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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第1部 こんにちは、異世界編
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第1話 扉を開けたら

――異世界。


 それは、今自分がいる世界とは異なる世界であり、時空どころか次元の壁によって隔たれた、確認することのできない世界である。

 そしてその世界では、剣でモンスターを倒し、魔法が存在する幻想世界ハイファンタジーな光景が広がっているかもしれないし、あるいは吸血鬼や妖怪など、この世ならざるものが当たり前のように現代社会に溶け込んだ社会が存在しているかもしれない。


 なんにしても、異世界とは今この場にいる自分が確認できない世界であり、ある意味妄想によって成り立っている世界といえる。


 そんなことを考えながら、石動湊いするぎみなとは読み終えた小説――というかライトノベルをぱたり、と閉じて大きく息を吐き出す。


「まぁ、よくある異世界ものだったかな……」


 自分以外誰もいない部屋で一人ぼやいてから、本を綺麗に整頓された本棚へ差し込むと、すっかり冷えてしまったコーヒーを一気に喉に流し込む。


 ちなみに彼が今読んでいたのは、現代社会に生きる普通の男子高校生だったはずの主人公が、ある日、突然見知らぬ世界に飛ばされ、そこで特別な力に覚醒して人々を苦しめる悪の大魔王(といっても正義の大魔王がいるのかは知らないが)を倒す勇者となって冒険を繰り広げる、という話だ。


 表紙の絵が気に入って買っため特に内容を確認することをしなかったが、まあだらだらと読める程度には楽しめたかな、と心の中で評価をつけていると、突然湊のスマホがメールの着信を告げた。

メールの送信相手は、湊がよく学校で連んでいる友人だった。


『いまゲーセンにいるからお前も来いよ!  (o ̄∇ ̄)ツ))』


 顔文字をよく使用する友人のメールの内容に逡巡する素振りを見せた湊は、ちらりと机の上の宿題に目を向け、それが終わっていることを確認すると、友人に了承の返信を出し、財布とスマホをポケットに突っ込んで家を飛び出した。


「それにしても異世界か……」

 

 友人に誘われたゲームセンターへの道すがら、湊は先ほどまで読んでいた小説の内容を思い返しながら、ふと呟いた。


「そういえば少し前までは、本気で異世界に行けるって信じてたっけ……」


 自分の中二病時代(黒歴史)を思い出して、どこか懐かしく、そして恥ずかしくなる。

 今思い返せば、あのころは本当に酷かった、と湊は思う。


 自分は周りとは違う特別な存在なのだと信じ込み、インターネットを通じて仕入れた怪しげな知識を披露し、異世界に行ける方法を試すために公園に魔法陣を書いてみたり、自分が考えた魔法をノートにびっしりと書き込み、毎日それを詠唱する練習をしていた。

 誰しもが通る道だったとはいえ、今思い返しただけでもかなり恥ずかしいことに変わりはない。


 流石に高校に入学してそんな中二病もナリを潜めたが、完全に消えたわけでもない。

今も心の奥で異世界があったらいいな、という願望はあるし、もしそこに行けたらと思うと少しだけわくわくする。

 ただあのころと違うのは、異世界に行ってしまうだなんてことは現実的にはありえない話しだし、もし本当に行けたとしてもそれはそれで困る、と現実を見ることができるようになった。

 異世界はあるかもしれないし、心のどこかで憧れる。その程度でいい。


 そう結論付けて、湊はいつの間にか辿り着いていたゲームセンターの中へと入っていった。



◆◇◆◇



 青々と晴れ渡った空にぽっかりと浮いた白い雲が、風に乗ってゆったりと流れていく。

 いち早く一日の仕事を終えた人や、主婦たちが大通りに並ぶ露店を覗き込み、彼らを呼び込もうと商人たちの活気ある声が響く。

 そんな、都市国家「オークスウッド」でよく見られる昼下がりの中心街を、背中まで届くシルバーブロンドの髪をゆらゆらさせながら歩く、リリア・ガーネットという名の一人の少女がいた。


