第30話 下された処分
遅れて到着した軍の救援部隊に連れられて戻ってきた湊たちとリード・ガレナを出迎えたのは、無事に帰還してきたことを素直に喜べばいいのか、あるいは危険な作戦に湊たちを投入してしまったことを謝らなければいけないのか分からないような顔をしたリリア・ガーネットと、彼女の後ろで気まずそうに顔を逸らす、ガレナのチームの三人だった。
その三人へと、ガレナはゆっくりと歩み寄る。
そうして、そのまま睨みつけてくるガレナへ、唐突にチームの一人が勢いよく頭を下げた。
「ガレナ! すまなかった! 俺たち……あんなことになるだなんて……」
「そうだ……。ちょっとビビらせてやるだけだったのに……」
「ホントに悪かった!」
神妙な態度で深々と頭を下げる三人。
モニタ越しとはいえ、目の前でガレナが死に掛けたことに深く反省しているのだろう。
これで一件落着。そう思って胸を撫で下ろすリリア。
きっと、今後はあの三人も、そしてガレナも、今回の反省を活かして仲良くチームとして纏るだろう。
ハプニングこそあったものの、今回の再試験はおおむね成功と言っていいかもしれない。
そんな自己評価を下しながら、その場を去ろうとしたリリアは、直後に耳に飛び込んできたガレナの言葉に思わず足を止める。
「そうだ! 貴様らが僕の命令も聞かずに逃げたから……! だから僕は死にかけたんだ! 僕の命令はいつだって完璧なんだ! それをお前らがいつもいつも無視しやがって……!」
三人が俯いたままその言葉を受け続ける。
「いつもいつも僕の足ばかり引っ張りやがって! そんでもって今回は自分たちだけ逃げ出して、僕を見殺しにしようとした! お前らは仲間でもチームでもない! 人殺しだ!!」
それに、と今度はリリアに目を向ける。
「先生もだよ! 僕だけを追試にして……! 挙句、僕を殺しかけたんだからな!! それも今回だけじゃない! あのサバイバル訓練の時だって……! あんただってこいつらと同じで人殺しだ!!」
リリアもまた、黙ったままその罵倒を受け入れる。
言い返せないわけではない。自分にも確かに今回のこともサバイバル訓練のときも、非があることを認め、あえて言い返さないのだ。
それを知ってか知らずか、ガレナの罵倒は続く。
「何が訓練だ! あんたは訓練生を殺すために教師になったのか!? 僕は死ぬために軍学校で訓練をしてるわけじゃない!
大体僕に訓練もチームも必要ないんだ! 僕はいつだって完璧なんだ!
だけど叔父上の面子を潰すわけにはいかないから、必要のない軍学校に入ったってのに……!
今回のことも含めて叔父上には報告させてもらう! リリア・ガーネットはとんでもなく無の……がっ!?」
突如、短い悲鳴と共にガレナの横っ面が吹き飛んだ。
「!?!?!?!?!?」
一体何が起こったのか分からず、ただただじんわりと熱を帯びながら痛み始めた頬を触るガレナ。
そして驚いたのはガレナだけではない。
詰られていたガレナのチームの三人も、リリア。それに、アッシュやアリシア、ユーリまでもが呆然と、一人の少年を見つめていた。
その少年――石動湊は、固く拳を握り締めたまま、きつくガレナを睨みつけると、搾り出すように言葉を口にする。
「お前は……リリアがどれだけお前のことを心配してたか分かってるのか? 今回の追試のことだって、そいつらがお前のチームを辞めたいと相談してきてることだって……、お前の普段の態度のことだって……。いつだって、リリアは僕たち生徒のことを一番に考えてるんだぞ?
どうやって授業をやったらいいか……。どうやってできるだけ安全な訓練をするか……。どうやったら僕たち生徒が生き残れるか……。僕たちにどんなパイロットになってほしいか……。いつだって、そんなことを考えて、悩んでるんだ……
僕たちと同い年の小さな女の子のあの細い肩に……、どれだけの重荷が圧し掛かってるか、お前は分かるのか?
