06
「君はどうして人を殺すときにナイフを使うの?」
ああ、もうこのパターンには慣れてきた。それと同時に、彼のぼくに対する質問は尽きないものだと感心する。
まあ、まだ出逢って一ヶ月も経っていないのだから、知らないことがあるのは当然なのだが、ぼくたちは別に友人でもなければ仲間でもない。快楽殺人者と最年少警視という何ともおかしな組み合わせだ。しかも、彼はぼくに殺されたいという『他殺願望者』でもある。これだけを聞かされた人間は、さぞかし意味がわからないことだろう。
彼がぼくのことを知って何の意味があるのかはわからないが、そんなことは考えるだけムダだ。聞かれてしまっては答えるしかないのだから。ぼくは彼と仲良くなるつもりなんてないし、彼を殺すつもりもないが、返答を頑なに拒む理由もない。
短い時間で色々考えていたが、とにかく今は彼の質問に答えることが先決だ。
「そうだね、感覚があるから、かな」
「感覚?」
こて、と首をかしげ、言葉を反復する彼。相変わらず一つ一つの仕草が演技がかっている。
「そう。ナイフは人形に触れるから、人を殺しているっていう感覚があるだろう?」
「拳銃は使わないの?」
「拳銃はダメだよ。人形に直接触れないうえに、すぐ死んでしまうから面白くない」
「ふふっ。そういう君はやっぱり面白いね」
「そうかな?」
「そうだよ」
彼はよくぼくのことを面白いと言うが、自分では何が面白いのかよくわからない。
「でも、君に殺される人間はさぞかし苦しんで死ぬんだろうね」
「苦しんでもらわなきゃ意味がないよ」
「じゃあ、ボクも苦しむフリをしようか?」
にこり、彼は機械的に作り笑いを浮かべる。
それに対してぼくは、彼も懲りないものだな、とそのあきらめの悪さに半ば感心し、死にたがりやは殺さないと言っているのに、なんて愚かで滑稽なんだ、と半ば蔑みながら、それをカオには出さないようにして笑ってみせた。
「残念。君は演技が下手だから、それはムリだね」
「あ、バレた?」
何ともウソくさい、滑稽な演技だ。彼の演技の下手さは、最初に逢ったときの笑顔からすでにばれている。
「人を殺す、って、どんな感じ?」
今度は、ぽつりとつぶやくような質問だった。しかし、そんなの愚問だ。
「とても面白いよ」
「人を殺すのって、楽しい?」
「ああ、この世で一番楽しいよ。ぼくが生きているって実感できるからね」
「生きている実感?」
そう、ぼくがナイフを使って人を殺すのは、人を刺し、腹を切り裂き、内臓を抉るときの感触がダイレクトに伝わってくるからだ。そして、そうすることで、ぼくは今、人を殺している、ぼくは今、生きているんだという実感が得られる。
「殺人は、ぼくの生きる意味だ」
これは、誰にも譲ることのできない、ぼくの絶対の真理だ。
「……罪悪感とか、ないの?」
彼にしては珍しい、真剣な眼差しがこちらに向けられた。――これも、演技なのだろうか。
だが、やはりこれも愚問だった。
「ないね」
「どうして?」
「だって、人間はみんなぼくの人形だ。自分で自分の人形を壊して何が悪い?」
ぼくは嘲笑うようにしてそう言い放ってやった。他人にどう思われようと関係ない。他人の判断は、その人の価値基準に基づいているのだから。ぼくと他人は違う。ぼくはぼくの価値基準で判断を下す。
すると、彼はくすりと笑みをこぼした。
「やっぱり、君は面白いね。それでこそ快楽殺人者だよ」
その笑みはどこか楽しそうで、どこか苦々しげで、どこか、哀しそうだった。
しかし、それはぼくの価値基準で判断しているから、彼が本当にそんな感情を伴って笑っていたのかはわからない。でも、ぼくにはそう見えたのだ。
「――生きている、実感かあ……」
彼が最後に小さくそうつぶやいたのを、ぼくは聞き逃さなかった。