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   その五

「それはそうといいザマざんすねぇ、ロウ」


 泥だらけのロウを見下ろしたウィズは、嗤った。


「姐さん、助けてよォ~」


 先ほどまでの強気な態度はどこへやら、一転して形勢が不利となると、ロウはなりふり構わず懇願した。


「生かすも殺すも姫さん次第でやんす」


 眉を下げ、憐れっぽく助けを乞うロウを一瞥したウィズは、セリアに言った。

 セリアはロウを見下ろした。

 だが、ロウはセリアと視線が合うとふんっとそっぽを向いてしまった。セリアに救ってもらう気はないのだろう。


「ウィズの知り合いなの?」

「同じ一族の者でやんす。昔から何かとわちしに突っかかってきたでやんす」


 困ったように視線を揺らしたウィズは、まるで出来の悪い弟を見るような視線をロウにやった。


「あんなことされてもウィズは怒ってないの?」


 セリアが訊くとウィズはおかしそうに笑った。


「あんなことはわちしの育ったところでは日常茶飯事ざんす。首を落とさなければ死ぬことはないでやんすから、一種の遊び感覚ざんす。わちしも油断してなかったら、ロウごときにやられなかったでやんすが、どうも駄目ざんすね。まだ感覚が戻ってないでやんす」


 眉を寄せたもどかしげに嘆息したウィズは、けれど、と続けた。


「姫さんにした暴挙は許せないざんす。そっちの(ヴァ)(ーヌ)にした仕打ちの仇もとりたいっていうなら、思う存分懲らしめるでやんす」


 ウィズにはロウを庇うつもりはないようであった。

 それを聞いていたらしいロウの顔がわずかに曇る。まるで大好きな母親に突き放されたような頼りない顔に、セリアは思わず彼のそばに膝を突いていた。


「わたしはセリア」


 そう名乗った瞬間、ウィズがひゅっと息を呑み、慌てだした。


「ひ、姫さんっ」

「わかってる。真名ってどんなけ大切か。でもね、ウィズ。大切なときはちゃんと名乗らなきゃ。相手に信用してもらいたいなら、ちゃんと自分を知ってもらわなきゃ駄目だと思うの」


 ウィズに向かってそう言ったセリアは、驚いているロウに視線を移した。


「わたしは〈鍵〉だけど、ちゃんと名前があるのよ。大好きな母さんと父さんからもらった大事な名前……。ここではあんまり呼ばれないから自分の名前をときどき忘れそうになる」

「あはっ、ばっかだネ~、お前。オレが悪用したらどうするの。無知もここまでくると醜悪」

「でも、あなたはそうしないと思う。……そんな気がするの。だってあなた、ウィズが好きでしょ? わたしもやさしくてお姉さんみたいなウィズのことが大好きだから」


 ウィズに聞こえないよう小声で明かすと、ロウの青白い顔が見る間に狼狽した。


「な……おまっ」


 しかしすぐに平静を取り戻したようで、むすっとした顔で何事かを呟いた。


「え?」


 セリアが問い返すと、ロウが怒鳴るように言った。


「ローウェルだ!」

「ローウェル……?」


 呟いた瞬間、あたたかい光が胸の中に入り込み、すぅっと全身に広がって溶け消えた。とくん、となる鼓動が少し、速く、強くなったようだったが、すぐに正常に戻った。


「ロウ!」


 セリアが不思議な感覚にぼんやりとしていると、ウィズが悲鳴をあげた。


「真名を捧げたでやんすかっ」

「真名……?」


 ロウを見つめると、彼はものすごく不機嫌そう顔で言い放った。


「ありがたく思ってよネ。たかだか〈鍵〉にこのオレの真名を教えてやったんだから。普段はロウと呼びなよ。真名を呼んでいいのは緊急時だけだし」


 パッと愛らしい笑みを浮かべたセリアは何度も頷いた。

 そばでウィズが空を仰ぎため息を吐いていたが、真名の交換であれば悪用されることはないと思い当たってか、すぐさま顔色を明るくさせた。


「それでロウの処罰はどうするでやんす?」

「ちょっ、姐さん! 真名を預けたんだからいいジャン」

「それとこれとは別ざんす。だいたい、主殿が黙っていると思ってるでやんすか?