何も知らないくせに、リリアを侮辱するな! リリアを無能と罵るな!」
言葉を発するうちに、再び感情が高ぶったのだろう。湊はもう一度拳を振りかぶると、倒れているガレナへと振り下ろそうとする。それを。
「……っ!? やめろ、ミナト!」
「せや! やめぇっ!」
「だめ、です!」
湊の仲間たちが、一斉に押さえに掛かる。
「放してよ! ガレナを殴らなきゃ気がすまない!! リリアに謝れ!!」
「ひっ!?」
普段は大人しい湊がキレただけでも驚きなのに、その上さらに仲間たちに押さえられていても暴れるのだから、よほど腹に据えかねたのだろう。
その形相を見て、ガレナが腰を引かせる。
そんな時だった。
突然、ふわりといい香りが包み込んだ。
リリアが、正面から湊を抱きしめたのだ。
「リ…………リア……?」
「もういいです……。大丈夫ですから……。落ち着いてください……」
まるで幼子をあやすように、何度も優しく湊の頭を撫で付ける。
それだけで、湊の心を支配していた激情が静かに溶けていく。
そうしてやがて、落ち着きを取り戻した湊が小さく呟いた。
「…………ごめん……」
自分を押さえていてくれた仲間たちと、自分を落ち着かせてくれたリリアに謝る湊へ、ガレナの声が響いた。
「ぼ……僕を殴ったな!? 叔父上にも殴られたことのない僕を!! 貴様は退学だ!! 僕を殴ったんだ! それくらいの罰則があって然るべきだ!! どうした! 早くしろよ!! こんな奴、さっさとここから追い出せ!!」
ガレナが周囲に向かって喚き散らしていた、その時。
「おやおや……。これは一体、何の騒ぎですかな?」
静かな、けれど不思議と周囲によく通る声が聞こえて、その場の全員の視線が集まる。
そこにいたのは、リード・ガレナの叔父にして、オークスウッド国議会議員のドレアス・オニキス伯爵その人だった。
「叔父上!」
「……オニキス伯爵……」
喜色の顔になるガレナとは正反対に、どこか苦虫を噛み潰したような顔のリリア。
そして、思わぬ大物の登場に唖然とする湊たちをぐるりと見回した後、自分のとがった顎を一撫でした伯爵は、すっと目を細めながら視線をリリアに固定した。
「甥のリードが、事故に遭ったと聞きましてな……。慌てて馳せ参じたのですが……、これは一体何の騒ぎですかな?」
「これは…………」
「叔父上!!」
再度繰り返された問いにリリアが答えるよりも早く、リードが立ち上がり、オニキス伯爵に駆け寄っていく。
そして。
「叔父上! これを見てください! 僕はそこにいるミナト・イスルギに謂われなく殴られたのです!
それだけではありません! そこの凡クラ共は、魔獣が出た途端に僕を見捨てて逃げ出しましたし、そこの無能は僕に追試を課したんです!
僕はいつもこの学校でこいつらに虐げられています!
チームのそいつらは僕の命令に従わないし! なにかとすぐにそこのイスルギたちは僕に突っかかってくる! それに教師ガーネットは僕が気に入らないからと正当な評価を付けてくれない!
こいつらは揃いも揃って無能ばかりです!」
「リード……」
「叔父上! 今すぐこいつらを軍学校から追い出してください! そうすれば僕はこんなところでいつまでももたつくこともないですし、すぐにでも叔父上の役に……」
「リード。お前は少し黙っていなさい」
静かな、それでも確かな威圧感を持って放たれた言葉に、ガレナは思わず口を噤む。
それを小さなため息で流した伯爵は、再びリリアに視線を注いだ。
「さて……、ガーネット殿……。少々確認したいことがありますので、学園長も交えてお話をよろしいですかな?」
「……ええ、構いません……」
正面からその視線を受け止め、静かに頷いたリリアがそのまま校舎へ向かって歩いていく。
その背中へ、湊は思わず声をかけていた。
「リリア!」
一瞬だけ立ち止まり、曖昧に微笑んで見せたリリアが、静かに告げた。
「生徒の皆さんは、今日はもう寮へ戻って休んでください。追試の結果や今回のことは、後で追ってお知らせいたします」
それでは、と踵を返したリリアは、次は振り返ることなく、鷹揚に腰を折って見せたオニキス伯爵とともに、校舎の中へと消えた。
そしてそれからしばらくして、学園長の名を以って生徒たちに通達されたのはガレナのチームの追試の取り消しと、「ミナト・イスルギ訓練生の一週間の謹慎処分」と言うものだった。
◆◇◆
湊に謹慎処分が下された、その日の夜。
