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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第2部 学園生活編
19/84

第9話 試験開始!

 かち、かち、かち、かち、かち……。


 しん、と静まり返った教室の中で、ただ時計の秒針が時を刻む音だけがやけに大きく響いている。

 もちろん、教室の中に生徒が誰一人としていないわけではない。むしろ、本来の授業開始時間前だというのにすべての席が埋まり、教師すらも教壇についている。


 そして、まるで泥の中を進むようにかなりゆっくりと時計の秒針が真上を向いたと同時に校舎全体へ始業のベルが鳴り響いた、その瞬間。


「始めっ!!」


 それまで手元の懐中時計でじっと時を確認していた教師が鋭い合図を出し、その直後から、普段はふざけてばかりいる者も、真面目に授業を受けている者も、あるいは適当にさぼっているようなものも、皆必死にペンを走らせていく。

 もちろん、この教室の生徒である湊やアッシュ、ユーリ、アリシアも同じように必死に何かを書き綴っていく紙の名前は「テスト解答用紙」。

 そう、彼らは今、前期にため込んだ知識をフル活用して「定期試験」という名の強大な魔獣に立ち向かっている最中なのだ。

 ちなみに今現在彼らが受けている試験は「基礎魔獣生態学」のもの。

 問題数こそ少ないものの、論述形式の試験であり、決して楽とは言えない試験だ(と言っても、楽な試験などこのオークスウッド国立軍学校にはありはしないのだが)。

 その証拠に開始わずか五分で、ペンが止まり、頭を強くがりがりとかきむしりながら必死に答えをひねり出そうとする生徒の姿がちらほら見え始めた。


 そうして試験が始まってからしばらくしたころ、大半が順調に回答を進める中、何とか教師の目を盗んでカンニングしようとするもの、すべてを諦めたかのように安らかな表情を浮かべて眠るものなどが現れる時間帯に、ただ一人、綺麗な白金色の髪を持つ幼い少女だけは、余裕の顔で問題用紙に落書きをしていた。

 その少女の名はユーラチカ・アゲート。

 この教室に席を置く一同の中でも一番の年下である彼女は、「天才少女」の異名通り、試験開始わずか十五分ですべての問題を解き終えて、残りの終了の時間までを問題に書かれていた歴史上の人物に鬚を描き足してみたり、魔獣の写真にアッシュのデフォルメされた絵を描いて「たすけて~」とセリフまで書き加えてにやにやしてみたりしながら過ごしていた。


 一方、そんな落書きをされているとは毛ほども知らないアッシュ・ハーライトは、目の前の問題に難しげに眉をひそめた後、意を決したように鉛筆を転がし、上に来た数字を解答用紙に書き込むということをしていた。

 そのため、彼の机からは定期的に鉛筆の転がる軽い音が聞こえてきていて、彼の斜め後ろに座る人物から呆れた視線を注がれているのだが、それを知る由はない。


 そのアッシュへ呆れた視線を送るのは、トントヤード出身で湊のチームメイトでもあるアリシア・ターコイズ。

 彼女はルームメイトでもあるユーリのように問題を解き終わっているわけではないが、普段から真面目に授業を受けている生徒の一人であり、今回出された試験問題に限って言えば、さほど苦労せずに時終わるであろうことは目に見えていた。

 それゆえに周囲の生徒に比べて比較的余裕を持って試験に臨んでおり、こうして周りを気にする余裕もあった。


(あかんで、アッシュ……。そないな古典的方法で点数をとれるんやったら、試験勉強なんて意味ないやん。というか、試験前にあれだけチームで勉強したやん? なのに何で鉛筆なんて転がしてるん? ユーリはとっくに解き終わっとるし、ウチかてもうちょいで終わる。ミナトやって順調そうやのに……。さては勉強会も半分以上サボっとったな?)


 戦場全域を見回して仲間に的確に指示を送るポジションにいるアリシアだからこそ、問題を解きながらも仲間たちの状況を把握できるのかも知れない。


 さて、そんなアリシアに観察されているとは知らない湊はといえば。


「次の問題はっと……、魔獣がなぜ街へ向かってくるのか簡単に説明せよ?

 えっと……魔獣の主な食料は紫獣石ビスダイトであり、それが豊富に眠る鉱脈を中心に人間たちが街を作ったため、餌を求めて向かってくる……っと」


 問題とその答えを口に出していた。

 普段の授業ならば、比較的騒がしいこともあり、誰にも聞こえなかっただろうが、今は試験の真っただ中であり、生徒たちは各々の試験を解くために集中して、かなり静まり返っている。

 それゆえに、机一つ分挟んだ目の前の相手に囁きかける程度の音量でも、湊の前後左右の生徒たちには十分聞こえていた。その結果。


(ラッキー!)

