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異世界魔獣戦記  作者: がちゃむく
第2部 学園生活編
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第5話 自分にあったもの

 狭い操縦席の中で僅かに瞑目して呼吸を整えた後、じっとりと汗が滲む手でしっかりとレバーを握り、そのまま前面に内蔵されたモニタを静かに睨みつける。

 そうして待つことしばし。教官機の合図と同時にカウントダウンが表示され、それがゼロになった瞬間に、湊はレバーを前に押し倒しながらフットペダルを勢いよく踏み込んだ。

 その途端、搭乗している機体から甲高い音が響き、機体の足裏から噴射されたスラスターによって機体がわずかに持ち上がり、同時に背面スラスターからオレンジ色の炎が噴射され、湊が乗る対魔獣殲滅兵器(ABER)は勢いよく前に飛び出した。


「ぐぅっ……!!」


 ABERの高機動時特有の、体をシートに押し付ける強力な重圧に歯をくいしばって耐えながら、湊は指示されたコースへ機体を進ませる。


 眼前に迫りつつある大岩を左から回り込むように回避して、正面に見えてきた巨木を時計回りに一周。そのまま勢いを殺さないように気をつけながら岩とコースの壁の隙間を縫うように旋回する。一瞬、勢いに振り回された機体の装甲が壁にがりがりと音を立てて削れたことに冷や汗をかきつつ、コースを右に変えて正面から発射される光の弾を右に左にと避けていく。


「よしっ!」


 ひとつの弾丸も掠めることなく回避できたことに喜びの声を上げるのも束の間、突如正面に競り上がってきた壁に慌てて機体に急停止を命じる。


「あぐっ!?」


 慣性と急制動による衝撃にうめき声をあげ、それでもぎりぎり壁に激突する前に停止できた湊めがけて、今度は上空から巨大な岩が降ってくる。

 センサーの警告によってそれを察知した湊は、息つく間もなく、そのままの姿勢で全速力でその場から離脱する。

 直前まで自分がいた空間を、巨大な岩が唸りを上げて抉った光景に血の気が引くのを感じながら、そのまま機体を反転、指示されたコースを走っていく。

 そうして、最後に目の前に現れた湖を思いっきり飛び越えた先で二本のポールの間を通過したところで、ようやく湊は高機動モードを終了させて、ゆっくりと教官機のもとへ向かう。


『ミナト・イスルギ訓練生、クリアタイム二分三十二秒。損傷軽微……

 高機動時はどうしても機体が勢いに振り回されてしまいがちですが、それを予測して行動するようにすればもう少しタイムが縮むでしょう……

 今回はまぁ、まずまずといったところですね』


 通信モニタに映し出された綺麗な銀髪と特徴的な深い柘榴石色(カーバンクル)の瞳を持つ少女の言葉に、湊はほっと息を息を吐き出し、ゆっくりとシートに体重を預けた。



『よっ、お疲れ!』

「うん、ありがと……」


 教官機リリアと入れ替わるように開かれた通信モニタ越しに、ルームメイトから労いの言葉に本当に疲れたように覇気のない声で答える。


「やっぱり何度やっても高機動モードには慣れないや……

 特に体にかかるGが……」

『だよなぁ……

 いくら対G訓練やったといっても、実際にABERこいつを動かしてるときと、ただあの椅子に座ってぶん回されてるときとじゃ大違いだよな……

 とっさに判断していろいろとしなきゃいけない分、こっちのほうが断然キツいぜ……』

「うん……最初の頃なんて特に酷かったし……」


 深々とため息をつくアッシュに同意しながら、湊は少し前のことを思い出してげんなりする。


 シミュレーターとはいえ、初めてABERに乗ったその日。

 リード・ガレナのように、以前からシミュレーターを使っていた生徒や、一部の才能に溢れた生徒以外の大多数は、リリアが搭乗する教官機にたどり着くまでにかなりの時間を要した。

 その日以来、何度もシミュレーターによる訓練を繰り返した結果、ABERを手足のようにとまではいかなくとも、とっさの判断を機体へしっかり伝達させることができるまでに成長した。

 これは、少しでもABERの操縦に早く慣れることで、ABER搭乗者の生存確率を高めたいというリリアの願いを学園長が聞き届け、通常時の倍近い量の訓練を訓練生にさせたことに起因するのだが、訓練生たちはそんな裏事情を知る由もない。


 何はともあれ、ある程度通常モードの操縦に慣れてきたところで、ついに魔獣との戦闘を意識した高機動モードの訓練に入ったわけだが、これには大半の生徒がかなり手を焼いた。


