第3話 初訓練
オークスウッド国立軍学校は、いくつかの必修科目はあるものの、基本的には生徒の好きな科目を選択・受講できるようになっていて、それぞれの科目で最終的に出される試験を突破したら単位を貰うことができ、その単位が一定数溜まることで、晴れて卒業できるという授業形式をとる、いわば湊がもといた世界における一般的な大学と似たような形式をとっている。
それゆえ、必然的に「単位が取りやすい授業」に人気が集中し、逆に授業内容が厳しかったり、あるいは最終試験が難関と噂される授業は閑古鳥が鳴くような有様だったりする。
そんな裏事情はさておいて、非モテ会員とやらに取り囲まれたり、子爵の息子を名乗る高慢な少年に仲間に誘われたりと波乱に満ちた初日を終えた翌日の朝、鏡の前で改めて袖を通した制服姿を眺め、向こうで来ていた学ランではなくてブレザー姿に妙な違和感を感じながらも、自分の頬をぴしゃりと叩いて気合を入れた湊は、最後に忘れ物がないかを一通りチェックしてから部屋の扉を開けた。
「おっす!
いよいよ今日からだな」
扉を開けた先の共通のリビングに据えられたソファに座り、優雅にコーヒーを啜っていた昨日からルームメイトになったアッシュ・ハーライトが爽やかに笑い掛ける。
一見、きっちりと制服を着こなしているように見えて、わずかにネクタイを緩めたり、ボタンを一つ外してみたりとさりげないお洒落をしていて、全体的に爽やかな彼に非常によく似合っている。
「昨日も思ったけど、アッシュって学校の制服が似合ってるよね……
僕なんてほら……」
この通り、と両腕を広げてみせるが、ルームメイトの少年は軽く片眉を持ち上げただけだった。
「そうか?
お前も全然似合ってると思うよ?」
「慰めはいいよ
僕はせいぜい馬子にも衣装だって自分で分かってるから……」
「その「マゴニモイショー」? というのが何かは分からないけど、そう自分を卑下するなって……
大事なのは自分に自信を持つことなんだからさ
そうすれば勝手に服装も似合ってくるもんだよ」
「アッシュ……」
中々に良いことを言われ、感動とか感謝の念が沸きあがってきた湊が「ありがとう」と口にしようとしたときだった。
「めっちゃいいこといったな、俺! 流石は俺! これを聞いたら女子どもが俺を放っておかねぇな!
やべぇ! 俺も今日から非モテ会員!?
おっと! お前は俺に惚れてくれるなよ?
男から惚れられたって俺には1Kの得にもならないからな!」
「うん、せっかく良いこと言って僕も感動してたのに、台無しだからね!?
僕の感動を返してくれないかなぁ!?」
「はっはっは!
別にお前に感動されたところで俺には得るものなんてないからな!
だがもらえるものは貰っておこう!」
「ゲスい! ルームメイトが思った以上にゲスかった!」
ツッコミ疲れて息を切らす湊の肩をばんばん叩きながら、アッシュがけらけらと笑う。
まるで長年一緒にいた親友のようなこの空気を、湊もまた、悪くないと感じていた。
「さてと……それじゃそろそろ腹も減ったし、授業にも遅れちゃうから早く朝ごはん行こうぜ」
「おう!」
湊の提案にアッシュも頷き、二人は勢いよく扉を開けて部屋を出て行った。
◆◇◆
「え~……今日は皆さんは、午前中に必修科目である「基礎魔獣学」と「対魔獣殲滅兵器基礎整備学」を受けた後、午後からは今後受けることになる選択科目を選んでもらうことになります
選択科目は基本的にどの科目を選んでも構いませんが、できれば皆さんの今後の進路に即したものを選んで欲しいと思います
え~……後は、皆さんが必ず受けることになる必修科目を受けるときは基本的にこのクラス単位で受けてもらいます
