大きく両手を広げて叫ぶアッシュに、車から荷物を降ろしながら湊が冷静にツッコんだ。
そんな湊の横から、アリシアが呆れたような視線をアッシュに向け、ついで目の前に聳え立つ立派な建物に感嘆の声を漏らした。
「アッシュやないけど、こないな所に泊まれるいうんは確かにテンション上がるなぁ……」
「アッシュ先輩もアリシア先輩もまだまだ子供、です」
「さっきからめっちゃそわそわしてるチビっ子に言われたくねぇわ!」
「チビっ子言うな、です!」
どこにいてもいつものやり取りをし始めるアッシュとユーリに、湊が思わず苦笑していると、最後に車から降りたリリアがひょっこりと顔を出した。
「あなたたちは、いつでもどこでも変わりませんね」
「あ、あはははは……」
「どこでも普段通りということは、いつでも本来の力を出せるということなので喜ばしいことではあるのですが……。それでも、授業中でも、というのはさすがにやりすぎですよ?」
「うぐっ……、以後気を付けるよ……」
よろしい、と教師の顔で微笑んで見せたリリアは、湖の周りではしゃぐアッシュたちに目を向けた。
「でもまぁ……。ああして喜んでくれているのならよかったです」
そうつぶやく少女の横顔は、どこか安堵したようなそんな表情だった。
「リリア?」
呼ばれて湊を振り返ったリリアは、柳眉を寄せてその特徴的な深い柘榴石色の瞳に不安の色を浮かばせる。
「正直不安だったんですよ……。皆のキャンプに私も参加していいのかどうか……」
「……どうして?」
「だって……、私はあなたたちの先生ですから……。先生がそばにいたら、羽も伸ばせなのでは……と……」
それを聞いた湊が思わず、くすりと笑う。
「なっ!? どうして笑うんですか!? 私は真剣に……!」
真面目な話を笑われて憤慨する少女に、湊は「ごめんごめん」と慌てて謝る。
「だってさ……、アッシュたちと同じことを言うんだもの……」
「同じこと……ですか?」
「うん。ほら、以前に僕とリリアの二人きりで中央市場出かけたことがあったでしょ?」
「え……えぇ……」
「あの時にさ、アッシュが言ったんだ……。自分たちはあくまでもリリアの生徒であって、家族でも何でもないから、自分たちも一緒に出掛けたら、どうしてもリリアは先生として意識しなくちゃいけなくなる、そうなるとリリアは羽を伸ばせないだろ? って……」
「そうですか……、そんなことを……」
「それに、今回は皆からリリアを誘ったんだよ? 先生とか生徒とか気にしてたら、まずリリアを呼ぶなんてことしないでしょ?」
「それはどうでしょうか? もしかしたらこの別荘を使いたいがために私を対外的に誘ったとも……」
「まさか! だってあのアッシュだよ? そんなことを考えてると思う?」
湊の問いに、リリアはしばらく湖を覗き込んではしゃいでいるアッシュを見つめた後、やがて肩を竦めた。
「それもそうですね。彼はそんなことを考える人ではりませんね」
「そうそう。アッシュはアレで馬鹿なんだからそんなこと気にしてないって! だからリリアも今回は先生とか軍人とかそういうのは忘れて一緒に楽しもうよ!」
「ええ。そうですね。そうします」
ふわり、と微笑みながら、なぜか湊から距離を取り始めるリリア。
一体どうしたのかと首をかしげた湊の背後から、突如恨めしい声が聞こえた。
「ミ~~ナ~~ト~~……」
びくり、と背中を震わせながらゆっくりと振り返ったその先には、短い金髪を器用に垂らして目線を隠し、おどろおどろしい空気を醸し出す親友の姿があった。
「聞こえてたぞ、てめぇ……。誰が馬鹿だ!」
抗議しながら湊の頭を腕で締め付け始めたアッシュへ、いつの間にかそばに来ていたアリシア達から痛烈なツッコミが入る。
「え? アッシュって馬鹿なんちゃうん?」
「私も馬鹿だと思ってた、です」
「お前らまで!? 何でだよ! 何でそうなるんだよ!?」
「何でも何も、あんたの成績はいつもぎりぎりやん。この間かて、自分でミナトに勉強教えてもらわへんかったらヤバかった言うてたし……」
「モテることに執着して、全然成果が見えない変な趣味をしてる時点でお察し、です」
「まぁ、そこはアッシュだし……。残念だけど、諦めるしか……」
「お前ら寄ってたかって言いたい放題だな!? リリアたん……、あいつらが俺を苛める……」
「皆さん、「めっ」ですよ? ハーライトさんだって精一杯努力をしてるんです! たとえ結果がでないと分かり切っていて、はたから見たら完全に無駄な努力だったとしても、それを笑ってはいけません」
「リリアたんが一番毒舌だった!?」
がっくりと膝を落としていじけ始めたアッシュを見て、リリアがひどく困惑する。
「え? え? 私、何か変なこと言いました?」
「まさかの無自覚とか……。リリアの天然は健在だったか……」
「恐ろしい人やで……リリアちゃん……」
「アッシュ先輩どんまい、です」
「おお、もう……」
ユーリに優しく肩を叩かれ、目の端に涙が浮かぶアッシュだった。
◆◇◆
「え~……。それでは僭越ながら、今回のこの企画の立案者である俺が乾杯の音頭を取るぜ」
湖で遊んだりしているうちにすっかり日が暮れて、ちょうどお腹がすいたころを見計らったかのように、ガーネット家専属の料理人の手によっていつの間にか用意されていたバーベキューセットの前に、酒が注がれたグラスを手にしたアッシュが立つ。
「まずは、今年一年、皆お疲れ様! こうやって皆でそろって年の瀬を迎えられることを俺はうれしく思う!
