第13話 ガーネット先生の課外授業
オークスウッド中央区にあるガーネット邸から北へ向かうこと数時間。
中央区の都会然とした街並みから、一昔前の炭鉱夫たちが住んでいそうな、無骨だけど力強さを感じる街並みへと変わっていく様子を眺めながら、整備された山道をゆっくりと登っていく。
窓の外を流れていく景色や、時々すれ違う採掘職人たちをぼんやりと眺めながら、湊はふと気になったことを口に出す。
「紫獣石の採掘場が近くにあるって聞いてたから、もっと山が穴だらけなのかと思ったけど……」
「予想と違いましたか?」
隣に座るリリアに訊ねられ、素直に頷く。
「僕も詳しく知ってるわけじゃないけどさ……。こういうところって何となく、木はたくさん切り倒されてて、川ももっといろんなもので汚くなってるイメージが……、ね?」
「ああ……。ミナトが言わんとしていることはわかります。実際、私もこの目で見るまでは、ミナトと同じイメージを持っていましたから……。ですが、軍学校に入って紫獣石のことを学び、さらに何度か現地を訪れているうちに、そんなイメージはなくなりましたね 他のところはどうかはわかりませんが、少なくともここでは、むやみやたらに穴をあけたり、無秩序に中を掘り進めたりといったことはしていません……
ちょうどいいですから、滞在中に一度は採掘場の見学に行ってみましょうか? ミナトにだけ特別な課外授業です」
「勘弁してください、ガーネット先生」
せっかくの旅行先でまさか特別課外授業を申し渡されるとは思ってもみなかった湊が即座に断ると、、その様子があまりにもおかしかったのか、リリアがくすくすと笑いだした。
「うふふ。まぁ、課外授業は冗談としても、一度はこういうところの見学もした方がいいですよ。きっといい経験になると思いますよ?」
「……まぁそう言うことなら……」
流石に授業は冗談だとわかり、あからさまに胸をなでおろす湊と、その様子を見てまた笑いだすリリアを乗せて、車はひたすら山道を登って行った。
それからしばらくして、ちょうど山の中腹あたりになって、ようやく車が徐々に速度を緩め始めた。
「お嬢様、ミナト様。お待たせいたしました
到着いたしました」
ぴんと背筋を張って車を運転していた老執事の声を聞いた湊が視線を前に向けた直後、それまでの狭い山道とは違う、開けた場所へと車が入っていく。
同時に、目の前に広がった光景に、湊は思わず感嘆の声を漏らした。
「へぇ……」
まず目に飛び込んできたのは大きな湖と、湖畔に半分せり出すようにして建てられた、明らかに元の世界の湊が暮らしていた家より、数倍は大きい屋敷。
その屋敷の周りには色とりどりの花が咲き誇り、訪ね人たちを歓迎していた。
さらに周りを柵で覆われた湖には、桟橋とボートがあり、遊覧が楽しめるようになっている。
「あそこの湖では、ボートに乗ることもできますし、魚もたくさんいますので釣りも楽しむことができますし、泳ぐことだってできます。夜は屋敷の湖にせり出したテラスでバーベキューを楽しみましょう! もちろん、ミナトが釣り上げた魚も期待していますね?」
「何か勝手に僕が釣りで夕食を確保するみたいな流れになってるけど、絶対にそれ、一匹も釣れないフラグだからね!?」
「心配ありません、ミナト様。いざとなったら水中に待機させた執事たちに、ミナト様の釣り針に魚をつけるように申しつけますので」
