第23話 魔獣との遭遇
「ここは天国か……」
柔らかな日差しが天から降り注ぎ、木陰を渡る風は涼やか。
そして、目の前の小さな湖では、二人の少女が水着に身を包んで楽しそうにはしゃいでいる。
そんな光景を目の前にしてにやけ顔を作るアッシュ・ハーライトから飛び出たつぶやきに、異世界からやってきた石動湊は、思わず苦笑した。
「大げさだなぁ、アッシュは……。どうでもいいから、こっちのテントを立てるのを手伝ってよ……」
「どうでもいいってお前、この夢みたいな状況を見て、何とも思わないのか!?」
「そりゃ、思わなくはないよ……。僕だって男なんだから……」
「まぁ、お前の場合はリリアたんがいるからな……。どうせ長期休暇中にリリアたんの水着姿を拝んだんだろ!? この野郎!!」
そう言われて、ついリリアの水着姿を思い出してしまった湊が、思わず頬を赤くする。
「やっぱりか! そんなてめぇに俺の気持ちは一生わからねぇよ! というわけで、俺も今からアリシア達ときゃっきゃうふふしてくるから、テントの設営はお前に任せた!」
「はぁっ!? アッシュ!?」
慌てて呼び止めようとするも、すでに荷物を放り出して水着に着替えるべく茂みに消えていったアッシュを見て、湊がうなだれていると、湖ではしゃいでいたはずのアリシアがいつの間にか湊の隣にやってきていた。
「まったく、しょうもないなぁアッシュは……。ミナトに全部任せて自分だけ遊ぼうやなんて……」
「うん。さっきまですごく楽しそうに湖で遊んでたアリシアが言えたことじゃないけどね!」
「ほう? そないなこと言うてええの? ミナトだって、ウチやユーリの水着姿に見惚れて……って、そうやったな。ミナトはリリアちゃんがいるんやったな……」
「アッシュと同じこと言ってるけど、別に僕とリリアはそんな関係じゃ……」
「そうなん? 今までミナトはリリアちゃんとの間に一枚壁を挟んだみたいな態度やったけど、学園祭あたりから急に距離が近くなった感じやったから、ウチはてっきりもう恋人になったんかと……」
意外や、とでも言いたげに目を丸くするアリシア。
「確かに、リリアとの間にあったわだかまりというか、僕が一方的に抱えてた悩みがなくなったから、今までよりも距離が近くなったかなとは思うけど……。だからって別に付き合ってるとかそういうわけじゃないよ」
「なんや……。つまらんな……」
「つまらんって……」
「せっかく二人をからかって遊んだろ、思うてたんやけど……」
「そんなことをしたら、あとでリリアに怒られるよ……」
「それはそれで、ウチにはご褒美や!」
いい笑顔でのたまうアリシアに、湊は呆れたように溜息をついて作業を再開させた。
そうしてこれから数日間に渡って行われる野営の準備を終えてから湖で遊ぼうと、湊も水着に着替えるべく茂みに入っていったときのことだった。
突然、遠くの方から何かが爆発するような激しい音が聞こえ、同時に大量の鳥たちがけたたまし鳴き声をあげながら一斉に飛び立った。
「っ!?」
思わず息をつめ、音が聞こえてきた方をじっと見つめる湊だったが、しばらくしても、それ以降は何かが起こる気配はなかった。
一体何が? と首をかしげながらも、とりあえず着替えを済ませて仲間たちのもとへ戻ると、どうやら彼らも同じように音を聞いたらしく、湖から上がってじっと音がした方を見つめていた。
「おう、ミナト……。お前も聞いたか、今の?」
「うん……」
「なんやったんやろうな……?」
「まるで、何かが爆発したような音だった、です」
チーム内に漂う不安な空気を入れ替えるように、アッシュが明るい声を出した。
「もしかしたら、どこからのチームが手っ取り早く火を起こそうとして、ABERのスラスターを使ったかも知れねぇな」
「そうやろか? そんなアホなことするんは、アッシュくらいしかおらへん思うけどな?」
「俺だってそんなことしませんよ!? どんだけアホの子と思われてんだよ!?」
「そうです、アリシア先輩。訂正を求める、です」
「チビっ子が俺を……」
「アッシュ先輩はエロい、です」
「おっと、せやったな。すまん、エロッシュ!」
「訂正するところはそこじゃねぇよね!?」
「じゃあ……アホの子のエロッシュ?」
