第14話 龍天祭 その1
水着姿のリリアにドキドキしたり、紫獣石採掘場で思わぬ課外授業を受けたりと、なかなかに充実した一週間を過ごしたバカンスが終わり、まだ長期休暇が残っている湊が元の世界に帰るための方法を調べに行っていた街の図書館からの帰り道のことだった。
「……? そろそろお祭りでもあるんですか?」
窓の外には飾りらしき旗を大量に抱えた人が梯子に上ろうとしていたり、大工職人数人が、広場に大きなステージを作っていたり、中には「フェスタセール開催中!」などと書かれた看板を掲げて道行く人々を呼び込もうとする店まであり、街全体が活気づいていることから何となく予想をつけて、運転手の老執事に話しかけてみる。
「ああ、そうですね。もうすぐ年末年始を除けば最大規模のお祭りがあるのです。かつて、世界がまだ闇しかなかったころにどこからともなく現れて世界を創造したとされる「天上竜」に感謝を捧げる、その名も「龍天祭」です」
「龍天祭……なんだかすごい名前ですね……」
「今ではオークスウッドをあげての最大規模のお祭りで、開催期間は実に一週間にも及びます。ここ数年は国外からの観光客も結構増えてきているんですよ?」
その証拠にほら、と老執事が指差した方を見てみれば、街に到着した行商組合の車から荷物を下ろす人たちに交じって、キャリーケースを抱えた人たちが車から降りては、物珍しそうに周囲をきょろきょろと眺めまわしていた。
その様子は、明らかに国外から旅行に来た人の反応であり、どこか微笑ましそうに彼らを眺める湊を乗せたまま、車はガーネット邸へと向かっていった。
そしてその日の夜。
「ああ、そうでした。ミナト、これをどうぞ」
夕食の席で、リリアから一枚のチケットを手渡された。
「これは……?」
「それは「龍天祭」で軍が行う軍事演習の観覧チケットです」
「軍事演習の?」
「はい。毎年龍天祭では、開催期間中に軍も屋台を出したり、イベントを催したりしているんです。特に、毎年真ん中の日に行われる大バーベキュー大会は結構人気なんですよ?」
「へぇ~……。ちなみに軍事演習ってどんなことやるの?」
「そうですね……。新型武器の試し撃ちだったり、隊列の組み換えだったり、カタパルトでの出撃訓練だったり、そういうのを一般の人たちの前でやって見せるんです
あとはシミュレーターを使ったチーム同士の戦闘訓練もあるのですが、これが一般の人には人気なのです」
「……確かに、ABER同士の戦闘って派手で見栄えがありそうだよね」
自分の、学校での戦闘シミュレーションを思い出しながらそういうと、リリアがくすりと小さく笑った。
「言われてみれば、確かに戦闘は派手になりますが、一般の人に人気なのはそれが理由ではありません」
「……?」
「実はこの戦闘訓練は、一種のギャンブルなのです」
リリアの話では、毎年行われるこの戦闘訓練は、軍に所属する人たちの士気を高めるために、優勝者には賞金が支払われることになっているのだ。
当然、賞金が出るとなれば彼らのやる気も上がり、戦闘訓練は充実したものになっていったという。
そうして、それを見ていた一般の人たちの間で、今年はどのチームが優勝するか予想をするようになり、それがいつの間にか賭けの対象にまでなっていったとらしい。
「ちなみに去年の私たちのチームの成績は、惜しくも準優勝でした。かなりの接戦だったんですけどね……
だから今年こそは優勝して見せますよ!」
拳を小さな胸の前で握りしめて意気込むリリアが実に可愛らしくて、正面からその姿を見た駄メイドが身もだえていたのだが、湊はそれを無視して手元のチケットに視線を落とした。
「それでこのチケットはその戦闘訓練の観覧チケットということ?」
「ええ。毎年家族には特別席が用意されていて、そこの招待チケットを渡しているのですが、ミナトも知っての通り私の両親は旅行に行ったまま、いつ帰ってくるかもわからないので、私の分はいつも辞退していたのです。でも、今年はミナトがいますので、私ももらってきたのです
来て……くれますよね……?」
その特徴的な深い柘榴石色の瞳に不安の色を滲ませながら上目遣いに見つめてくる美少女の頼みを断れるほど、湊は薄情でもなければ、勇気もないのでこくこくと頷く。
その途端、ぱっと顔を輝かせて嬉しそうに満面の笑みを浮かべたリリアは、その目に決意の光を宿らせる。
「これはせっかく見に来てくれるミナトのためにも、絶対に優勝しなければなりませんね……