ベッドに寝転んでぼんやりと天井を見つめていた湊の携帯端末が、突然着信を告げた。
のそのそと端末を手にしてみると、相手はリリアだった。
「…………もしもし?」
『こんな時間に申し訳ありません、ミナト……。お休みでしたか?』
電気もついていない部屋の様子からそう判断したのだろう。
「ううん。ただ、ぼけっとしていただけだから、大丈夫だよ……」
『そうでしたか……』
「うん…………。それで? どうかした?」
『えっと…………その……、ごめんなさい……』
「…………?」
突然頭を下げたリリアに、湊ははてと首を傾げる。
『その…………、今日のことで、私はあなたに謝らなければならないと思いましたから……』
「なんでさ……?」
『昼間……。あなたが私のことで怒って、ガレナ訓練生を殴ったこと……。そして、そのことに対して、謹慎処分にしてしまったことです……』
「ああ……。あれは別に……。ガレナがリリアを無能とか言って侮辱したのが僕には我慢できなかっただけだし、どんなことが理由でも確かに僕はあいつを殴ったのだから、処分されるのも納得してることだよ……。まぁ、アッシュたちは僕だけじゃなくてガレナにも処分が下されなかったことに納得ができないって怒ってたけどね」
おどけるように付け加えた湊に、けれどリリアは顔を曇らせる。
『ですが……。それはそもそも私がそんな状況を作ってしまったことが原因ですし…………。あなたにだけ責を負わせるのは……』
「違うよ、リリア」
『えっ……?』
「さっきも言ったけど、どんな理由があってもあいつを殴ったのは僕だ。あの時、僕は確かに頭に血が上って思わずあいつを殴った。そしてそれは、謹慎処分が下されるのには十分な理由だ。あの時、僕があいつを殴らずに、言葉で黙らせられれば良かったんだけどね……」
『でも、それはあなたが私のために怒ってくれたからであって……』
なおも自分が悪いのだから、と言葉を連ねるリリアに、湊は苦笑した。
「でもとか、だけどとかなし。確かに僕はリリアがあいつに侮辱されたのが我慢できなかったし、だからあいつを殴ったけど、そのことに対しては後悔してないし、何より僕自身が今回の処分には納得してるんだから……。だからこの話はこれでお終い!」
放っておくと、いつまでも自分が悪いと言い続けそうだったので、強引に話を終わらせる湊。
そしてその意図がきちんと伝わったのだろう、リリアはしばらく沈黙した後、静かに言葉を紡いだ。
『…………ありがとうございます』
「うん。それでいいんだよ……。そもそもリリアは何でも真面目に考えすぎだと思うよ?」
『そうでしょうか?』
「そうそう。もっと、アッシュみたいに気楽に……っていうのは言いすぎかもしれないけど、もっといろいろ肩の力を抜けばいいと思うよ?
そんなに肩肘張ってたら、肩凝りになっちゃうって……。女の人って、確か肩凝りになりやすいんでしょ?」
『それは胸が大きい人がなるものであって、私はそこまで大きくないので……って何を言わせるんですか!?』
「いや、僕はそこまで言ってないし、聞いてないよ!?」
『私だって、これからもっと大きくなる予定なんです! そうです! お母様が大きいのだから私だってまだまだ可能性が…………』
「そっち!?」
ぺたぺたと自分の胸を触りながら、ぶつぶつと言うリリア。
『大体、不公平です。ターコイズさんだって私と同い年なのにあんなに大きいし……。一体何を食べたらあんなに大きくなるのか……。一度、イアンに調べてもらったほうが……。ミナトはどう思いますか!?』
「…………僕に聞かれても困るかな……」
なぜか必至になって意見を求めてくるリリアに、ミナトは頬を引き攣らせるしかなかった。
『遺伝子的には問題ないはずですし、アイシャに教えてもらったマッサージだって毎日やっています……。後は食べ物もしっかりと食べていますし……。ほかに原因があるとすれば…………』
こうして、青少年には赤面物の赤裸々な話を延々と聞かされ続けながら、湊の夜は更けていった。
~~おまけ~~
お嬢様「むぅ……。お母様だってあんなに大きいのに、どうして私はこんなに小さいのでしょうか? 同年代の人たちに比べても……」
駄メイド「お嬢様。おっぱいを大きくする方法をお教えしましょうか?」
お嬢様「本当ですか!?」
駄メイド「ええ。簡単なことです。殿方に揉んでもらうのが一番の早道です(ゲス顔)」
お嬢様「!? じゃあすぐにミナトに…………」
少年「やめんか、馬鹿メイド!!」