「ミナト!? お前もか!? あんたら少しは俺を気遣ってくれませんかねぇ!?」
アウェーなアッシュがツッコミ疲れて膝をついた矢先だった。
再び遠くで爆発音が、今度は連続して聞こえてきた。
「まただ……。しかも、今度は連続で……。まるで……」
「何かと戦ってるみたい、です」
「まさか……!?」
ごくりと喉を鳴らした湊にユーリが続き、それを聞いたアリシアが顔色を変えながら、自分のABERに飛びついた。
「おいおい……、何をしてるんだよ……?」
呆れるように問いかけるアッシュを無視して、手早くABERを起動させたアリシアは、いくつかの操作をして、目の前のモニタにレーダーの画面を呼び出す。
そうしてそれを睨みつけるように見つめた後、彼女は軽く舌打ちをしながら仲間たちを呼び寄せた。
「みんな、これを見てみぃ!」
切羽詰ったようなその声に、湊たちは互いに顔を見合わせると、アリシアのABERをよじ登って、開放されたままのハッチから中を覗き込み、そしてそこに表示されたものを見て、一斉に息を呑んだ。
そこに表示されていたのは、敵性反応を示す赤い光点が点滅しながらゆっくりと円の中心、つまり今湊たちがいるこの場所へと近づきつつある様子だった。
「なぁ、アリシア……。一応聞くけど、この反応って…………?」
「このレーダーが何を示してるかくらい、自分やってわかってるやろ、アッシュ?」
「だよな……」
質問に、そう返されたアッシュは一瞬だけ躊躇ってから、その答えを口にする。
「魔獣…………」
「そういうことや……」
頷くアリシアに、湊が戸惑ったような声で反論する。
「でも、ありえないでしょ……? だってリリアが「演習場は魔獣は出ない」って…………」
「けど、実際にこうやってレーダーに反応がある、です……。それにガーネット先生は、性格には「ほとんどありえない」といっていた、です」
「ユーリの言う通りや。そんでもって多分、今まさにその「ほとんど」が起こってるっちゅうことや……。ミナトが信じられへんのもわかる。せやけど、今は現実から目を背けたらあかんで?」
「…………分かってる」
頷いて、湊は気合を入れるように、強く自分の頬を叩いた。
「何にしても、や。とりあえず無線で先生にこのことを連絡や……」
この訓練の前に預かった無線機を取り出したアリシアは、すぐさまスイッチを入れて呼びかける。
「こちら、アリシア・ターコイズ訓練生。ガーネット先生、聞こえます?」
すぐに返事があるかと思いきや、無線から返ってきたのは無音だった。
「…………? こちらアリシア・ターコイズ訓練生や! センセ! 聞こえますか!?」
もう一度呼びかけるも、その呼びかけに返ってくる声はない。
「……周波数が間違ってるとかは?」
アッシュの言葉を、アリシアは首を振って否定する。
「それはあらへん。学校を出発する前に、ちゃんとリリアちゃんの無線と繋がることは確認してるんや……」
「…………じゃあ、離れすぎてて通じないとか?」
「それもないやろな……。距離が離れすぎてるだけやったら、少なくとも無線からはノイズがあるはずや……。せやけど、それすらもない……」
「先生が無線のスイッチを切ってる、です?」
「そういうことやろうな……」
手にした無線機を忌々しそうに睨みつけたアリシアは、これ以上は無駄だと判断して、無線機を放り投げると、手早く仲間たちに指示を出す。
「とりあえず、ここでじっとしとっても無駄や。皆、パイロットスーツに着替えて自分のABERに乗っとこか!」
「だな!」
「分かった!」
「らじゃ、です!」
それぞれに頷いて、素早く自分たちのABERに向かう湊たちを見送って、アリシアも着ていた水着を脱ぎ捨ててパイロットスーツへと着替える。
首の部分を大きく広げて両足を通して、しっかり靴に足がついていることを確認して一気に胸元まで引き上げる。そのまま両腕を通すと、胸の位置を調整しながら首まで持ってきて、首もとのボタンを操作してスーツ内の空気を排出する。
しっかりと体にフィットしていることを確認したら、背中のアタッチメントにバックパックを取り付けて腰から伸びたケーブルを座席のコネクタに接続し、その上でしっかりとベルトを締めて体を固定する。