え~……ちなみに、必修科目は先ほども言った「基礎魔獣学」に「対魔獣殲滅兵器基礎整備学」のほかに、「基礎教練」と「対魔獣殲滅兵器(ABER)操縦習熟訓練」があります
この必修科目は、パイロット、整備班、技術開発部など、どのような進路をとる上でも必ず必要になる知識ですので、心して学ぶようにしてください
私からは以上です」
ホームルームを受け持つ担任の先生の言葉に、湊は思わずごくり、と喉を嚥下させる。
これから始まるのは、やがて最前線に立って魔獣と戦うという、およそ元の世界では考えられないような生活。そのための第一歩を踏み出したのだと思うと、自然と体が緊張するのだ。
そんな湊の心情を知ってか知らずか(ほぼ確実に知ったことではない)、前の席に座るアッシュは暖かい日差しに当てられて、早くも暢気に舟をこいでいた。
そのクラスメイト兼ルームメイトの性格を羨ましく思っていた湊の耳に、授業開始を告げる鐘の音が響き渡り、同時に教室の扉を開けて若い男性教師が姿を現した。
「よ~し、それじゃ授業を始めるぞ~……」
どこか緊張感に欠けた教師の声につられたように生徒たちの空気も緩む中、ただひとり、湊は期待を込めた目で教師を見つめていた。
もともと、元の世界にいたときの湊の授業態度は今この場にいる生徒たちと大差なく、どうしても授業に集中できずに、教科書に落書きをしてみたり、暖かな陽気やら満腹感やら教師の一本調子の声に当てられてうとうとしてみたりと、およそ真面目な生徒とは言えるものではなかった。その結果、テストなどでもあまり成績は振るわず、赤点こそ免れていたものの、平均点付近を行ったり来たりするありさまだった。
しかし、こちらでは違う。魔獣という強大な敵と戦うために作りだされた兵器への興味と好奇心。そして何より、「人型ロボットに乗れる」という中二病的憧れが、湊を真面目な生徒の態度へと導いていた。
そうして、希少価値の高い真面目な生徒と、それ以外の大多数の生徒を相手に、「基礎魔獣学」の授業が始まる。
「え~っとまず始めに、全員この世界に魔獣というものがいるのは知っていると思う……」
教室中によく通る声に、数人の生徒が頷く。
「それじゃ、この中で魔獣を見たことがある奴はどれくらいいる? 写真や映像データではなくて、実際に肉眼でという意味だが……?」
その質問に、手が挙がったのは極僅かだった。
「よ~し、それじゃ今手を上げた奴ら……お前ら後で説教な」
途端、一部抗議の声が混じった声で教室が満たされる中、教師は「冗談だ」と付け加えてから話を続けた。
「まぁ、ぶっちゃけ行商組合に所属していたりすると、移動中に意外と出くわしたりするからな……
実際に一般人でも魔獣を見たことがあるという人間はかなり居たりするわけだが……
じゃあ、今手を上げた奴らに聞こう……。実際に魔獣を目の当たりにしてどうだった?」
教師の言葉に、湊はこちらの世界に来たその日のことを思い出す。
小高い丘の上からでも見上げるばかりの巨体に、無数に光の弾を吐き出す砲台に、頂点に取り付けられた巨大な大砲を背中の甲羅に背負う巨大な亀。
歩みこそ、湊の知る亀と同じように遅かったものの、一撃で大地を破壊して大穴を穿つあの攻撃力と、何よりも魂を揺さぶるような恐怖を呼び起こす咆哮を思い出すと、今でも体が震えてしまう。
恐らく、魔獣を直接目の当たりにしたほかの生徒たちも似たようなものだったのだろう、教壇に立つ教師は大きく頷いた。
「見たことある奴ならわかるだろう? 奴らがどれだけ恐ろしい存在なのか……
いいか、よく聞け。この授業ではそんな恐ろしい魔獣の生態を勉強していく
なぜ魔獣は俺たちと敵対しているのか? なぜ魔獣は街へ向かってくるのか? そもそも魔獣とはどんな存在なのか?
