ヒトの事情は不可知
『ブギーポップは笑わない』において、もっとも多く反復されたのは、人の事情は人にはわからないという主題です。ゆえに群像劇風になっているのであり、早乙女正美の行動はミステリのように謎めいて見えるのです。
早乙女正美「この手で殺したかったんだ。わかるかな? この感覚」
新刻敬「わかるわけないでしょうが!」
正直シリアスなシーンであるのに、このやりとりを読んだ時は大いに吹き出しました。この小説において、作者・上遠野浩平はなにを書きたかったのか――? 違いますね。作者は、このたった二行が書きたさに、この複雑なコンプレックスだらけの小説を書いたわけなのです。神のみぞ知る世界を、書き表しえたのです。
橋本紡『半分の月がのぼる空』において、作者が夏目という形をとって裕一という第三ステージに干渉してきたように、上遠野浩平『ブギーポップは笑わない』でも、作者は竹田啓司という一人物として姿を現します。彼はブギーポップをサブカルチャー的なキャラクターとして消費の延長線上に見るのではなく(作中人物にとっては現実なのですから、当然なのですが)、専門的な精神医学書などを紐解いて、二重人格を理解しようと骨を折っています。そうしてブギーポップの言う危機とやらを、もちろん関知しない彼は、我がことのように危機を勝手に解釈するのです。
一読した読者から見れば、竹田の憶測は的外れなわけですが、それでいいのです。自らに与えられた情報だけで、知識だけで、眼前の不気味な泡が何なのかを判断する。この能力こそ、けだし無知の知といえるのです。




