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雪月花  作者: とりそぼろ
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舞雪

 夕闇に飲み込まれそうな街の中で、一斉に花火を打ち上げたかのように、イルミネーションが点灯した。赤白緑のイタリアンなカラーに染められた光の幻想は、聖なる夜にぴったりなイリュージョンとして輝く。普段は閑古鳥さえ鳴いている高級レストランは、たくさんのカップルや夫婦で大盛況だ。

「よくやるよなぁ、毎年……」

 俺はそう吐き捨てるように呟きながら、独り帰路を歩いていた。

「全く、みんな昨日まで仏教徒か神道の信者だっただろうが……今日と2月14日だけはクリスチャンになるってのか」

 この大通りは、この街で一番のデートスポットだ。それに今日はいわゆる「クリスマス・イブ」。周りの人間は皆、今日という特別な日を楽しんでいる男女ばかりで、憂鬱な気持ちなのは俺一人。

 ケーキ屋の甘い光景は嗅覚より視覚を刺激し、アメリカかぶれの鶏肉の店に群がる人々も、今日ばかりは夕食のおかずを買いに来たおばちゃんではなく、幸せそうな家族連れだ。

 それにしても、今日はやけに寒い。朝見た天気予報では大寒波到来と騒いでいたため、普段着ない厚手のコートを着てきたのはいいものの、風が切り裂くように冷たい。吐息で手を温めていると、何かひんやりしたものが首筋に触れた。

「……雪」

 空を見上げると、色とりどりのイルミネーションの中に、純白の粒が舞っていた。

「ホワイトクリスマス!」

 周りのカップルが一斉に騒ぎだした。

 あるところで誰かが、綺麗だね、と言った。こんな白一色の自然現象より、周りのカラフルなイルミネーションのほうが何倍も綺麗だろう。

 また他では、空からのサプライズプレゼントだ、とも聞こえた。随分とキザなセリフだが、残念ながら天気予報には堂々と曇り時々雪とあったのでちっともサプライズではない。

 内心苦笑しながら観察していると、明らかに辺りの雰囲気がよくなったのに気がついた。雪とはそんなにも、人の心を動かすものなのだろうか……。

「雪なんて……」

 冷たいだけだ。そう言いかけて、俯いた。

 とあるおもちゃ屋の前に着いた。店頭には売れ残りであろうゲームソフトが乱雑に置かれているワゴンがあり、大勢の子供が周りを取り囲んではしゃいでいた。俺は、ふと自分の子供の頃を思い出していた。

 思えば、俺にとってクリスマスとは、年越しの騒ぎのおまけみたいなものだった。

 医者である気難しい父とキャリアウーマンだった母の間に生まれ、幼い頃は共働きの両親に忙しくてクリスマスなんて祝ってられないとはねられた。父が小さいながらも自分の病院を建ててからは、母も会社を辞め、二人三脚で開業医の仕事に忙殺されていた。仕事に余裕が出てきてからは、今度は父のあとを継ぐため、勉学に励むうちに、いつしかクリスマスは過ぎ去っていた。

 その結果、中学の定期テストはほとんど学年一位、高校は県内で偏差値の一番高い進学校に入学することができ、今ではある国立大の医学部に籍を置いている。端からみれば、誰もが羨むようなエリートコースを歩んできたのだが……。

「考えてみれば、クリスマスプレゼントなんてもらったことないかもな……」

 でも、それを苦にしたことは一度もない。何故なら……

 ふと、俺の心をある暗い感情がよぎった。

「…………寂しい?」

 その時突然、まるで走馬灯のようにこの半生の思い出が脳裏に蘇ってきた。

 両親の高いプライドのために、いわゆる「庶民の子供達」と遊ぶことを許されず、独りため息をついた少年時代の放課後。クールな性格がかっこいいことだと勘違いし、ひたすら孤独な自分を演じた結果、最後には演技する必要のなくなった中学生活。毎日のように塾に通い、しまいには勉強の邪魔になるからと世間との関係を断ってまで、将来使わないであろう知識を詰め込んだ高三の冬……

「そうか……」

 最早この感情は抑えられるものではなかった。今まで自分を支え続けた「この生き方が正しい、自分が正しい」という虚栄心は、無意味なものとなった。

「俺は、寂しかったのか……」

 胸を締め付けられるような衝動が突き上げてきた。涙を抑えることはできなかった。物心ついてからは決して見せなかった涙を。

 慌てて路地裏に駆け込んだ。こんな心理状態でも見栄を張ろうとする自分に気がついて、苦々しく感じざるを得なかった。

 十分も経っただろうか、俺はコートに薄く積もった雪を払いのけ、なに食わぬ顔で大通りに出た。心の中では、友達と呼べる存在さえいないことの悲哀と将来に対する大きな失望でいっぱいだった。価値観というものは、ガラスのビンのようにちょっとしたきっかけですぐに粉々になってしまう、と痛感した。

 人の温もりが恋しくなって、急に走り出して、でも現実を思い知ってまた止まる、そんなことを繰り返しながら、ただ家を目指していた。家で、心行くまで泣きたかった。

 再び一心不乱に走りだすと、突然横から衝撃が加わった。思わず後ろに倒れた。

「あっ、スイマセン! 大丈夫ですか!?」

 起き上がった時、すぐに現状を把握できたのは、あたりが十字路の交差点だったのと、駆け寄った男性が随分と大きな荷物を抱えてたためだろう。おそらく、全力で走っていた俺は、横から来た俺と同年代のその男性に衝突した。

 そそくさと立ち上がり、急いでこの場を去ろうとすると、意外なことに、相手から声をかけられた。

「あれ? もしかして君って、うちの大学の人? 医学部の……?」

「……え?」

 俺は彼の顔をじっくりと見た。ふくよかで温厚そうなその顔は、確かにどこかで見覚えがあった。

「やっぱりそうだ! いつも一番後ろの端で講義を受けてる人でしょ?」

 驚いたことに、彼も俺と同じ大学の学部、同い年の学生だった。

 すると、彼は持っていた荷物の包装を解き、中から小さい袋を取り出した。それを、

「メリークリスマス!」

 という言葉と共に、俺に渡した。

「……これは?」

「今から僕ら、サークルとかの友達同士でクリスマスパーティーをするんだ。そんで、プレゼントとして大量にお菓子作ったんだけど、せっかく会ったんだからお裾分け。……もしかして、いらなかった?」

「いや、ありがとう」

 さりげなく口をついた一言に、自分のことながら驚いた。一時間前の俺だったら、絶対にこんなにもあっさりと感謝の言葉なんて出てこなかったに違いない。

「んー、そうだ! クリスマスパーティー、ついてくる?」

 朗らかな笑みと共に、彼は愉快な提案をしてくれた。

「え……? いいの?」

「もちろん! 実は君のこと、無口な気難しい人だと思ってて、誘いそびれていたんだ。でも、たまたまここで会って話してみたら、凄くいい人って分かったからね。人は見かけで判断しちゃ駄目だね……」

「ははは……。とにかく、ありがとう。行くよ」

 寂しさはすでに何処かへ飛んでいってしまった。俺は彼の後ろについて歩きながら、空に向かって微笑んで、そして呟いた。

「一人じゃないクリスマスって、いいもんだな……」

 降ってくる雪も、今はとても温かく感じた。

次話は12月31日の7時掲載予定。

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