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2016年/短編まとめ

経験値の低い想像は自己満足だ

作者: 文崎 美生

なかなか日焼けのしない手首を撫でて、その奥に潜む青緑の血管を探る。

鈍色の光を、それ目掛けて差し込む。

細い線から浮き上がる小さな赤い粒。

ぷっくり、ぷっくり、その粒はどんどん大きくなって、隣同士重なり合う。


重なり合った赤い粒は大きくなって、バランスが取れなくなって、肌の上を滑る。

思ったより滑りが良く、肌から零れてポタポタと小さな染みを机の上に作った。

私はただ、静かにそれを見つめるだけ。


「って考えるだけなんだわ」


片手に鈍色の光――百均で手に入れたカッターを持って言えば、返ってくるのは溜息。

見下ろした手首は綺麗なまま。

白いだけで線も入っていなければ、赤い粒もない。


想像するのは簡単だ。

苦しい、なんて感じるよりも前に自分という存在を殺し、なかったことに出来るのだから。


カッターを手放し、机の上に滑らせる。

痛いのは嫌いだ。

同じように苦しいのも、辛いのも嫌いなのだ。

そんなの皆、一緒だろうけど。


「死ぬことの想像は簡単で、自分を殺す想像も簡単で、それを実行に移すのが難しい」


回転椅子の背もたれに上半身を傾ければ、ギィッ、と金属が軋む音。

後ろからは二度目の溜息が聞こえて「馬鹿じゃないの」と一言。

やっと聞こえた声がそれとは。


何度も何度も想像してみた。

私の心臓の止まる瞬間、息が止まる瞬間、意識が遠のく瞬間、体が消える瞬間、存在の消える瞬間。

しかし、どれも目を開いた瞬間に生を感じて、あぁ、生きてるんだ、と落胆してしまう。


想像通りにはいかないことは知っていて、なおかつ自分自身そんなことをする勇気がない。

――これを勇気と呼ぶのが、正しいことではないのだろうけれど。


「自然に早く死ねる日を願う他ないだろ」


背後から聞こえた言葉に、首だけで振り向く。

面倒臭そうに私を見下ろすその目を見て、そうだね、と返せば露出したままの手首を掴まれ、しげしげと見つめられる。

そんなに見ても何も無いよ、そう声をかけようとした瞬間に、ブツリ、嫌な音を聞いた。


「いっ……づぁあ……」


悲鳴にもならない呻き声を漏らす私を見て、鼻で笑う相手は「こんなんじゃ、死ねねぇよな」と言い放つ。

手首が熱い、痛い。

想像してみた時にはこんなものは感じなかったけれど、それは刃を使うか歯を使うかの違いだろうか。

あぁ、全く分からない。


想像通りに赤が腕を伝って落ちてくる。

ちゅるじゅる、と厭らしい嫌な水音を響かせながら、その赤を舐めとるのを見る私は、言葉を探す。

こういう時には、何を言うべきか。

こんなこと、想像の中では一度もなかった。


「想像なんか、時間の無駄だろ。お前のは想像にすらならねぇんだから」


薄暗い部屋の中、真っ赤になった舌を見て、じくじく痛む手首を撫でる。

どろり、指先にこべりついた赤が気持ち悪い。

馬鹿だなぁ、とせせら笑う声を聞きながら、死ぬのも生きるのも難しいと思った。

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