その二
「ぁ……」
セリアは目を瞠った。
焦土と化した地に花が一輪咲いていた。
「どう、して……?」
「花は嫌いですか?」
「ううん。好き。大好きよ……でも、」
「先ほど貴女はおっしゃった。消えた森を見て、悲しいと。忘れられた地は貴女の想いを察して、貴女の目を楽しませようとしているのです」
「わたしを……? ありがとう、忘れられた地。とってもきれいね」
そう告げると、赤土が盛り上がり、次々と芽が出た。見る間に蕾をつけ、美しく花開いていった。真っ白な花びらが赤土を覆い隠していく。
思わず魅入っていると、そっと青年――ラフィーネが声を掛けた。
「そろそろ城へ戻りましょう。ウィズが貴女の帰りを今か今かと待ちわびていることでしょう」
「ウィズが?」
セリアはパッと顔を輝かせた。
「ええ――忌々しい霧の一族の若者と一緒に」
セリアが戻ってくるかも知れないとわかったとき、ラフィーネは、灰となった彼らを再生させたのだ。いかに首を落とされなければ無敵といえど、灼熱の炎で骨まで焼き尽くされれば、自身での再生は叶わない。すなわち、それは死を意味する。
神の子であるラフィーネは、神に匹敵する力を有していた。それこそ、命を自在に操るくらいの力は。ラフィーネが手を貸さなければ、命は永遠に失われていただろう。
壊れ物を扱うかのようにそっとセリアを抱き上げたラフィーネは、一瞬で場所を移動した。
ラフィーネが姿を現したのはセリアの部屋であった。出て行った頃と何も変わっていない部屋に、ウィズがいた。
「姫さん! 本当に姫さんでやんすっ」
部屋の掃除をしていたウィズは、セリアに気づくと汚れた布巾を片付け、駆け寄ってきた。
「お労しいでやんす。こんなに薄汚れて……」
よよよと袖口で涙を拭うふりをしたウィズ。それでもあふれ出る笑みを隠せない様子で、鋭い牙を覗かせながらにやぁと笑っていた。セリアに傷がないか確認すると、真っ先に何をすべきか悟り、湯浴みの準備をしに意気揚々と出て行った。
「アッッ、ほんとに帰ってきたんだ。とうとうあの方も妄想しちゃって、もともと病んだ精神がもっと病んで狂ったのかと思ってたけど」
ウィズが出て行ったすぐあとに扉を開けて入ってきたロウは、驚いたように目を瞬かせた。が、この部屋にいるのがセリアだけではないことを知ると、すぐに顔色を変えた。
「げっ、名を持たぬ君もいた……」
ひくっと片頬を引きつらせたロウは、セリアたちと距離を置いて立った。ラフィーネにされた仕打ちをまだ忘れていないのだろう。いくら命を救ってもらったとはいっても、最初に奪ったのはラフィーネなのだ。苦手意識があるのは仕方ない。
「そろそろ群れへ戻ってはいかがですか?」
使用人ではないロウへの視線は冷ややかだ。
ラフィーネは、ロウの体力が回復するまでの間はこの城に留めるつもりであったが、元気になったならば出て行ってもらいたいというのが本音であった。
「ア~、うん」
冷や汗をかきながら、ロウは言葉尻を曖昧に濁した。視線をさまよわせると、セリアと視線が合った。とたん、名案が浮かんだとばかりに、にやにやと笑った。
「セーアはオレと一緒にいたいよネ」
「うん! みんなと一緒がいいわ」
ロウの策略も知らず、にこにことそう答えたセリアに、ラフィーネが眉を寄せてロウを睥睨した。
「なにを企んでいるのです?」
「べっつに~。オレは大好きな姐さんと一緒にいたいだけ」
「嘘を吐くんじゃないでやんす!」
支度を終えてセリアを迎えに来たらしいウィズが、ロウの頭を叩いた。しっかりとロウの台詞は耳に届いていたらしい。
「イタッ」
「姫さんもロウの言葉を信じちゃいけないでやんす。ロウはただ群れに戻って罰を与えられるのが嫌でやんす」
「罰?」
セリアは小首を傾げた。
「ロウは勝手に抜け出したでやんす。長老に許可をもらわないで群れを離れるのは大罪ざんす」
「え~、姐さんだってそうジャン」
「わちしは、こうして主殿のところで働いているからいいざんす」
胸を張って答えたウィズに、ロウは面白くなさそうに唇を尖らせる。
