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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第2部 学園生活編
37/91

第27話 オニキス伯爵

 その日、異世界から来た少年、石動湊はいつもよりも大分早い時間に起きた……、というよりも、ほぼ眠れなかったと言った方が正しいかもしれない。

 その証拠に、目の下にはうっすらと隈が浮かびあがり、その視線も微妙に焦点があっていない。


 湊少年がこのようなことになってしまった原因は、前日の夜に、彼がこの異世界にやってきて初めて出会った人物であり、今では家族とまで呼んでくれる心優しき少女であり、同時に湊が通う軍学校において「対魔獣殲滅兵器(ABER)操縦習熟訓練」の教官も務めるリリア・ガーネットと、デートの約束をしてしまったことにある。


 もちろん、湊にそんなつもりは一切ない。

 彼としては、約束をした日の昼間に、リリアと生徒間でちょっとしたごたごたがあり、それを彼女が気にしているだろうから、せっかくの休みを利用してパーっと遊ぶことで、気晴らしをしよう程度だった。

 ただ、湊のチームメイト兼ルームメイト兼親友のアッシュ・ハーライトに相談したところ、「家族でもない自分たちが一緒に行けば、どうしても先生としての顔が出て、十分にリラックスできないのでは?」という意見を聞いてなるほどと納得し、リリアに出かけるのは二人きりと伝えたところ、彼女から「じゃあデートですね」と可愛らしく言われ、その言葉を湊が意識しすぎた結果、ほぼ眠れない夜を過ごす羽目になったのだ。



「朝が来てしまった……」


 外の小鳥が鳴く声を聞きながら頭を抱える。


 リリアとしても冗談のつもりで言ったのだから別にそこまで「デート」を意識しなくてもいいはずなのだが、女性との付き合った経験など皆無の湊にそこまで察するのは無理な話だ。


「こんなことなら、元の世界(あっち)で誰かと付き合ってればよかった……。まぁ、そもそも女の人の知り合いどころか、男の友達すら少なかったけど……」


 自分の言葉に自らツッコミを入れる。


 そんなことをしている間に太陽の位置が高くなり、リリアとの約束の時間まで十数分を切ったところで、のっそりとベッドから立ち上がって前日に準備していた服に着替え、鏡で全身を軽くチェックする。

 もともと服装に頓着する性格ではない湊は、異世界(こちら)でもさほど私服を持っているわけではない。

 今回も、黒いズボンに白いTシャツ、そしてその上から薄いグレーのパーカーを羽織っただけで、アクセサリーの類は付けず(というか持っていない)、着こなしもいたって普通のものだ。


「……まぁ、こんなものかな……」


 簡単に身嗜みをチェックして、最後に財布と携帯端末をポケットに突っ込んだ湊が部屋から共有リビングへ出ると、そこにはにやにやした笑みを顔に張り付けたアッシュが待ち構えていた。


「よう、ミナト。今日はリリアたんと……」


 湊のコーディネートを見て不自然に言葉を途切れさせ、わざとらしく深いため息をつく。


「おいおい、ミナトさんよ……。せっかくのデートだってのに、もうちょっと気の利いた格好はできなかったのか? せめてアクセサリーくらい付けろよ……」

「仕方ないだろ……。だって、アクセサリーなんて持ってないし、そもそも今日は別にデートってわけじゃないって……。ただ、リリアの気晴らしに遊びに行くだけだから……」


 憮然と言い返す湊に、アッシュは肩をすくめてみせる。


「世の中じゃ、若い男女が二人で出掛ければそれは立派にデートって呼ぶんだよ」

「二人でって……、そうしろって言ったのはアッシュだろ……。自分たちがいるとリリアが気を使って気晴らしにならないからって、自分から断ったじゃないか……」

「別に事実なんだからいいだろ?」


 そんなことよりも、と強引に話題を変えながら一度自分の部屋に入ったアッシュは、それから少ししてリビングに戻ってくると、「ほらよ」と手にしていたものを投げてよこした。


「わわっ!?」


 慌ててキャッチしたものを見ると、一対の鳥の翼を模った銀細工を細い革紐に通したネックレスだった。


「…………? これは?」

「貸してやるよ。本当はもっとかっこいいのもあるんだが、今日のお前の服だったら、それくらいシンプルなもんのほうがいいだろ……。つうか、せっかくリリアたんみたいな美少女と出かけるんだから、もうちょっとお洒落に気を使えよな」

