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   その八


 セリアは自分の先ほどの態度を恥ながら、子供たちをなだめているドーナンに声を掛けた。


「あの、助けていただいてありがとうございました。あと、さっきは驚いて……」

「なあに、気にすることはない」


 振り返ったドーナンは、セリアの顔色がよくなったことに気づいて朗らかに笑った。先ほどの態度をそれほど気にしていないようだ。


「お前さんだけじゃなく、よく倒れている奴はいるんだ。なにせ、ほかの土地から来た者は悠久の砂漠についての危険性を全く知らないからな」

「悠久の砂漠……?」

「それすら知らなかったのか!」


 さすがにドーナンは目を丸くした。


「ゆぅきゅーのさばくは、とっても広いのよ!」


 女の子が楽しげに口を挟んだ。セリアより物事を知っているのが嬉しかったのだろう。


「悠久の砂漠には町も村もない乾燥地帯だ。今の季節じゃ、どんなに歩こうと泉どころか水すら一滴もないぞ。お前さんはどうやら水を切らしていたようだな。あのまま水分を摂らず進んでいたら危険な状態だったぞ」


 ドーナンは子供たちに接するような態度でセリアを叱った。軽装な上になんの準備もしないで悠久の砂漠を渡ろうとしていたセリアを苦々しく思っているようだった。


「わしが見回っていなければ今頃どうなっていたか」


 ドーナンの言葉にセリアの顔から笑みが引いていく。

 この世界にそんな危険な場所があるとは知らなかったのだ。セリアがいた世界は本当に狭く小さくて、旅に必要なものさえ知らなかった。こうしてドーナンに救ってもらわなければ本当に死んでいただろう。


(わたしはやっぱり助けてもらってばっかり……)


 どんなに粋がっても結局はひとりで何も出来ないのだ。


「ひとり旅か? お前さんのような子供がオルヴァーにも乗らず歩くのは正気の沙汰じゃない。親御さんはどうしている? よければ、わしが送っていこう」

「あの、両親は知っています。わたし、ひとりで旅をしているんです。でも、知識不足でした。こんなにイ=バールが広いなんて知らなかった……」


 肩を落とすセリアに、ドーナンはうっと息を呑んだ。

 子供たちからも不満そうな視線を向けられたドーナンはがしがしと短髪を掻いた。


「あ~、わしも言い過ぎた。すまない」

「いえ、いいんです! 本当のことですから」

「自己紹介がまだだったな。わしは悠久の砂漠の管理をしているドーナン・ギュートだ」

「ぁ、わ、わたしはセリア。セリア……バートンです」


 セリア・バートン。それがこの世界でのセリアの名前。

 この世界には、名前のほかに姓いとうものが存在したのだ。

 常世の(アル・ドラーナ)にも姓が存在したのだろうか? それともこの世界が独自に創り上げた文化なのだろうか。それは創り出したセリアにもわからなかった。


「とーさん、ボクは?」

「あたしも~!」


 小さな子供が元気よく手を挙げて主張する。


「しょうがない……こっちは息子のダゥンと娘のチゼットだ」

「よろしく」


 セリアは小さな子供たちと握手をした。


「おねぇちゃんの髪の毛真っ白! 変なの~。目だってお日さまの色だわ」


 チゼットはセリアの容姿に興味を持ったようだった。くるくるとよく動くつぶらな目が、セリアの銀の髪の毛と瞳に注がれた。


「ばっかだなぁ。白じゃなくて銀っていうんだぜ。きっと遠くから来たんだ! どっから来たの?」


 ダゥンがきらきらと目を輝かせた。


「こら、お前たち。いい加減にしなささい。――すまない、子供たちが失礼なことを」


 ドーナンは好奇心旺盛な子供たちを叱ると、セリアに頭を下げた。


「いいえ、物珍しげに見られるのには慣れていますから」


 セリアは寂しげに微笑んだ。やはりこの世界でもセリアのような瞳と髪の色は異質だった。

 前のイ=バールのように、この世界の人たちはみな、金や黒や茶色の髪をしていた。銀の髪はどこへ行っても目立ったのだ。

 じっとセリアの髪を見つめていたチゼットが、視線をきょろきょろと動かした。何かもっと面白いものを発見するかのように。そして、セリアが寝ていた敷布のそばに置かれた枝に気づくと目を輝かせた。


