その八
「さて、幼子よ、我に何を望む? 望みがあって我を起こしたのであろう」
子供らしい高めの声。
けれど口調は重々しく、威厳があった。
子供と侮りがたい雰囲気に圧されて、慌てて平伏したセリアは、乾いた口の中を潤すように唾を飲み込んだ。緊張に心臓の鼓動を速めながら、言葉をゆっくりと紡いだ。
「わたしは住んでいた世界を破壊してしまいました。けれど、新しく世界をつくりたいんです」
「……なるほど」
セリアを見据えたあと、思案深く目を閉じた子供は、わずかに時間をおいてからすっと瞼を開けた。深淵を宿す黄金の双眸が、優雅に弧を描く。
「彼の君にいいように操作されたか」
くくっと愉しげに笑った子供は、顔を上げよと命じた。促されるまま面を上げたセリアの表情は強ばっていた。
「そなたの過去を見せてもらった。確かに我が力を持ってすれば、世界の構築など容易いこと」
「! 本当ですか!」
「だが、我は本来人の世に関知はせぬ」
「……神さまは救ってくれる存在ではないんですか?」
「ふむ、異な事を。そなたが身に染みてわかっているはずであろう。我が眠っていようといまいと世界は動き、誕生と終焉が繰り返される。ただそれだけのこと。そなたたちは『神』という存在に救いを求めるが、我が役目は永劫変わらぬ。ただ生きている者たちを見守ることだけだ」
「見守るだけ……? でも、だって……神さまがつくった世界を神さまが壊したって……」
それでは理に合わない。
「そう。ただ一度――あまりに愚かな人間の振る舞いを憂い、すべてを消滅させた。そして〈鍵〉に世界を託し、我は眠りに就いた」
「なぜ?」
「そなたは質問ばかりだな」
「ぁ……」
セリアはかぁっと頬を赤らめた。
「まあ、よい。飽いたのだ。繰り返される蛮行に。我と違う〈鍵〉ならば、違う世界を創れると思っていた……だが、結局は変わらぬか。所詮、人よ……。そなたは、どのような世界を望む? グルグリッドに見せてもらったのであろう。過去に在った世界を」
「はい……」
セリアはゆっくりと口を開いた。
「わたしは……わたしは、父さんと母さんがいて……朝があって夜がある世界……常世の地のような世界をつくりたいです」
子供が眉を上げた。
「それだけか? 世界の覇者となれるぞ」
「いいえ! そんな……そんなたいそうな望みは抱きません。わたしはただあのイ=バールに住んでいた人たちが幸せに暮らしている姿がみたいだけ。わたしが殺してしまった命を、新たな世界で新しい人生を送らせてあげたいんです。奴隷も支配者もいない、助け合って笑い合って……そんな世界がいいの」
それはセリアがずっと心の片隅に思い描いていたことだ。
最初はイ=バールを再び戻そうかとも思ったが、それでは腐敗の地の住人が不幸のままであった。
だからこそセリアはちょうど中間である常世の地を望んだのだ。
幸せに見える度合でいえば、遙かに天なる地のような世界が相応しかったのかもしれないが、グルグリッドの円鏡でみた天なる地のような世界はどれも楽しそうではなかった。安穏とした生活をそのまま享受している彼らは、やることも見いだせずどこかつまらなそうにみえたのだ。
けれど、円鏡に映った常世の地や働いている者たちの姿を見たとき、セリアは晴れやかな顔に視線を奪われてのだ。
義務的に仕事をこにしていた清き民とはまた違った表情。己の仕事に誇りを持っているかのような姿に強く惹かれたのだ。
「ふむ、よいだろう。特別にそなたの願いを叶えよう」
「! ありがとうございます!」
パッと華やいだセリア表情が、神の次の台詞で少し沈んだ。
「そなたも新しく人生をやり直すとよい」
「新しく……?」
「家族のそばにいたいのであろう?」
不思議そうな顔で彼が訊ねた。
「は、い……」
返すセリアは、なんとなく歯切れが悪かった。
それはずっとセリアが望んでいたこと。ここは喜ぶべきところなのに……。
グルグリッドやウィズ、ロウ……それにあの青年とも別れなければならないのだろうか。
ふっと青年の悲しげな顔を思い出した。
『我が君、やはり貴女も私から離れてゆくのですね』
その言葉をどこで聞いたのだろうか。ぐるぐると思い出していくうちに、意識が混濁としていく。
「ま……って」
神さまに、まだ言わなければならないことがある。
まだ訊きたいことがあるのだ。
しかし無情にも意識は沈んでいった。




