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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第2部 学園生活編
42/91

第32話 くだらない争いの理由

 謹慎期間を無事に乗りき切り、アッシュやアリシア、ユーリの協力もあってどうにか訓練の遅れも取り戻した湊は、年末年始の休暇に入ったその日、オークスウッド中央区の近郊にあるガーネット家の屋敷の一室で、一人のメイドと対峙していた。


「はぁ……、はぁ……。まさかお客様がここまでの使い手だとは思いませんでしたよ?」

「それは僕もです……。なかなかやりますね、アイシャさん……」


 肩で大きく呼吸を繰り返しながらも、お互い不敵に微笑む。

 その様子を、この屋敷の現主である少女は、その特徴的な深い柘榴石色(カーバンクル)の瞳に心配の色をありありと浮かべながら、彼女に使える老執事は、呆れた様子で見守っていた。


 そんなどこか緊迫した空気の中、湊とメイドのアイシャがお互いにゆっくりと構える。


「予想外の展開でしたが、お遊びはここまでです……。次の一手で勝負を決めさせていただきます!」

「いいでしょう……。ならば僕も全力でお相手いたします……」

「……いざ……」

「……尋常に……」

「「勝負っ!!」」


 叫びながら、両者はお互いの両手を雷光の如く閃かせた。


 そもそも、なぜ湊がメイドのアイシャと睨み合うようなことになったのか。

 その事の発端は、この日の朝。湊がまだ寮にいた時間にまで遡る。




◆◇◆




「キャンプしようぜ!」


 寮の食堂での朝食を終え、これからそれぞれの実家に戻ろうとしていた時に、アッシュが湊たちへ唐突にそう切り出した。


「…………キャンプ?」

「なんやねん、突然?」

「ついに頭がおかしくなった、です?」


 思ったような反応を得られなかったのか、アッシュは肩を落とす。


「……んだよ、反応悪ぃなぁ……。あと、チビっ子! 別に俺は頭おかしくなってこんなことを言い出したわけじゃねぇ!」

「チビっ子いうな、です!」

「あだっ!?」


 チビっ子と呼ばれて気分を害されたユーリが、アッシュの向う脛を蹴飛ばした。


「何しやがる、チビっ子!?」

「先輩が私をチビっ子というから、です!」

「チビっ子じゃねぇか! 朝からそんなに飯食っといて、全然背が伸びてねぇだろ!? 胸だって全然小さいままだし! 少しはアリシアを見習え!」

「おっと、エロッシュ君……。今のはセクハラ発言やな……。自分最低やで……」

「エロッシュ先輩、最低、です」

「……ごめん、アッシュ……。僕は君の力になれないよ……」

「……おお、もう……」


 仲間たちの総攻撃に、アッシュは膝を床について項垂れるが、すぐに立ち直って机をたたく。


「……ってそうじゃなくて! だからキャンプだよ! キャンプ!」

「……それはさっきも聞いたけど……、何でキャンプ?」


 改めて首をかしげる湊に、アッシュはわざとらしくため息をついた。


「分かってねぇなぁ……、ミナト。お前、なんも分かってねぇよ……」

「むっ……、何がさ?」


 言い方にむっとなった湊の肩を、がっしりと組むアッシュ。


「いいか? 確かに俺たちは軍人になるべく、軍学校ここで日々切磋琢磨してるわけだが……。同時に、俺たちは青春真っ最中でもあるんだ……。だからこそ、俺たちはこの休みを思いっきり楽しむべき……、いや、楽しむ義務があるんだ……」