「……ありがと」


 小さくお礼を言って首にかける。


「おお~。いいじゃん。似合ってるじゃん」


 親友に褒められ、照れたような笑みを浮かべた湊は、ちらりと時計を見上げて時間を確認する。


「おっと……。もうこんな時間か……。それじゃ、アッシュ。行ってくるね」

「おう! 行ってかましてこい!」

「何を!?」


 ボケに律儀にツッコんでドアを開けた湊が、そのまま廊下へ出ていくのを見届けたアッシュは、おもむろにポケットから携帯端末を取り出し、通話ボタンを押しこむ。


「こちら仕掛け人(ミミック)調停者ルーラー、応答せよ」

『はいな、どないしたん?』

「宝石は輝いた。作戦開始だ。第一集合地点で合流だ。以上!」

『……なぁ、アッシュ……。これ、やらなあかんやつ?』

「……まぁ、気分ってやつだな! あと作戦行動中は俺はミミッ……」

『アホらし……。ウチらは先に集合場所に行っとるで、あんたも早ぅ来ぃや』

「あ! おい! ちょっ……!」


 アッシュの精子の言葉も聞かずに切られた携帯端末からは、無機質な通話終了の音だけが聞こえてきた。




◆◇◆




 そのころ、まさか尾行者たちがついてくるとは夢にも思っていない湊はというと、寮の玄関先で、先ほどから時計と寮の門の間で視線を行き来させながら、妙にそわそわしていた。

 その様子は、はたから見れば完全に不審者のそれであり、下手に誰かに見られたら即警備の人を呼ぶだろうことが容易に想像できるが、幸いにもそんなことになる前に、まだ軍学校に入る前に何度も目にした覚えのある車が、ゆっくりと寮の門の前に乗りつけられた。

 それから数秒の時を置いて、きびきびとした動きで車から降りた老執事が明けたドアから湊の待ち人、リリア・ガーネットが姿を現す。


 普段、学校で見かけるような凛とした、あるいは家で執事やメイドたちに見せるような大人びた空気とはまた違う、青と白のボーダーのシャツとデニム生地のジャケット、そして同じくデニム生地のスカートに、動きやすさを重視したのだろうピンク色のスニーカーを履き、左耳には、普段彼女が着けることのないイヤリングが揺れている。

 特徴的な深い柘榴石色(カーバンクル)の瞳に溢れんばかりの好奇心を湛えたその少女の、年相応の姿に、湊は思わず見とれてしまう。


「お待たせいたしました♪」


 語尾を弾ませながら駆け寄るも、「え……あ、ああ……」と間の抜けた顔での返事しか返ってこない湊に、リリアはことりと首を傾げた。


「……? どうかしたのですか、ミナト?

 あ……、もしかして私の格好、どこか変でしたか?」


 慌てたように自分の全身を見下ろし、その場でくるりと回転して見せるリリアの銀髪が僅かに鼻先を掠め、その途端に香ってきた匂いに、湊は顔を真っ赤にする。


「い、いや! そんなことはないよ! うん!」


 真っ赤な顔を隠すように俯く湊を、不思議そうな顔で見つめるリリア。

 そんな彼らを物陰から見守る少年少女たちが、こっそりとため息をついた。


「おいおい、ミナト……。そこは「世界のどんな花よりも君は綺麗だ」くらいの気障なセリフを吐いてみせろよ……」

「うわぁ……、アッシュ……。さすがにその台詞は臭すぎるし、ミナトにそんなん言えって無理やろ……。ただ、女性の服を褒めんのは減点やな……」

「アッシュ先輩のアホなセリフはともかくとして、せめて「似合ってるよ」くらいは言うべき、です」

「まったくです。お客様のヘタレ具合にはいつもやきもきさせられますね……」


 突然、自分たちの背後から聞こえてきた聞きなれない声に驚いた三人が慌てて振り返ると、そこには由緒正しきメイド服に身を包んだ妙齢の女性の姿があった。


「ぬぉっ!? 誰やねん!?」

「おっと。これは失礼をしました。ワタクシ、通りすがりのメイドでございます。今はあそこのお二人を自主的に監視する任務についておりますが、どうかお気になさらず」

「いや……、どう考えても気になるから!」

「大丈夫です。これでも(お嬢様を追いかけるための)隠行術は得意分野でございますので……」

「今、さらっととんでもない本音が見えたような気がする、です」

「そんなことよりも、皆さま。どうやら、お嬢様とお客様が移動されるようですので、我々も後を追いかけましょう」


 そう言いながらメイドが指差したその方を見れば、確かに湊とリリアが寮の門の方へと歩き始めていて、その後を追いかけるように、謎のメイドもいつの間にか物陰から移動していた。

