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セラードという第三ステージ

さて、次に第三ステージの人物を探っていきましょう……と言っても、本作において第三ステージは、たった一人の人物をおいて他にありませんね。そう、セラードが第三ステージですね。


私のこれまでの書き方から、第三ステージというのは創作の主人公を言っているのではないかと想像された方もいるかもしれません。もちろん、そういう意味で大体あっているのですが……ところで現実の世界でいう第三ステージがどういう人達なのかというと、それはあまりに多くの本を読みすぎてしまった人たちのことなのです。本を読まない人の目線から言うならば、本の虫です。そういう人達が第三ステージに該当するのです。創作者というのはいずれも夥しい量の本を積み重ねてきた人たちです。ゆえに彼らが、自作の主人公に自らをかずけるのは当然といえ、かてて加えて現実的には困難な思想までもその主人公に付与することができるのであれば、それは第三ステージを支える柱の根方にもなります。第三ステージの主人公が多く見受けられるのはそのためです。


しかし『バッカーノ!』は違います。作者はすべてのステージを――もちろん作者なりの世界の見方で――表しているのです。ゆえに主人公が、画一や見解の一致を望む第三ステージの徒であったり、行動家としてのアンガージュマン気質であったりすると、それは作者の思想と食い違うのです。その際、世界全部を記述するにあたって第三ステージを配置するのに最も格好なポジションは、悪役なのです。セラードという不死の老人は、厭世気味な性格もあいまってまさにうってつけです。


おまけにセラードは、知識を食べます。これはあきらかに、本を読む譬喩です。もっと言えば、その人を理解するということです。セラードは全知全能を欲していました。それは全ての人を理解するということでもあります。理解できないものを、理解できるよう考えろという、第三ステージの者が抱く「知」の拡大思想、その具現こそ、セラードという巨魁だったわけです。


セラードの下で不完全な不死であった老人たちは、みな第二ステージです。彼らの中にはエドワードの上司もいたように、欲望として不死が欲しい人たち、その単純な望みか彼らの行動事由だったわけですから、彼らは第三ステージではありません。ゆえにセラードは、世辞や追従だらけの彼らを見下すのです。


ひるがえって、バーンズという老人についてだけは、描写が多いせいもあってでしょうが、第三ステージの人間であるように読めました。彼がセラードに知識を吸われる際、「ままをまいにちなぐってたあいつ」と幼児言葉で何かを思い出しています。「あいつ」、とはおそらく父のことだったのでしょう。「なぐってた」とはDVですかね。つまりバーンズは、「父=第二ステージ」を倒すために、欲望ではなく信念に燃えてセラードに付き添っていたわけです。その結果燃えたのは、家屋の方でしたが。ゆえにセラードは、「素晴らしい!」という賛辞でもって彼の死に報いるのでした。


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