第16話 龍天祭 その3
「それじゃ、ガーネット隊の優勝とオーラム隊の準優勝を祝って……乾杯!!」
金髪の青年――オークスウッド防衛軍所属ダイン・コランダム少尉の声に続いて、オークスウッド中央区の、「本日貸し切り」と看板が立てられたとある居酒屋のそこかしこからグラスをぶつける音と、乾杯の声が響く。
途端、喧騒に包まれる店内に身を置く異世界出身の少年は、どこか場違い感を味わいながらちびちびとグラスのジュースをなめていた。
そんな、壁の花を気取っていた少年――石動湊のもとへ、先ほどの乾杯からまだ五分と経過していないにも関わらず、すでに顔を真っ赤に染め上げた銀髪にメガネをかけた青年――カール・アイドクレースが、酒臭い息を吐きながら近寄ってきた。
「君だろ隊長と一緒に住んでるというガキはああよくみたらあの時の小僧じゃないか君は僕のことを覚えてないかもしれないけれど僕は隊長からいつもいつも君のことを聞かされてそろそろ君を……」
「カール……そこまで……」
一息にぶつぶつと何かを言い続けていたカールの首筋に後ろからいい角度で手刀が入り、「ぎゃふん!」と短い悲鳴をあげて白目をむく。
突然のことに唖然とする湊を、手刀を叩きこんだ犯人である明るい茶色の髪を頭の後ろで一つにくくったメガネの女性――クレア・アナルシムが振り返った。
「ごめんなさい……カールがあなたに迷惑をかけた……」
「い、いえ……大丈夫です……」
「そ……。私はあなたのことは嫌いじゃないから応援してる……。がんばって……」
「は……はぁ……」
クレアは気を失ったカールの襟首をひっつかんで、そのままずるずると引き摺って行くのをぽかんと見送る湊へ、今度は困ったような笑みを浮かべながら、銀髪の美少女――リリア・ガーネットが近づいてきた。
「ごめんなさい、ミナト……。ウチのチームが迷惑をかけたみたいで……」
「いや……別にそんなことはないよ。ただ、楽しい人達だね。初めて会ったときは怖い人達だなって思ったけど……」
リリアのチームメンバーと初めて出会った日であり、自分が異世界にやってきた日のことを思い出し、湊は苦笑する。
「あの時はほら……、戦場に一般人がいたので私たちも必死になっていたからですし……
それに、楽しい人達というのなら、湊のチームもなかなかのものだと思いますよ?」
「うっ……それは否定できない……」
ナンパ目的で一日一善を実行し続けるアッシュに、巨乳で元の世界の関西弁によく似たしゃべり方をするアリシア、代々ABERパイロットを排出する家系出身の年下天才少女のユーリ、そして異世界出身という異常極まりないステータスを持ちながらも、それ以外には特に突出した部分がない平凡な自分。
個性の豊かさでいえば、リリアのチームにすら対抗できる。
よくよく考えてみれば、元の世界ではボッチとまではいかなくとも極端に友達が少なかったのに、こちらではいつの間にかその数が増えていたと感慨にふけていると、今度は酒をしこたま飲んだにも関わらず、顔色一つ変えないダインが近づいてきた。
「よう、坊主。久しぶりだな」
「ども……」
「そう硬くなるなよ。せっかくの宴会なんだからよ! と言うわけで……出せ」
「…………?」
「出せって言ってんだよ! 隊長に聞いたぜ? 今日の模擬戦は俺らに賭けたんだろ? だったらそれなりに儲かったんだよな? だからいくらか出せっつってんだよ!」
「いや……儲かったって言っても、もともと賭けた金額が少なかったから……。せいぜいお小遣い程度ですよ……」
「具体的には?」
「…………10Gぐらい……?」
「それで十分だ! 流石に、全部とはいわねぇよ。いくらかカンパしてくれりゃあな……。そうだな……せいぜい100Rぐらいでいいぜ!」
「…………まぁ、それくらいなら……」
そういって財布を取り出そうとした湊の手を、リリアが掴んで止める。
「その必要はありませんよ、ミナト
ダイン? 今回の資金は私たちの優勝賞金から出ているはずですが、それでも足りないのですか?」
「うぐっ……それはその……」
返答に窮するダインを少しの間見つめてから、リリアはため息をついて財布を取り出す。