「そんなん、建前やろ? あんたの本音は何なん?」

「ぶっちゃけ、せっかくの長期休暇なんだからみんなで遊びたいです」


 潔く深々と頭を下げて頼みこむアッシュの上にアリシアとユーリが憐みの視線を落とした。


「はぁ……。しゃあないなぁ……。そこまで頼まれたんやったら、了解せぇへんわけにはいかんやん?」

「まったく……仕方ない、です。情けない先輩には困ったもの、です」

「お前ら……」


 若干頬を引き攣らせたぎこちない笑顔を浮かべたアッシュが、じっと湊を見つめる。

 「お前はどうだ?」と聞きたいようだと察した湊は、軽く肩をすくめた。


「まぁ、別に反対する理由もないし、僕も参加するよ」

「よっしゃ! それなら早速予定を詰めていくか……」


 胸ポケットからさっと手帳を取り出し、ぱらぱらとページをめくっていく。


「まずはいつやるかだけど……、年末と年始はどっちがいい? ……というか、その前にリリアたんは年末年始は空いてるのか?」

「はっ? リリア? 何で?」


 突然リリアの予定を聞かれて、ぽかんとする湊。


「何でって、そりゃ……、ミナト……、お前が参加するんだったらリリアたんも参加するからに決まってるだろ?」

「決まってないよ!?」

「なんや? リリアちゃん参加せぇへんの? せやったらウチらが参加する意味もあらへんよ?」

「ミナト先輩には期待外れ、です」

「ほら見ろ……。せっかく女子たちもノリ気だったのに、お前がリリアたんは参加しないなんて言うから……」

「あれ!? これは僕が悪いの!? この流れで僕がアウェーになるの!?」


 必死になって抗議するも、チーム全員から視線を注がれれば引き下がるしかない。


「……分かったよ、もう……。取り合えずリリアの予定を聞いてみるから、ちょっと待ってて……」


 不承不承といった様子で携帯端末を取り出した湊は、手早く操作して電話帳からリリアを呼び出すと、そのまま電話をかけ始めた。


「あ……もしもし、リリア?」

『おはようございます、ミナト。どうかしましたか? 寮へのお迎えの車は間もなく出るとイアンが言っていますが……』

「ああ……そう言うことじゃなくて……。ちょっとリリアの年末年始の予定を確認したくて……」

『私の……ですか?』

「その……リリアって、年末年始は何か特別な予定とかあったりするの? 軍の仕事とかさ……」

『……軍のお仕事はお休みですが……そうですね、特別といえば特別な予定があります』

「……どんな予定か聞いても?」

『ええ。ミナトと過ごす初めての年末年始ですからね。お父様とお母様が旅に出てからは、メイドや執事の皆さんがいたとはいえ、家族と呼べるのは一人もいなかった私にとっては特別といえるかも知れません……』

「リリア…………って、あっ! アッシュ!?」


 湊と画面の向こうのリリアとの間の空気が、甘いものに変わり始めたことを敏感に察したアッシュが、湊の端末をひょいと取り上げた。


「二人だけの世界に入ってんじゃねぇ! お前に任せると話が進みそうにねぇから俺がリリアたんと話す!」

『その「たん」というのをやめていただけると嬉しいのですが、ハーライトさん?』


 苦笑いをしながらも気軽に応じるリリアに、とびきりの笑顔を向けながらアッシュが言う。


「俺にとって「たん」と名前につけるということは、その人に最上級の敬意を払ってるのと同じことだから、無理」

『……そうですか……』

「ところでリリアたん?」

『はい、何でしょうか?』

「年末年始はミナトとリア充タイムを過ごすってことは、特に予定が入ってるわけじゃないんだな?」

『リア充タイムというのがどういうものかは分かりませんが、予定がないといえばそう言えるかもしれませんね。それがどうかしましたか?』

「いや、実は俺たちさ。今、この休みの間にみんなでキャンプに行こうぜって話してたんだけど、リリアたんもよかったらどうよ?」

『年末年始にキャンプですか……。それは面白そうですね♪ どうせならキャンプをしながら年越しとかも面白そうですが?』

「いいねぇ。それじゃあ、参加ってことでいい?」

『もちろんです。ちょうど、北区の山にガーネット家(ウチ)の別荘がありますから、そこでみんなで過ごしましょう。夜になれば星も奇麗に見えますし、周りに民家はないので騒いでも大丈夫です。そばには泳げる湖もありますよ?』

「さすが、リリアたん! 話がわかるね!」

『いえいえ。私もこういうのは好きですから』

「んじゃあ、集合場所とかそのあたりのことはまた後で連絡するから……って、おいこら! 勝手に電話を奪うんじゃねぇ!」


 話の途中で端末を奪い返され、憤慨するアッシュを湊が睨みつけて黙らせる。


「ごめん、リリア……。急に……」

『いいんです。私もキャンプは楽しみですから♪ それじゃ、ミナト。また後で……』

「……うん。また後で……」


 そうして通話を切った湊が振り返ったその先では、にたにたした笑顔を貼り付けt仲間たちがいた。


「……ったく、お前ら、早く付き合っちまえよ」

「ほんまやで……。見てるこっちの胸が焼けてまうわ……」

「自覚がないのは恐ろしい、です……」

「だから、僕とリリアはそういう関係じゃないって……」


 この手の話が出るたびに繰り返したツッコミを口にしながら、ふと食堂を見回すと、すでに湊たち以外は誰もいない状態だった。

 食堂の正面に掲げられた時計に目を向ければ、普段の授業がある日ならばとっくに席について先生の話を聞いているころだ。


「ほら、そろそろいい時間だし……。僕の迎えもそろそろ来るころだから、早く行こう」

「あ、逃げた」

「逃げよったで」

「逃げた、です」


 背中から飛んできた言葉に、もうツッコまないぞと意志を固めた湊だった。


 それからしばらくして、荷物を纏めた湊たちが寮の玄関の前でそれぞれの迎えを待っているときだった。


「そういえばこっちで予定を勝手に決めちまったけど、アリシアは大丈夫なのか? お前は地元トントヤードに帰るんじゃ?」

「ああ、それなら心配いらへんよ。今回の年末年始はおとんもおかんもオークスウッド(こっち)で過ごす、言うてたから……。少し前に、トントヤードからの行商組合キャラバンでこっちに来とるんよ……。まぁ、何か狙ったわけでもなく、普通に偶然らしいんやけどな……。んでもって、すでにおとんとおかんにはキャンプのことも了解済みやから、大丈夫や!」

