第8章 クリスマスの思い出(3)
『空に架かる橋』
今日、大好きな彼女が死んだ。
僕は彼女のことが大好きだった。
彼女は僕のいちばんの友達だったし、いちばんの女の子だった。
いちばんケンカもしたし、いちばん仲良しだった。
だけど、彼女は星になってしまった。
僕はもう、彼女とケンカもできないし、おしゃべりもできない。
一緒に歌も歌えないし、晴れた日に外に出て遊ぶこともできないんだ。
僕はいちど、彼女をつれて、街でいちばん空に近い小さな塔に登ったことがある。
そこはとても風が強くて、海から吹く潮風は僕たちの足もとをぐらぐらと揺らした。
彼女は僕の腕につかまり、狭い塔の階段を一段ずつ、おそるおそる登っていった。
僕は彼女の目になり、彼女は僕の勇気になった。
彼女は、生まれたときから、目が見えない、重い病気をかかえていた。
それでも、目が不自由なことをのぞけば彼女は明るくて活発なふつうの女の子だったし、
なによりとてもかわいかった。
彼女は街中の女の子の誰よりもかわいかった。
僕もふくめて、男の子はみんな彼女に恋をしていた。
彼女のいるところには、いつも男の子たちで大きな人だかりができていたし、
彼女が2、3日顔を見せないと、みんな自分のことのように必死になって彼女のことを心配した。
そういうぐあいで、男の子はみんな彼女に恋をしていた。
どうして、彼女が僕ととくべつに仲良くしてくれたのか、それは僕にもわからない。
けれど、彼女にとって僕は、ほかの男の子たちよりも少しだけとくべつな存在だったんじゃないかとおもう。
僕はそのことを、なんだかほこりに思っていた。
いつのことだったろう、彼女が虹を見たいと言ったことがあった。
ほんとうのところ、あのとき僕はどうしていいのかわからなかった。
彼女は目が見えないし、高い空にあらわれる虹は、手でさわることもできなければ、その匂いをかぐことだってできない。
彼女はいつも、目に見えないものは手でさわってみたり、あるときには匂いをかいでみたりして、いろんなものを感じとっていたからだ。
僕は、彼女に虹を見せることができたら、どんなにすてきだろうと思った。
雨上がりの空に架かる大きな橋を、彼女と一緒にわたることができたら、どんなに幸せだろうと思った。
塔のてっぺんにつくと、僕は彼女の手を引いて、空と街がみわたせる場所までつれていった。
あいかわらず風は強くて、小さな塔の上にいる僕たちをどこかに連れ去るみたいに、ごうごうと吹きつけていた。
塔のてっぺんから街を見下ろすと、そこはやりかけのジグソーパズルのように、いろんなものがふくざつにかさなりあっていた。
僕たちの頭の上には水色の空が広がっていた。
ここに来れば、いつもよりずっと近くに空が見えると思っていたけれど、
高い空はどこまでも高く、僕たちの手にとどかないところにあった。
雲がゆっくりと右から左に流れていた。
その景色は、とてもきれいだった。
だけど、地上で見た虹はすでに消えてしまっていて、僕は悲しい気持ちになった。
彼女が僕の手をぎゅっと握り締めたので、僕も彼女の手を握り返した。
虹はどこか別の場所へいってしまった。
けれど、空に架かる橋は今でも僕と彼女をつないでいる。
僕は彼女の目になり、彼女は僕の勇気となって橋をわたったのだ。
今日、大好きな彼女が死んだ。
僕は彼女のことが大好きだった。
彼女は僕のいちばんの友達だったし、いちばんの女の子だった。
いちばんケンカもしたし、いちばん仲良しだった。
彼女は星になってしまった。
夜空の星になってしまった彼女が、
雨上がりの空にかかる、うつくしい虹に出会うことはもうないだろう。
僕はいつかひとりでわたる日が来る。
僕と彼女をむすぶ、空に架かる橋を――。