そういうことを知ることで、お前たちが将来魔獣と出くわした時の生存率を上げるのがこの授業の目的だ……
だから、別に聞く気がない奴らを咎めるつもりはない。ただ一つだけ、聞く気がない奴は授業の邪魔をするな
それだけだ……」
しん、と静まり返る教室の中で、誰かがのどを鳴らす音だけが響く様子を、教師は満足そうに見回してから、さっそくとばかりに教科書を広げ……ずに、よく通る声を張り上げた。
「さて、お前たちにはこれから魔獣のことを知っていってもらうわけだが……まず最初に知っていてほしいのは、この世界には決して近づいてはならない魔獣が三体いるということだ……
すべての魔獣の中でも最速を誇り、知能も人間並みに高い『獣王』と畏怖される『黒獣』……
その圧倒的な巨体ですべてを押し潰す八頭六足二蛇尾に巨大な翼も備えた最強のドラゴン『竜王・白竜』……
そして、飲み込んだものを瞬間的に溶かすほどの強力な酸でできた流動的な体を持つのが『無王』の『水蛇』……
通称三幻獣ともいわれるこいつらは、幸いなことにめったなことでは人前に姿を現さないが、もしこいつらの痕跡を見つけたら絶対に近づくな……。近づけば確実に死ぬ……
黒獣は圧倒的なまでの速度で、白竜は長大な射程を誇るブレスで、そして水蛇はその体の酸で、逃げ切る前にやられる……」
同時に、教壇の前にそれぞれの魔獣の姿が映し出され、生徒たちの間にどよめきが走る。
「事実、過去に幾度となくこの三幻獣の討伐作戦が行われたが、そのすべてが失敗。それも討伐に参加した者たちが誰一人帰らないという最悪な結果で、だ」
教室がさらに騒がしくなる。
「さて、これで魔獣……特に三幻獣の恐ろしさについては十分理解してもらえたと思う……
もう一度念を押すが、絶対に近づくなよ? いいか、フリじゃないからな?
よし、それじゃ改めて授業を始めるぞ」
初っ端に脅されて、驚くほど授業態度が変わった生徒たちに苦笑しながら、教師はマイペースに授業を進めるのだった。
それからしばらくして、一日の授業を受け終わり、寮へと向かいながら隣のアッシュが叫ぶ。
「疲れた!
まだ初日だってのに、ちょっと授業詰め込みすぎじゃね?」
「仕方ないだろ……。一応軍学校だから、一刻も早く生徒たちを一人前に育てて前線に送りたいだろうし……
僕たちに遊んでる暇なんて早々与えられないだろ……多分……」
「うわっ……世知辛いねぇ……」
苦笑を顔に貼り付けながら肩を落として歩いていたアッシュが、ふと何かを思い出したように顔を上げてこっちを見てくる。
「そういえばお前……今日はなんだかずっと楽しそうだったな……」
「そんな風に見えた?」
「おう。なんつーか……こう……
授業を受けるのが楽しくて仕方ないって言うか……
ずっと生き生きしてたように見えたけど……?」
「ああ、そういうこと……」
友人の言葉に納得し、視線を前に向ける。
「楽しいよ……
聞いたことないこととか、見たことないことばかりでわくわくするし……
何て言ったってやっぱりロボットに乗れるって言うのが憧れだからさ……
そのために必要なことだって思うと不思議と苦にならないというか……」
「あ~……確かにそれは憧れるな……
まぁ、俺たちはまだABERに乗れてないわけだけどな……」
「まぁね……
けど、今日の授業のときに格納庫でABERを見て、「これからアレに乗るんだ」って思うと、わくわくしてモチベーションも上がってくるよ」
「真面目だねぇ……
んじゃあ、その真面目でモチベーション高めなミナト君にお願いがあるんだけどさ……」
「…………?」
「今日出された宿題、後で見せてくれない?」
「だが断る!!」
「おっふ……」
◆◇◆
数日後。
最初の必修科目「基礎魔獣学」や「対魔獣殲滅兵器整備学」のほかに、「基礎教練」(二時間くらいひたすら行進させられた)も受け、さらにはいくつかの選択科目も受けて、そろそろ制服への違和感も消え始めたこの日、湊が……否、オークスウッド国立軍学校に入学した全員が一番楽しみにしていた授業が始まった。
「皆さん、おはようございます」
柔和な微笑を浮かべて挨拶をしたのは、この授業の講師であり、湊の身元保証人でもある銀髪美少女のリリア・ガーネット。
体のラインが浮き上がるほどのぴったりとしたパイロットスーツに身を包んだ彼女は、一人一人をその特徴的な深い柘榴石色の瞳で見つめた後、小さく微笑んでから自分の傍らに積んであるダンボールを指差した。
「いよいよ本日から皆さんも「対魔獣殲滅兵器(ABER)操縦習熟訓練」を受けることになります
それに先立って、以前皆さんから収集した身体データを元に、皆さん個人個人に合わせたパイロットスーツを用意しましたので、全員まずはこれに着替えてください」
途端、一部の生徒(主に女子)がざわざわと騒ぎ始める。
「先生! それ、着なきゃ駄目ですか?」
「体のラインが出るのはちょっと……恥ずかしいです」
「あと、男子の目がなんかエロいです!」
「ちょっと待てこら! それはどういう意味だ!?」
「どういうも何も、そういう意味でしょうが!」
「んだとコラァ!? やんのか!?」
そのまま一触即発な空気になりかけたところを、リリアが手を叩いて諌める。
「静かにしてください!