あ、ミナト……。賭けるときは私のチームにしてくださいね? 絶対に損はさせませんから!」
「ああ……うん。期待してる。でも、無理だけはしないでね?」
「はい、お任せください!」
大きく頷きながら、「ふんす!」と気合を入れるリリアをみて、まだその日までは時間があるのに、今からそんなに気合を入れていたら疲れないだろうか、と不安になりながら、湊は鼻息荒くリリアの写真を撮ろうとしていた変態メイドを、老執事と一緒に黙らせることにした。
◆◇◆
そしてそれから数日後の「龍天祭」初日。
湊は道行く人に声を掛けて自分の店に呼び込もうとする、商魂たくましい商人の人達の屋台がズラリと軒を連ねる道を、この日は非番だというリリアと一緒に歩いていた。
「それにしても人がすごいね……」
中央区の大通りを埋めつくさんばかりの人波に揉まれながら呟く湊に、リリアがわずかに苦笑交じりに答える。
「ええ、そうですね。毎年祭りの期間中は公共機関や軍といった一部の例外を除いて、ほとんどの企業が休みとなりますし、初日限定のイベントもありますので、国外からのお客様もかなりいるとか……。ただ、最終日の方が壁全体を使った花火が大人気なので、今日よりももっと凄い人だかりになる筈です
ちなみに軍では、毎年祭りの期間中の持ち回りを決める際に、最終日だけは抽選になるんです」
「みんなその花火を見たいから?」
「そう言うことです。そして今年の最終日の非番は私たちの部隊が見事に勝ちとりました!
ダインもカールもクレアも、とても喜んでくれましたね」
なお、最終日の非番を勝ち取った際に、カールからリリアへ「一緒に花火を見に行きましょう」と誘いを受けたのだが、リリアが「ミナトや屋敷のみんなと一緒でいいのなら」と答え、がっくりと肩を落とすカールとそれを慰める他に名の姿が見られるという一幕があったりする。
あれはいったい何だったのでしょうか? とその時のことを思い出してリリアが首をひねった時だった。
どん、と誰かが思いっきりリリアにぶつかってしまった。
「きゃっ!?
「リリア!?」
短い悲鳴をあげて態勢を崩したリリアがそのまま地面に倒れこみそうになるのを、とっさに湊がその手を掴んで自分の方へと引き寄せた。
「大丈夫? 怪我はない?」
「は……はい、ありがとうございます……」
「よかった……」
安堵のため息をつき、リリアを引き寄せた態勢のまま立ち上がった湊の視線が、自分の数センチ目の前に戸惑いを浮かべた深い柘榴石色の瞳と真正面からぶつかる。
赤よりも暖かく深いその色をぼんやりと見つめながら、頭の中で「綺麗な色だな」などという感想を思い浮かべる湊から、その瞳の持ち主がつと目をそらした。
「み……ミナト……? 近くて……その……さすがに恥ずかしいです……」
「…………? うわぁっ!? ご、ごめん!!」
消え入りそうに囁かれた声と、桜色に染まっていく少女の肌を見て、ようやく自分がどんな態勢なのかを理解した湊は、間抜けな声をあげながら慌ててその場から離れる。
幸い、道行く人々は特に気にすることなく歩き続けているが、それでも二人にとってはかなり恥ずかしかったらしく、お互いに顔を真っ赤にさせながら、その場に立ち尽くす。
そんなことをしていれば、当然道を歩く人たちにとっては邪魔になり、下手をすれば鬱陶しそうな目で見られたり、あるいはもっと過激に因縁をつけられたりしてしまう。
「と……とりあえず邪魔にならないように移動しようか?」
「は……はい……」
お互いの顔をまともに見れない状態で、それでもお互いにしっかりと手を繋いだまま、道の端へよる。とりあえずこれで、人々から胡乱な目で見られることもないだろう。
ちなみに一連のシーンは、監視と護衛のために尾行していたガーネット家の護衛に見られており、すべてを詳細に連絡された駄メイドがそのシーンを見たかったと身もだえして、老執事に怒られることになるのだが、それはまた別の話。
何はともあれ、無事に(?)窮地を脱した湊がほっと息をつきながら、傍らの少女に話し掛ける。
「さ……さっきは……大丈夫だった? その……怪我とか……」
「は……はい。問題ありません。その……倒れる前にミナトが助けてくれましたから……」
「そ……そっか……それなら良かった……」
いまだに先ほどの同様を引き摺りながら、若干ぎこちない会話を繰り広げる少年少女二人を、人ごみの中から発見した、二人の知り合いがゆっくりと近づき、声を掛ける。
