その四
「ほんとはね、ほんとはオイラ〈鍵〉に関わっちゃいけないんだ」
「どうして?」
「オイラは虚無の番人だから。名を持たぬ君と違って〈鍵〉とふれ合うことは禁じられてんの」
動く絵を見つめるグルグリッドの顔から笑顔が消えた。
「でもさ、なんだかさ、限界っていうか。バティ=ラグさまがいらっしゃらない世界はちっとも輝いてない。オイラはずっとこのときを待ってたのかもしれない。バティ=ラグさまを目覚めさせてくれる救世主を」
グルグリッドはセリアに視線を移すと、じっと見つめた。
「オイラは〈鍵〉であるアンタを利用する。自分の望みを叶えるために」
「……」
黙り込んだセリアは、考えるように目線を下に落とした。
しばらく経ってから、グルグリッドと目を合わせたセリアは、ゆっくりと首を振った。
「違う。利用じゃない。神さまを眠りから覚ますのはわたしの願いでもあるから。リンリンとわたしの望みが同じなだけ」
セリアが否定した刹那、暗く沈んでいたグルグリッドの顔がパッと輝いた。
「ありがとうっ」
グルグリッドの笑顔につれられるように微笑んだセリアは、すっと視線を動かした。その先には、円の中で生き生きと動く人間たちの姿があった。
いったい、どうなっているのだろうと興味津々に見つめていると、気づいたグルグリッドが説明した。
「あれは去時視鏡。過去に実際に起きた出来事をああやって円鏡の中に映し出してるのさ。ふふん。この力は虚無の番人だけの特権ってやつ。オイラは自由に過去を視ることができるのさ」
「過去……」
セリアは食い入るように円を見つめた。
そんなセリアを一瞥し頭の後ろで腕を組んだグルグリッドは、ふわりと浮かび上がった。
「〈鍵〉が創って、新しい〈鍵〉に壊された世界……。人間ってさ、ほんっと愚か。たった一つの世界にも満足しないんだから。小さな土地を奪い合い、命を粗末にして、バティ=ラグさまのお創りになった世界を破壊していく……」
「……」
「〈鍵〉はいろんな世界を創ったよ。〈鍵〉が世界を支配したり、争いのない平和な世界を創ったり……。けどね、次の〈鍵〉は満足しないのさ。生きてきた世界と真逆な世界を創って……世界は繰り返されていくんだ」
グルグリッドの話を聞きながら、セリアは円から円へと目を動かした。
天なる地のように、輝きに満ちた世界を謳歌し笑い合っていた人々が、いつしか堕落した人間へと成りはて、無気力になっていく世界。
領土を巡って権力者たちが争い、屍が山のように積まれていく、残酷で正視に耐えない世界。
ひとりが世界を統治し、民に恐怖を強いる暗黒の世界。
ほかにもさまざまな世界があった。
けれどその最期は決して幸せとはいえない。
いや、幸せではないから〈鍵〉が生まれるのだろう。世界を変えたいと願って。
「アンタは、どんな世界を望む?」
グルグリッドが頭上から静かに問いかけた。
「わたしは……わからない」
ゆるく首を振ったセリアは悲しげに睫を伏せた。
自由を望んで壊した世界。
その自由を手にした今、さらなる望みは……。
「わたしはただ父さんがいて母さんがいて……そんなときに戻りたかっただけ」
けれど、腐敗の地の暮らしは決して楽ではない。
もう一度あの地で暮らせと命じられても躊躇するだろう。
新しい世界の構築など考えたこともなかった。ただ失った世界を戻したかっただけだ。
(でも、もし新しい世界を創れるなら、わたしは……)
どんな世界を望むのだろう。
セリアは目の前に広がる無数の円鏡を黙って見つめたのだった。




