2.朝
女の人の悲鳴が聞こえて、目が覚めた。昨日の夜、テレビをつけたまま、リビングで眠ってしまったせいだ。僕はソファから起き上がり、あくびをしながら、手探りでテレビのリモコンを探す。それらしきものを掴み、一番左上の大きな丸いボタンを押したら、ピッ、ブオンとエアコンが生暖かい風を吐き出した。
僕もやれやれと、わざとらしく溜め息を吐き、仕方なくソファから降りてリモコンを探し始める。
つけっぱなしのエアコンの下、つけっぱなしのテレビの中では、女の人が更に酷い状況に追い詰められていた。
『誰かぁ、誰かいないのぉ!』女の人が、泣きそうな顔で助けを求めている。
「誰も助けに来ないよ」僕は誰に言うでもなく言った。何度も何度も繰り返し見た映画だから、よく知っている。
僕は這いつくばって、ソファの下に腕を突っ込むと、今度こそテレビのリモコンを掴んだ。そして、まだ半狂乱で助けを求めている女の人に向けて、電源ボタンを押した。音もなく暗くなった画面に、寝ぼけた自分の顔が写っていた。
どんなに身近で悲しいことが起きていても、僕の心を痛めることが出来なければ、全ては他人事だ。そうだ。こうやって、テレビを消すのとおんなじことだ。ただ、瞳に写すことを止めてしまえばいい。
無駄なことと分かっていたけれど、僕は微かな望みを込めて、玄関へ歩いていくことにした。そして思った通り、そこにパパとママの靴がないことを確めると、静かに両目を閉じるのだった。
「大丈夫、痛くない」そうだ、これはただ、心臓の辺りが、ぎゅっとなっただけ。