「うん、こっそり耳打ちしてくれるのはありがたいですけど、それは所謂ヤラセですよね、イアンさん!?」
「お任せ下さい。このイアン。命に代えましても、お嬢様にはバレないように気をつけますので! 必ずやミナト様の名誉は守って見せましょう!」
「そんなことに命をかけないでください! というか、すでにバレてますから!」
「ミナト……ズルは「めっ」ですよ?」
「おっふ! お嬢様の「めっ」をいただきました! これで今日一日はがんばれます!」
「別に僕からズルを申し出たわけじゃないからね!? あとあんたは黙っててくれ、このド変態メイド!」
「ド変態なお客様にド変態と罵られてしまいました……」
「あらあら、可哀想に……。だめですよ、ミナト。ちゃんと年上は敬わないと……」
「申し訳ありません、ミナト様……。今回ばかりはフォローすることが……」
「なんで僕が全部悪いみたいになってるの!? 何このアウェー感!?」
湊がツッコミ疲れて息を切らせたタイミングを見計らって、空気を入れ替えるようにリリアがポンと手を打つ。
「さて、それではミナトの体も温まってきたところで、屋敷の中に入りましょうか♪」
「ツッコミは準備運動じゃありません!」
最後にそうツッコんで、湊は力尽きたように肩を落としながら、リリア達の後に続いて屋敷へと向かっていった。
◆◇◆
それからしばらくして、部屋に案内された湊がベッドの上に寝転んでくつろいでいると、突然部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ、開いてますよ」
体を起こしつつそう答えると、ゆっくりと扉を開けてリリアが姿を現した。
「どうかし…………」
中途半端に言葉を途切れさせる湊の視界に映っていたのは、銀白色の髪をバレッタで頭の後ろにまとめ、雪のように白い肌を薄い水色の上下のビキニと腰に巻いたパレオだけで覆い隠した、所謂水着姿のリリア・ガーネットだった。
「な……ななな……なんでそんな恰好を!?」
思わず動揺する湊へ、リリアはことりと首をかしげながら自分の体を見つめる。
「どこか変ですか?」
「い……いや……よく似合ってると……思う」
「そうですか、ありがとうございます!」
似合ってるといわれて嬉しいのか、あるいは同年代の男子の前で肌を晒すのが少し恥ずかしいのか、ほんのりと頬を染めるリリア。
普段は抜けるように白い肌が桜色に染まっていくのがどこか扇情的な気がして、湊は慌てて目を逸らした。
すでに混浴して少女のほぼ全裸を垣間見てしまったのだから、水着を着ているこの状況は別に慌てる必要もないはずなのだが、そこは思春期真っ盛りの青少年。いつまで経っても美少女の肌を直接見る機会になれることなどないのだろう。
「……どうかしたのですか、ミナト? 顔が真っ赤ですよ?」
「な……なんでもない! なんでもないから!」
ぐいぐいと顔を近づけて、その特徴的な深い柘榴石色の瞳で覗き込もうとするリリアを押し戻す。
「そ……そんなことよりも、なんでそんな恰好を?」
「……ああ、そうでした……。せっかく湖があるんですから、これから一緒に泳ぎませんか、とミナトを誘いに来たんです」
それを聞いて、ようやくリリアが何故そんな恰好をしているのかを理解する湊。
「別にいいけど……、僕水着なんて持ってきてないよ?」
「…………っ!? そん……な……!?