思えば、今年一年はいろんなことがあったよな……。軍学校に入学して、ミナトやアリシア、チビっ子、リリアたんに出会って……。同じチームの仲間として一緒に訓練して……。まぁ、初めて魔獣と遭遇した時は死ぬかと思ったけど……。それでも、こうして今皆と一緒に一年を無事に終えることができるのも、厳しい訓練を俺たちに課してくれたリリアたんのおかげだと思う。ホントは俺たちへ厳しい訓練をさせることに悩みながらも、俺たちがしっかりと生き残れるように努力してくれたリリアたんにはすっげぇ感謝してる……
さて、今年はもうすぐ終わるけど、皆は来年の目標はもう立てたか? ちなみに俺は…………」
グラスを掲げたまま、アッシュの話が尽きることなく紡がれていく最中、アリシアが湊の脇腹を軽くつついて耳打ちする。
「なぁ、なんやアッシュの話、おもんないし長いと思わへん?」
「ああ……確かに……」
「せやろ? ウチもそろそろ限界やねん……」
「私もいい加減ご飯を食べたい、です」
「リリアはどう?」
「えっ!? 私ですか!?」
突然話を向けられたリリアは、困ったような顔をしながらちらちらとアッシュに目を向ける。
どうやら、アッシュが湊たちの内緒話に気付いて気分を害していないかが気になるようだった。
しかし、アッシュは完全に自分の世界に入ってしまっていて、湊たちが何をしているのか気付いていないとわかると、安堵の表情を浮かべてから、曖昧に微笑んだ。
「確かに……少し退屈なのは否めませんが……、それでもせっかくハーライトさんが一生懸命話してるのですから……」
最後まで話を聞いてあげた方が、と続けようとした矢先、当の本人の腹から「くぅ~」という可愛らしい音が漏れて、リリアの顔が真っ赤に染まる。
それをみたアリシアが、にやりと笑って見せた。
「よっしゃ。ほんなら決まりやな。アッシュはほっといて、ウチらだけで先に始めよか?」
「賛成、です」
「まぁ、アレじゃ仕方ないかな……」
「ほ……本当にいいのでしょうか……?」
困惑しながらも、ちゃっかり湊たちと同じようにグラスを掲げるリリアに苦笑しながら、自然と湊が口を開く。
「それじゃ、今年一年お疲れ様でした。来年もよろしくってことで……乾杯!」
「乾杯や!」
「乾杯、です!」
「か、かんぱ~い……」
それぞれが手にしたグラスを軽くぶつけあったところで、ようやく事態に気づいたアッシュが我に帰る。
「あっ!? ちょ……お前ら! 何勝手に始めてんだよ! 俺の話を最後まで聞けぇっ!」
「あんたが長ったらしく話とるから悪いんやろ? ウチ、もう腹ペコやねん」
「私も、です。アッシュ先輩の長ったらしくて中身がない話よりも、目の前の肉のほうが大切、です。せっかくリリア先輩がいいお肉を用意してくれたのに、焦がしたら罰が当たる、です」
「ごめんね、アッシュ……。僕もそろそろお腹が限界で……」
「お前らな……! くっ! こうなったら最後の良心のリリアたんが頼りだ!」
アッシュのセリフに釣られるように全員の視線が集まる中、リリアは焼けた肉を頬張って、一生懸命に口を動かしていた。
「むぐむぐ…………ふぇっ? んぐっ! あっ! すいません! お話を聞いていませんでした!」
慌てて口の中の物を飲み込んでから頭を下げるリリアに、しかしアッシュがなぜか親指を立てて見せた。
「可愛いからよし! 許しちゃう!」
「何やそれ! なんでウチらと扱いがちゃうねん!?」
「お前らはもうちょっと謙虚さというものをだな!」
「いや、それはアッシュにだけは言われたくないかな?」
「リリア先輩ずるい、です! 私も食べる、です!」
「あっ! おいチビっ子! それは俺が狙ってた肉……って、ミナト! お前まで……!」
「悲しいけどこれ、戦争なんよ……」
「アリシアも変なセリフ吐きながら、さらっと俺の皿から肉を奪うな!」
「あわわわわ……。皆さん、お肉はたくさんありますから仲良く……」
「そういうリリアちゃんも、ちゃっかり自分の肉は確保してるんやな……」
「だからお前らは自分で肉を焼け!」
こうしていつものように騒がしく、彼らの夜は更けていった。
それからしばらくして、緑色に輝く月が中天に差し掛かるころ。
ついさっきまで、部屋に乱入してきた女子たちと枕投げで盛り上がり、せっかく部屋割りを決めたのにもかかわらず全員力尽きてその場で眠る中、こっそりとベッドを抜け出した湊は、湖にせり出すようにして設置されたバルコニーから、ぼんやりと月を眺めていた。