 その、あまりにも堂々とした立ち姿に、アッシュたちはお互いに顔を見合わせる。


「なんやねん、あのメイドさん……。謎すぎるわ……」


 アリシアのぼやきに、アッシュとユーリは深く同意しながらも、メイドと一緒に湊たちを追いかけ始めた。


 一方、その湊たちはといえば、待ち合わせ場所から少し移動した寮の門の前で立ち止まっていた。

 その原因は湊にある。


「さて、それではまずはどこへ行くんですか?」


 期待に満ちた目でリリアに見つめられ、湊が突然動きを止めたのだ。


「……? どうかしたのですか?」


 可愛らしく小首を傾げるリリアに対して、湊はなぜか気まずそうに目を逸らした。


「いや……その…………、実はどこへ行くかまったく考えてなかった……」

「あら……、そうなのですか?」

「うん……。その…………リリアの気晴らしのことばかり考えてたらすっかり忘れちゃって……」

「それはそれで嬉しいことですが、本来こういうのは男性がしっかりと女性をエスコートするものですよ?」

「うぅ……面目ない……」


 がっくりと肩を落とす湊に、リリアは手のかかる弟のような感覚を覚えながら、小さくため息をついて見せた。


「ミナトはもう……。仕方のない子ですね……。それでは、まずは中央区の市場マーケットのほうへ行ってみましょうか。あそこは色んなものが揃っていますから……」


 ほら、行きますよ? と差し出されたリリアの手を思わず握り返して、その柔らかな感触に思わず心臓が高鳴るのを感じながら、湊はこの場に親友がいないことを感謝した。

 もちろん、後ろの物陰から、その親友アッシュが呪い殺さんばかりの視線で自分たちを見つめていたことを、湊は知るよしもない。


 ともあれ、オークスウッド国立軍学校の近くにある駅から電車で移動し、市場の最寄り駅に降りたときのことだった。


「おや……。これは奇遇ですな、リリア・ガーネット殿……」


 どこか、ねっとりと絡みつくような口調で話しかけられたリリアがゆっくりと振り返った先には、まるで針金を思わせるような長身痩躯に黒いローブを纏った壮年の男性が、こちらを睥睨していた。


「……っ!? ごきげんよう、ドレアス・オニキス殿……」


 一瞬だけ曇った顔の上からすぐに笑顔を貼り付けて応対するリリアに、湊がこっそりと耳打ちする。


「……誰?」

「ドレアス・オニキス伯爵です。オークスウッド国議会議員の、いわゆる貴族枠の一人です」


 同じく耳打ちするように返されたものの、はてと首を傾げる湊。

 そんな湊を横目に見て、「あとでお勉強が必要ですね」と小さくため息をついたリリアへ、オニキス伯爵は小さく鼻を鳴らした。


「お父上は未だに気ままな旅から戻られていないのですかな?」

「え……ええ……」

「まったく……、私はこうして休日も議会に馳せ参じるというのに……。同じ貴族枠の議員としては羨ましいですな……

 おっと、こうしてはいられません。すぐに議会に行かなければ……

 それではガーネット殿。ごきげんよう……。甥のリードをよろしく頼みましたぞ?」

「はい……。承知しております、オニキス伯爵。それでは……」


 ぺこり、と最後に頭を下げてその場から離れるリリアの様子に違和感を感じた湊は、慌てて追いかける。


「リリア……?」

「……申し訳ありません、ミナト。みっともないところをお見せしてしまいました……」

「いや……それはいいんだけど……」

「どうも私はオニキス伯爵(あの人)が苦手なんですよ……。父と母がいつ戻るとも知れない旅に出てから、まるで水を得た魚のように私に絡んできますし……」

「そうなんだ……」

「ええ……。ミナトも知っていると思いますが、この国の立法機関の国議会は、いわゆる貴族枠と呼ばれる爵位持ち数名と、民衆から選挙で選ばれた代表数名により構成されています。その中で彼はオニキス派と呼ばれる派閥を作り上げ、いつも議会で父と対立していたと聞き及んでいます……」


 自分が暮らしていた元の世界(あっち)でも、与党と野党が互いの足の引っ張り合いをしていたニュースを思い出し、どこの政府も同じようなものなんだな、と思わず苦笑してしまった湊に、リリアがそれまでの空気を入れ替えるような笑顔を向けた。


「さて、暗い話はここまでにして、せっかくお出かけに来たんですから、目一杯楽しみましょう!」


 明らかに無理しているように見えるその笑顔に、しかし湊はあえて言葉を飲み込んで頷く。


 そうして二人は、人がひっきりなしに出入りして賑やかな市場へ向けてゆっくりと歩き出した。

~~おまけ~~


某メイド「あの腐れ伯爵……! よくもお嬢様のデートに水を差してくれましたね! 許せません! 大体いつもあの伯爵はお嬢様を舐め回すように見つめるんです! 変態です! そんなことをしていいのは私だけです! お嬢様のさらさらの髪も、あの温かい瞳も、柔らかい肌も、小さいおっぱいも……! その後にお嬢様に罵られることを考えるだけで私は……!!」

ツッコミ「なんや、このメイドさん!? ド変態すぎるで!?」

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