第28話 迷い
お知らせ
本作品を応募していた「モーニングスター大賞」ですが、選考の結果、本作品は一次審査を通過することができませんでした。
残念な結果となってしまいましたが、この作品は最後まで書き上げますので、今後も応援をよろしくお願いいたします。
それは、年末年始の休みを控えた試験が終わり、集められた生徒たちの前でその結果が発表された直後のことだった。
「納得いきません!」
解散を告げられて、生徒たちが更衣室でパイロットスーツを着替えようと移動する中、先ほど告げられた結果に納得できず、教官に食ってかかる生徒がいた。
一体何事かと、湊たちが騒ぎの中心にいる人物に目を向けると、そこにいたのは大方の予想通り、リード・ガレナだった。
「なぜ僕が追試なんですか!?」
「きちんと理由は説明したはずですよ、ガレナ訓練生?」
「その理由が納得できないといってるんです! 僕はちゃんと魔獣を退治して見せた! この試験の目標は魔獣を倒すことだったはず!」
「その理由も説明したはずです。あなたはもっとチームメイトを大切にして、もっと周りを頼るべきだと……」
烈火の如く喚き散らすガレナ少年に対して、リリアは冷静な態度を崩さない。
「今回の試験だけではありません。今までの訓練でも、あなたは自分のことばかりを考えている」
「そんなことはない! ちゃんとあいつらを頼ってる!」
「あなたにとって「頼る」というのは、仲間を囮にするということなのですか? 仲間ごと魔獣を攻撃することなんですか? それは「頼る」のではありません。「利用」しているのです」
「それは……! それはあいつらが僕の足を引っ張るから……!」
「足を引っ張る、そう思っているのなら、もっとチームのみなさんとコミュニケーションを取ってください。そうすれば、彼らが何を考え、どう行動するのか。それが分かってくると思いますよ? そうですね……、イスルギ訓練生たちのチームを見てみてください。彼らはよくコミュニケーションを取って、お互いの連携がしっかりととれています。あそこまでやれとは言いませんが、もっと話し合うくらいはできるのでは?」
「ぐっ…………。ぼ……僕はいつまでも訓練生でもたもたするわけにはいかないんだ! 叔父上のためにも……僕は早く……」
「そう思うのだったら、なおさら訓練を大事にすべきだと私は思います。自分勝手な行動ばかりを繰り返していれば、いくら結果を出したところで、オニキス伯爵も認めてくれないと思いますよ?
ともかく、私から言えることはそれだけです」
最後にそう話を打ち切ったリリアは、まだ何か言いたそうなガレナを無視してその場を去っていく。
その様子を、湊が心配そうに見つめていると、リリアは桜色の唇を動かして「心配はいりません」と声に出さずに伝え、僅かに微笑みながらその場を去っていった。
「またガレナかよ……。何かあいつ、ここ最近はいつにも増してリリアたんに絡むようになってないか?」
「うん……、そうなんだよね……」
「ああ、それはウチも感じてたわ……。訓練のときも、なんやこう……焦りっちゅうんか? そんなんも伝わってくるんよ……」
「私も、アレがチームの人たちに八つ当たりしてるところを見たことがある、です」
話しながら視線をガレナの方に向けると、少年はいらだった様子でいつまでもリリアが去っていった方を睨みつけていたが、やがてこちらの視線に気づいたのか、さらに苛立ちを増したような形相で湊を睨みつけ、歩調も荒々しく去っていった。
そんなガレナ少年を視線で追いながら、湊はポツリと漏らす。
「なんかさ、あいつ最初と変わったよね……。最初はこう……、ABERの操縦も上手くできていたせいか、余裕で人を見下すような感じだったのにさ……。実戦……というか、チームを組むようになってからだんだん余裕がなくなったような気がする……」
「まぁ、もともとプライドがやたら高い奴だったから、余計に思った通りの結果が出せないことに苛ついてるんだろうな……」
「このまま先生たちに歯向かっとったら、そのうち退学になるんとちゃう?」
「私は別にアレが退学になろうと関係ない、です」
ユーリの辛辣な言い回しに、湊は思わず頬を引き攣らせた。
◆◇◆
その日の夜。
自分の部屋で宿題を片付けていた湊の携帯端末が着信を告げた。
ディスプレイに表示された相手はリリア。