最初は慣れずにかなりの時間がかかっていた一連の作業も、リリアの厳しい訓練のおかげか、今では僅か数分で作業を終えられるようになった。
「この辺はリリアちゃんに感謝やな……」
一人小さく笑いながら、いくつかのスイッチを操作してコクピットのハッチを閉め、計器類に灯が点ったところで、タイミングよく仲間たちから通信がつながれた。
『準備できたよ!』
『こっちもだ!』
『私も、です!』
「ウチも準備万端。ほんなら、まずはこれからどうするか、決めようか!」
モニタの向こうから頷き返してくる仲間たちに、アリシアは頼もしさを感じながら口を開いた。
◆◇◆
「…………始まりましたね……」
遠くから聞こえてきた爆発音にリリアは小さく呟き、訓練生たちの近くに待機しているほかの教員たちへ呼びかける。
「状況が開始されました。皆さんはできるだけ様子を見守って、できるだけ手を出さないようにお願いします。ですが、各自で訓練生が危ないと感じた場合は、すぐさま助けてあげられるようにお願いします」
それぞれに了解の意を示した教員たちに小さくお礼を言ってから、リリアはモニタに目を向ける。
そこに映し出されいてたのは、態と開放された入り口から、それぞれの訓練生がいる場所へと誘導されていく魔獣たちの姿。
「さて……。サバイバル訓練と偽った、この「突発的に魔獣と遭遇したときの戦闘訓練」を皆さんは無事に乗り切ることはできるでしょうか……」
かつては自分も教員からやられた授業を、今度は自分が訓練生に仕掛けることになるとは思っても見なかった少女が、心配するようにモニタの向こうを見守った。
◆◇◆
『やっぱりウチの勘は当たったみたいやな……』
アリシアの言葉に、湊がどういうことかと首を傾げる。
『ウチが始まる前に、この訓練はただのサバイバル訓練やないって言ったの覚えてるか?』
『…………ああ、確かにそんなこと言ってたな……。それが?』
『渡された無線も使えんかったし、先生たちに通信も通じん……。そんでもって、ほぼないはずの魔獣の襲撃……。考えられるんは……』
『これも、予定されていた訓練だった、です?』
『そういうことやろうな……。多分、突発的に魔獣と遭遇した場合にどないするか、っちゅうんを想定してるんとちゃう? ご丁寧に武器や予備のエナジーパックまで支給されとったし……』
なるほど、と湊は思う。
確かに、この訓練が開始される前のリリアの態度には、どこか奇妙なものがあった。
隠し事が苦手な彼女が、無理をしてこの訓練の本当の目的を隠していたのが原因だろう。
そんなことを考えていた湊の耳に、アリシアからの指示が届いた。
『訓練の目的から考えると戦闘は避けられへんみたいや……。せやけど、拠点があるここで戦うんは避けたい……。せやから、とりあえず別の場所まで移動するで!』
了解、と返して、すぐさま移動を開始する湊。
苦労して気付きあげた拠点を壊さないように、細心の注意を払って、けれどできるだけ急いで湖の側から離れて、アリシアの誘導にしたがって移動していく。
そんなときだった。
『……っ!? 九時の方向から高エネルギー反応! 敵の攻撃や!』
レーダーで魔獣の反応を探っていたアリシアから警告が飛び、湊たちは咄嗟にその場から飛びのく。
その直後、間にある木々を薙ぎ払いながら、太い光がさっきまで湊たちがいた場所を貫いた。
『敵さんのお出ましや! 全員戦闘態勢!』
アリシアの指示通りにすぐさまそれぞれの武器を構え、光が飛んできた方向を警戒する湊たちの目の前に、ゆっくりと魔獣が姿を現した。
赤く巨大な複眼に、王冠のようなものを乗せた特徴的な頭。
四枚の透明な翅は低い羽音を鳴らしながら、その巨体を浮かせ、頭以外の全身を黒い甲冑で覆った巨大な蜂。
魔獣生態学の授業で教えられたとおりのその姿に、湊が思わず息を呑む。
聞いた話では、ベテランの軍人のチームですら、相手取るのは梃子摺るというその魔獣の名を呟く。
「女王機蜂…………」
~~おまけ~~
女の勘鋭さランキング
1位:リリアママン(未登場)
2位:アリシア・ターコイズ
3位:クレア・アルナシム
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12位:リリア・ガーネット
お嬢様「私こんなに順位低いんですか!?」




