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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第四章 白い月が還る夜に
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12

「どうだい? これが真実だよ。なかなか残酷だろう?」


 長い長い話をしている間、彼は終始驚きを隠せないというようなカオをして、それを聞き終わった今では頭を抱えこんでしまった。こんなに感情をあらわにする彼は、もうこの先見られないのではないだろうか。

 しばらくの沈黙のあと、彼はゆるゆると顔を上げた。その顔は蒼白く――ぼくが見ている限り、死神も顔色や血色は人間と全然変わらないようだ――、一気にやつれたような感じがする。


「それは、本当に『彼女』なの?」

「何を今さら。ぼくは君と違って、ウソはつかない主義だって何度も言っているだろう?」

「でも……」

「いつだったか、君が落とした写真を拾ったことがあっただろう? その写真に写っていたのは、間違いなく『彼女』だったよ」

「そ、んな……」


 力が抜けたようにがくりとうなだれる彼を見て、くつくつと笑みがこぼれる。

 それに気付いたのか、彼は不機嫌そうな視線をよこした。


「……何がおかしいの?」

「だってそうだろう? 君の『刑事のカン』は正しかった。ぼくが彼女を殺した犯人なんだからね」

「だから、何?」

「それなのに、君はちっとも嬉しそうじゃない。それどころか、ぼくの過去を聞いてショックを受けている」

「確かに、刑事のカンが当たったことは嬉しいよ。だけど、その内容は喜ぶべきことじゃないし、むしろ憎むべきことだ」


 はっきりとした憎悪に満ちた瞳が、キッとこちらに向けられる。ああ、やっぱり彼はぼくを恨んでいたのだ。まあ、そうなって当然のことをしたのだから、仕方ないけれど。

 でも、いつかの余命三ヶ月の彼女のときもそうだったけれど、ぼくだって殺したくて殺したわけじゃないんだ。快楽殺人者、なのにね。そう思って、自嘲にも似た笑みが――いや、これは完全に自嘲だ――こぼれる。


「滑稽だね。君も、ぼくも。ぼくたちは同じ人間をすきになり、失った。それは、君にとっては生きる意味だった」

「うん」

「結局、めぐりめぐって君を死にたがりやにしたのは、ぼくだったんだ」

「……うん、そうだね」


 何てくだらない。ぼくは、自分で自分の首を絞めていたのだ。ああ、本当に運命とは、時に素晴らしく、時に皮肉で、そして、常に残酷だ。

 その後、またしても訪れた沈黙を破ったのは、やはり彼だった。


「じゃあ、君とはここでお別れだね」


 ぽつりと小さめの声がこぼれる。どういう意味か尋ねようとするより先に、彼の口元がニィ、と不吉に歪んだ。


「だって、ボクが君を殺すから」


(――ボクが君を殺す)


 人間だったときの彼と過ごした最後の夜がよみがえる。これは、あのときと同じような感覚だ。

 しかし、あの日と違うのは、彼がすぐに拳銃の引き金を引かなかったこと。いや、それ以前に今の彼は銃なんて持っていないはずだし、持っていたとしても、それでぼくを殺せるのか疑問だ。

 彼は死神だから、有り得なくはない。だけど、


「寿命は変えられないんじゃなかったっけ?」

「そう、それは絶対の掟だ。でも、君には何故かボクが視えている。ってことは、もしかしたら死期が近いのかもしれないでしょ?」


 確かにそれはぼくも考えたことがある。やっぱり彼はぼくの死期を知っていて、ぼくが死ぬ前にすべてを語らせようとしていたのかもしれない。もしそうだとしたら、結局ぼくは彼の掌で踊らされていたことになる。ただ、すべてを見透かしたような彼にも、ぼくと彼女の関係は予想外のことだったのだろうけど。

 だけど、ぼくもあきらめが悪い人間なんだ。


「仮にそうだとして、どうやってぼくを殺すんだい? 君は他人にはやさしい『死んだ』人間を迎えにいく死神なんだろう?」

「ふふっ、ボクが君にやさしくしたことなんてある?」

「へえ、ないっていう自覚はあったんだ」


 ぼくが嫌味を吐いても、彼はにこりといつもの作り笑いを浮かべるだけたっだ。まったく、開き直った上にいつもの調子を取り戻してしまうなんて厄介だ。

 そんなことを考えていると、彼はごそごそとポケットをさぐり、あるモノを取り出した。――ああ、やはりこれは「あの日」のくり返しだ。


「知ってる? これから『死ぬ』人間を迎えにいく、君みたいな死神はね、『コレ』を使って死ぬ瞬間に人を殺すんだ」


 この異常な状況で穏やかに語った彼の手にしっかりと握られていたのは、この暗闇の色によく似た黒い拳銃、だった。


「最近の死神はずいぶんと現代的なんだね」

「これが一番効率がいいから、らしいよ。君は嫌いなんだろうけど」

「嫌いじゃなくて、苦手なだけ、だよ」

「ああ、そうだったっけ」


 出逢ってから何度も見てきた作り笑いは、やっぱり吐き気がするほどキレイで、ぞっとするほど感情というものがこもっていなかった。


「突然命を奪われる恐怖を、君も味わうといい。いや、君のように言うのなら、君の人生はここまでだったってことだね」

「ああ、そうみたいだね」

「じゃあ、早速だけど」


 ぼくに復讐できて嬉しいはずなのに、彼は何故か少し哀しそうに眉を下げて笑っていた。それも、演技なのだろうか?

 そして、その指がゆっくりと引き金にかかる。


「――サヨウナラ」


 頭の中で記憶がちらつく。どこかで見たこのあるようなその表情に吸いこまれ、ぼくは何をする気にもなれなかった。

 自分で自分を殺せなかったのは不本意だけど、彼に殺されるのなら――悪くないかもしれない。




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