「あ! ときつげの枝だぁ!」


 ダゥンが素早く反応を示す。どれっとチゼットの隣から身を乗り出したダゥンは声を上げた。


「うわ~! いいなぁ~」


 羨ましげに見つめる子供たちに、ちょっと笑ったセリアが枝を差し出した。


「あげる」


 歓声を上げる子供たちとは対照的にドーナンは、首を振った。


「旅をするなら大切なものだ」

「わたしにはあまり必要ありませんから」


 そう、ずっと(とき)()げの枝とは無縁の生活を送ってきたセリアにしてみればたいした価値はなかった。


「わたしのお礼の気持ちです。今のわたしにはこれくらいしか差し上げるものはありませんが……」

「わしの仕事はお前さんのような者を助けることだ。礼には及ばない」

「でも、それだとわたしの気が済みません。どうか受け取ってください」

「そうか……。では、ありがたくいただこう。ちょうど前の時告げの枝を折ってしまってな。商人から買うにしてもまだ当分の間はこの地に訪れないから困っていたところだ」


 セリアの気持ちを慮ってか、ドーナンはようやく時告げの枝に手を伸ばした。

 乾いた大地が広がるこの地では、時告げの木も根付かないのだろう。

 喜ぶ子供たちに、今度は折るなよ? と念を押してから渡したドーナンは、飛び跳ねながら母親に見せに行った子供たちをやさしい顔で見つめていた。

 しかし、その視線がセリアに向けられると、案じるような光を宿した。


「お前さんみたいな子供が砂漠を渡るなんて無茶をする。いくら知らなかったとはいえ、そんな軽装で越えられるほどやさしくはないぞ。これからどうするつもりだ? 行き先は決まっているのか?」


 否と答えるのがはばかられるような空気であった。

 セリアを小さな子供のように扱うドーナンの姿は、どこか天なる(アル・フェス)にいた頃のことを思い出させた。

 ここでは初めて知り合った者同士だというのに、セリアに対する気遣いは本物だった。

 きっとひとり旅をしているセリアのことを心から心配しているのだろう。セリア自身はもう一人前と思っていても、ドーナンからみればまだまだ子供にみえるのかもしれない。ろくに世界を知りもしないで旅をしていたのだから、その心配も仕方ない。


(行き先……、わたしの進む道……)


 考え込むように黙り込んだセリアの脳裏にふっとあることが思い浮かぶ。金の双眸が答えを見いだしたかのように煌めいた。


「果てを……世界の果てを探しているんです」


 どこかに終わりの境界線があるはずだった。セリアが住んでいた世界には、『果て』というものが存在していたからだ。セリアは見たことがなかったが、『果て』の外には『無』が広がっているという。『無』というものがどういうものか知るよしもなかったが、『虚無』の存在を知ったセリアは、もしかしたらその『無』は『虚無』じゃないかと思い当たったのだ。

 そしてこのイ=バールがセリアの住んでいた世界と似ている構造ならば、『果て』はどこかに存在するはずだった。

 だが、もしそれが勘違いだとしたら?

 セリア以外に忘れられた地を知っている者はいない。

 セリアが記憶を取り戻さなかったのなら、忘れられた地の情報などこの世界に不必要だっただろう。第一に忘れられた地は、〈鍵〉のための世界だという。〈鍵〉ではないセリアにとって不要の世界。いや、忘れられた地にとってセリアがいらない存在なのだ。

 なのに、わざわざセリアのためだけに道を示すというのだろうか?

 神なる道のように光の筋が忘れられた地へと導いてくれると思っていたのだろうか?

 これまで旅をしてきたセリアにはそんなのが甘い幻想であることはわかっていた。都合よく解釈し、そう信じていたのだ。

 けれど、今度は違う。確信ではないけれど、明確な進むべき道がみえた気がしたのだ。虚無に行くことができれば、グルグリッドに会える。そしたら忘れられた(ドゥワール)に行けるかもしれない。

 それはとても浅はかで安直な考えであったが、今のセリアにはそれしか思いつかなかったのだ。たとえ、糸のように細い希望の光だとしても、すがるものはそれしかなかった。

 しかしドーナンは一笑に付する。


「果てか! この世界に果てなどないさ!」


 子供の戯言かと思ってか、セリアの相手はしてくれなかった。

 この世界には『果て』が浸透していないのだろう。だれも見たことがないのだろうか。それとも行く者がいなかったのかセリアにはわかりかねていた。

 それでも、微かな希望に託していたセリアは肩を落とした。ドーナンは知らないだけかもしれないが、期待した分、落胆も大きかった。

 そんなセリアを可哀想に思ってか、だが、と彼は言葉を続けた。


「果てはないが、光の筋はあるぞ」

「光の、筋?」


 セリアはゆっくりと瞬いた。曇っていた双眸が希望を見いだし光った。


「空にかかる光の衣だ」

「! どこに、あるの?」


 セリアは逸る気持ちを抑えて興奮気味に訊いた。


「あ、ああ、ここからもっと北に進んだ場所だ。悠久の砂漠と荒れ地の境に存在する。もっとも、これは極一部の人間しか知らないことだがな。わしも砂漠の管理なんぞしていなかったら知らなかっただろうな」

「北……」


 セリアは光の衣に心を惹かれた。なぜか神なる道を思い出したのだ。神なる道も光で創られていた。何か関連はあるのだろうか。

 いや、なくともいい。セリアはそこに行きたいと強く思ったのだ。


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