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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第一章 紅い月が叫ぶ夜に
6/58

06

「君はどうして人を殺すときにナイフを使うの?」

 ああ、もうこのパターンには慣れてきた。それと同時に、彼のぼくに対する質問は尽きないものだと感心する。

 まあ、まだ出逢って一ヶ月も経っていないのだから、知らないことがあるのは当然なのだが、ぼくたちは別に友人でもなければ仲間でもない。快楽殺人者と最年少警視という何ともおかしな組み合わせだ。しかも、彼はぼくに殺されたいという『他殺願望者』でもある。これだけを聞かされた人間は、さぞかし意味がわからないことだろう。

 彼がぼくのことを知って何の意味があるのかはわからないが、そんなことは考えるだけムダだ。聞かれてしまっては答えるしかないのだから。ぼくは彼と仲良くなるつもりなんてないし、彼を殺すつもりもないが、返答を頑なに拒む理由もない。

 短い時間で色々考えていたが、とにかく今は彼の質問に答えることが先決だ。

「そうだね、感覚があるから、かな」

「感覚?」

 こて、と首をかしげ、言葉を反復する彼。相変わらず一つ一つの仕草が演技がかっている。

「そう。ナイフは人形に触れるから、人を殺しているっていう感覚があるだろう?」

「拳銃は使わないの?」

「拳銃はダメだよ。人形に直接触れないうえに、すぐ死んでしまうから面白くない」

「ふふっ。そういう君はやっぱり面白いね」

「そうかな?」

「そうだよ」

 彼はよくぼくのことを面白いと言うが、自分では何が面白いのかよくわからない。

「でも、君に殺される人間はさぞかし苦しんで死ぬんだろうね」

「苦しんでもらわなきゃ意味がないよ」

「じゃあ、ボクも苦しむフリをしようか?」

 にこり、彼は機械的に作り笑いを浮かべる。

 それに対してぼくは、彼も懲りないものだな、とそのあきらめの悪さに半ば感心し、死にたがりやは殺さないと言っているのに、なんて愚かで滑稽なんだ、と半ば蔑みながら、それをカオには出さないようにして笑ってみせた。

「残念。君は演技が下手だから、それはムリだね」

「あ、バレた?」

 何ともウソくさい、滑稽な演技だ。彼の演技の下手さは、最初に逢ったときの笑顔からすでにばれている。

「人を殺す、って、どんな感じ?」

 今度は、ぽつりとつぶやくような質問だった。しかし、そんなの愚問だ。

「とても面白いよ」

「人を殺すのって、楽しい?」

「ああ、この世で一番楽しいよ。ぼくが生きているって実感できるからね」

「生きている実感?」

 そう、ぼくがナイフを使って人を殺すのは、人を刺し、腹を切り裂き、内臓ナカを抉るときの感触がダイレクトに伝わってくるからだ。そして、そうすることで、ぼくは今、人を殺している、ぼくは今、生きているんだという実感が得られる。

「殺人は、ぼくの生きる意味だ」

 これは、誰にも譲ることのできない、ぼくの絶対の真理だ。

「……罪悪感とか、ないの?」

 彼にしては珍しい、真剣な眼差しがこちらに向けられた。――これも、演技なのだろうか。

 だが、やはりこれも愚問だった。

「ないね」

「どうして?」

「だって、人間はみんなぼくの人形だ。自分で自分の人形を壊して何が悪い?」

 ぼくは嘲笑うようにしてそう言い放ってやった。他人にどう思われようと関係ない。他人の判断は、その人の価値基準に基づいているのだから。ぼくと他人は違う。ぼくはぼくの価値基準で判断を下す。

 すると、彼はくすりと笑みをこぼした。

「やっぱり、君は面白いね。それでこそ快楽殺人者だよ」

 その笑みはどこか楽しそうで、どこか苦々しげで、どこか、哀しそうだった。

 しかし、それはぼくの価値基準で判断しているから、彼が本当にそんな感情を伴って笑っていたのかはわからない。でも、ぼくにはそう見えたのだ。

「――生きている、実感かあ……」

 彼が最後に小さくそうつぶやいたのを、ぼくは聞き逃さなかった。



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