第22話 サバイバル訓練開始
湊がリリアに異世界から来たことを話した学園祭が終わった一週間後のある日の訓練後、ABERを格納庫へ移動させてグラウンドへ集合した湊たちへ、それは告げられた。
「皆さん、今日も訓練お疲れ様でした。それで、次回の訓練なのですが、少し変わったことをしようかと思います」
学園祭で湊が真実を告げて以降、以前よりも明るい雰囲気になったと評判のリリアからの言葉に、訓練生たちが一斉に首をかしげる。
「変わったことってなんだろうな? ……はっ!? まさかABERの狭いコクピットの中でリリアたんと密室個人レッスン!? 「狭いのでお膝の上に失礼しますね」なんて言われた日には、俺はもう自分のリビドーを抑える自信はないぜ!?」
「妄想全開やけど、そないなこと絶対にあらへんから安心しぃや」
「エロッシュ先輩少し黙る、です」
「とりあえず今からその「変わった内容」について説明があるみたいだよ?」
相変わらずボケに走るアッシュに適当なツッコんだ湊の言葉通り、リリアの話は続く。
「そろそろ皆さん、だいぶ実機での操縦にも慣れてきたので、次回は少しゲーム性を持たせて、ABERを使ったサバイバル訓練をします。遮蔽物などに隠れながら敵を発見して撃破していく感じです」
「ガーネット教官。質問をよろしいでしょうか?」
いち早く手をあげて質問の意を示したのは、リード・ガレナ少年だった。
どうぞ、と促されたリード・ガレナは、なぜか前に進み出ながら、その質問を口にした。
「先ほど、ガーネット教官は「サバイバル訓練」とおっしゃいましたが、このグラウンドではそれをするには不十分では?」
「いい質問です」
にこり、とリリアが微笑む。
「ガレナ訓練生の言う通り、軍学校のグラウンドではサバイバル訓練をするには少々狭すぎますし、遮蔽物などもありません。かといって、国内の広い敷地は基本的に農業地区のものですので、そこで演習を行うことはできません。ですので、この「サバイバル訓練」は、外にある軍の演習場を使います」
「外というのは、防壁の外という意味ですか?」
その質問にリリアが「その通りです、ガレナ訓練生」と頷いた直後、生徒たちは一斉にざわめきだした。
安全な壁の中から出ることに不安を訴えるもの、魔獣なんて怖くないと強がるものなど、悲喜交々な言葉が飛び交う中、黙ってざわめきが納まるのを待ってから、リリアは説明を続ける。
「もちろん、皆さんの不安は分かります。もし外へ出て魔獣に遭遇してしまったらと思うと恐ろしいでしょう……。ですが安心してください。今回使う演習場は軍がしっかりと管理しているので、まず魔獣が出る心配はありませんし、仮に魔獣が出たとしても私を始めとした護衛がすぐに迎撃しますので、問題ありません」
それを聞いて徐々に静まっていく生徒たちに、にこりと微笑むリリア。
「訓練は休み明けに行います。こちらで用意する食料などの必要最低限の物資のリストは、後ほど各自の端末に送ります。その他必要なものがあれば、休みの間に各自で準備をしておいてください」
それでは解散、というリリアの言葉に従って、生徒たちは三々五々に散っていく。
そんな中、更衣室へと向かいながら、さっそくリリアから送られてきたリストを確認したアリシアが浮かない顔をしていた。
「……? どうかしたの、アリシア?」
「ん……、このリスト、おかしい思うてな……」
「リストが……?」
はて、何かおかしかっただろうか、と首をかしげながら、湊もリストを確認してみる。
そこには、携帯食料や救急医療キット、簡易テント、ABER用各種装備品などが、ずらりと並べられていた。
およそ必要と思われるものはしっかりとリストアップされているので、逆にこれ以外に必要なものはパッと出てこないほどだ。
「……どこがだよ? ちゃんとされてると思うぜ? まぁ、リリアたんは天然だからもしかしたらリストから漏れてるやつはあるかも知れねぇけどさ……」
湊と同じようにリストを確認していたアッシュに、ユーリもこくりと同意する。
しかし、アリシアの顔は変わらず浮かないものだった。
「そないなこととちゃうねん。ウチがおかしいと思うてるんは、このABERの装備や」
「……別におかしいことないと思う、です」