 街の活気溢れる雰囲気を楽しむように、その燃えるような深い柘榴石色(カーバンクル)の瞳をくりくりと動かしながらリリアが歩いていると、突然無骨な、それでいて人の警戒心を煽るような警報音がけたたましく街中に響き、それから都市の外円部で重々しい音を立てながら巨大な壁がせりあがっていくのが見えた。

 それと同時に、買い物を楽しんでいた客たちは一斉に走り出し、露店を営んでいた商人たちは粟を食ったように並べられた商品を乱雑に片付け、一斉に近場のシェルターへと駈けこんでいく。


 幸いというべきか、もはや日常茶飯事となった光景なのでパニックにはなっていないが、先ほどまでの楽しく活気溢れる空気とは一変、皆一様に不安そうな顔で移動していく中、リリアは都市を覆っていく壁を鋭く睨みつけると、避難する人々の流れに逆らってどこかへ走り始めた。


 大通りを抜け、農業用用水路を一息に飛び越えて、警報などお構いなしといわんばかりにのんびりと農作業を続ける男に避難を呼び掛けながら畑を走り抜けた彼女がやがてたどり着いたのは、せりあがった巨大な壁が外とオークスウッドを隔てる最外円部に程近い場所で、唯一物々しい空気を醸し出しながら佇んでいる一つの建物だった。


 建物を厳重に警備する警備兵の横をすり抜け、入口のゲートに国から支給されたIDカードを叩きつけるように読み込ませ、そのまままっすぐに「作戦室」と書かれた部屋へ飛び込む。


「すみません!

 遅れてしまいました!」

 

 開口一番謝罪するリリアを、しかしすでに中で待機していた誰も非難する様子はない。


「構わないっすよ、隊長……。そもそも今日は隊長は非番の日(オフ)じゃないっすか」

「そうそう。魔獣の一匹や二匹、隊長がいなくても私たちだけで倒せるんですから……」

「まぁ、それでも真面目な隊長のことだから、警報が鳴れば急いでここに来るとは思ってたんですけどね」

「ちなみにそのことで賭けようって話になったんすけどね……。残念ながら全員隊長がやってくるに賭けたんで、そもそも成立しなかったっす。せっかくカールに夕飯奢ってもらおうと思ってたのに……」

「ダイン、貴様!? そんなことを考えていたのか!?」

「まぁまぁ、二人とも……落ち着いてください。夕食は遅れたお詫びを兼ねて私が奢りますので、今は局長のお話を聞きましょう……」


 ケンカに発展しそうだった二人を宥め、少女は姿勢を正して正面に目を向ける。

 そこには白い口髭を生やした壮年の男性が、どこか呆れるような空気を滲ませながら佇んでいた。

 その男性――局長は弛緩しきった空気を入れ替えるように咳払いをしてから、本題を切り出す。

 

「さて、すでに警報も出されているからわかっていると思うが、東の門から二十キロ先の地点でセンサーが魔獣の反応を検知した……。幸い確認された数は二体と少ないが、なかなか厄介な相手であることが判明している。巨大サソリ(スコーピオン)タイプと要塞亀シェルタートルだ。おそらく要塞亀の速度に合わせて移動していると思われ、十キロ地点を通過するのも1時間以上かかると思われる……。本当はガーネット隊長が休暇ということもあるため、当直の部隊にまかせたかったのだがな……。タイミング悪くグラスファリオンとトントヤードの行商組合キャラバンから護衛の依頼が回ってきて出払っておるのだ……。まぁ、そんなわけでお前たちにお鉢が回ってきた、というわけだ……。せっかくの休暇だったのにすまんな、ガーネット中尉」


 局長の謝罪に「いえ、お気になさらず」と返したリリアは、自分の部下たちを振り返った。


「私はあなたたちの腕を信用していますし、確認された2体恐らく私抜きでも余裕で殲滅できるでしょう……。相手が余裕とはいえ、あなたたちが命を賭して闘っているのを一人眺める趣味は私にはありません……。ですから、ここは全員で出撃してさっさと戦いを終わらせて、みんなでおいしいご飯でも食べに行きましょう」


