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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第2部 学園生活編
22/91

第12話 そうだ、バカンスに行こう!

「バカンスに行きましょう!」

「…………はっ?」


 オークスウッド国立軍学校が長期休暇に入り、学校に入学する前と同じようにガーネット家にお世話になっていた湊は、数日前の「駄メイド主催ドキドキ混浴体験」によって起きた、ガーネット家お嬢様とのぎくしゃくした空気をどうにか払拭できてほっと胸をなでおろしたある日の朝、唐突に朝食の席で切り出されたリリアの提案に、思わず間抜けな表情を晒していた。


 先の返事と湊の反応で、きちんと聞こえなかったと解釈したのか、リリア・ガーネットはその特徴的な深い柘榴石色(カーバンクル)の瞳を輝かせて、一言一句違わず、同じセリフを繰り返した。


「バカンスに行きましょう!」


 反応に困った湊が、そばに控えていた初老の執事に目を向ける。


(えっと……イアンさん? 一体どういうことですか?)

(当家では毎年この時期には、各地の別荘へバカンスに行くことが慣習となっております。しかも今はちょうどミナト様の学校も長期休暇なので、これを機にミナト様とバカンスを楽しみたいのでしょう。いつもは私どもがついていくとは言え、基本的にお嬢様お一人でしたからな……)

(ああ、そう言うことですか……)

(ぐふふ……。お嬢様がバカンス……。水着……ポロリ……近づく二人の距離……。これは行ける!)

(行けねぇよ、この馬鹿メイド!! あと勝手に僕たちのアイコンタクトに入ってくるな!)


 突如乱入してきた駄メイド(アイシャ)にツッコミを入れつつ、アイコンタクトでの会話を終了させた湊は、両手に持っていたナイフとフォークをおいてリリアに向き直る。


「えと……リリアさん?」

「はい、何ですか?」

「バカンスってどこへ?」

「……そうですね……。海、と行きたいところですが、残念ながらオークスウッド(ここ)は海に面していませんし、国外旅行となると流石に手間が掛かってしまいますね……

 ああ……でも、私がABERでミナトたちを護衛しながら行けば、手間も省けるのでは……? これは一度局長に相談してみる価値があるかもしれませんね……」


 途中から何やらとんでもないことを口走り始めたお嬢様に、湊が慌てて待ったをかける。


「リリア!? 流石に私用で対魔獣殲滅兵器(ABER)を持ち出すのはまずいからね!?」

「でもせっかくなのですから海に行きたいじゃないですか。以前みたいに私とミナトがABERに乗りこんで、イアンやアイシャたちはABERにくっつけたカートか何かに荷物と一緒に乗せて、高機動モードで移動したらあっという間に国外につきますよ?」

「やめてあげて!? カートに乗った状態でABERの高機動モードについていくとか無理だから! やめてあげて!?」

「お嬢様! ぜひ海に行きましょう! そして私をお嬢様のABERで引き摺りまわして……」

「あんたは黙っててくれませんかねぇ!? このドM駄メイド!

 ともかく、そんなことをしたらいろんな人にも迷惑をかけるし、考えなおして!」

「むぅ……。ミナトがそう言うのならば仕方ありませんね……。せっかくこの計画のために水着を新調したのですが……」


 その言葉を聞いた一瞬、リリアの水着姿を想像して顔を赤くした湊は、慌てて頭を振って妄想を振り払うと、隣でにやにやしているメイドを睨みつけて黙らせる。

 と、そこへ思わぬところからリリアへ援護射撃が飛んだ。


「お嬢様。海は国外なので駄目ですが、山ならばいかがでしょうか? 幸い当家は北区にある紫獣石ビスダイト鉱山にも別荘はありますし、そこには綺麗な川もございます。泳ぐのであれば、そこでも問題はないかと……」

「……山……ですか……。確かにあそこなら湖も川もありますし、涼むにもいい場所ですね……。それに、紫獣石の採掘現場の見学もできますし……。分かりました。では、今年は北区の山にしましょう。それでは明日にでも出発……と行きたいところですが、私は軍に長期休暇の申請を出さねばなりませんので、三日後の週明けからにしましょう