「そうか? もっとよく考えてや……。ガーネット先生は「ABERを使うてのサバイバル訓練」言うたやん? そもそもサバイバル訓練にABERを使うんが既におかしいことやねんけど、それは百歩譲ってええとしても、なんで実弾まであんねん? 普通はこういう訓練ならペイント弾を使うんとちゃう? それにわざわざ実機でやらんでも、シミュレーターでやればええ話やん?」
「つまりアリシアは何が言いたいんだよ?」
首をかしげるアッシュに、アリシアはこう言った。
「つまり、何があるかは分からへんけど、少なくともただの訓練やない……。ウチの女の勘がそう言うてんねん」
女の勘はよく当たるんよ? とアリシアは片目をつぶって見せた。
◆◇◆
「そんなわけで、やってきたで、巨大市場!」
翌日、サバイバル訓練に必要なものをそろえるために、休日になると開催されるオークスウッド中央区の巨大市場にやってきた湊たちはその入り口で両手を天に突き上げて、誰へ向けたわけでもなく叫んだアリシアへ怪訝な目を向けた。
「アリシア先輩はいったい誰へ向かって言ってる、です?」
「……なんや分からへんけど、なぜかこう言わなあかんきがしてん……」
「え……何それ……怖い……」
ユーリの問いにアリシアがぼんやりと答え、アッシュがアリシアから身を引きながらツッコむ。
「どうでもいいけど、三人とも……。周りの目線が突き刺さってくるから、さっさと中に入ろうよ……」
湊の苦笑とともに吐き出された言葉通り、実際にマーケットの入口でいつも通りの漫才を繰り広げる彼らを、大道芸人か何かと勘違いしたのか、徐々に人が囲みつつあった。
「ふっ……、甘いで、ミナト……。芸人はいつでもお客様の期待に応えなあかんねん!」
「そうだぞ、ミナト……。いつもは俺がアウェーだからな! たまにはお前がそのアウェー感を味わうがいいさ!」
「私は誰がボケようと、いつも通りにツッコむだけ、です」
なぜか逆にやる気を見せるアリシア、無駄にキラキラした目で湊を引き込もうとするアッシュ、そして「ふんす」と気合を見せるユーリへ、疲れたようにため息を吐き出した湊は、おとぼけ三人組を無視してさっさと中へ入ることにした。
「ああっ! 自分だけいい子ちゃんぶるのはずりぃぞ!」
「せやで! ウチのボケに的確なツッコミをできるんは、ミナトだけやで!」
「…………私も恥ずかしくなってきたので、ミナト先輩と一緒に静かに行く、です」
「ぬぉっ!? こんなところにも裏切者が……!?」
「ユーリ!? 自分までウチらを見捨てる気か!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながらもついてくる仲間たちに、湊は再びこっそりとため息をつく。
何はともあれ、マーケットの中に踏み入れた湊たちは、すぐに買い物へと向かわずに、近くにあったファーストフード店へと入った。
「んで? どうするよ?」
アッシュの、ポテトをつまみながらの問いに、マーケットの地図を広げたアリシアが答える。
「そうやな……。とりあえず、まずは一番必要なものから買っていくのがええと思う」
「あぐ……。私も賛成、です。こういうところでは、つい必要のないものも買いがちで、気がついたらたくさん荷物が増えている、ということが起こりがち、です……。むぐむぐ……」
「あ~……確かに……」
長期休暇の間に、ユーリとマーケットに来たことがあるアッシュは、そのときのことを思い出して思わず肩を落とした。
「えっと……。それじゃ……、まずは必要なものをリストアップして、その中で優先順位をつけて買いに行くってこと?」
「それでええと思うよ」
ジュースを飲みながらの湊の言葉に、アリシアが頷き、四人は早速買い物リストの作成に取り掛かる。
「まず、ウチらが一番必要なものといえば……………。水着やな!」
「水着、です!」
「いや、何でだよ!?」
女子二人の口から飛び出た単語に、アッシュが高速でツッコミを入れる。
「それ必要!? 林間合宿だよね!? サバイバル訓練だよね!? 要るかなぁ!?」
「何言うてんねん……。林間合宿でサバイバル訓練っちゅうことはや。近くに水場がある言うことや。せやったら泳ぐんが世の中の常識やん? そんなわけで水着は必須っちゅうことや。はい、論破」
