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エコーズとマンティコア

さて、ブギーポップの譬喩についてはこれまでにして、本作の要であるエコーズとマンティコアについて次からは分析していきたいと思います。


まず基本的に、宇宙人の役割について考えてみましょう。え、宇宙人に役割なんかあるの? と意味不明な指示に疑問を覚える読者も多いでしょうが、つまり宇宙人というのは、いかなる創作であれ(よほど和平的なものを除けば)いつだって敵として描かれるものです。エコーズだってそうです。彼は結果的に地球を救いましたが、もしもこの作品に紙木城直子がいなかったら……間違いなく、エコーズは地球を滅ぼしていましたね。そういう、綱渡りな危うさが魅力的な物語でしたが、さて。


歴史をひもといてみると、社会体制という形で時代がわかりやすくも動く時は、いつだって必ず外敵の存在があります。サブカルでも定番ですが、モノトナスな日常のルーチンを繰り返すうちに、たとえば地球の攪拌作用中に生命の根源たるアミノ酸がなにかの間違いでふって湧いたように、異常事態は唐突に起こります。いきなり外から、やって来るものです。


日本史でいえば、弥生時代の合戦が皮切りでしょうか。「渡来人」という、眼に見えてわかりやすい「外」がやって来た時に、なまじっか稲作なんてものを教えてしまったばっかりに、日本中で米をめぐった争いが起きてしまうわけです。原始的な狩猟採集生活(=第一ステージ)は、収奪の段階(=第二ステージ)へ進歩しました。


蘇我物部戦争あたりも、まさにそうでしょう。神道という八百万の神思想であった日本に、538年だか552年のことだかは特定できませんが仏教が伝わってきた際に、時の最高権力者同士で是非を争うわけでした。それを引きずったのが大化の改新であるといえ、この場合は年度に隔たりがあるものの、天竺国という「外」を意識したからこそ起こった政変とそれはいえそうです。


建武の新政はどうでしょうか。直前に起こったのは、やはり元寇という、わかりやすい「外」からの侵略の手でした。同様に、明治維新は――これも、黒船を契機とした、「外」への恐懼で動いたものでした。


政治体制ないし国家体制という第二ステージの規範が大きく変わる時は、きまって「外」というものがコヒーレントに関わってくるものなのです。ひるがえって、外が無い世界というのは……進歩の頭打ちをくらいますね。ゆえに現代という、対蹠点にいても手が届きそうに思えてくるインタラクティヴな世界というものは、娯楽としての語り草や無聊の慰み以上に宇宙人を欲しているのだと私は思います。たとえばステルス戦闘機の技術的な面も含めてでしょうが、宇宙人がいないと――吉崎観音の『ケロロ軍曹』のような覿面な異星人が侵略しに来てくれないと、我々は……もとい、第二ステージは変われないのです。


その意味で、上遠野浩平がエコーズを宇宙人のように設定したのは、まことに寓意的といえます。してみると、マンティコアというイミテーションは人造であるわけですから、フランケンシュタイン・コンプレックス――人は己が作りしものに殺されるという矛盾――の構図を見事に描いているといえます。第二ステージの世界において、論理や規律というものは人が生み出し、その論理や規律というものが暴走する形で人を殺すのです。どこかの機関が作ったというマンティコアが人を殺すのも、なるほどむべなるかなといったところです。


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