 イアン、別荘の手配は任せます。それとミナトの買出しにも付き合ってあげてください」

「承知いたしました」

「アイシャは他のメイドたちと荷物の準備を……」

「かしこまりました」


 自分が口を挟む前に次々と執事やメイドたちに指示を出していくリリアの姿に、普段はどこか抜けたところがあっても流石は名家のお嬢様なんだな、と妙なところで感心している湊へ、リリアが笑顔を向ける。


「うふふ、楽しみですね♪」

「…………うん、そうだね」


 彼女のその弾けるような笑顔を見て、これ以上反対意見を言うのは無粋、とばかりに微笑み返す湊だった。




◆◇◆




 軍へ提出した長期休暇申請は、思ったよりもあっさりと受理された。

 これで今年も無事にバカンスへ行ける、それもいつもみたいに自分と執事やメイドたちだけでなく、今回は飲み込みの早い生徒でもあり、被保護者でもあり、自分と対等な関係の湊も一緒なのだ。

 執事やメイドたちのように、肩肘張ることなく、素直な自分を出せる相手と一緒に、近場とはいえ旅行に行ける。

 公爵位を持ったまま、国外を気ままにほっつき歩いていつまでも帰ってくる気配のない両親と最後に行ったバカンス以来、そういった気の置けない人物と出かけるのは実に数年ぶりのことだ。


「ふふふ♪ 本当に楽しみですね♪」


 認可印が押された申請書を、大事に控えめな胸に抱えながら基地の廊下を歩いていたときだった。


 突如、基地全体に警報が鳴り響いた。


「っ!?」


 鋭く息を呑んで視線を上げれば、基地各所に設置された警報灯が赤く点滅を繰り返しており、すぐに状況を理解したリリアは、すぐさま司令室へと向かう。

 そうして程なく、司令室にたどり着いたリリアが勢いよく扉を開けると、モニタに映し出された光景を見ていた局長が、ゆっくりと振り返った。


「早かったな、ガーネット中尉」

「ええ。ちょうど、休暇申請を貰ってきたところでしたから……」


 答えながら、軽く休暇申請書を掲げて見せる。


「そうか……。それはタイミングが良かったのか悪かったのか……。休暇はいつからかね?」

「週明けから一週間ほどを予定しています。北区の山まで避暑にでもと……」

「ふむ……。それなら、今日が休暇前最後の出撃になることを祈っておこう。何せ、旅行の準備とかで大変だろうからな」


 好々爺の笑みを浮かべてからからと笑った局長は、少ししてから再びモニタに視線を戻した。


「発見された魔獣は一体だが、かなり厄介な相手だ……。見たまえ」


 言いながら局長が切り替えたモニタに映し出されたのは、巨大なトカゲに皮膜のような翼と何本かの角が生えたような見た目の魔獣。


「ドラゴン……ですか……」

「うむ。本来ならば空や高い山の山頂を棲家としているため、せいぜいが空高く飛んでいるのを見かける程度だが、どうやらこいつは他の魔獣との争いで傷ついたのだろう、翼が傷ついて飛べないようだ……」


 見れば、確かに局長の言う通り、巨大な翼の皮膜のあちこちが傷ついており、時々翼をはためかせているが、舞い上がる気配がない。


「……でも厄介な相手には変わりありません。壁のほうは?」

「すでに起動し終えているし、すでに第一部隊が迎撃のために出撃準備に入っている。君の部隊も隊員が揃い次第、彼らと合流して迎撃任務に当たってくれたまえ」


 了解、とリリアが返事をすると同時に再び司令室の扉が開かれ、部下たちが一斉に顔を出した。


「ガーネット隊、カール・アイドクレース少尉、到着しました!」

「同じく、クレア・アナルシム少尉、現着」

「同じく、ダイン・コランダム少尉、到着っす……って隊長、もういたんスか?」


 びしりと敬礼する部下たちに敬礼で返礼しながら、リリアは頷く。


「ええ。ちょうど事務局に用事がありましたので……。それよりも早速ですが、今回確認された魔獣は翼が傷ついたドラゴン。飛べないとは言え、かなり厄介な相手です」

「ガーネット中尉の言う通りだ。すでに先ほど、第一部隊が出撃したとの連絡が入った。君たちも直ちに出撃して第一部隊と共に、アレの迎撃に当たりたまえ」


 リリアの言葉を引き継いだ長官に、全員が了解を返した後、四人はすぐさま出撃準備に向かう。


 男女で分かれた更衣室で、着ていた服を全て脱ぎ、ロッカーから綺麗に洗浄されたパイロットスーツを取り出す。ちなみに、クレアは脱いだものをそのまま丸めてロッカーに放り込み、リリアは丁寧に畳んで、そっとロッカーに仕舞いこむ当たり、それぞれの性格が出ていたりする。