 通常モードのときの速度は、せいぜい車が通常の速度で走った程度なのに対して、高機動モードのときは、地面から浮いた上体でスラスターの噴射によって移動するため、その速度は通常モードの実に四倍以上に達する。つまり、単純に移動する速度が上がったことで、状況判断もより迅速に、かつ確実に行わなくてはならないのだ。

 そんな状況下で機体を左右へ振り回すパイロットへ掛かる重圧もまた、かなりのものになる。そしてそれは、そのままパイロットへの負担となり、高重圧状態で求められる緻密な操作についていけず、障害物に激突したり、そもそも重圧に耐え切れずに気絶をしたりする生徒が続出した。

 それから何度もシミュレーターによる訓練を重ねた結果、ようやく高機動モードでの咄嗟の操作が可能になった。

 訓練を始めたばかりのころから比べれば、格段に成長したといえるだろう。


(とはいっても、あの巨大な亀と戦ったときのリリアの動きに比べるとまだまだだけど……)


 湊の脳裏に過るのは、この異世界に来てしまった初日に巻き込まれたABER(人間)と魔獣の戦い。

 間近で見たリリアの操縦は、まさに機体を自分の手足のように操るほどに習熟されていて、シミュレーターとはいえ、ABERに乗るようになって、改めて湊は彼女の操縦技術の高さに舌を巻いた。


 と、そんなことを考えていたところへ、教官機から『おめでとうございます、今日のトップレコードです』という声が届けられて思考を中断した湊は、モニタに表示されたコースクリアまでのタイム一覧に目を向けた。

 そこの一番上に表示されていた時間は「一分十五秒」。

 二分台の生徒がほとんどの中で、ダントツの成績だった。


「すごいな……

 一体どうやったらこんな数字が……」

『なんだよ、お前……見てなかったのか?』


 呆れるような友人の声に湊は思わず頷く。


「うん……ちょっと考え事してたから……」

『まったく……ぼけっとするのも大概にしとけよ?

 まぁ、あとでリプレイを確認すればいいんだけどさ……

 つってもあまり参考にならないだろうけど……』

「……どういうこと?」

『トップの名前を見てみろよ』

「名前……?」


 アッシュに言われて、改めてランキングを確認した湊は、そこに記された名前を見て「なるほど」と納得した。


「ああ……例の……」

『そう、噂の天才少女だ』


 その少女はまさに天才だった。

 初めてのシミュレーター訓練のときは言うに及ばず。シミュレーターに慣れていたはずのリード・ガレナですら梃子摺った初めての高機動モードの訓練のときですら、機体を自由自在に操り、華麗なダンスを披露して見せたほどだった。


 それほどの腕を持った人物とは一体、とクラス中が注目する中、シミュレーターから出てきたのがまだ幼さが残る、どう見ても湊たちよりも年下の、それもかなりの美少女だったのだから驚きを禁じえない。


『あれで俺らより二つも年下だって言うんだからな……

 まったく羨ましい限りだぜ……』

「僻むなよ……」


 友人の僻みにツッコんで、湊が次の訓練生に目を向けると、ちょうどリード・ガレナの乗る機体(自分で「ゴールデン・ガレナ号」と名づけていた)が、大岩に押しつぶされたところだった。


 それからしばらくして訓練が終わり、全員がシミュレーターから出てきたところで、リリアが手元の資料を眺めながら講評を始めた。


「皆さん、まだまだ自由自在とまではいきませんが、大分高機動モードにも慣れてきたようですね

 まぁ、一部生徒はまだまだですが……」


 茶目っ気を含んだ辛辣なリリアの言葉に、多くの生徒が失笑し、リード・ガレナは顔を真っ赤にする。


「それでは次回の訓練ですが、次回からはいよいよ実際に武器を使った戦闘訓練を行います」


 その言葉に生徒たちが色めき立つのを苦笑と共に沈めながら、リリアの話は続く。


「そして戦闘訓練は、基本的に四人一組のチームを組んで訓練することになります

 ですので、次回はそのチーム分けを行うために、私と一対一で模擬戦を行ってもらいます」


 途端、先ほどとは違う意味で生徒たちが騒がしくなる。


「安心してください。この模擬戦に勝敗は関係ありませんし、成績にも影響はしません

 ただ、皆さんの今の実力を見て、班編成を考えたいだけです」


 成績に関係ないというリリアの言葉に安心したのか、次第に騒がしさが納まる。


「さて……、その模擬戦では皆さんも私も武器を使うことになるのですが、皆さんはまだ、自分にどんな武器があっているのか、分からないと思います

 と言うことで、本日から次の訓練までの一週間。シミュレーター室(ここ)を自由に使えるようにしておきますので、皆さんはシミュレーターで自分にどんな武器があっているのか試してみてください