そんな折、ふと後ろに人の気配を感じた湊がゆっくりと振り返ると、そこには長い銀髪を緩く三つ編みにし、白い寝巻きの上から薄手のショールをかけたリリアの姿があった。
「ミナト……、こんなところにいたんですか……」
小さな欠伸を混ぜたところを見ると、どうやらさっきまでアッシュたちと同様に寝ていたらしい。
そんな、少女の可愛らしい姿に小さく、くすりと笑った湊は再び空の月に目を向けた。
「寝ないのですか?」
リリアの問いに、頷く。
「うん……。ほら、もうすぐ年が明けるでしょ? だから……さ……」
「そうですか……」
微笑みながら隣にやってきたリリアが、湊と同じように月を見上げながら問いかける。
「ミナトのいた世界では、どんな風に年越しをしていたんですか?」
「そうだなぁ……。元の世界だと、紅白歌合戦というテレビ番組があってね……。その年に活躍した歌手の人たちが二つのチームに分かれて歌を披露するテレビを見ながら、家族みんなで年越し蕎麦を食べるんだ……」
「トシコシソバ……ってなんですか?」
「えっと……、僕のいた国では「蕎麦」っていう麺料理があってね……。確か麺が細長いから、「来年も蕎麦のように細く長く過ごせますように」という願いをこめて食べるのが習慣になってるんだよ……」
「へぇ……そうなんですか……。なんだか美味しそうですね……。私も食べてみたいです」
「う~ん……。こっちではそもそも蕎麦がないから難しいかな……」
「うぅ……。残念です……」
リリアはがっくりと肩を落とすが、すぐに顔を上げて続きを促す。
「それで? そのトシコシソバを食べた後はどうするんですか?」
「その後は人によるけど……、大抵は年が明ける瞬間は起きていて、年が変わる瞬間を親しい人たちと過ごす人が多いかな……。中には神社やお寺……って言っても分からないか……。まぁ、神様を祀ってる神殿みたいなところに行って、お参りをする人もたくさんいるよ。僕も友達と一緒に、近くの神様を祀ってあるところに行って、おみくじを引いたりしてたし……」
「ふふっ。なんだか楽しそうですね」
「うん。だから、この世界では、そんなことはしなくて、皆いつもと同じようにあっさりと寝るもんだから逆にびっくりしてるよ……」
「そうですね……。私たちは、年末年始だからと言って特別なことはしません。ただ、一年間日々を無事に過ごせたことを、この世界を創ったとされる「天上竜」に感謝はしますね……。まぁ、それも最近は、年が明けた日の朝に、近くの教会に行ったりして司祭様の言葉を聴いたりする程度ですが……」
「そうか……。あれ? でも、じゃあ明日は僕らも?」
「それはできないですね。この近くに教会はありませんし……」
「でも、じゃあどうするの? 教会に行かなくちゃいけないんじゃ……?」
「別に何が何でもいかなくてはならないわけではありません。その辺りは個人の裁量に任されています。私たちみたいに、親しい人たちと旅行に出かけたり、用事があったりして行けない人もたくさんいますから……。私も、以前は毎年教会に行っていたんですが、軍人になってからは緊急出撃だったり、当直だったりとかで、最近は全然行けてないですね……。まぁ、休みでも面倒くさくてサボってしまいますが……」
最後におどけるように付け加えたリリアに、湊はくすりと笑う。
そうしてそのまま、穏やかな空気に身を任せながら空の月を眺めていると、湊があらかじめセットしていた携帯端末のアラームがなり、年が明けたことを告げる。
「年が明けたね……」
「そうですね……。ミナトの世界では、こういうとき何て言うんですか?」
「僕らの世界では大抵「新年、明けましておめでとうございます」かな……」
「そうですか……。それでは……「新年明けましておめでとうございます」」
向き直り、ふわりと微笑んだリリアに、湊も答える。
「うん。あけましておめでとう、リリア。今年もよろしくお願いします」
「はい♪ お願いします♪」
そうしてお互い正面から見つめあい、やがて同時に吹き出す。
「なんだか、改めてこうすると、照れくさいね……」
「えぇ。そうですね。ハーライトさんたちが寝ていて助かりました……」
くすくす笑うリリアに、湊がそっと手を差し伸べる。
「さぁ……明日も早いし、そろそろ寝ようか……」
「はい!」
そうして二人は手を取り合い、部屋の中へと戻っていった。
~~おまけ~~
湊君は「紅白○合戦」派でしたが、作者の私はどちらかと言うと最近は「絶対に○ってはいけない24時」派ですね。