 隊長の言葉に、隊員たちは色めき立ち、すでに戦いが終ったあとに何を食べるかで相談を始めた。

 どうやら彼らにとって、全員無事に帰還することは当たり前のように確定していることのようだった。


「ふむ……それならば私もご相伴にあずかろう……。たまには部下たちと一緒に食事をするのも悪くないからな……」


 おどけるように言って、局長は部下たちに命令を下す。

 

「さて、それでは改めて君たちに指令を出す! 直ちに出撃して東門に接近しつつある魔獣を殲滅せよ!」


「了解!」ときれいにそろった返事をして、若き隊長率いる防衛部隊は作戦室から飛び出していった。


 それから少しして、体にフィットしすぎてボディラインが完全に浮き出るパイロットスーツに着替えたリリアは、愛機を起動させながら仲間たちへ通信をつなげる。


「全員聞いてください! 相手は厄介な毒を持ったスコーピオンと、堅牢な体に遠距離からの砲撃に優れたシェルタートルですが、我々ならば油断さえしなければ簡単に仕留められると思います! とりあえずフォーメーションはいつも通りで行きましょう! 質問がなければ、このまま出撃です!」


 鋭く言い放ち、リリアはハンドレバーを強く握りしめる。


「ガーネット隊、リリア・ガーネット出撃します!」


 直後、機体がカタパルトで勢いよく射出され、襲いかかる重圧に少女は歯を食いしばった。




◆◇◆◇




「でさ~、対戦相手が超強くてさ~……、何もできずに一方的にボコられちまったわけよ……。この間の大会で準決勝まで進んだ俺がだぜ? あいつ、ぜって~不正チート使ってるぜ!」


 ゲームセンターを出てからずっと、この隣を歩く友人はゲームで一方的にやれたことを湊にグチり続けていた。


「(いや、ゲームセンターの筺体で不正チートってどうやってやるんだよ……。というか、お前が準決勝まで進んだ大会って、あの店だけだし……。しかも参加人数4人だけで、小学生相手に初戦敗退したじゃん!)」


 憤慨する友人の横で声には出さずにツッコんだのは、湊なりの優しさなのだろうか。


 ともあれ、いつまでもぐちぐちとゲームに負けたことをぼやく友人にうんざりしつつ、いつものように家に帰り、いつものように両親や妹と一緒に夕食を食べ、いつものように風呂に入って適当に時間を潰した後、いつものようにベッドに潜り込んだ。


 特になんでもない日常。

 自分に特別な何かが振ってくることを神様にお願いしたわけでもないし、心のどこかで多少の憧れはあっても、そうなることを望んだわけでもなかった。

 ありふれた日常を、これまでと変わらないようにこれからも過ごしていく、そう漠然と感じていた。


 だがそれは突然、まるで湊のそんな考えを嘲笑うかのようにあっさりと崩れ去った。


 それは休みが明け、毎度のように月曜日特有のダルさを感じながら学校の制服に袖を通し、もそもそと朝食を取って、学校へ行こうと玄関を開けた瞬間だった。


 何も考えず、玄関の外へ足を踏み出した湊は、しかしいつもの石畳を踏む感触が足の裏から返ってこないことに違和感を抱く。

 本来ならば地面があるはずの場所には何もなく、代わりに遥か下に広がる大地と目の前を悠々と通り過ぎていく雲があった。


「…………え?」


 疑問の声を上げ、そして気付いたときにはすでに手遅れだった。

 何もない場所へ、普通の人間が普通に歩くように足を踏み出し、体重を乗せたらどうなるか。

 答えはわかりきっている。


「……………嘘だろ~~~~~~~~~~~っ!!」


 絶叫を残し、湊はなぜか玄関から空へと放り出された。

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