第15話 龍天祭 その2
偶然出会ったチームメイト三人と、学校の教師兼身元保証人の少女、それに異世界からの来訪者の少年を加えた一行は、オークスウッド最大規模の祭り「龍天祭」の初日を、普段ならば車が片側に三台ずつ、計六代が並走できるほどの道幅を持ったメインストリートを全面的に車両通行禁止区域にして、大胆にもそのすべての区域にずらりと露店を並べた、通称「露店街」と呼ばれる場所で、オークスウッド各地域の名物料理を食べ比べてみたり、射的の店で、アッシュがチームの狙撃手としての腕をいかんなく発揮して景品をすべて掻っ攫ったために出入り禁止を食らったり(ちなみに手に入れた景品は全員で山分けしたうえで、それぞれの家に宅配で送り届けた)、商業国家出身らしくアリシアが気に入った商品を値切り、最終的に表示価格の三割で交渉を成立させてお店の人を泣かせたり、あるいは、ユーリがアイスを買ったときに店の主人に「子供のお使い」と勘違いされて一本おまけをしてもらい、嬉しいような釈然としないような顔で戻ってきて、アッシュに爆笑されたりと、時間の許す限り、目一杯楽しんだ。
それからしばらくして。
『以上で今年の「クレイジービンゴ」は終了だ! 来年もクレイジーでクールな景品を用意するから、ぜひ参加してくれよな! そんじゃあ参加してくれたみんなも、見学してくれたみんなも、祭りを楽しんだみんなも、気をつけて帰ってくれよな!』
中々にノリがいいマイクパフォーマンスを披露した「クレイジービンゴ」の司会の言葉を合図に、中央区の中心に設置されたメインステージ周辺に集った客たちが一斉にそれぞれの家を目指して歩きはじめる中、湊たちは広場の隅の方に移動していた。
「ミナト、明日は遅れるなよ?」
「分かってるって……朝九時に中央区のメインステーション前で待ち合わせだろ? そっちこそ遅刻するなよ?」
「俺は大丈夫なんだけど……問題はチビっ子だよな……。こいつ、昨日の夜も祭りが楽しみでなかなか寝られなかったらしいし……」
「チビッ子いうな、です! あと私は祭りが楽しみで眠れなかったわけではない、です! アッシュ先輩と違って課題を遅くまで片づけていた、です!」
「流石天才少女だな! 俺は後でその天才少女に課題を見せてもらうとして、アリシア。お前は大丈夫なのか?」
「問題あらへんよ? ウチは家族で中央区のホテルに宿を取っとるし、待ち合せも近いから楽やわ……」
「よし、それじゃ明日、遅刻したやつは全員に昼飯奢りな?」
「ご馳走様、アッシュ!」
「ゴチになるで、アッシュ!」
「先輩、太っ腹、です」
「すでに俺が奢ることになってる!?」
いつもと変わらない彼らのやり取りに、リリアがくすりと笑う。
「皆さん、明日は一緒に祭りを回るんですよね……。楽しそうで羨ましいです。私も軍のお仕事さえなければ……」
「まぁ、リリアのチームは一番人気の最終日に休みが取れたんだからいいじゃん」
「そうですけど……。まぁいいです……。それよりも皆さん、このあとは気をつけて帰って下さいね? それとハーライト君はユーリさんに課題を見せてもらうとかのズルは「めっ」ですからね?」
「リリアたんの「めっ」がもらえるなら、それはそれで……」
「……うわぁ……」
「ウチも引くわぁ……」
「先輩の変態、です」
「ご、ごめんなさいハーライト君。私もフォローできません!」
「おっふ……。今日も今日とてアウェーだ……」
リリアを含めた全員の総攻撃にがっくりと膝をつくアッシュ。
その背には、先ほどのビンゴで勝ち取った巨大な熊のぬいぐるみが背負われており、非常にシュールな絵面を作り出しているのだが、本人は全く気付いた様子はなかったりする。
「さて、それではいつまでもここにとどまっているわけにもいきませんし、私たちも解散しましょう」
「そうだね。それじゃみんな、また明日……」
「ウチもそろそろオトンが心配しそうやし、宿に戻るわ……。ほな、また明日や!」
「ほら、先輩、いつまでも項垂れてないでサッサと立ち上がれ、です。私もお腹すいたからとっとと帰る、です」
「まだ食う気かよ!? というか引きずらないで!? 自分で歩くから引きずらないで!?」