 それはさておき、手早くパイロットスーツを着込んだ二人は、首元に取り付けられたボタンを押し込んでスーツを体に密着させると、すぐさま対魔獣殲滅兵器(ABER)格納庫へ向かい、それぞれの機体のコクピットに飛び込む。


 腰部から伸びたコードを座席のコネクタに接続してパイロット認証を済ませると、すぐさま軌道スイッチを押し込む。

 低い鳴動音と共に、レーダーや各種計器に灯が入り、内壁に埋め込まれたモニタが外を投影する。

 座席の位置を微調整した後、レバーやフットペダルの動作確認を行い、動力源となる紫獣石ビスダイトを密封したエネルギーパックの残量が最大であることを確認して全ての軌道シークエンスを終えたところで、ようやく格納庫に男二人が飛び込んできた。


 各機のステータスが表示される画面に二人の機体の情報が出てきたタイミングを見計らって、全員に通信をつなげる。


「三人とも、いいですか? 先ほども言いましたが、今回の相手はドラゴンです。単体で飛べないとはいえ、非常に厄介な相手なので、十分に気をつけてください。それと、今回は第一部隊との合同作戦となります。三人ともすでに何度も経験しているので分かると思いますが、通常の四機一組フォーマンセルとは勝手が違いますので、そちらも十分に注意してください」

『了解っす』

『わかってる……』

『了解です!』


 厄介な相手との戦闘にも関わらず、特に緊張せずにいつも通りの三人の様子に、リリアはくすりと小さく笑う。

 そうこうしているうちに、気がつけばそれぞれの機体がカタパルトデッキへと運ばれており、管制官から発進許可の合図が送られてきたのを見て、リリアは表情を引き締める。


「それでは行きましょうか……。ABERクリュメノス、リリア・ガーネット! 出ます!」


 その声と同時にカタパルトが猛烈な勢いでリリアの乗る機体を前へと押し出していく。

 全身に圧し掛かる強力な重圧を歯を食いしばって耐え、射出口から一気に飛び出したリリアは、そのすぐ後から飛び出してきた仲間たちと合流すると、魔獣と戦闘が行われている場所まで一気に駆け抜けた。




◆◇◆




 無事に魔獣ドラゴンを迎撃し終えて基地に戻ったリリアたちは、パイロットスーツを着替えてシャワーを浴びた後、司令室に集合していた。


「第一部隊は後始末があるので、先に君たちにだけ言っておこう。今回はご苦労だったな……

 今日の任務は終わりだ。後は自由にしてくれていい」

「ありがとうございます。失礼します」


 局長の言葉に代表でリリアが応え、司令室を出ると、早速ダインが提案してきた。


「隊長! これからいつもの場所でのみに行こうぜ! 今日こそカールに奢ってもらうからな!」

「いつも賭けに負けてるのは君じゃないか……。だがいいだろう……。その勝負、乗ってやる!」

「ご馳走様、ダイン……」

「すでに俺決定かよ!?」

「ふふふ……。楽しそうですね……。ですけど、申し訳ありません……。今日は遠慮します」


 申し訳ない、と柳眉を下げるリリアに、カールが驚きの声を上げる。


「そんな……どうして!?」

「実は、週明けから長期休暇を利用して旅行に行くんです……。そのための準備とかいろいろありますし……、それに家ではミナトが待っていますから……」


 それでは、と丁寧に頭を下げてから去っていく隊長を悲しみの目で見送るカールの肩をダインとクレアが何も言わずに優しく叩いた。


「その……なんだ……。今日は俺がおごってやるから……」

「元気を出しなさい……」


 そんな二人の慰め虚しく、カールががっくりと膝を着くのを眺めながら、「それにしても」とクレアが呟く。


「ここ最近、隊長は柔らかくなった気がする……」


 もしかしたら、と女の感に引っかかったその先の言葉を、クレアは口にすることなく仕舞いこみ、未だ膝を着き続けるカールを引っ張って、ダインと共に居酒屋へと向かった。

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