(なるほど!)

(早く次の問題解いてくれ!)


 湊の呟きを聞いた前後左右の生徒たちが同じ答えを書きこむという状況になっていた。


 そうして私権が終わり、各々思い思いに次の試験の時間まで過ごす中で、湊はさほど話した事もないクラスメイトに取り囲まれていた。


「お前のおかげでさっきは助かったぜ!」

「次もよろしく頼むわ!」

「これはちょっとしたお礼だ! これ飲んで次もがんばってくれ!」

「………………はぁ……」


 彼らがどうしてそんなことを言うのかさっぱり分からない湊は、曖昧に頷きながら、渡されたドリンク(ホワイト・カウと書かれた栄養ドリンク)を手に取ると、取り合えず彼らも自分の試験を応援してくれているのだろうと思いながら、そのドリンクを飲み始めた。

 と、そこへ湊のチームメイトのアッシュ、アリシア、ユーリが近寄ってきた。


「よ、お疲れ! 相棒!」

「試験つまらない、です」

「そないなこと言うたらあかんよ、ユーリ。せんせ達かて一生懸命試験作ってんねんから……

 それよりも、や。ミナト……自分、もうちょい自重したほうがええで?」

「自重……? 何を?」


 アリシアの言葉に心当たりがない湊が首をかしげる。


「ウチの席からやと三人の様子が良ぅ見えるんやけどな? ミナト、問題の答えをぶつぶつ口に出しながら回答してんよ……。普段なら問題あらへんけど、今は試験中やん? せやから、周りの生徒達みんなに聞こえてるんよ

 そのホワイト・カウはそのお礼っちゅうことやな」


 そういうことか、とさっき自分にお礼を言ってきたクラスメイトたちの理由を知って納得する湊へ、アッシュが詰め寄ってくる。


「ミナト! てめぇ! そんなことしてやがったのか!?」

「あ……ああ、そうみたい……だね……」

「自覚なしかよ!?」


 どうやら自分を心配してくれているようだと、友人の行動に密かに感謝していた湊の気持ちは、けれど直後にアッシュの口から飛び出た言葉で見事に裏切られる。


「くそっ! 俺もミナトの席の近くだったら!! あんなに苦労せずに問題も解けたのに!」

「そっちかよ! 僕の心配してたんじゃないのかよ!?」

「は? 心配? 俺が? お前の? なんで?」

「僕の感動を返してくれませんかねぇ!?」

「ミナト先輩……可哀想……」

「アッシュ君……自分、最低やわ……」

「あれ!? 何!? 俺がアウェー!?」


 試験がまだ控えているというのにいつも通りの空気のミナトたちに、周りから剣呑な視線が突き刺さった。




◆◇◆




 それから数日後。

 湊にとって、否、オークスウッド国立軍学校に通う生徒達にとって最大の試験の日がやってきた。

 この日の担当試験管は長いシルバーブロンドを頭の後ろで纏めた、特徴的な燃えるような深い柘榴石色(カーバンクル)の瞳を持つ少女リリア・ガーネット。

 彼女が受け持つ「対魔獣殲滅兵器(ABER)操縦習熟訓練」の試験だ。


 授業に真面目に出席し、試験前に勉強を欠かさなければある程度の点数を取ることができる座学の授業と違い、この授業で求められるのは、たゆまぬ訓練に寄る熟練度と、チームメイトたちとの連携。

 いかに仲間達とコミュニケーションをとり、どれだけ自在にABERを扱うことができるかが、この試験の鍵とあって、この日を迎えるまでに、湊たちはもちろんのこと、他のチームの面々の今まで以上にシミュレーター室に通い、訓練を重ねてきた。