「まったく……そういうことなのであれば、もっと早くに言ってください。それでいくら足りないんですか? とりあえず1000Gくらいあれば足りますか?」
そのまま財布から札束を取り出そうとしたリリアを、湊とダインが慌てて止める。
「いやいやいやいや! 1000Gは流石に多すぎますから!!」
「僕の一月分の給料をさらっと出さないで!!」
「それに隊長! こういうのはほら! 参加者から少しずつ集めるのがマナーですから!」
二人の必死の説得が届いたのか、「むぅ、そうですか……」と可愛らしく肩を落としながら財布を仕舞うリリア。
ちなみに1000Gといえば、訓練生の湊が一月に貰う給料と同額であり、少なくともオークスウッドでは贅沢をしなければ人一人が一ヶ月を生活するのに十分な金額でもある。
何はともあれ、湊と同様に財布から取り出した100R硬貨をダインに手渡し、店の反対側から呼ぶ声に応えて、その場を離れていくリリアを見送って、湊とダインは人知れずため息をついた。
「……ったく……。ウチの隊長の天然ぶりには困ったもんだぜ……。坊主、お前も苦労するな……」
「……分かってくれて悲しいです、僕……」
同時に大きく息を吐き出した二人は、人知れずお互いに軽くグラスをかち合わせた。
◆◇◆
それから数日後の龍天祭最終日。
この日、オークスウッド全域を使った花火の打ち上げを見ようと、オークスウッドだけでなく、世界各国から見物客や彼らをターゲットにした商人などが押し寄せ、メインステージが設置されている中央区だけでなく、東西南北各地区も人で溢れかえっていた。
「ふわぁ……まだ花火が始まるまで大分時間があるって言うのに、凄い人だね……」
「ええ……、いくらオークスウッド全域を使った花火でどこからでも見えるとはいえ、それでもよく見える場所と言うのはやはり人気ですからね……。皆さん、今からその場所取りをしているのでしょう……」
リリアの解説に、何となく元の世界の花火大会を思い出す。
湊が住んでいた街は、田舎と言うほど田舎でもなく、かといって都会ほどに喧騒が多いわけでもない、よくある街だった。
そしてその街では、毎年夏の時期に夏祭りを行い、その締めとして大量の花火が打ち上げられる。
中々のスケールで繰り広げられるそれは、湊の住んでいた街の近隣からも人が集まるほどだったとはいえ、流石に有名どころほどの規模ではなく、花火の場所取りをすることはなかった。
とはいえ、いくら有名どころでも、まだ始まるまでかなりの時間がある段階から、ほとんど身動きすらできない龍天祭ほどではないだろう。
そんなことを考えながら、まるでうねる大蛇のような人の荒波をどうにか乗り越えた湊は、ガーネット家の駄メイドから頼まれた買出しの品が書かれたメモを見るために、そのメモを持っているリリアを振り返った。
「ふぅ……リリア、まずは何を……」
不自然に言葉を途切れさせた湊のその視線の先には、銀髪美少女の姿などなかった。
「……まさか、またはぐれた?」
嫌な予感がした湊は、急いで携帯端末を取り出すと、登録してある電話帳から「リリア・ガーネット」の文字を呼び出し、電話を掛ける。
しかし。
『申し訳ありません。ただいま電波が大変込み合っており、電話が繋がりにくい状況となっております。恐れ入りますが、しばらくしてからおかけ直しください』
無機質な機械音声が聞こえてくるばかりで、一向に繋がる様子はなかった。
「……マジで?」
ぼやきつつ、目の前を流れていく人の波を見つめる。
たとえ全身がごつい筋肉で覆われた男でも逆らうのは難しそうな人の波なのに、華奢な体のリリアならば抵抗することすらできずに流されてしまうのは明白だ。
「リリア~!!」
試しに人波に向かって呼びかけてみるも、やはりというかなんというか返事はない。
「……返事はない。ただの屍のようだ……って、そんなこと言ってる場合じゃなくて!!」
自分のボケにセルフツッコミをした湊は、どうしようかと考える。
(イアンさんは生憎、今は屋敷で今日の花火大会見物の準備を進めてるし……、それはアイシャさんも同じ……。電話で連絡を取ろうにも今は繋がらないし……。何かいい方法は……)