何かあったのかな、と首をひねりつつ通話ボタンを押しこむと、少女の、迷いが見て取れる姿が空間投射された。
そのまま少し待ってみても、なぜか一向に口を開こうとしない彼女に、湊から話し掛ける。
「リリア? どうかしたの?」
『ああ……いや……その……』
珍しく歯切れが悪いリリアに、何となく予感がする。
「もしかして昼間のこと?」
どうやらその予感は正しかったらしく、湊の問いにリリアは一瞬だけ目を大きく見開き、やがて力なく肩を落とした。
『……ミナトは何でもお見通しですね……』
「べ……別にそんなことはないよ……。単純に何となくそう思っただけだから……」
『そう……ですか……』
そこで再び沈黙してしまったリリアは、やがて意を決したように口を開いた。
『実は……迷っているんです……』
「それは…………、ガレナのこと?」
『ええ……、その通りです……』
そうしてリリアはぽつりぽつりと話し始めた。
『実は、今回の試験のだいぶ前から、彼のチームメイトたちから私へ相談を受けていたんです。ガレナ訓練生は自分のことだけを考えていて、訓練では仲間たちを囮に使ったり、あるいは壁として使ったりと危険な役目を押し付けて、自分は後ろから喚き散らしているだけだとか……。実際、訓練終了後の彼らの機体は、他のチームに比べて損傷が大きいんです……
だから、もう彼の考え、行動についていくことはできないので、彼のチームから外してほしい、そう相談を受けていました……』
「それで? リリアはどう答えたの?」
『私は……、彼らにもっとガレナ訓練生と話し合うように言いました……。話し合って……、お互いに理解を深めることができれば、きっとうまくチームも回っていくから……。そう彼らを説得したんです……。そうすれば、彼らもきっと解り合える、そう信じていました……』
「でも、それは上手くいかなかったんだね……」
『はい……。私は……間違っていたんでしょうか……?』
深い柘榴石色の瞳に不安の色を浮かべる少女に、湊はゆっくりと首を振ってみせる。
「僕は先生なんてやったことないから、何が正しくて何が間違っているのかは分からない……。だから、具体的にどうしたらいいとかは言えない」
『そう……ですよね……』
小さく肩を落とすリリアに、湊は「でもね」と続ける。
「それでも、リリアが正しいと思ったことなら、それはやるべきだと思うし、それがどんなものであれ、僕は応援するよ……」
『私が……正しいと思ったこと……?』
「うん……。きっとそれは、リリアが一生懸命に生徒のことを考えて決めたんだから……。それにリリアが僕らのことをちゃんと考えていることは、皆にも伝わってるよ……」
『そんなものでしょうか……?』
「そうだよ。だから、リリアはもっと自信を持って授業をやればいいと思うよ。というか、授業をする先生が自信なさそうにおどおどしてたら、僕だったら逆にその授業を受けたくなくなるよ」
『……………そうですね。ミナトがそういうのなら、それを信じてみようと思います……』
湊の言葉をしっかりと刻み付けるように、胸に手を当てるリリア。
『ミナト……、今日はありがとうございました。もう少しがんばってみることにします』
「僕は何もしてないけど、どういたしまして。とりあえず、ガレナのチームの追試、がんばってね?」
『はい、がんばります』
両拳をぐっと握っていきこんだリリアに「お休み」と伝えて通話をきった湊は、そのまま携帯端末をベッド脇の机に置くと、緑色に輝く月を見上げた。
「追試……無事に終わるといいな……」
今頃はその追試の準備をしているであろう少女を想い、そんなことをつぶやいた。
◆◇◆
そしてそれから数日後、リード・ガレナのチームの追試が行われている最中にそれは起こった。
「あなたたちは自分たちが何をしたか分かっているんですか!?」
湊たちが自分たちの機体が仕舞ってある格納庫へ向かう途中、珍しく声を張り上げるリリアの姿がそこにはあった。
一体何が? と首をかしげながら、とりあえず近くまで行って見ると、そこには普段は温厚な少女が激昂している姿と、その前で顔を俯かせている三人の学生の姿があった。
「あの三人は確か……?」
「ああ、ガレナのチームの奴らだな……」
「というか、そのガレナの姿があらへんな……」
「確かあのチームは今はガーネット先生の授業の追試だったはず、です……」
