その七
そこは、水晶でつくられた空間であった。光り苔らしき仄かな緑色が、大きな水晶に反射してまるで緑の園にいる気分にさせた。
「この先に神がおります」
空間を移動した青年は、セリアを恭しく下ろすと、奥へと続く穴を指し示した。
「でもわたし、起こし方を知らないわ」
「いいえ、〈鍵〉である貴女は知っているはずです。その方法を。よく考えるのです」
青年に促され、奥へ向かって進み始めたセリアだったが、青年がついてこないのに気づくと後ろを振り返った。
「一緒に、来ないの……?」
「私の役目はここまでです」
青年は優雅に腰を曲げた。
青年がじっとセリアを見つめる。まるでセリアの姿を記憶に留めておくかのように……。
「すぐ、戻ってくるわ」
努めて明るく言うセリアに、青年が苦笑した。
「お忘れですか? 貴女の望みを……」
「!」
そうだ。
神を起こそうとしていたのはグルグリッドのためでもあったが、自分も願いを叶えてもらうためだったのだ。
すっかり失念していたセリアは、思い出させてくれた青年に感謝した。
「わたしの願い……」
ああ、そうだ。
叶えてもらうのだ。
自分が望む世界を。
けれど、とセリアは青年を見つめた。青年は笑みを浮かべていたが、どこか悲しげに見えた。
「さあ、お行きなさい」
躊躇するセリアを察してか、青年が促す。
「行って、きます……」
後ろ髪引かれる思いで歩き出したセリアは、だからそのとき呟いた青年の言葉は耳に入らなかった。
「やはり貴女も離れてゆく……、けれどこれは私の望んだこと……」
セリアが大きな水晶を避けながら進んでいくと、白金の輝きに満ちた場所があった。どうやらそこで終わりのようで、セリアは戸惑った。
(神さまはどこ……?)
人らしき影はない。これでは神を起こすどころではなかった。
周囲に視線を巡らせていたセリアの目が引き寄せられるように、白亜の壁に定まった。何の変哲もない壁だ。周囲は白亜の壁で覆われているから、どこもおかしなところはなかったというのに、その一画だけがどうにも気になった。
興味をそそられるまま足を向けたセリアは、その壁の前に立った。
神が眠っているという空洞は大きく、天井が高い。上のほうは暗がりで、どこまで続いているのかわからなかった。
セリアはゆっくりと壁に触れた。
「冷たい……」
青年の手のような冷たさだと思った。
先ほどまでそばにいた青年を恋しく思いながら、すっと体を預ける。
「わたしの、望み……」
そんなに大きな声ではなかったというのに、反響して響き渡った。
それは心地の良い感動だった。自分の声が崇高なまでの美しさをまとっているかのようで、胸の奥がジンッと痺れた。
そのとき、セリアが触れている壁が突然発光し始めた。音を立てて壁が崩れ落ちる。
とっさに後ろに下がろうとしたセリアだったが、ひっくり返ってしまった。壁が落ちてくると思って目をぎゅっと瞑ったが、衝撃はいくら待ってもやってこなかった。
「――汝、望む者か?」
水の中で喋っているような、そんな不思議な声音がセリアの耳に届いた。ゆっくりと目を開けると、発光体が浮かんでいた。
驚いてそれを見つめていると、発光体が動いた。角のように尖った外側が、波打つようにゆっくりと移動していく。
「そなたが新しき〈鍵〉であるならば、望みを叶えよう」
「ぁ……もしかして、神さま、ですか?」
「さよう」
セリアは目を疑った。
てっきり人型だと思っていた神さまが、球体だったとは……。
そんな戸惑いを察してか、発光体が変化し始める。
「うーむ。まだ目覚めたばかりだから、加減ができぬわい」
ふわぁっと人間くさい欠伸を漏らし、うーんと腕を伸ばしたのは、たいそう美しい子供であった。
地面まで伸びた白金の髪と白皙の顔は、幼いながらも逆らいがたい雰囲気を持っていた。真っ白な布をまとい、セリアと同じ黄金の双眸を持った子供は、性別を超越した色があった。