 姫さんが許しても主殿は許さないざんす」

 すねたように唇を尖らせたロウをじっと見つめたセリアは、考えるように小首を傾げた。


「わたし……」

「大丈夫ざんす。この際だからきつく叱るざんす」


 ウィズの顔は楽しげだ。

 いくら死なないとはいえ、不意打ちの攻撃に加えて、セリアに対する心ない仕打ちはよほど腹に据えかねているようだった。


「でもね、ウィズ……わたし、望まないわ……なにも望まない。ほんとはね、泥人さんを殺したの許せないけど、ロウが泥人さんたちに謝って、もう二度と泥人さんたちに悪さをしないって誓ってくれればそれでいい」


 セリアは別にロウを痛めつけたいのではないのだ。

 視線を泥人に移したセリアは、問いかけた。


「泥人さんは? 泥人さんはどうする?」


 セリアは酷いことをしたくないけれど、きっと泥人はロウを憎んでいるかもしれない。

 ロウを殺せと言ったら自分はどうすればいいだろう。せっかく仲良くなったロウを殺したくない思いもあるが、泥人の怒りも最もである。

 しかし。


「シタガウ」


 つまり、セリアの意見に従うということなのだろう。彼らには仲間を失った悲しみの色も怒りの色もなかった。ただセリアの命令を待っていたのだ。

 土からまた生まれることを知っている彼らにとって、そう死は重要ではないのかもしれない、と感慨深くセリアは思った。


「泥人が喋ったでやんすっ!」

「あの木偶の坊どもが!?」


 驚愕するウィズとロウ。

 それもそうだろう。知能のない泥人が口も利けないのは周知の事実であった。

 親しげな様子のセリアと泥人を交互に見つめていたロウは唸ると、ちょうどロウへと視線を移したセリアに向かって言った。


「アァッ、もうっ! 誓うよ、誓う。もう二度と殺さない。それと、今までごめんなさい。これでいい? ……っていうか、ホント意味わかんない。なんなの、コレってサ。天変地異の前触れ?」

「謝るなら素直に謝るざんすっ」


 ウィズの拳骨が容赦なくロウの頭に落ちると、ロウが大げさに悲鳴をあげた。

 くすくすと笑ったセリアは、ロウがちゃんと誓ってくれたことを嬉しく思った。もうこれで泥人の命が脅かされることはないのだ。


「カワッタ、ミンナ、カワッタ、アナタノオカゲ」


 セリアのそばにいた泥人がそう話しかけてきた。

 セリアは泥人を見上げると、ちょっと考え込むように小首を傾げた。


「わたしはなにもしてないけど、もし変わったなら、それはあなたたちの力よ。あなたたちが望んだから、光が叶えてくれたのかもしれない。きっとそうよ。……あのね、楽しいこと、悲しいこと、いっぱい感じてね。だって、今のあなたたちには感情があるんだもん。自由に動いて、しゃべっていいのよ。もう、意志のない人形じゃない。ちゃんと生きてるんだから」


 セリアがそう言うと、静かだった泥人がとたん歓声を上げた。

 その声はとてもいいとはいえず、聞くに堪えがたい不協和音が鳴り響いたが、嬉しいという雰囲気は肌で感じられた。

 地を揺らしながら駆けていく泥人たち。

 最後に残った泥人は、セリアに最初に話しかけてくれた泥人であった。


「ワスレナイ、アナタ、オンジン」

「うん。わたしも忘れない」


 セリアの胸にふわっとあたたかいものがこみ上げてきた。

 これから、彼らはどう生きていくのだろう。

 意志を持ち、心を宿した彼らはきっと人間のように村をつくり、子孫を増やしていくのかもしれない。

 彼らの行く末に思いをはせたセリアは、柔らかな笑みを浮かべた。

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