プロローグ
「はぁ……はぁ……はぁ……」
様々なボタンやスイッチ、レバーなどが詰め込まれた狭い操縦席の中で、少年はいつの間にか荒くなってしまった息を整えようと大きく肩を上下させながら、外の映像が投影された内壁越しに周囲の光景をぐるりと見回す。
それは一言で言えば凄惨。
ライオンに、あるいはトラに、あるいは狼、ゴリラ、鰐、蛇、ヤマアラシなど、彼がかつていた世界で見たことがあるようなものもいれば、植物のツタがでたらめに絡み合ってボール状になってるものや、鳥とトカゲの中間みたいな姿に全身を硬いうろこでびっしりと覆われたもの、あるいはかつていた世界では空想上の生き物とされたドラゴンのような見た目のもの。
見た目も種族もてんでばらばらで、ただ唯一、皆一様に巨大という共通点を持った生物――魔獣たちが、あるいは全身から紫色の血を流し、あるいは体中を真っ黒に炭化させて転がっていた。
それも一匹や二匹というレベルではなく、数えるのもバカらしくなるほどの夥しい数で。
もちろん、被害は魔獣側だけにとどまらず、少年たち人間側にも多く出ている。
かつて少年と同じ釜の飯を食い、苦楽を共にした仲間が乗っているはずの機体は片足がもげ、両腕と頭を失った上に、操縦席があるはずの胸部も無残に破壊されているし、この戦いが始まる前、緊張していた少年に優しく声をかけてくれた、少年が「おっちゃん」と呼んで親しみを感じていた男が乗っていたはずの機体も、魔獣たちの手(この場合は牙と言うべきかも知れない)によって破壊され、今はまったく反応を見せていない。
人も魔獣も、自分たちの命をかけて戦った、その結果がこれだ。
たくさんの仲間たちが死に、魔獣たちに至っては、少年が確認できる範囲では動くものは皆無だった。
人も魔獣も含めて、あまりにも多くの命が失われた。
だが……それでも……。
「生きてる……」
少年が己の生を噛み締めるようにポツリと呟いた直後、僚機から通信が入り、同時に少年の目の前に通信モニタが開かれる。
『ミナト、無事でしたか……?』
安堵を含んだ少女の声に、ミナトと呼ばれた少年はゆっくりと頷く。
「うん、なんとか……。そっちも無事でよかった……」
ミナトも少女が無事だったことに安堵を覚え、お互いに生きていたことが嬉しくて微笑む。
『当たり前です! 私はこれでも部隊長なんですよ? それに、戦闘経験だってミナトよりずっと豊富なんです。それこそ、ミナトがこれに乗る前からずっと戦ってるんですから! それよりも私は……』
「終わった……んだよね……?」
照れ隠しなのか、変にスイッチが入った少女の、お説教めいた言葉を遮って投げかけたミナトの問いに、少女は一瞬口をパクパクさせた後、やがて諦めるように小さく息をついてから頷いた。
『ええ……終わりました……。もちろん、ここにいた魔獣を全て殲滅したところで、世界中にはまだまだたくさんの魔獣が溢れていますから、これですべての戦いが終わったわけではありませんが……。それでも今回の戦いは終わりました……』
少女の言葉に、ミナトはもう一度微笑み、深くコクピットのシートへ体重を預ける。
気がついたら見知らぬ場所に立っていたあの日から、思えば随分と遠くへ来た気がする。
最初は機械越しでも吐き気を覚えていた魔獣の命を奪う感触もいつの間にか慣れた。
まともに操縦することすらできなかったこの機体の操作も、いつの間にか自分の手足のように動かせるようになったし、初めて心の底から守りたいと思える人に出会った。
この異世界に来てから本当にたくさんのことがあったと感慨に耽る湊へ、通信モニタを開きっぱなしにしていた少女が優しく声をかける。
『帰りましょう……私たちの家へ……』
「…………うん。……帰ろう……」
頷き、機体を操作して仲間たちと合流しながら、ミナトはすべてが始まった日のことを思い返していた。