召喚と高揚
テンプレート的な。
全員が全員、守るように両腕を顔に翳して硬直している。
息すらも止めて混乱を押し殺すなか、聞き慣れない男の声が響いた。
「おお……よくぞ来てくれた、勇者たちよ!」
混乱の色を濃くした空気を纏う三十六名。恐る恐る目を開けば、精悍な男性が全身で喜びを表現するかのように両腕を広げて微笑んでいた。
赤銅色の髪と緑青色の瞳を持つ男性は、金糸銀糸が輝く煌びやかな衣装を着ており、まるで絵本の中の王様に見える。
男性の後ろには、鈍く光を反射する甲冑を着用した人間が数十人が控えていて、ざわざわと落ち着かない雰囲気だ。
遥子はするりと視線を周囲に滑らせた。
(十一色の人たち……後光みたいのが差しているから、神様か何かか?……何だろう、あいつだけ気持ち悪いな)
透き通るほどの白亜の広い床と高い天井。足下にはくすみ始めている魔方陣。四方を取り囲む壁一面には、様々な色を基調とした壁画が展開されている。
遥子は感動ものの壁画の中で、淡い水色で髪や瞳や服を描かれた男性だけ、生理的な嫌悪感と忌避感を抱いた。浮かべる笑みに鳥肌が立つ。
「ようこそ、ガウハルへ。私はこのルデード王国国王、イーグラット・ベルムノル・グウネ・ルデード。以後、よろしく頼む」
どこか安心感を覚える笑顔で名乗ったイーグラットは、状況の把握や整理といった諸々の出来ていない三十六名を優しい言葉で促して場所を移した。
長いテーブルと沢山のイス、「萌え萌えにゃん」などと言わないガチのメイドさん(極上の美女)たち、そして出された豊潤な香りの紫紺色の紅茶。ぽかんと口が開きっ放しの生徒たちだけが、この空間に不釣り合いだ。
「さて。君たちは今、非常に混乱を極めていると思う。だが、どうか落ち着いて、私の話を最後まで聞いてくれ」
安心感を覚える笑みを崩さぬまま、イーグラットは口火を切る。その内容は実に御伽話染みていた。
まず、この世界の名はガウハルだという事。種族は三つ存在し、人間族と魔人族と獣人族だと言う。その内、人間族と魔人族は五百年もの間戦争をしている。個々の力が大きい魔人族に対して、人間族は獣人族を奴隷として数で応戦していた。
拮抗状態だった戦いは、しかし数年前より崩れ始める。魔人族が獣人族を“黒”にした為だ。本来は善である“白”の筈の獣人族。それを何らかの方法で悪しき“黒”へと変え、じりじりと人間族を追い詰めているのだ。
最初は抵抗出来ていた人間族だが、他種とは一線を画する力を持つ獣人族に劣性を強いられるようになってしまった。そして、多くの尊い命が失われた。
人間族が滅亡するかもしれないというどうしようもない危機感のなか、突然バスラという名の最高神から天啓があったのだと言う。
「ガウハルよりも上位の世界から、勇者たちを送るとな」
どことなく、陶酔したような表情のイーグラット。バスラ神を心底信仰しているらしい。
ざわざわとしだした生徒たち、直後にそれを静める大きな音が響いた。
ぎっ! ときつくイーグラットを睨んだのは薫だ。固く握り締められ過ぎた拳が、テーブルの上で爪を白くしている。
「それはつまり、この子たちを戦場に駆り出すと……命を奪い奪われる世界に、行かせるという事ですね?」
凪いだ水面のように静かな面持ちのイーグラットは、真っ直ぐに薫を見つめ返して頷いた。
「その通りだ」
「許しません!」
そして即座に切って捨てる薫。怒りのあまり立ち上がり、ガタン! と音を立ててイスが倒れる。
イーグラットの斜め後ろに控えていた近衛兵二人が身構えた。
怒気が立ち上って見えるのではないかと思うほど、薫は腹を立てていた。
「私たちの世界の、私たちの傍には、そんな危険は存在しなかった! 人が死ぬという事がどういう事なのか、本当に理解出来ていないこの子たちに! そんな危険に向かわせる訳にはいかないわ!」
「おのれ! 無礼だぞ!」
「良い!」
「ですが、王よ!」
薫が怒り、近衛兵が剣呑に眉を顰め、イーグラットが宥める。
薫と抑えられた近衛兵との間に、緊迫した空気が漂った。
そんな中、明るい声がやけに大きく響いた。
「先生、俺はやります」
全員の目線が動く。その先には、力強い目をした皇がいた。
イーグラットが喜色満面になると同時に、薫の表情が愕然に歪む。
薫が何かを言う前に、皇が揺るぎ無い瞳で射抜いて微笑んだ。
「放っておけないんです、同じ人間として。俺たちに力があるなら、助けられるものは全部救うべきだと思います」
子供の我が儘だと、薫は歯噛みする。けれど、その我が儘は皇が放つ事で決然とした勇者の言葉になってしまう。
それほどまでに、界外皇という人間が魅力的で光り輝いて見えるのだ。
クラスメイトたちも、異世界や救世主になれるといった特異な状況に酔い、正常に物事を判断出来ずに皇に賛同している。
「っ……」
漠然と、このままではいけないという思いが薫の胸中を満たす。
そんな中、ひっそりと呼吸しているだけの存在が在った。
(正真正銘の馬鹿だな、こいつ)
遥子だ。
薫は縋るように遥子を見た。幼馴染みの言葉なら耳を貸すかもしれないから、と。
それに、遥子はそっと瞼を閉じる事で応じた。否、と。
(私の言葉なんて、高が知れている……)
若干正義感が強めな皇、こうしてスイッチが入ってしまった以上、誰も止める事は出来ないのだ。
薫はすとんと力が抜けるのを感じた。床にへたり込む。
大好きな担任の先生の状態にも気付けず、生徒たちは異様な熱気に酔い続ける。
短い……更新も遅いですね、すみません。