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飛翔というテーマ

しかし、たとえ四十五分経ったからといって、ジョヴァンニがカムパネルラの死を受け入れずに駆け出したように、裕一も――夏目に殴られながらではありますが――里香の許へと翔けつけたのです。空を翔けたのです。半分の月がのぼる、シリウスまたたく宵の空を。


創作における飛翔というテーマは、私は第三ステージにこそふさわしいと思うのです。飛翔のエティモロジーを無理矢理にでももとめれば、それはギリシア神話のイカロスの翼です。迷宮から脱出するために、彼は空を翔けたのです。その結果、飛ぼうとする者は墜ちるのです。夏目医師という形で自作の中で現れた橋本紡は、まさに飛翔の危険性を、第四ステージ的な見地から語っているわけですが、第三ステージのもとめる美しさ――とりもなおさず、裕一が里香にもとめるもの、里香が裕一にもとめるものの美しさ――も知り尽くしている作家なのです。知ってなお、それは危険だという意味で彼は書かざるをえなかったのです。飯田一史というカルチャーライターは、まさに自分が思想書を耽読していた時期に世に出されたこの本を読んで、いたく感動したのだと、文春文庫版の解説に書いています。


堀辰雄の原作で、宮崎駿がアニメーション化した『風立ちぬ』という作品がありますね? 飛翔とはそういうものなのです。イカロスが迷宮を脱出するのも、ライト兄弟が飛行に挑戦するのも、同じ風に包まれる危険性が等分にあったのです。飛翔や浮遊の感覚とは、絶対に、「四十五分たちましたから」諦めるような時代には、もっといえば、心臓に重い病を抱えたから、現代の医学ではどうしようもないからすっぱり命を諦めなければならない時代には、医療ドラマのような奇跡を期待してはいけない高度に電算化された時代には決して理解されない感覚なのです。現に里香の母は、危険を顧みず飛んできた裕一を許容できなかったように。


『風立ちぬ』で声を当てた庵野秀明の監督作品『新世紀ヱヴァンゲリオン』のOPソング『残酷な天使のテーゼ』は、まさに翼を生やした少年が、いずれアウェアネスな気づきへといたるであろうという隠喩を歌っているものなのです。第三ステージとは、飛ぶものであり、渡るものであり――神話となる架け橋なのであり――そうしていずれ、それらを乗り越えて第四ステージへといたるものなのだという、そういう例を事細かに描き出しているのがこの『半分の月がのぼる空』なのです。月が満月ではなく半分なのは、第三ステージの世界が完結なのではなく、未成熟ゆえにです。作者は内的世界に関する知識人と呼ばれる第三ステージの若者たちへ向けて――具体的には、飯田一史のようだったルサンチマンと呼ばれる人たちへ向けて――この小説を書き著したのだと、そう思いました。


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