「あれ? ミナトとリリアたんじゃん……。こんなところで何を……」
「先生とミナトさんも祭りの見学、です……?」
聞き覚えのある呼び方と、特徴のある喋り方に顔を上げた湊とリリアが見たのは、見知った顔二つが間抜けな顔を晒している姿だった。
「あれ? アッシュとユーリじゃん。二人こそこんなところで何をしてるのさ?」
「お二人とも、こんにちは」
首を傾げる湊と丁寧に挨拶をするリリアを見て、突然アッシュががっくりと膝を着いた。
「アッシュ!?」
慌てて駆け寄った湊の耳に、アッシュの低い声が届いた。
「リリアたんが……俺らのアイドルが……ミナトと仲良く手を繋いでいた……だと!?」
「っ!? ……そ……それはその…………リリアが人ごみに流されて倒れそうになってたから……」
「祭りで困っていた美少女を助ける……二人の距離が急接近……恨めしいなぁミナト……」
「うぐっ!? だ……だからそんな色のある話じゃ……」
「これは学校が始まったら、リア充撲滅委員会の裁判だな……」
「やめて!? アレはもうやめて!?」
入学した当初の事件を思い出して悲鳴を上げた湊が、もう一人の当事者たるリリアに助けを求めようと顔を上げると、そこには我関せずといった様子でユーリと仲良く話し込むリリアの姿があった。
「アゲートさんもお祭りの見学ですか?」
「その通り、です。先生も、ですか?」
「はい。せっかくお仕事でもお休みが取れたので、ミナトと一緒にと思いまして……。それとここは学校の外ですので、私のことは気軽にリリア、で構いませんよ?」
「じゃあ私もユーリでいい、です。それにしてもリリア先輩とミナト先輩は付き合ってる、です?」
「いえいえ。そんなことはありませんよ。ミナトのご実家は凄く遠いところにあるとのことなので、私の家に滞在してもらってるんです。それに、一応私がミナトの身元保証人でもありますからね……」
「そういうことなら、ミナトの裁判はなしにしてやってもいいか」
二人の会話が聞こえて一瞬で立ち直ったアッシュが、二人の会話に混じる。
その切り替えの早さに驚きつつ、トラウマが繰り返されなくて安堵した湊が、ふと訊ねた。
「そういえばアッシュは何でユーリと一緒に?」
「ああ、ウチの親父がチビっ子の親と昔から取引関係にあってさ。ただ、チビっ子の実家はリソス帝国だろ? だからそのよしみでウチに泊めてやってるんだ」
「取引関係って……? ユーリは代々ABERパイロットの家系のはずだろ?」
「それは、確かにウチは代々ABERパイロットの家系ですが、私の両親は例外で、帝国の平民街で小麦麺の店をやってて、その小麦の仕入先がアッシュ先輩の家だった、です」
「ああ、そういうことか……」
ユーリの解説に納得する湊の横で、「それにしても」とリリアが呟いた。
「いくらこの国最大規模の祭りとはいえ、ミナトのチームのうち三人が揃うなんて偶然ですね……
あとターコイズさんが揃えば……」
「ウチがどうかしたんです、ガーネットセンセ?」
全員集合ですね、と言おうとしたリリアの言葉を遮った聞き覚えのある声に湊が振り返ると、そこには実家に帰ったはずのアリシア・ターコイズの姿があった。
「アリシア!?」
「何でお前までここにいるんだよ!?」
「出たな、私とリリア先輩の敵、です!」
「何でも何も、ウチの家は商業国家らしく商人やん? せやから、こない大きい祭りは稼ぎ時やねんから、逃す手はないやろ?
それとユーリ! 自分は何でウチを敵なんて言うん!?」
「アリシアは巨乳だから、胸が小さい私とリリア先輩の敵、です」
「……確かに以前お風呂で見たときも思いましたけど、ターコイズさんは胸が大きいですよね……羨ましいです」
「センセまでそんな目でウチを見んといてくれませんか!?」
女子たちのあられもない会話に、青少年二人は思わず顔を赤くする。
「何はともあれ、や! こうしてせっかくチーム全員とセンセがそろったんやから、皆で祭りをまわろうやないか?」
強引に話を断ち切ったそのアリシアの提案に、その場の全員が頷いた。
~~おまけ~~
天然お嬢様「それにしてもアリシアさんは本当に大きいですよね……」
チビっ子「私は寮にいるとき、一日に一回は必ず揉んでる、です。それできっと私も大きくなる、です」
天然お嬢様「それはご利益がありそうですね! 今度から私もお願いしてみましょうか……」
巨乳少女「なんぼセンセ言うても絶対にさせへんで!?」