 それでは、本日の訓練を終わります。解散してください」


 リリアの言葉を合図に、生徒たちはどやどやとシミュレーター室を後にした。




◆◇◆




 その日の夜。

 寮での夕食をとり終えた湊は、二十四時間いつでも開いている寮自慢の大浴場に浸かりながら、窓ガラス越しにぼんやりと星空を見上げていた。


「自分にあった武器か……」


 考えていたのは、次回から始まるという戦闘訓練のこと。

 

「正直何を使ったらいいか分からないよなぁ……

 元の世界(あっち)でなにか武器を使って戦ってたわけじゃあるまいし……

 ああもう! こんなことになるんだったら、中学のときに剣道とか空手とか弓道とかやっとけばよかった!」


 がしがし、と乱暴に自分の頭を掻き毟る。

 ちなみに湊が中学時代にやっていた部活はバスケ部で、一応三年のときにレギュラーとして試合にも出場した経験があるのだが、今回の武器選びに関して言えば何の役にも立たない。


「武器……武器か……何がいいんだろ……

 ダブ○オーみたいな近接戦闘もいいし、サ○ーニャみたいに狙撃特化とかもいいよなぁ……

 ああでも、ヴ○ーチェみたいな高火力タイプも捨てがたいし……」


 もし湊と同じ世界から来た人物がいればいろいろツッコミどころが多そうなボヤキをしていると、突然背後からお湯を浴びせかけられた。

 驚いて振り返ったその先には、金髪の爽やかな少年アッシュ・ハーライトの姿。


「何するんだよ、アッシュ……」

「いや、何か一人でぶつぶつ危ない人物みたいにぼやいてたからな……

 ルームメイト兼友人としては心配になったんだよ」

「危ない人物って……

 僕はただ、自分にあった武器を考えて……」


 そこまで口にしたところで、ふと我に返る湊。


「まぁ、確かにこんなところで武器についてぶつぶつ言ってたらヤバいね……」

「だろ?

 それに考えてても意味ねぇだろ。まずは実際にその武器を試してみないと、自分にあってるかどうかなんて分かんねぇんだし……」

「そうだけど……なんか焦っちゃって……

 そういえば、アッシュはもう武器を決めたの?」

「一応、な……

 俺は元々親父の手伝いで狩りをすることがあったし、狙撃系で責めるつもりだ」

「そっか……いいな、アッシュは……」


 すでに武器を決めたという友人に比べて、自分はまだ何も決まっていないという事実から意気消沈する湊へ、再びアッシュがお湯を浴びせかける。


「わぷっ!?

 だから何を……!?」

「だから、焦ってもしかたねぇだろ?

 時間はまだあるんだし、シミュレーターだってリリアたんからいつでも使っていいって言われてんだ……

 ゆっくり決めていけばいいじゃねぇか……

 それよりも、だ……」


 強引に話を打ち切って、アッシュが突然声を潜める。


「………………?

 突然どうしたのさ?」


 友人に釣られて、同じように声を潜めた湊へ、アッシュは自分の唇に人差し指を当てて「黙ってろ」と合図した後、静かに壁を指差した。


(一体何が……?)


 首をかしげながらも、アッシュが指した方向へ意識を向けた湊の耳に、くぐもった声がいくつか聞こえてきた。


『それにしても、ガーネット先生は肌がしろーて綺麗やわぁ~』

『あら、あなただって負けてないじゃないですか

 それにスタイルはあなたのほうがいいですし……

 私なんて胸が……』

『胸なんて大きゅうても意味なんてあらへんて……

 それよりもウチはガーネット先生みたいな美乳が羨ましいです~

 腰も細ぅて……ほんまそそられてまうわぁ~』

『あれ? 私、今ケンカ売られました!?

 そういう悪い生徒にはお仕置きです! えいっ!』

『わきゃっ!?

 ちょ……先生! そんなとこ、触ったら……きゃぁ!?

 むぅ……ウチだって仕返ししたる! それっ!!』

『ひゃあっ!? ちょっと待って! そこは……ひゃん!』


 一体壁の向こうで何が行われているのかは想像の域をでないが、少なくとも少女たちのあられもない声に、思春期真っ只中な湊は顔を真っ赤にしながらアッシュを振り返り、その顔に張り付いた悪戯が成功した子供のような笑みに、思わず言葉を失った。


 結局青少年二人は、壁の向こうの騒動が納まるまで静かに湯に浸かっていた。

ちなみに何故リリアが寮の風呂にいたかといえば、生徒たちとの交流が目的だったのと、学生時代に自分も使っていた寮へ、たまには顔を出そうという理由があったりします。

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