第6話 武器選び
大きく、ゆっくりと息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
それを意識しながら、手元のレバーを微調整してモニタに拡大表示された的へ照準を合わせていく。
ターゲットマークが的の中心に重なった数瞬後、色が緑から赤へと変化して、照準が固定されたことを知らせる。
逸る気持ちを抑えるために、もう一度深く呼吸を繰り返してから、発射トリガーを引く。
直後、弾倉に込められた紫獣石が溶液と反応して作り出したエネルギーが銃内部に張り巡らされた回路を加速しながら通り、収束される。
そして、トリガーを引いて数瞬後には、一条の光となって空気を引き裂きながら銃口から飛び出した。
独特の甲高い音を立てながら一直線に飛翔した光は、しかし魔獣の形をした的を捕えることなく通り過ぎ、その数十メートル後方の地面に着弾して、大地に穴を開けた。
「あちゃ~……」
自分の射撃成果を確かめた湊は、顔を曇らせながら手元のスコア表に乱暴に「0」と書きなぐり、改めて自分の弾が当たった場所に目を向け、その散々な結果に大きくため息をついた。
本来ならば湊が放った弾のせいで穴だらけになっているはずの的は、掠り傷ひとつ負うことなく悠然とたたずんでいて、その代りに的の周囲の地面が無残な姿を晒していた。
『どうよ、相棒?』
自分の射撃を終え、その結果に満足しながら声をかけてきたアッシュに、湊はモニタ越しに肩をすくめると、自分の的の方を指差した。
「ご覧の通りの有り様だよ……
どうも僕には狙撃の才能はないみたいだ……」
『これはまた……
ここまで的に掠りもしないだなんて……、これはある意味才能かもしれないぞ?』
「そんな才能はいらないって……」
悪友の冷やかしに小さくツッコミをしてから、湊は再び引き金を引き絞る。
けれど、銃から放たれた光の矢は、やはり的を大きく外して明後日の方向へ飛んでいった。
『…………ここまで当たらない奴は初めて見た……
とりあえずお前は狙撃系はやめた方がいいな
下手をしたら、魔獣を狙ったつもりが味方を後ろからズドンになりかねない』
「狙撃兵にはちょっと憧れてたけど、こればかりは仕方ないね……素直に諦めよう……」
『それがいいだろうな……
とりあえず、今日はここまでにするか』
「そうだね……」
もう一度、今度は深くため息をついた湊は、少しだけ未練がましく狙撃銃を眺めた後、ゆっくりとスイッチを操作してシミュレーターを終了させる。
シミュレーターの終了プログラムが走り、目の前が真っ暗になったと同時に仮想世界から現実世界に舞い戻った湊は、ゆっくりと体を起こしながら、パイロットスーツのコネクタをシミュレーターのプラグから引き抜き、内壁に設置されたボタンを操作してドアをスライドさせると、疲れたように肩を落としながらシミュレーターからのっそりと出てきた。
「よう、お疲れ!」
「おっと……」
隣のシミュレーターから爽やかな声が掛けられ、同時に飛んできた水が入ったボトルを辛うじて受け止め、ひんやりと冷たいそれを一気に喉に流し込む。
知らないうちに火照っていた体に心地よく水が染み渡っていくのを錯覚しながらようやく一息つく。
「ありがと……」
水をくれたことへのお礼を言いながら振り返った先には、短い金髪と灰色の瞳を持つ湊の友人、アッシュ・ハーライトが爽やかな笑みを浮かべながら立っていた。
精も魂も尽き果てたような自分と違い、まだまだ余裕を見せる友人の姿に釈然としないものを感じつつ、もう一度水を煽った湊は、空になったボトルをごみ箱に投げ入れる。
空中をくるくると回転しながら綺麗な放物線を描き、狙ったゴミ箱にすっぽりと納まった。
中学時代の部活の経験が活きた、数少ない湊の特技だ。
「よく入るな……」
感心しながら、同じようにアッシュが放り投げたボトルは、的を大きく外して床に跳ね返った。
「これくらいは簡単だよ……。というか、アッシュの方こそ狙撃が得意なんだから、外すなよ……」
「バカ野郎。銃とこいつとじゃ全然勝手が違うっての……。銃は狙って引き金を引けばそこに飛んでいくけど、こいつは腕の微妙な動きとかそういうのも関係してくるだろ? 俺はそういうのは苦手なんだよ!」
言い訳を口にしつつ律儀に外したボトルを拾い、直接ごみ箱に突っ込むアッシュ。
ついでとばかりに、誰かがごみ箱の外に放置したままのボトルを拾い集める友人を手伝う。
アッシュ曰く、
「こうやって普段から真面目でいい奴の姿を見せていれば、いつか俺の存在にときめく女の子がいるかもしれないだろ?」
とのことだが、残念ながら、湊はこれまで一度もアッシュが女の子に声をかけられているところを見かけたことがない。
それでもモテたいがために、もはや習慣になりつつある行動を続ける友人に、湊はとりあえず憐みの視線を投げかけることにした。
◆◇◆
それからしばらくして、寮の食堂で夕食を食べて大浴場で汗を流した湊は、自分の部屋で学校に入学する前にリリアから貰った携帯端末をじっと眺めていた。
「こういうのって直接相談してもいいのかな……? でも、どうしたらいいのか僕自身分からないし……生徒が先生に相談するだけだから大丈夫だよね? あ……でも……こんな時間に電話なんかしたら迷惑かな……? もしかしたら任務中とかで電話に出られないかもしれないし……やっぱり止めたほうが…………ああでも…………」
この場に友人がいれば「早く掛けろよ!」とでもツッコまれそうなほどうだうだ悩んだ後、ゆっくりと端末を操作して目的の人物を探すと、意を決したようにコールボタンを押し込んだ。
元の世界のコール音と同じ音を前にして緊張する湊の目の前に、湊が電話を掛けた人物――リリア・ガーネットの姿が映し出された。
『もしもし、ミナトですか?
