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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第一章 紅い月が叫ぶ夜に
8/58

08

 ぼくが何かを言うたびに、あの男は言う。

 君は面白いね、と。

 正確には、ぼくが彼の質問に答えると、だが。

「君は、死ぬのがこわくないの?」

 そう聞くと、一瞬間をおいてから、テレビに向けられていた彼の顔がくるりとこちらを向いた。その表情は、鳩が豆鉄砲を食ったようで、つまり、彼はとても驚いていた。ぼくから質問をするのはめったにないことだし、その表情すら演技なのかもしれないが、そこまで驚かれるなんて心外だ。

「そんなに驚かなくてもいいだろう?」

「あはは、ごめんごめん。君から質問してくるなんて珍しいからさ。君、他人に興味とかなさそうだし」

 いつものような笑みを浮かべ、彼は鋭いところをついてくる。確かにぼくは他人に興味などない。――いや、『なかった』。それなのに、こんな質問をするようになったのは、彼に、つまり他人に興味を持ったという証拠だ。ああ、他人なんてどうでもよかったはずなのに。

「質問の答えだけど」

「ああ」

「死ぬのは、こわくないよ」

 それは、予想通りの答えだった。逆に、そうでなければ今までの言動はウソだということになるし、何より、他人に殺されたいなどという『他殺願望者』にはならないだろう。

 ぼくが本当に聞きたかったのは、次の、つまりは今からする質問の答えだった。

「どうして?」

 きっとこの質問に対する答えは、どうしてこの男がそんなに死にたいのかという疑問を解く鍵になるはずだ。

 すると、彼はふ、と穏やかな笑みを浮かべた。

「待ってくれている人がいるから、かな」

「待ってくれている、人?」

「うん。その人が待っていてくれるから、ボクは死ぬのがこわくない」

「彼女とか?」

「まあそんなところかな」

 初めて見るやさしい笑顔。それだけで、その人が彼にとってどれだけ大切だったのかが理解できた。もしかして、彼はその人を追うために死にたいのだろうか。だったら、いつぞや同僚の彼が言っていたように、勝手に死ねばいいのに。

 なのに、どうしてこの男は『他殺願望』なんだ――?

「ボクはね、死ぬのなんかこわくないよ。むしろ、生きていることのほうが、こわい」

「……どうして?」

「生きている実感がないから」

 にこり、彼はキレイに笑って見せた。それが得意の作り笑いだとしても、そんなの、笑って言うことじゃないだろう?

「君は人を殺すのが楽しくて、そのときに生きてるって実感できるって言ったよね?」

「ああ」

「それに、君は殺人が生きる意味だとも言った」

「ああ」

「でも、ボクには生きていて楽しいと思えることがないんだ。生きている実感もないし、意味もわからない。ボクはただ〝存在している〟だけなんだ。だから、生きていることはこわい」

 物憂げな表情で語られたこれらは、彼の本音なのだろうか。すべてがウソくさくて、どれが本物なのかわからなくなってくる。

「だから、早く殺してほしいって?」

「そういうこと」

「じゃあ、やっぱりぼくは君を殺せない」

「でも」

 一息おいて、彼は先を続ける。

「最近、君といるときは楽しいんだ。これが生きてるってことなのかな?」

「へえ、よかったじゃないか」

 まさかこの死にたがりやの口からそんな言葉が出てくるとは思ってもみなかった。

 そして、次に彼の口から出た言葉も予想外のものだった。

「これで君はボクを殺してくれるよね?」

 ――ああ、そういうことか。どうやらぼくはこの男のタナトスを見くびっていたようだ。ぼくが思っていた以上に、この男の死への執着は計り知れない。

「さっきのは、ウソ?」

「ホントだよ」

 そう言って、にこりと微笑むこの男の本心を知ることは、きっと神でも難しいのではないだろうか。下手な演技で周りを欺き、自分の心は頑なに隠している。

「君は、生きたい人間なら殺してくれるんだろう?」

 そう、ぼくは死にたがりやは殺さない。だけど、そうではないのなら、殺す。

 だったら、躊躇う必要なんてどこにもない。――はずなのに。

「さあ、ぼくの気分次第かな」

「ええー?」

 まったく、ぼくもどうかしている。不満げな声を上げたこの男と一緒にいるときは少し面白いと感じ、そして、この男を殺すのが少し惜しいと思っている、なんてね。



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