焦って空回りしそうな思考を必死に回転させながら周りを見回した湊の目に、一枚の看板が飛び込む。
「これだ!!」
天啓を得たとばかりに、湊は看板が指し示す方向へと走り出した。
湊が見つけた看板に書かれていたのは、「迷子センター」と書かれた文字と、その方向を指し示す矢印だった。
それからしばらくして、迷子センターの呼び出しでどうにかリリアと合流できた湊は、道端に設置されたベンチに座りながら、露店で売られていたジュースを飲んでいた。
「うぅ……初日に引き続き、とんだ失態をしてしまいました……」
「無事に合流できてよかったよ……。リリアとはぐれたときはマジで焦ったもん……」
ジュースの入ったカップを片手に、抜けるように白い肌を朱色に染めて恥ずかしそうに俯くリリアに、湊は安堵のため息と共に苦笑を返す。
「本当にミナトには迷惑ばかりかけていますね……」
「まぁ、今回は仕方ないよ。これだけの人だし……。リリアはその……華奢だから……」
「軍属の人間としては恥ずかしい限りです……。もっと鍛えなければ……」
自分のほっそりとした指を眺めながら呟くリリアの隣で、湊はこっそりと「鍛えたリリア」を想像してみる。
ボディービルダーも真っ青なほどの分厚い筋肉に、小麦色に焼けた肌。長く綺麗な銀髪を風なびかせながら、特徴的な深い柘榴石色の瞳に暑苦しい光を宿らせながら、一心不乱に筋トレに勤しむリリア。
非常にミスマッチである。
「うん、リリアは今のままでいいと思うよ?」
「…………そうでしょうか?」
きょとんと首を傾げるリリアを見て、思わずやはり今のままが可愛いと言いかけた湊は、顔を真っ赤にしながら慌てて言葉を飲み込む。
「…………? どうかしたのですか、ミナト?」
「っ…………なんでもないよ! それよりもほら! 早く買い物を終わらせよう!!」
顔を覗き込もうとするリリアを誤魔化して急いで立ち上がった湊は、ジュースのカップをゴミ箱に放り込むと、「ほら」とリリアへ手を差し伸べる。
今度ははぐれないように、という意図が見て取れる少年の手を、リリアは嬉しそうに握り返した。
◆◇◆
暗い夜空に光の大輪が咲き誇り、僅かに遅れて腹のそこに響く重低音が空気を震わせる。
時に一つ一つゆっくりと、時に幾つも同時に。
優美かつ緻密に計算されたタイミングで打ち上げられた花火が、夜空に咲き誇り、そして散っていくたびに、リリアは感嘆の声を漏らす。
「毎年見ているものですが、やはりいつみても素晴らしいですね……」
一方、湊はといえば、元の世界でも見れないような、圧巻なその光景に言葉を失っていた。
「どうですか、ミナト? 素晴らしいでしょう?」
「あ……ああ、うん……」
自分の手柄と言うわけでもないのに自慢げに胸を張るリリアに、湊は言葉少なげに返す。
「これは……ちょっと予想外だった……」
そうぼやく湊の横で、小さくくすりと笑ったリリアが、再び空を見上げながら呟いた。
「こうして親しい誰かと一緒に花火を見上げるなんて、随分久しぶりのような気がします……」
「……そうなの?」
「はい。もちろん、毎年屋敷の執事やメイドたちと一緒に見ているのですが、彼らはどうしても私に遠慮してしまいますからね……。こうして誰かと並んで花火を見るのは、お父様とお母様がまだこの屋敷にいたとき以来です……」
「……そうなんだ…………
……だったら……さ……
…………………その……………来年も……僕と一緒に見よう……」
顔を真っ赤にしながらの湊の言葉に、リリアは嬉しそうに微笑んだ。
「……そうですね!」
儚く散っていく光に彩られたその笑顔はひどく幻想的で、湊の心臓が少しだけ高鳴った。
~~おまけ~~
駄メイド「…………はっ!? ラヴ臭がします! この近くからラヴ臭を感知しました! このラヴ臭の発生源は……まさか!?」
天然お嬢様「ラヴ臭……? なんですか、それは?」
駄メイド「それは若い男女から発せられる特有な香りのことで、我々非リア充にとっては悪臭に他ならないのです! それをお嬢様とお客様の近くから感知しました」
天然お嬢様「……私、臭いのですか!?」