どうかしたのですか?』
「…………っ!? ごめん、こんな時間に……」
『いえ、構いませんよ。今日のお仕事は終わりましたし、私も部屋でのんびりとしていたのですから……
それで? 何か用事ですか? それとも寂しくなってしまいましたか?』
「いや、別にそういうわけじゃないんだけど……」
なぜか期待を込めて聞いてきたリリアに苦笑を返しながら、湊はゆっくりと本題を切り出した。
「実はリリア先生に相談したいことがあって……」
『……何ですか?』
湊の「先生」と言う言葉に、自然とリリアも相応の声音になって返す。
「ホントはこういうことを相談するのは卑怯かもしれないんだけど……、僕もどうしたらいいのか分からなくなったから……」
『いいんですよ? 困ったことがあったらいつでも相談してくださいといったのは私ですし……
それに使えるものはどんどん使わなければ……
あなたはどこか少し遠慮するところがありますから……
それで? 私に相談と言うのは?』
「ああ……えっと……今度のリリアとの一対一での模擬戦の話なんだけどさ……
まだ自分の武器選びが上手くいかなくて……」
『なるほど……そういうことでしたか……
ちなみに、今までに試した武器は?』
「一応、アッシュと同じように狙撃系は一通り使ってみたけど……僕にはどうもその才能がないみたいでさ……。なぜか一発も当たらないんだ……」
『それはまた……照準補正システムは使っているんですよね?』
「うん……ちゃんとターゲットがロックされたことを確認してるんだけど……でも外れるんだよね……」
『そうなると、ハーライト訓練生の言う通り、狙撃による遠距離攻撃は諦めたほうが無難ですね……
となると、後は近接系のものになりますが……剣とかは試されたのですか?』
「いや、まだ……ただ、僕が剣を使うのは何かピンと来ないんだよね……。こう……不恰好と言うか、上手く行かない気がするんだ……」
『戦場で恰好を求めても意味はないですが……。ですがミナトにしっくり来ないのであればあとは……槍とかはどうでしょうか?』
「槍?」
『そうです。単純な槍に限らず、斧にハンマー、棍などのポール系です。剣よりも長さがあるので、その長さを活かした攻撃が特徴的ですね。ミナトならそうですね……ポール系の中でも…………ハルバートとか面白いかもしれませんよ?』
「ハルバートかぁ……」
中空を見つめ、自分が乗る機体にリリアが提案した武器を装備させたところを想像する。
「…………うん、いいかも!
さっそく明日、シミュレーターで試してみるよ!
ありがと、リリア!」
『いえいえ。ミナトのお役に立てたのなら私も嬉しいです』
「……そういえば……なんでリリアは自分の武器に剣を選んだの?」
『私の場合は、幼いころから公爵家のたしなみとして剣術を習わされていたので、馴染み深かったというのが主な理由ですね……
もっとも、後方からちまちまと敵を狙い撃つのが性に合わなかったというのもありますけどね』
リリアのおどける様な言葉に、湊もつられてくすり、と笑う。
それからしばらくして、ここ最近ゆっくりと話す機会を得られなかったこともあり、他愛もない話をしていたときだった。
「そういえばリリア……」
『はい? 何ですか?』
「今、ふと思ったんだけど……、リリアは来週に僕ら全員と一対一で模擬戦をするんだよね?」
授業で彼女が言っていたことを何となく思い出す湊に「それが何か?」と首を傾げるリリア。
「いや……ただどうするんだろうって思って……」
『どう、とは?』
「剣とか槍とかならまだ分かるけど、アッシュみたいに狙撃系を武器に選んだ場合はどうするのかなって? だって、剣とか槍とかなら目の前で向かい合って戦えばいいけど……狙撃だとそうはいかないでしょ?
