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   その二

 賑やかな中で育ってきたディアは、どこか引っ込み思案のセリアと違って行動的だ。

 ディアは腰に巻き付けた紐の先に垂れる枝を手に取った。半分ほど白くなった枝を見つめたディアは声を弾ませた。


「まだ半分を少し過ぎたくらいだから、昼になるまで時間があるね!」


 ディアが持っているのは、(とき)を知らせてくれる(とき)()げの枝だ。

 この世界の住人なら必ず一本は腰に下げて持っていた。

 時告げの枝がなる木は、村や町ごとに一本ずつ根を生やしていて、時告げの枝に困ることはなかった。

 日の出とともに人差し指ほどの枝は白く発光し、徐々に色が尖端に向かって染まっていく。

 そして、太陽が頭上にいただく頃になると今度は、赤みがかった黄色に染まっていき、日が沈むと藍色になる。太陽の代わりに月が頂点に達すると灰色となっていくのだ。そしてまた朝になると白く発光する。

 セリアたちは、この時告げの枝が白くなっているときを『朝』と呼び、赤みがかった黄色になったときを『昼』、そして藍色のときは『夜』、灰色のときは『(ふか)(やみ)』と分けていた。


「セリアってば、時告げの枝忘れちゃったの~?」


 セリアの腰になにもついてないのに気づいたディアは首を傾げた。


「うん、急いでたから……」


 ほんとは時告げの枝のことをすっかり失念していたのだ。

 実物をみなければ思い出さなかっただろう。

 今日はどうやら物忘れが多い日のようだ。


「ま、そういうときもあるよね。さっ、じゃあ行くよ!」


 たいして気にすることもなくあっさりと同意したディアは、元気よく走り出した。


「ちょ、ちょっとはや……っ」


 ディアの速度についていけないセリアはどうしてもひっぱられる形になる。何度も転びそうになりながら必死にディアの速度に合わせた。

 緩やかな丘を下れば、華やかなバーンの町が見えてくる。

 煉瓦造りの家が並ぶ町は、いつでも活気がある。

 セリアの暮らすバーンの町は、半分を緩やかに連なる丘に囲まれていた。もう半分は平原が続き、その奥には山々がそびえ立っていた。山から流れる川があるため、水にも食糧にも困ることのない恵まれた町だ。

 そのため、大きな市が毎朝開かれ、屋台が並んだ大通りは、周辺の町や村からやって来た者たちで賑わっていた。

 今の時間帯は早朝に比べれば少ないが、まだ人の出入りは激しかった。荷物を抱えた人たちが乗合馬車を争うように取り合っていた。

 セリアは、彼らにぶつかりそうになりながら、複雑に入り組んだ馬車道を迷うことなく進んでいくディアを必死に追いかけた。


「わ…、たし、…はぁ……噴水のとこ……っはぁ……待っ、てる……」


 目的地に到着すると、息も絶え絶えに中央で美しい水芸を披露している噴水を指さした。

 白亜の像は、霊鳥バーサスをかたどり、大きく広げた翼が今にも飛び立ちそうなほど精巧に造られていた。その背から勢いよく舞い上がる水は、まるでバーサスの力強さを現しているかのように雄々しく、きらびやかだった。

 町の名物でもあり、豊かさを象徴する噴水には多くの観光客も集まり、待ち合わせの場所としてもよく使われていた。


「そ? セリアってば体力ないんだから~。んじゃ、行ってくるね!」


 ディアは軽く頷くと角に建つ、雑貨類の売られている可愛らしい店に入っていった。

 セリアは呼吸を落ち着かせてから噴水に向かって歩き始めた。噴水のある広場には屋台がちらほらと並び、食欲をそそる香りが風に乗って漂ってきた。

 セリアの容姿を見て奇異な目を向ける者もいたが、そういう者はたいていほかの町から来た者だろう。この町の者ならセリアを知らない者はいないのだから。 色が違うセリアのことを仲間はずれにするでもなく、特別視するでもなく、ただ普通に受け入れてくれる町の人々の存在は有り難かった。


「退け、退け――ッ!」


 だれかが叫んだ。

 その声に反応するかのように悲鳴があちこちから上がり、周りから人の波が引いていく。

 ぼんやりと考え事をしていたセリアが、視界に入る馬に気づいたときはもう遅かった。振り上げられた前足が大きく見開かれた金の双眸に映し出される。

 蹴られる!

 そう息を呑んだとき、体が強く押され、冷たい地面に倒されていた。


「手荒な真似をしてすまなかったな。大丈夫か?」


 どうやら彼がセリアを突き飛ばして助けてくれたらしい。

 興奮した馬はほかのだれかがなだめているようだった。

 痛みにほんの少し眉を寄せながら顔を上げたセリアは、一瞬眩しげに目を細めた。逆光の中、黒い髪を捉えたセリアの胸が大きく鼓動をたてた。


「ぁ……」


 セリアの目が大きく見開かれる。

 漆黒の──。

 霞がかった脳裏に、だれかの姿が思い浮かぶが、すぐに底へと沈んでいく。


「なんだ、セリアか。気をつけな」


 柔和な顔立ちの男はセリアのことを知っていたようで、気軽な仕草でセリアの頭を撫でると去っていった。

 けれど、セリアはその場にうずくまり呆然としていた。

 馬の持ち主が謝ってくるが、それに応える力もなかった。


(わたし、だれを重ねたの……?)


 一瞬の出来事が、鮮烈にセリアの心に残っていた。


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