何となく奇妙な予感がした湊たちが近寄っていくと、その存在に気付いた学生三人がさらに気まずそうに顔を逸らした。
「一体、何があったん? 先生?」
代表で問いかけるアリシアに、リリアは焦りと怒りが混じった視線で生徒たちを睨みつけた。
「彼ら三人は、追試の最中に魔獣が出現した途端、ガレナ訓練生を現地において戻ってきてしまったんです!」
声を荒げるリリアに湊が問いかける。
「今日の追試って確か……?」
「ええ。先日の試験と同じで、魔獣出現区域での戦闘訓練です」
「ちゅうことは、ガレナは今、一人でそこにおるんか!?」
驚きで声が大きくなるアリシアに、リリアは頷く。
「はい。すでに軍に救援要請は出しておきましたが、果たして間に合うかどうか……。いくら緊急出撃とはいえ、紫獣石の補充に弾薬の装填、出撃チームへのブリーフィングなどで時間がかかってしまいますから……」
ぎり、と奥歯を噛み締めながら、搾り出すように口にするリリア。
本当は今すぐにでも自分で救援に駆けつけたいところなのだが、いくら軍では中尉のリリアでも、単機での出撃は無謀だと分かっている。
それにそもそも、学校でリリアが使っている教官用のABERは現在整備中で出撃ができない。
だからリリアは、ぐっと拳を握り締めて堪えていた。
そんなリリアの心のうちを察した湊が、チームのメンバーに声を掛ける。
「みんな……」
「全部言わねぇでも、お前の言いたいことくらいは分かるって!」
「せやな。ミナトのお人よしは今に始まったことやないし!」
「さっさと行ってお昼ご飯を食べる、です」
きちんと言いたいことが伝わる仲間たちに感謝しつつ、リリアに言う。
「僕らが出撃する!」
「ミナト!?」
思わずプライベートな呼び方をしてしまうくらいに驚くリリアに苦笑する。
「僕らはちょうどこれから格納庫へ向かおうとしてたところだし、整備も終わってるからすぐに出撃できる。場所も分かってるから、軍の救援が到着するよりも早く辿りつけるよ」
「しかしそれでは……」
リリアが生徒たちに任せることに躊躇うのも無理はない。
いくらチーム単位ですぐに出撃できるとは言え、まだ学生であり、軍の中尉の目からしても、教師としての立場から見ても、彼らは危なっかしい。
そんな彼らを緊急事態とはいえ出撃させれば、下手をしなくても命の危機に晒される。
そのことに対しての責任を問われるのが怖いのではない。
彼らをそんな状況に送り込んでしまうことが怖いのだ。
それゆえに躊躇うリリアの深い柘榴石色の瞳を、湊は真正面から捕らえた。
「大丈夫だよ。僕たちを信じて。リリアの授業を受けた僕たちを……」
「ミナト……、ですが……」
「あなた方の出撃を許可します」
それでも躊躇い、「やはり危険です」と言いかけたリリアの言葉を、別の声が遮った。
思わず振り返ったその先には、オークスウッド国立軍学校の学園長の姿。
「学園長!?」
驚くリリアに、学園長が諭すように言葉を紡ぐ。
「ガーネット先生。あなたが躊躇いを覚えるのも分かりますが、今は一刻を争う状況です。手が多いに越したことはないでしょう……」
「しかし、学園長! 彼らはまだ……」
「確かに彼らはまだ訓練生ですが、同時にここでの厳しい訓練を潜り抜けている戦士でもあります……。それに先ほど、状況を知ったオニキス伯爵からすぐさま救援を派遣するように要請があったのですよ……。軍の救援が遅くなる以上、すぐに出撃できるのは彼らだけです」
それにね、と学園長は微笑みながら続ける。
「すでに私が直接「許可します」と言ってしまいましたからね……。あなたがどう言おうと、学園長命令が優先されます」
おどけるように言った学園長に、リリアは少しの間言葉を失う。
そうして僅かな沈黙の後、小さくため息をついてから湊たちを振り返った。
「……分かりました。あなた方の出撃を許可します」
びしり、と敬礼を返し、そのまま格納庫へ向かっていく湊の背中に、声を投げかける。
「ミナト! それから皆さんも! 無事に帰ってきてくださいね!」
その言葉に、ぐっと親指を立てて見せた湊を、リリアは眉根を寄せながら見送る。
そんな二人を微笑ましそうに見つめた後、「さてと」と学園長は所在無さげにしていたガレナのチームメイトたちに目を向ける。
「あなた方には私が直接事情を聞きますので、学園長室へ来てくださいね」
凄みを含んだその言葉に、学生たちはびくりと肩を震わせながらも従うしかなかった。