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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第一章 紅い月が叫ぶ夜に
9/58

09

 彼は、死ぬのがこわくないと言った。むしろ、生きているのがこわいと言った。

 ――じゃあ、ぼくは?

「君は死にたいって思ったことはない?」

「さあ、記憶にある限りではないかな」

 今日の人形――ショートヘアーが似合う、小柄でかわいらしい女性だった――を壊し終え、そろそろ帰ろうかと思っていたときに、背後から聞こえた高めの声。その質問に、ぼくは振り返らずに答えた。振り返らずともその声の主が誰か、なんてすぐにわかったからだ。それにしても、やはりぼくのあとをつけてきたのではないか、と思うくらい良すぎるタイミングでの登場だ。

「うーん、そっかあ。残念だなあ」

 何が残念なのかは知らないが、その声からは残念さの欠片も感じられない。

 はあ、と一つため息をついて振り返ると、その声の主――死にたがりやの男はにっこりと笑っていた。

「今日もごくろーさま。人生をまっとうしてるねえ。うらやましいよ」

「その手には乗らないよ。君はどこまでも死にたがりやなんだから、ぼくは君を殺せない」

「あはは、別にそういう意味で言ったんじゃないよ?」

 そう言って、彼は相変わらずウソくさい笑みを浮かべたので、何がホントウなのかわかったものじゃない。そう思って、また一つため息がこぼれる。

「あ」

「何?」

「知ってる? ため息をつくと、幸せが逃げるんだって」

「誰のせいだと思ってるんだい?」

「ボク、かな?」

「アタリ」

 にこり、男はまた笑う。今日も彼は通常運転、何でもお見通しらしい。

 彼と出逢い、ぼくの家に居候するようになって早一ヶ月。相変わらずぼくは人を殺し、彼は警察の職務をまっとうしていた。そして、相変わらず彼は死にたがりやであり、だからぼくは彼を殺さなかった。つまり、状況は一ヶ月前と何も変わっていない。

 ただ、時々わからなくなることがある。ぼくと彼は快楽殺人者と死にたがりやという可笑しな関係なのに、どうして一緒にいるのだろう、と。

 それと同時に、これからぼくたちはどうなるのだろう、と。今、彼はぼくに殺してほしいと言っているけれど、いつその気が変わってぼくを逮捕するとも限らないのだ。ぼくたちは意外と不安定な橋の上に立っている。

「ねえ、君は死ぬのがこわい?」

 そんなとき、ふと振られた質問ではっと我に返った。振り向けば、彼がこちらをじっと見ている。ぼくは前を向いて質問の答えを考えた。

「そうだな、死ぬのはこわくないと思うよ」

「どうして?」

「人間はいつかみんな死ぬものだからさ。死は自然な流れだよ」

 というか、生と死は同時に存在しない。生きている間は生のみが存在し、そこに死は存在しない。それなのに、死ぬことがこわいだなんて、どうして言えるだろうか。いや、例えばユーレイも存在するかどうかわからないのに、こわいと言う人は大勢いるのだから、一概にそうとは言えないかもしれないけれど。

「へえ、結構割り切ってるんだね」

「そうかな。まあ、しいて言うなら、死んだら人形を壊せなくなるから、死ぬのは嫌、かな」

「あはは、君らしいね」

 そう言って彼は微笑み、手を組んでんーっと背伸びをした。

「きっと君は死ぬまで人を殺し続けるんだろうなあ」

「ああ、そうだろうね」

「快楽殺人者の鑑だね」

 くるり、と振り返った仮にも警察の人間がそんなことを言っていいのだろうか(しかも満面の笑みで)と思ったが、素直に誉め言葉として受け取っておくことにしよう。

「じゃあ、もし人を殺せなくなったらどうする?」

 にやり、と今度は意地の悪い笑みを浮かべた彼から投げかけられた質問。だけど、そんなものは愚問だった。

「そのとき、ぼくは生きていない」

「え?」

 不意をつかれたのか、彼の顔から笑みが消えたので、ぼくは何となく優越感を覚え、先を続けた。

「言っただろう? ぼくの生きる意味は殺人だって。だから、人を殺せなくなったらこの世に存在する価値なんてない」

 そう、殺人はぼくの生きる意味だ。だから、もし彼に逮捕されてしまったら、ぼくは自ら死刑を望むだろう。まあ、今までやってきたことを考えれば、否応なく死刑だろうけど。

 すると、彼はくすくすと笑い出した。

「ふふっ。やっぱり君は面白いね」

 そうして、自分も死ぬのがこわくないのだと気付いた夜だった。



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