確かにパイロットスーツは生地が薄くて、体のラインが浮き出てしまいます……
あなたたち……特に女性には恥ずかしいかもしれません……。ですが、これはあなた方がABERに乗った時に衝撃や膨大な圧力からあなた方を守るために作られたものです
恥ずかしがらずにきちんと装着してください
下手にファッションや羞恥心から着崩したりすると、命にかかわりますよ?
あと、男性はもう少し女性のことを考えて自重しましょうね?」
あくまでも言葉尻は優しく、けれどなぜかその視線を自分に集中させたリリアに、湊は思わず頬を引き攣らせながら、自分の名前が書かれたパイロットスーツを手に取った。
そうして全員がスーツに着替え、再び訓練室に集合したところで、リリアの授業が再開される。
「さて、今日は皆さんにはこの後ろにあるマシンで、対G訓練を受けてもらいます」
言いながらリリアが振り返った先には、中央に太い柱が突き立ち、その柱から先端に球状のものが取り付けられたアームが何本も伸びている。
元いた世界のアニメや漫画に触れていた湊が、そのマシンに嫌な予感を覚える中、先日湊たちに絡んできたリード・ガレナ少年が進み出た。
「ガーネット公爵殿……
この機械は一体……?」
「リード・ガレナ訓練生……
私はまだ公爵ではありませんし、ここではあなた方の講師です。ですので、先生と呼んでください。それとあなたの質問への回答ですが、これからあなた方はこれに乗ってもらい、ABERが機動時にどれだけの重圧が圧し掛かってくるのかを体感してもらいます
……そうですね、ちょうど良いですから、ガレナ訓練生……、あなたに最初に体験してもらいましょう……」
リリアの宣告に、一瞬だけぎょっとした顔を見せたリード・ガレナだったが、すぐに余裕の表情を取り繕うと、自ら先端に取り付けられたボールの扉に歩み寄る。
そして若干震える手で扉を開け、中に設置された椅子に座ると、どこからともなくつなぎを着た人たちが現れ、あっという間にガレナ少年の体を固定して扉を閉め、来たときと同じようにあっという間に去っていく。
「さぁ、マシンはまだ開いています……
誰が挑戦しますか?」
ざわざわと騒ぎながらお互いに顔を見合わせた生徒たちの中から、リード・ガレナの取り巻きの少年たちが進み出る。
そうして全員がマシンに乗り込み、体を固定されたところで、湊が想像したとおりの地獄が始まった。
軽い起動音と共に、柱から伸びたアームが持ち上がっていく。そして、リリアが手元の操作パネルを触ると、ゆっくりとアームが回転し始めた。
最初はあくまでもゆっくりと、それこそ遊園地にあるメリーゴーランドのような速度で、中に乗り込んだ少年たちも余裕の表情だったのだが、徐々に回転速度が増していく中で、その余裕の表情がこわばり、最終的には悲鳴へと変わった。
「ぃぃぃいいいいいいやああああああぁぁぁぁぁ……」
「ぁぁぁぁぁあああああすけぇぇぇぇぇ…………」
「ままぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁぁ……」
ドップラー効果を残しながら、口々に悲鳴を上げる少年たちを笑うものは、見学する生徒たちの中には誰もいなかった。
それから少しして、次第に回転速度を落とし、やがて止まったアームにつなぎの人たちが群がり、中でぐったりしていた少年たちを引っ張り出すと、担架に乗せてどこかへと運んでいく。
その様子を見送ることなく、リリアが一様に青ざめる生徒たちを振り返る。
「さあ、次は誰ですか?」
その言葉に、自ら名乗り出る生徒は一人もいなかった。
実はこの「異世界魔獣戦記」に搭乗する人物たちには、とある共通点が隠されています。
勘のいい方は気付かれているとは思います。
分からない人は、探してみてください。
答えは、次のお話で……。
あと感想とかいただけると凄くうれしいです。