「ちぇっ、あの時は、あんなにオレのこと想ってくれたのにサ。生き返ったとたん、姐さんってば、ますます名を持たぬ君を慕っちゃってサァ~。つか、助けるのが当然だってェ……」
「ロウ!」
ラフィーネの温度のない笑みを視界の端に捉えたウィズが、顔を青ざめさせながらロウの口を塞いだ。これ以上ラフィーネの機嫌を損ねたら、今度こそロウの命はないだろう。
けれどそれをわかっているのかいないのか、ロウは不満そうに目で訴えかけた。
「――黙るざんす。さもないと今すぐ長老のもとへ返すざんす」
その一言が効いたのか、ロウは素直にコクコクと頷いた。
パッと手を離したウィズは、心なしか浮き足だった様子でラフィーネからセリアを受け取った。
「ささ、ロウなんか放って、姫さんは汚れを落として、さっぱりするざんす」
え~、酷いよォ~と嘆くロウの声を聞いたセリアは、ふふっと笑った。
「姫さん?」
突然笑い出したセリアに、ウィズが訝しげに首を傾げた。
「なんだか、ほんとうに戻ってきたなって思ったの」
ウィズからロウへそしてラフィーネに視線を移したセリアは、ほんの少しだけ目を潤ませた。
「わたし、もっともっとこの世界のこと知りたいわ」
「ええ」
しっかりとセリアを見つめ返したラフィーネはわずかに目を大きく開くと、静かに賛同した。
「もっともっと知って、わたしが創った世界に負けないくらいみんなが幸せな世界を創るの」
「それは……」
「ラフィーネは、言ったでしょ。〈鍵〉であるわたしが望めば、世界はそう動くって。でも、それって違うと思う。わたしの言葉通りになるのは素敵だけど……、でもそれって、わたしの願いでしょ? この世界になにが必要なのか、考えたいの」
焦土と化した地に花が咲いたのを見て思ったのだ。
この荒れ果てた地をもっと変えられるのではないかと。
けれどセリアは自分が思うとおりに事を進めたくはなかった。それでは独裁者と同じだ。セリアたち奴隷を支配していた者たちと変わらない。
セリアはどうしたらもっとこの地がよくなるのか見極めならが変えていきたかった。
「短命である貴女が掌握するなど不可能です。忘れられた地は、貴女が考えているよりもずっと複雑なのですから」
「うん、わかってる」
人間であるセリアの寿命はラフィーネたちと比べてかなり短い。それはセリアもよくわかっていた。
「それに、次の〈鍵〉が貴女の創り上げた忘れられた地を壊すかもしれませんよ」
「……そうしたら、悲しいね。でも、そうならないように次の〈鍵〉が素敵って思ってもらえるような忘れられた地にしたい。ここに住んでるみんなが生きやすい世界にしたいの。あのね、ラフィーネ。わたしは欲が深いから、もうひとつのことで満足できなくなってしまったのよ」
ウィズの腕の中で、セリアは幸せそうに笑った。彼女はもう先を見据えていたのだ。決して気楽ではない未来。けれど目標を掲げたセリアには、壁にぶち当たっても素晴らしい日々となろう。彼女自身が選び、導き出した答えなのだから。
「では私は、セリアのために持ちうる力のすべてを注ぎ、全力を尽くしましょう」
微笑んだラフィーネは、洗練された物腰で恭しく腰を折った。
「わ、わちしもお手伝いするでやんすっ」
セリアの台詞に感動したのか、うるっと目を潤ませたウィズが力強く宣言した。
そのあとに、ロウも面白そうだからオレもと加わる。一族のもとに帰るつもりはさらさらないようであった。
「ウィズ、ロウ……ありがとう」
ふわっとあたたかいなにかがこみ上げてきた。
セリアがラフィーネに視線を向けると、ずっとセリアを見つめていたらしい彼と視線が合った。ようやく出会えた青年の側にこれからずっと一緒にいるかと思うと、胸が高鳴った。
「ずっと一緒ね……」
「セリアの命が果てるそのときまで、私はお側におります」
セリアが伸ばした手を大切そうに取ったラフィーネは、そう誓ったのだった。
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