「それならよかった……」


 話を聞いてほっとするアッシュに、アリシアは「おや?」と眉を持ち上げる。


「なんや? ひょっとしてウチが参加でけへんかったら、寂しかった?」

「まさか。その逆だって。俺らが四人で楽しくわいわいしてる間、アリシアだけ一人寂しくトントヤードにいるんじゃないかと思ったんだよ」

「さよか……。まぁ、別にええねんけど、そこは「君も一緒じゃないと寂しいからに決まってるだろ」とか、そういうセリフを選ばんとあかんで? そんなんやから、モテんとちゃうか?」

「まぁ、アッシュは残念だから……」

「アッシュ先輩ドンマイ、です」

「やかましい! 俺だってやるときはやるんだよ! 見てやがれ……。この休暇中に俺は見事彼女をゲットしてやる!」


 拳を握り締めて燃え上がるアッシュへ、アリシアとユーリの冷たい視線が突き刺さる。


「さよか。ほんなら賭けよか? ウチは「無駄な努力に終わる」に昼飯を一回分や」

「じゃあ私もアリシア先輩と同じく「アッシュ先輩ご苦労様」にお昼ご飯を一回、です」

「お前ら……。いいぜ、その挑戦受けてやる! 俺は「可愛い彼女ときゃっきゃうふふの年末年始」に酒場での飲み台一回分だ!」

「それはまた、大きく出よったな……」


 自信ありげなアッシュに、アリシアが呆れたような声でツッコんだところで、全員の目が湊に注がれた。


「……じゃあ僕もアリシアたちと同じで。お昼ご飯を一回にするよ」

親友ブルータスお前もか……」


 親友の裏切りに膝を着くアッシュと、それを笑う湊たち。

 ちょうどそのタイミングを狙ったかのように、湊の迎えの車が寮の前に到着した。


 車から降り、素早くドアを開けてくれた老執事にお礼を言って、仲間たちを振り返る。


「それじゃ皆! キャンプのときに!」

「おう! 風邪引くなよ?」

「気ぃつけてな!」

「ガーネット先生によろしく、です!」


 仲間たちに手を振る湊を乗せた車は、静かにガーネット家の屋敷へ向けて走り出した。

 そうして屋敷に着いた湊をリリアが笑顔で出迎え、雑談に花を咲かせながらキャンプの打ち合わせに入ったときだった。


「駄目です!」


 突然割って入ってきたのは、ガーネット家のド変態メイドとして名高いアイシャだった。

 突然の言葉に、ぽかんとする湊たちへ向かって、そのメイドが繰り返す。


「駄目です。許可できません」

「……アイシャ? 一体何を許可できないのです?」


 首を傾げるリリアに、アイシャは言う。


「お嬢様とお客様が年末年始にキャンプへ向かうことを、私は許可できないと言っているのです」

「何故ですか?」

「それは……、防衛上の観点とかぶっちゃけ警備がメンドいとかお嬢様とお客様だけきゃっきゃうふふできるのは羨ましいとかいろいろ理由はありますが……。ともかく! お客様! どうしてもお嬢様とキャンプへいきたいとおっしゃるのならば、私を倒してからにしてください!」


 唐突な展開についていけない湊へ、びしりと指を突きつけたアイシャが軽やかに指を鳴らした瞬間だった。

 それまでまっさらだったガーネット家自慢の食堂のテーブルの上に、大量の食事が並べられた。


「私と大食い勝負で勝ったら許可しましょう!」

「なんで!? 何で大食い!? そもそもリリアのお出かけにアイシャさんの許可は要らないよね!?」


 ツッコむ湊に、アイシャから嘲りの笑みが向けられる。


「おや? 私ごときの勝負にもお客様はノれないと? お客様は臆病なんですか? 別にいいんですよ? 逃げても……。ただし、そのころにはお客様には「臆病者の小増」という不名誉なあだ名がつくことになりますけどね?」


 その安い挑発に、けれど湊はむっとなる。


「……分かりました……。その勝負、受けて立ちます!」

「ミナト!?」


 驚くリリアを他所に席に着いた湊は、不敵な笑みを浮かべる。


「僕を挑発したこと、航海しないでくださいね?」

「そちらこそ……。私に勝てるとでも?」


 そうして、意地とプライドとくだらない何かをかけた勝負が始り、話は冒頭へ戻る。

 

 それからくだらない勝負が始まって数十分後。

 大量の料理を前に、湊とアイシャはすでに息も絶え絶えといった様子だった。

 それでもナイフとフォークを動かすのは、もはやお互いの意地でしかない。

 だがしかし、その意地も遂に限界を超えたのか、二人同時にナイフとフォークを落とす。


「ぐっ……。やりますね、アイシャさん……げふっ!」

「お客様こそ……。勝負はお預けですね……がふっ!」


 お互いの健闘をたたえあいながら、二人は同時に机に突っ伏した。


「ミナト!? アイシャ!?」


 徐々に暗転していく意識の中で、ミナトはリリアの悲鳴を聞いた気がした。

※二人が食べ残した料理は、後でスタッフが美味しくいただきました。

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