月夜
少し予定を前倒しして投稿。
「久しぶりだね、千秋」
幼なじみの彼が突然この家に姿を現したのは、年の暮れの大掃除の最中だった。玄関のベルが鳴って、取り次ぎに出た私は、少なからず面食らってしまった。
小学校以来、数年ぶりに会った彼は、未だにその顔に当時の面影を留めていた。
「おかーさん! ちょっと来て! コータがうちに来た!」
階段をかけ降りる音と共に、片付けに奔走されていた母が彼を出迎えた。
「おばさん、お久しぶりです」
「よく来たねえ、コー君。何年ぶりかしらねえ……」
「十……いや、十一年ぐらい前でしょう。小学校卒業以来ですから……」
母は彼を居間に上げると、いそいそとお茶を淹れにキッチンに向かった。残された私は、懐かしさを胸いっぱいに抱えていた。
こたつに向かい合ってはいりながら、彼に語りかけた。
「ほんとに久しぶりだね……何で今年はこっちに帰省してきたの?」
「たまには家族で過ごす正月もいいかなと思って、ね……」
そう言うと彼は座椅子の背に深くもたれかかり、目線をぼんやりと上に向けた。
「そうそう、あれからの話、いろいろ教えてくれない?」
「あれから?」
「コータが中学受験受かってから!」
「あー……話か、誰かの面白いエピソードとかだろ? そうだなあ……」
丁度その時、母が急須と湯飲みを持って入ってきた。他愛もない話は尽きることなく続いた。
コータは、私の唯一無二といってもいい程の親友だった。親同士の付き合いから小学校に入る前に知り合い、家が近所だったこともあり、すぐに打ち解けた。入学式で緊張してガチガチになっていた私の手を握って、緊張をほぐしてくれたのはいい思い出だ。
コータは、みんなの人気者だった。成績もクラスで一二を争うほど良く、大概のスポーツならやりこなせる運動神経も持ち……そんな万能な彼が、ちやほやされないはずがない。でも彼は、どんなにちやほやされていても、幼なじみの私との仲だけは特別扱いしてくれた。
コータが私に特別な友達だと考えてくれていると気づいたのは、あることがきっかけだった。小四か小五の頃の事だ。とある日、私は高熱を出して家でダウンしていた。つまりこれは人から聞いた話になるが、その日、学校で一悶着あったそうだ。原因は私への嫌がらせ。簡単に経緯を言うと、数日前から誰かが私の下駄箱に落書きしたりといった、いかにも小学生らしいイタズラが私をターゲットに始まっていた。気弱な私は人に相談することさえできず、抱え込んでしまっていた。その日私が休んだことで火に油を注いでしまったらしく、だんだんとエスカレートしていくイタズラの主犯グループは、今度は私の悪口を堂々と言い出した。それに憤慨したのがコータだった。
「おい! お前ら何なの!? 千秋がいないところでしか何も言えない臆病者どもが! 俺の友達を悪く言うんなら、俺が許さねえからな!」
そう啖呵を切るコータからは、今まで見たことのないほどの威圧感があふれていたらしい。
そんな彼との特別な友情も、彼が東京の私立の中学校に入学することが決まると、あっけなく無くなってしまった。一人で寮生活を送る彼を訪ねる行動力も持ち合わせてないし、かといって携帯電話などという便利なものもまだ買ってもらってなかったため、必然的に連絡を取り合わなくなったのだ。
昔話に花が咲いて、時間は飛ぶように過ぎてしまった。気づくと、柱時計が正午を告げていた。彼は昼飯を食べると言って帰った。私は母に急かされて、かじかんだ手で窓を拭く作業に戻った。彼が言い残した「年が変わる少し前に、小学校の校門の前で待ってる」という約束を心にしっかりと抱きながら。
「遅いぞ、千秋」
夜十一時。なんとか母をごまかして家を飛び出し、一目散にコータと私の母校の小学校まで駆けてきた。着いた時、コータは門の柵に腰かけて、悠々と空を見上げていた。
「ねえ、なんで呼んだの? 確かなにか伝えたいことがあるって言ってたよね……?」
柵に登りながら問いかけると、落ち着いた調子でこう返ってきた。
「まあそんなに慌てなくてもいいじゃないか。いきなり本題に入るなんてことしないで、夜空でも見てよう」
月の光がコータの影を照らした。その姿は昼よりもずっと大人びているように感じた。
「うわあ…………すごい、綺麗な星」
柵の上から見上げた眺めは、例えばおびただしい数の発光ダイオードをちりばめたような、あるいは水晶に光が乱反射しているかのような。そんな陳腐な言葉じゃ言い表せないほど美しく、星々が一面に輝いていた。
「東京の、俺が住んでいるあたりじゃ、排気ガスだのスモッグだので絶対こんなに綺麗には見れないよ。この町の空は澄みきってていいな」
「私……この町にずっと住んでるけど、こんな星空見たことないかもしれない……」
「勿体ないなあ」
コータは呆れたような素振り。
「あ! 月……満月だ」
「……夏目漱石は、「I LOVE YOU」を「月が綺麗ですね」って訳したらしいよ」
「……え? 夏目漱石?」
突然話題を変えられて、少しまごついた。
「うん。日本人は奥ゆかしい性格だから、直接好きですなんて言わないっていうことらしいよ」
「……へえ」
しばらく星空を鑑賞していると、遠くから重厚な金属音が響いてきた。
「除夜の鐘が鳴り出したな……」
「……うん。もうすぐ新年だね……」
腕時計を確認すると、二十三時五十六分とあった。
しばらくの沈黙。今年一年のさまざまな出来事が、胸に飛来しては去っていった。
「……千秋」
「ん?」
「……月が、綺麗ですね」
本当に突然のことだった。私の思考が混乱して収集がつかなくなったのも、仕方ないことと思う。
「え? ……え? コータ、それ、冗談だよね? 本気……?」
「……本気だと言ったら?」
「つまり、えっと、……好きです、ってこと」
コータは腕時計を指差した。示していた時間は、一月一日午前零時。
「よかった、去年のうちに伝えることができた。それじゃ、改めて、明けましておめでとう」
次話は1月1日夜投稿予定です。