どうしてですか!? あれほど事前に水着も用意するようにといったじゃないですか!」
「いやぁ……だって川遊び程度だと思ってたし、それなら別にいらないかなって……」
「裏切りましたね!? 父上と一緒で私を裏切ったんですね!?」
「何でそうなるの!?」
「泳ぐならば早くしてください! でなければ、帰ってください!」
「そこまで!?」
どこかで聞いたことのあるセリフを口にするリリアに、どうやら彼女はどうしても湖で泳ぎたいらしいと感じた湊は、小さくため息をついた後で、虚空に向かって話しかけた。
「イアンさん。どうせ僕の分の水着も用意してるんでしょ? 持ってきてください……」
「そうおっしゃられると思いまして、すでに用意してあります」
どこからともなく現れた老執事から、最早驚くことなく普通に水着を受け取る。
「若干湖にトラウマがなくもないけど、リリアがそこまで楽しみにしてたのなら断るわけにもいかないか……」
湊がそう呟くと、それまで涙目だったリリアが顔を輝かせた。
「良かったです! それでは私は先に行ってますから、ミナトも四十秒で支度してくださいね!」
「ラピ○タ!? 無理だからね!?」
「何故そこで諦めるんですか!? やればできますよ! ほら、がんばってください! まだまだいけます! 大丈夫! 為せばなるんです! そこです!」
「熱血テニスプレイヤーになってますよ!?」
「逃げちゃ駄目です逃げちゃ駄目です逃げちゃ駄目です逃げちゃ駄目です逃げちゃ駄目です」
「だからリリアはどこでそんなセリフを覚えてくるの!? というか、ボケはもういいから早く部屋から出て!?」
元の世界では割と有名なセリフを次々と口にするリリアにツッコミつつ、どうにか部屋から追い出す。
それから少しして、湖のほうから楽しそうなリリアの笑い声に思わず微笑みながら、湊はのそのそと着替え始めるのだった。
翌日。
前の日に思う存分湖での遊泳を楽しんだ湊たちは、朝食の席でのリリアの提案により、この日は紫獣石採掘場の見学と、ついでの買出しをすることにした。
「おお~……」
ゲートをくぐり、広々とした通路を抜けた先で目に飛び込んできた、恐らく採掘を続けるうちに広がっていったのだろう、円形のホールのような形をした広い空間の壁や天井に足場が組まれ、そこに作業員の人たちが取り付いて、一新に道具を振るって鉱石を削り出している光景に、思わず感嘆の声を漏らす湊。
「ここでは、日常生活に使われる紫獣石の採掘を行っています。工業機械や車の動力に使われる紫獣石の採掘はこの奥、そして対魔獣殲滅兵器やその武器に使うような大型のものは、この下で採掘しています
用途によって採掘する場所を分けているのは、それぞれによって必要となる大きさが違うためですね」
「へぇ……そうなんですか……」
採掘場の案内役を買って出てくれた職員の解説に感心していると、突然リリアがくるりと湊を振り返った。
「突然ですが、ここでミナトに問題です。このように私たちの生活に欠かすことができない紫獣石ですが、その元となるものは一体なんでしょう?」
「なんか急に学校の授業みたいなのが始まったし……。しかも、メガネ掛けて芸が細かいよ……」
「むぅ、そんなことはどうでもいいんです! それよりも早く問題に答えてください! 落第点だったら、今日の晩御飯はミナトだけ野菜オンリーにします!」
「何その地味な嫌がらせ!?
まぁいいや……。えっと……確か紫獣石は、大昔に死んだ魔獣が化石化したものだっけ?」
「ん~……大分ざっくりしていますが、およそその通りです
魔獣は紫獣石を餌として生きていますので、その体内に膨大な紫獣石のエネルギーを蓄えています。それが死んで化石になったときに、そのエネルギーが閉じ込められて、新たな紫獣石として生まれ変わるのです。ですから、我々が倒してきた魔獣たちも、何れは紫獣石として我々人類の生活の糧になる、と言うことです。分かりましたか?」
「……うん、分かった……けど、まさか休暇中にこんなところでガーネット先生の授業を受けることになるとは思わなかったよ……」
「私もこんなところで授業をすることになるとは思ってもみませんでした」
悪戯っぽく笑うリリアの顔が、周りで小さく発光する紫獣石の光景と相俟って、どこか幻想的に見えた湊は、同時に胸に沸き起こった小さな感情に首を捻りつつ、いつの間にか遠くで自分を呼ぶリリアの元へと駆けて行った。
~~おまけ~~
ド変態メイド「ぐぬぬ……。水着姿のお嬢様ときゃっきゃうふふの時間を過ごすとは……! お客様はとんだリア充ですね! そんな光景を見せ付けられる我々の気にもなっていただきたいものです! ああ、でもお嬢様の水着姿は眩しいですね! はぁはぁ……」