 そうして目の前に並び立つ、ぴったりとしたパイロットスーツに身を包む生徒達の表情を見て、同じようにパイロットスーツを着込んだリリアは満足そうに頷いた。


「どうやら皆さん、しっかりと訓練を重ねてきたみたいですね。顔に自信が表れています」


 微笑みながら、手元のタブレット端末を操作し、生徒たちが着込むパイロットスーツから送られてくる様々な身体データを確認していく。


「やっぱり試験だからでしょうか、皆さんいささか緊張していますが、体長も万全ですね

 それでは皆さん、シミュレーターに入って準備してください」


 その言葉を合図に一斉にシミュレーターに向かう生徒達の流れに乗って、湊もまたすっかり慣れた操作でシミュレーターを起動させる。


 扉をスライドさせて中に入り、パイロットスーツの腰から伸びているプラグをシミュレーターのコネクタに接続。

 シートに体を預けて目を閉じ、小さく深呼吸してから口を開いた。


投影ダイブ、スタート!」


 直後、軽い唸りを上げてシミュレーターが起動し、湊を仮想現実の世界へと引っ張り込む。

 そうして数瞬後、すっかり見慣れてしまったABERの仮想コクピットの中に自分がいることを確認した湊は、自分の両手を軽く握り締めて気合を入れると、すぐさまABERの起動準備を始める。


「パイロット認証、終了。紫獣石ビスダイトパック、残量フルゲージ。各種センサー異常なし。火器管制システム起動。通信システム、異常なし。外部映像、内壁透過モニタへ投影確認。各部リアクター、正常稼動。スラスター稼動確認。バランサー及び衝撃吸収機構問題なし。背部ポッド、接続確認。武装へのリンク確認……

 ABERミナト・イスルギ機。起動完了!」


 全ての起動シークエンスを終え、フットペダルに足を置き、操作レバーをしっかりと握り締めた湊へ、チームメイトたちが通信を繋げてきた。


『お、相棒も起動が終わったみたいだな?』

『アッシュ先輩もミナト先輩を見習ってもっと慎重に起動させるほうがいい、です』

『っか~! チビっ子はいつでも俺に辛口だな! ツンばかりじゃ嫌われるぜ? たまにはデレようぜ?』

『だが断る、です!』

『なん……だと!?』

『ほらほら、二人ともいつまでじゃれついとんねん? そろそろ試験が始まるころやし、気ぃ入れんと、リリアせんせに怒られてまうで?』

『それはそれで、俺にとってはご褒美です!』

「うわぁ……」

『変態もそこまでいくと立派、です』

『すまんな、アッシュ……流石のウチもそのボケだけは拾えへんわ……』

『また総攻撃!?』


 試験に対する緊張感など、この四人が揃うとどこかへといってしまうらしく、結局いつものように騒ぎ始めたところへ、教官機リリアから全体通信が入る。


『全員、起動を終了したようですね。それでは、これより試験の説明をさせていただきます。本試験は、各チームごとに割り当てられた魔獣を撃破することが目的です。魔獣の種類や強さなどは、チームの総合力を加味して、ばらばらにしてあります。また、チームごとに部屋を分けているので、戦闘中に他のチームとかち合うようなことはありませんので、皆さん、存分に暴れてください』


 カーバンクルの瞳の片方を閉じて、少しだけおどけて見せたリリアは、少しして顔を赤くする。


「恥ずかしいならやらなきゃいいのに……」


 小さく呟いた湊の言葉は、幸い、聞こえなかったようで、何事もなかったかのようにリリアの説明は続く。


『どのチームにどの魔獣が当たるかは、実際に遭遇するまで分かりません。これは事前に情報がない、突発的な戦闘を想定しています。皆さん、日ごろの成果を存分に発揮して、がんばってください……

 それでは……試験スタート!』


 その言葉の直後、目の前のモニタに「START」と表示され、同時にすぐさまアリシアから指示が出される。


『敵さんはどなたかは会敵するまでは分からん。そやから、とりあえずは機動力のユーリを戦闘にウチとミナトが真ん中、エロッシュは後方から全体を警戒の基本陣形でいくで!』

『さらりとエロッシュって言わないでくれませんかねぇ!?』

『ほな、気張っていくで!』

「了解!」

『お~!』

『あれ!? ついに無視!? 無視ですか!?』


 やっぱりいつものように緊張感の欠片もなく、湊たちはまだ見ぬ敵を目指して進み始めた。

~~おまけ~~


そのころの教官機。


リリア「ああ……やっぱりなれないことはするものじゃありませんね……。ちょっとがんばってウィンクしてみたのですが、生徒たちからは失笑を買うばかりでした……。恥ずかしい! それにミナトもミナトです! 恥ずかしいならやらなければいいって……! 私は試験で緊張しているであろうあなたを気遣ったというのに!! 人の気も知らないで……。これは終わったらちょっとO☆HA☆NA☆SHIが必要ですね! ふふふふふ……。ミナト……楽しみにしていてくださいね!」

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