それに、いくらリリアでも、僕ら一人ひとりと戦ってたら時間もかなり掛かっちゃうし……」
湊の疑問に対し、『あっ……』と何かに気がついたかのような声を出したリリアは、突然そのまま黙り込んだ。
「り……リリア?」
急に黙ってしまったことを訝しみながら声を掛けると、少女が突然慌て始めた。
『申し訳ありません、ミナト……。私、急用を思い出しましたので、お話はここまでにさせてください……』
「え!? あ……別にいいけど……」
『それではミナト、次は授業で会いましょう』
その言葉を最後に、一方的にリリアは通話を切ってしまった。
一方、取り残された湊は、リリアの姿が消えた端末を見つめながら、ポツリと呟いた。
「…………ま、いっか……」
◆◇◆
それから一週間が経過し、少女に相談して決めた自分の武器の扱いにも大分慣れてきたところで、遂にその日がやってきた。
薄いパイロットスーツに身を包み、緊張しながら、あるいは「絶対に勝つ」と意気込む生徒たちを前に、リリア・ガーネットがゆっくりと話し始めた。
「それでは本日は、事前に予告した通りに私と一対一の模擬戦を……と言いたいところですが、流石に私一人では全員を相手にするのは骨が折れますし、何より狙撃系の武器を選択した生徒たちと勝負ができません……
と言うわけで今日は、皆さんには魔獣と戦っていただきます」
その途端、事前に聞いていた内容と違うことに生徒たちから戸惑いの声が上がる。
「もちろん、この模擬戦の意味は変わりません。今回の目的は皆さんの実力を見るためであり、勝敗は成績に影響ありません。ただ、戦う相手が私から魔獣に変わっただけです」
「ガーネット公爵殿……。ですが僕たちは魔獣と戦うにはまだ早いのでは?」
「ですから、リード・ガレナ訓練生。ここでは私を先生と呼んでください。次に公爵と呼んだら、私も怒ります……
それであなたの質問への回答ですが、それは安心してください
今回の目的はあくまでも実力を見るため。皆さんが対峙する魔獣の難易度は最低レベルに設定してあります。ですから皆さんは恐れず、ただ己の実力を発揮することを考えてください」
どこか安心したような顔をする生徒たちに微笑を浮かべる。
「それでは皆さん、シミュレーターを起動させてください。合図があったら戦闘開始です
魔獣と皆さんの距離は5000メートルに設定してあります。近づくなり、それ以上離れるなり、状況に応じて対応してください」
どやどやとそれぞれのシミュレーターへ向かう生徒たちの流れに乗って、湊もまたシミュレーターへ体を滑り込ませると、腰部のコネクタをシミュレーターに接続。そのまま体を横たえてから、起動スイッチを押して静かに目を閉じる。
直後の仮想体験技術特有の体が軽く浮き上がる感覚の後に、湊はすっかり見慣れた対魔獣殲滅兵器の操縦席に座っていた。
『各自、シミュレーターの起動を終えたら、武器を選択して待機していてください』
モニタに表示されたリリアの指示に従って、湊はこの一週間訓練してきた武器を選び、しっかりと愛機に握らせる。
『…………全員準備できたようですね……
それでは合図を出します』
その言葉と入れ替わるように、今度はモニタにカウントダウンが表示される。
そうして数字が徐々に減っていくのを睨みつけながら、湊はカウントがゼロになった瞬間に、一気に飛び出す。
高機動モードの影響で体がシートに押し付けられる感覚に耐えながら、センサーが捕らえた魔獣へと一気に接近していく。
そうして徐々に距離を詰めていく途中で、湊の存在に気付いた魔獣が、その口を大きく開けてビームを飛ばしてくる。
「遅い!」
高機動モード訓練のときのビームを飛ばしてきたロボットに比べて遅いそれを、機体を左右に振って避けた湊は、ハルバートの柄を両手もちに切り替えて高く飛び上がると、そのまま空中で一回転した勢いを乗せて、武器を魔獣へと思いっきり叩きつけた。
武器自体の重さにABERの高機動モードの突進力、さらに回転したことでの遠心力まで乗せられたその一撃は、狙い過たず魔獣の胴体を両断した上で、衝撃で地面を軽く抉る。
断末魔の声をあげながら、ポリゴン片となって消えていく魔獣に、湊が安堵のため息をつくと、どうやら今の様子を見ていたのだろう、リリアが通信をつないできた。
『お見事です、ミナト』
深い柘榴石色の瞳を細めるリリアに、湊は微笑みながら親指を立てて見せた。
~~おまけ~~
リリア「クレア! ダイン! カール! 助けてください!」
クレア「無理……用事がある……」
カール「申し訳ないです、隊長……僕もちょっと……」
ダイン「隊長の自業自得だろ? 自分で何とかしろよ……」
実は湊の指摘の後に、部下たちに助けを求めた天然ヒロインでしたが、全員に断られた、という裏話です




