経験値の低い想像は自己満足だ
なかなか日焼けのしない手首を撫でて、その奥に潜む青緑の血管を探る。
鈍色の光を、それ目掛けて差し込む。
細い線から浮き上がる小さな赤い粒。
ぷっくり、ぷっくり、その粒はどんどん大きくなって、隣同士重なり合う。
重なり合った赤い粒は大きくなって、バランスが取れなくなって、肌の上を滑る。
思ったより滑りが良く、肌から零れてポタポタと小さな染みを机の上に作った。
私はただ、静かにそれを見つめるだけ。
「って考えるだけなんだわ」
片手に鈍色の光――百均で手に入れたカッターを持って言えば、返ってくるのは溜息。
見下ろした手首は綺麗なまま。
白いだけで線も入っていなければ、赤い粒もない。
想像するのは簡単だ。
苦しい、なんて感じるよりも前に自分という存在を殺し、なかったことに出来るのだから。
カッターを手放し、机の上に滑らせる。
痛いのは嫌いだ。
同じように苦しいのも、辛いのも嫌いなのだ。
そんなの皆、一緒だろうけど。
「死ぬことの想像は簡単で、自分を殺す想像も簡単で、それを実行に移すのが難しい」
回転椅子の背もたれに上半身を傾ければ、ギィッ、と金属が軋む音。
後ろからは二度目の溜息が聞こえて「馬鹿じゃないの」と一言。
やっと聞こえた声がそれとは。
何度も何度も想像してみた。
私の心臓の止まる瞬間、息が止まる瞬間、意識が遠のく瞬間、体が消える瞬間、存在の消える瞬間。
しかし、どれも目を開いた瞬間に生を感じて、あぁ、生きてるんだ、と落胆してしまう。
想像通りにはいかないことは知っていて、なおかつ自分自身そんなことをする勇気がない。
――これを勇気と呼ぶのが、正しいことではないのだろうけれど。
「自然に早く死ねる日を願う他ないだろ」
背後から聞こえた言葉に、首だけで振り向く。
面倒臭そうに私を見下ろすその目を見て、そうだね、と返せば露出したままの手首を掴まれ、しげしげと見つめられる。
そんなに見ても何も無いよ、そう声をかけようとした瞬間に、ブツリ、嫌な音を聞いた。
「いっ……づぁあ……」
悲鳴にもならない呻き声を漏らす私を見て、鼻で笑う相手は「こんなんじゃ、死ねねぇよな」と言い放つ。
手首が熱い、痛い。
想像してみた時にはこんなものは感じなかったけれど、それは刃を使うか歯を使うかの違いだろうか。
あぁ、全く分からない。
想像通りに赤が腕を伝って落ちてくる。
ちゅるじゅる、と厭らしい嫌な水音を響かせながら、その赤を舐めとるのを見る私は、言葉を探す。
こういう時には、何を言うべきか。
こんなこと、想像の中では一度もなかった。
「想像なんか、時間の無駄だろ。お前のは想像にすらならねぇんだから」
薄暗い部屋の中、真っ赤になった舌を見て、じくじく痛む手首を撫でる。
どろり、指先にこべりついた赤が気持ち悪い。
馬鹿だなぁ、とせせら笑う声を聞きながら、死ぬのも生きるのも難しいと思った。