最後まで騒がしいチームメイトたちを見送る湊とリリアの顔には苦笑が浮かぶ。
「ミナトのチームはいつでも賑やかですね」
「あはは……、まぁね
……っと、それじゃ僕らもそろそろ帰ろうか……」
「はい!」
くるり、と踵を返した二人は、そのまま肩を並べて歩き出した。
◆◇◆
翌日の二日目を東西南北中央、それぞれのイベントをチームメイトたちとわいわい騒ぎながら楽しんだ湊は、中日となる三日目のこの日、事前のリリアとの約束通り、自身初めてとなる軍施設を訪れていた。
ちなみに、湊が異世界へやってきたその日に、同情したリリアのABERが帰還したときに訪れたのだが、その時は格納庫に到着したときに(リリアのビンタのおまけ付きで)すぐにABERから引き摺り出されたので、実は詳しく施設を見ていなかったので、湊の中では、今回が初めてということになっている。
ともあれ、チームメイトたちと午前中に軍事演習や新型武器のお披露目、軍特製のカレーなどを楽しんだ湊は、リリアからもらった観覧チケットをゲートで提示して、どこか場違い感を覚えながら、特別に用意された家族用観覧席に身を納めた。
『さぁ! 今年もやってまいりました、「オークスウッド対魔獣防衛軍模擬戦天龍杯」!
この日のためにそれぞれ腕を磨いてきた対魔獣防衛軍の猛者たちが、互いの意地とプライドをぶつけあうガチンコバトル!
勝つのは果たしてどのチームとなるのか!?
なお、司会進行兼実況は対魔獣防衛軍広報部、そして解説は作戦実行局局長が務めさせていただきます』
『よろしくお願いします』
意外とノリのいい実況を聞きながら、湊は家族用に設けられた観覧席から、目の前の巨大スクリーンを眺める。
『それでは早速、出場チームを早速紹介いたしましょう!
まずは彼ら! ここ数回の模擬戦すべてにおいて優勝を果たしている本命中の本命!
防衛軍の英雄フリント・オーラム率いるオーラム隊!!』
実況の紹介に僅かに遅れるようにして、スクリーン一杯に映し出されたのは、ところどころに目が覚めるような蒼が入った白い機体を中心とした四機のABER。そのすべての機体の左胸に、十字架と翼を意匠した紋様が入っている。
『続きまして、昨年の雪辱なるか!?
最年少の美少女中尉、リリア・ガーネット率いるガーネット隊!
なお、ガーネット中尉には軍内部に非公式ファン倶楽部があるとの情報もあります』
『彼女は史上最年少での中尉任官とその容姿で、いわば軍のアイドル的な存在ですからね』
『いつの間にそんなことになっていたんですか!?』
実況が聞こえていたのだろう、画面越しにリリアがツッコみ、会場が笑いに包まれる。
『ガーネット中尉、可愛らしいツッコミありがとうございました。さぁ、気を取り直してどんどんいきましょう! 次は魔獣迎撃任務でも昨年の成績でもあまり目立つことのない、地味なグラナイト隊!』
『グラナイト少尉にはもう少しがんばって欲しいですね』
『大きなお世話だよ!?』
『はい、グラナイト少尉の地味なツッコミはさておいて、次に行きましょう』
『地味言うなし!?』
『グラナイト少尉は少し黙っていてくださいね。これ以上口を挟んで進行を妨害すると私の権限で二階級特退で曹長にしますからね?』
横暴だ! というツッコミを無視して、実況が最後の部隊の紹介に入る。
『さあそして最後は、オークスウッドの国議会議員の一人、ドレアス・オニキス氏肝いりのスピネル隊! 今大会のダークホースとなるか!?』
最後に登場したのは、全体的に黒いカラーリングの部隊。
その部隊の隊長をスクリーン越しに目にした湊は、どこか見知った空気を感じたものの、その正体を突き止める前に、司会進行役の人が次の段取りへと進んだ。
『組み合わせは、事前に奥張りした通りとなっております。第一試合はスピネル隊とガーネット隊。第二試合はグラナイト隊とオーラム隊です。それぞれの勝者が、今大会優勝を争っていただきます。さて、ここで各隊のオッズを見てみましょう……』
『ふむ……やはりここ数年の覇者であるオーラム隊が一番人気のようですな……。続いてガーネット隊とスピネル隊がほぼ同率。そしてグラナイト隊か……。まぁ、ほぼ予想通りのオッズですね……』
『さぁ、果たしてグラナイト隊に未来はあるのか!?