「論破できてませんからね!? 反論の余地ありまくりですからね!?」
「ほぅ……。そないなこと言うなら、アッシュはウチらの水着姿を見たくない、いうことやね? せやったらええわ……。ほなら、素直なミナトにだけ見せたるから、一緒に買いに行こか?」
「エロッシュ先輩は、せいぜい妄想で楽しむ、です」
「ごめんなさい私が悪うございましたから勘弁してください俺も二人の水着姿を見たいです」
一瞬で手のひらを返して、見事なまでの土下座を披露するアッシュに、湊は思わず頬を引き攣らせ、アリシアとユーリは冷ややかな目を向けた。
「やっぱりエロッシュはエロッシュやな!」
「先輩の変態、です」
「あっれ~……何を選んでもバットエンドだった!?」
まさかの仕打ちに、がっくりと膝を着くアッシュだった。
◆◇◆
そして休みがあけ、いよいよリリアによって予告されたサバイバル訓練の日がやってきた。
この日、事前に通達された時間に対魔獣殲滅兵器に乗り込んだ生徒たちは、そのABERごと巨大なトラックに乗り込み、壁の外へと運ばれていく。
『へぇ……壁の外ってこうなってんのか……』
モニタ越しに流れていく景色を眺めていたアッシュが、感心したように呟く。
「そういえば、アッシュはオークスウッドから出たことないんだっけ?」
湊の問いに、「おうよ」と頷くアッシュ。
『俺は生まれも育ちも、オークスウッド南地区だし、国外旅行なんて金が掛かるようなイベントは今まで一度もないな……』
『ウチかて、この学校に入るためにトントヤードを出たんが初めてやったな……』
『私も同じ、です。留学のために外へ出たのが初めて、です。でも、普通はそんなもの、です。一般人が国外に出るためには、普通、ABERを護衛として雇う行商組合に便乗するのが一番安い、です。それでも行商組合への手数料や護衛として雇うABERの費用の手数料などで、膨大なお金が掛かる、です』
「そうなんだ……」
『そうなんだって……ミナト……。その辺はお前が一番よく分かってるだろ……。俺たちの中で一番遠いところから来たんだから……』
まさか、家の玄関を開けたらいきなり異世界の大空に放り出されて、気がつけば壁の外にいたなんて言えない湊は、ごまかすように笑うしかなかった。
その後も適当に雑談をしているうちに、湊たちが乗るABERを載せたトラックは、予定通り軍が管理する演習場へたどり着き、そのまま走り続けて深い森の、開けた場所に到着したところでようやく動きを止めた。
『お? どうやら着いたようやで』
アリシアの言葉を照明するように、全体に向けてリリアから通信が入った。
『皆さん、お疲れ様でした。特にトラブルもなく、無事に目的地に着きました。これから皆さんは、トラックに積んだ物資を下ろした後、各チーム単位で四日間、この森の中でサバイバルをしていただきます。その後は私から合図を出しますので、その合図があったら、皆さんの力だけでこの森から出て、マップに表示されたポイントへ集合してください。いわば、この訓練はサバイバル踏破訓練となります。踏破の帰還期限は合図があってから二日後とします
サバイバル中や踏破中に、何かトラブルがあったときは、すぐに事前に渡した無線機で私たちを呼んでください。くれぐれも無理はしないように……』
リリアの言葉に耳を傾けながら、湊はちらりとコクピットに固定された無線機に目を向けた。
『訓練中は、一応護衛はつきますが、それでも基本的には皆さんだけとなります。仲間たちと協力し合って、無事にこの訓練を乗り越えることを願っています』
リリアの演説の間に、トラックとABERを固定していた器具が外され、天井が開放される。
『それでは……訓練開始です!』
内壁透過モニタに「訓練開始」と表示されると同時に、湊はゆっくりと自身の愛機を立ち上がらせる。
『よっしゃ。ほんなら、全員で荷物を持って移動するで? まずは水場の確保や!』
率先して物資が詰め込まれたコンテナを持ち上げながら移動を開始するアリシアに、湊たちも続いた。
そしてそれから数日後に、湊たちはアリシアの勘が正しかったことを思い知ることになる。




