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   その六

「……わかってる。でも、わたしはどうしても行かないといけないの。どんなに大変でも、進まないと……っ」

「──そうか。なら、自分が思うとおり生きなさい」

「えっ」


 父の言葉に、てっきり叱責されると身構えていたセリアは拍子抜けした。


「親の務めは、子供の成長を阻むことじゃない。背中をそっと押してやることだ」

「父、さん……」

「俺だって家を出てきた身だからな。どうしてもアーベルブ師匠のもとで細工師になりたくて……。家督を継がせたかった親と喧嘩して、それっきりだ。風の便りで両親が亡くなったと知ったときはどれほど後悔したか。親の死に目にも会えないなんて、こんな不幸はないだろ? 俺はいろいろ考えたんだ。もっと両親を説得する方法はなかったのだろうかと。まあ、過去を悔いても今更だがな……。ふっ、お前は俺の子だな、セリア。よく似ている。まるで昔の俺を見ているようだ。言い出したらきかない」

「父さんも反対だったんじゃ……」

「ああ、本音を言えば反対には変わりない。けれど、お前には俺と同じ後悔は味わって欲しくない。喧嘩別れなんて、後味が悪いものさ。……はは、今になってあの頃の両親の気持ちがよくわかるよ。いつだって親はわが子が心配なんだ」


 慈しむように、穏やかな目でセリアを見つめた父親は、微笑した。


「ありがとう、父さん」


 父の想いが嬉しかった。

 緊張が解かれた雰囲気の中、俯いていた母親は顔を上げて、叫んだ。


「私は心配よ。あなたひとりでなんて行かせたくない! だって、あなたは女の子なのよ? ひとり旅なんて危険すぎるわ!」

「ごめ…なさ……ごめんさい……っ。わたし、勝手なことを言ってる。母さんたちの

気持ちも考えないで……。残されるほうがどんなに辛いかわかってるのに……っ」


 大きく目を見開いたセリアは、沈痛な面持ちで声をしぼり出した。

 しかし、母はとっさに否定した。


「違うわ!」


 苦渋に満ちた顔で、続けた。


「違うのよ、セリア……。勝手なのは私のほう。私だって心のどこかでは理解しているのよ。お父さんと同じように、しっかりとあなたが信じる道を進めるように背を押してあげないといけないって。けれど、あなたの別れは唐突過ぎて、理性が追いついていかないのよ。だってそうでしょ? 早すぎるわ……」


 思いの丈を吐き出した母は、それで少し落ち着いたのか、表情を和らげた。


「でも、私もちゃんと手放さないとね。だって、セリアが初めて私たちにわがままを言ったんだもの。あなたはいつもいい子で……手の掛からない子だったから。そんなあなたのお願いを叶えてあげたいって今は思う……思うようにしたの。それが、永遠の別れに繋がっていてもね」

「いい、の……?」


 セリアは声を震わせた。信じられないといった面持ちで、母を凝視する。

 そんなセリアを母は、やさしく見つめ返した。


「――セリア、私たちの大切な娘。それだけは消えない。たとえ会えなくとも私もお父さんもあなたのことをいつだって想ってる。それだけは忘れないで。もし恩人さんに会えなかったら、辛く苦しい旅になるようだったならすぐに帰ってきなさい。どれほど月日が経とうともここはあなたの家よ。私たちはいつでもあなたを迎え入れるから」

「かあ……さん……」


 母の深い想いに心を打たれセリアは、泣きそうになった。それでもなんとか必死に笑顔を作ろうとする。

 静かに立ち上がった母親は、セリアの頬に触れた。


「痛かったでしょ? ごめんね」

「ううん……」

「うそばっか。少し腫れているじゃない」


 くすりと笑った母親は、くしゃりと顔を歪め、耐えきれなくなったようにセリアをきつく抱きしめた。


「まだまだ小さい子供だとばかり思ってた。こんなに早く手放すことになるなんて思わなかったわ……。手放すのはあなたが嫁ぐときだと思っていたのに。……ディアにもちゃんとお別れを言うのよ? だれよりもあなたと親しかったんですもの。あの子も悲しむわ」

「うん……」


 セリアの頭の中にはここでの記憶がちゃんとあった。

 きっと神さまがここで生きていくセリアのために記憶を授けてくださったのだろう。その中でディアの存在は家族と同じくらい大きかった。

 実際にこの世界が出来たのは数日前のことだったというのに、そんなことを感じさせないくらい発展していた。朝があり、昼があり、そして夜がある。ほとんどは労働階級の人で、天なる地のように何もせず甘い蜜を吸っている者はいなかった。

 教会が人々の生活を見守り、諍い事が起こったら解決するのは神父の役目だった。

 いくつもの町や村があり、この広く平和な地で創造主バラッドを信仰しながら民は生活していたのだ。

 セリアが望んだ世界が今ある。階級によって縛られることのない自由な世界が。


(ありがとう、父さん、母さん。わたし、進むわ。きっと……ううん、絶対、忘れられた地にたどり着いて見せる)

 

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