ここで簡単にルールを説明します。使用するのは訓練用シミュレーター。フィールドは毎回ランダムで選ばれ、両者は十キロ以上離れて配置されます。部隊の全滅、あるいは隊長機による降参信号により勝敗が決します!
それではお待たせいたしました! 早速第一試合、スピネル隊VSガーネット隊の試合を始めます!
フィールドは丘陵地帯! 試合、スタート!』
実況の合図と共に、スクリーン一杯に「START!」と文字が表示され、フィールドの両端にそれぞれの部隊が出現する。
『この試合、局長はどう見ますか?』
『経験、実績ともに、両隊ともほぼ互角。後は隊長たちの作戦指揮能力と、部隊メンバーの練度の差が勝負の鍵となるでしょう……っと言ってる間に、ガーネット隊が動き始めましたね……』
局長の言葉通り、スクリーンの中でリリアたちがフィールドの中央に向かって進んでいる様子が映し出されていた。
◆◇◆
『隊長……目標ポイントに到達した……』
通信モニタ越しに隊員の一人であるクレアの報告を受け、リリアは軽く頷いて機体を停止させと、事前に決めていた作戦通りに指示を出す。
「クレアは引き続き、周辺の警戒を。カールは私と一緒に罠の設置。ダインは狙撃ポイントへ移動してください」
『了解!』
『うっす!』
『分かった!』
それぞれの力強い返事に、満足げに頷きながら、リリアはバックパックから地雷を取り出し、カールが器用に掘った穴へと埋めていく。
それから程なくして、ちょうどリリアたちの準備が終わると同時に、再びクレアから報告が入った。
『隊長……敵が接近してきた……』
「ちょうどいいタイミングですね……。各機、作戦を開始してください」
まるで狙っていたかのようなその報告に、リリアは小さく微笑みながら指示を出し、自らも装備していた銃を相手のチームの足元へ撃ちこみ、同時に隣にいたカールと共に一気に相手チームへと肉薄する。
当然、相手チームはこれを迎撃しようとミサイルや銃弾が飛んでくるが、それらは、クレアの小型ミサイルや後方のダインの狙撃にほとんどが打ち落とされ、あるいは攻撃を予測していたリリアたちにあっさり避けられる。
それならばとばかりに、銃から接近戦用の剣や槍に持ち替えた相手チームに対して、リリアとカールもそれぞれの武器を抜刀、勢いそのままに切り結ぶ。
戦場に、金属同士がぶつかり合う耳障りな音が響き、リリアと相手の隊長機の距離が空いたところで、相手チームからリリアたちへ向かって小型ミサイルや銃弾による攻撃支援が飛んできた。
それをぎりぎりのところで避け、同時に通信モニタ越しに同じく攻撃を避けたカールに合図を送って、二人はすぐにその場から離れるべく、銃で牽制しながらスラスターを全開にして機体を後退させる。
本来ならば、二人の撤退を補助するために、後方に控えた仲間たちから支援が届くはずなのだが、そんな様子がないことを好機と捉えた相手チームが、後退するリリアとカールを追いかける。
その様子を見て、作戦が上手く機能していることを悟ったリリアは、慎重に相手との距離を保ちつつ、罠のある場所へと誘導していく。
そして、相手チームが目標のポイントへ到達したところで、その様子を見ていたクレアが罠を起動させた。
眩い閃光と激しい音ともに、相手チームが地面ごと吹き飛ばされ、止めとばかりにリリアたちからミサイルや光弾が降り注ぎ、相手チームは抵抗する間もなく、それどころか何が起きたのか理解できずに全滅した。
『試合終了! 勝者ガーネット隊!』
実況の声と同時に沸き起こる拍手喝采を聞きながら、湊はスクリーン越しにリリアへと惜しみない拍手を送った。




