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紅い月が叫ぶ夜に  作者: 久遠夏目
第四章 白い月が還る夜に
52/58

08

 それから、ぼくには数ヶ月に一回のペースで仕事が入ってきた。初めのほうはいつも彼が一緒に来ていたが、どうやら犯罪組織のボスとは違う顔もあって忙しいらしく、今回から一番昔から組織にいるという人物がサポートしてくれることになっていた。

 どんな人が来るのだろうと思っていたけれど、現れたのは、ぼくの予想を完全に裏切る人物――キレイな茶髪に、蒼い右眼を持つ少年だった。しかも、年齢はぼくのたった四つ上だという。しかし、ぼくと同じようなことを六才から教えられて実践してきたというだけあって、とても冷静で正確なサポートをしてくれた。子供だけなので、甘く見られたこともあったし、逆にナメられたと感じて暴れ出すターゲットもいたが、それはそれでそういうパターンの訓練にもなった。

 仕事のとき、彼は本当に「サポート」でしかなく、手を下すのはいつもぼくだった。だから、ぼくは存分に快楽を味わうことができたのだ。

 そうするうちに季節はめぐり、ぼくは中学生になった。


「ね、どう? 似合う? このセーラー服!」


 くるり、朝一番にぼくの部屋に来た彼女がその場で回る。ぼくが中学生になったということは、この施設で唯一同い年である彼女もそうなったということだ。


「別に、普通」

「ええー? せっかく一番に見せにきたのに!」

「どうせこれから三年間、嫌でも見るんだからいいじゃないか」

「嫌でもって何!? 酷くない? ううー……」


 不満そうに口をトガラセル彼女をちらりと見て、ぼくはため息を一つこぼす。


「似合ってるよ、それなりに」


 すると、彼女はばっと勢いよく顔を上げ、しかしおずおずと口を開いた。


「……ホントに?」

「ぼく、ウソはつかない主義なんだ」


 しれっとそう言い放ったぼくをじっと見つめたかと思うと、彼女はにぱっと嬉しそうに微笑んだ。


「ふふっ、ありがと。あなたも学ラン似合ってるよ?」

「それはどうも」


 そうして始まった平凡な中学生活と、それとは正反対の刺激的な仕事。どちらが楽しいかなんて、言うまでもなかった。

 また、そのころから身体の成長が著しくなってきたぼくは、月に一度のペースにまでなっていた仕事だけでは飽き足らず、中学一年の終わりごろ、ついに一人で、自分の快楽のためだけに人を殺すことに決めた。

 ターゲットは内気そうな女ノコ。歳は同じくらいだろうか。仕事でのターゲットはだいたい男の人だったので、今度は女の人を殺してみたくなった、という単純な理由からだった。そのコに声をかけたとき、施設には彼女も含めた女ノコが何人もいたため苦手ではなかったが、今思えばかなり稚拙なナンパのようだった気がする。

 しかし、どうにか人気のないところに連れていってターゲットを壁側に立たせると、素早くその口を自身の手で塞いだ。そして、わけがわからないというようなカオでこちらを見つめるターゲットに向かって、にこりと笑ってみせた。空いているほうの手にナイフを握り、それをターゲットの目の前に差し出しながら。

 刹那、その顔からさあっと血の気が引き、大きな恐怖で染まる。くぐもった声と空いていた両手で必死に抵抗するが、そんなのはムダだ。ぼくは手始めに腹部にナイフを突き刺すと、一気にそれを引き抜いた。飛び散る緋色の鮮血が、ぼくの全神経を刺激する。恐怖から痛みに変わったターゲットの歪むカオが、ぼくを興奮させる。

 自力で立っていられなくなったのか、その場にうずくまるターゲットの腕を掴んでをもう一度立たせ、壁に押さえつける。やめて、と声にならない声が聞こえた気がしたが、口が動いただけで本当にそう言ったのかは定かではない。

 それに、そんなことを懇願されても、ぼくはやめるつもりなどなかった。ぼくはニィ、と笑みを浮かべると、またターゲットにナイフを突き刺したのだった。それはもう、何度も、何度も。

 そして、ぐったりとしてもう動かなくなると、最後の仕上げとして臓器の一部と思われるものを抉り出し、踏み潰してやった。そのときのぼくは、充実感で満ちていた。

 ほおについた血を拭いながらケータイを取り出し、そこにたった一つだけ登録されていた番号に電話をかける。


「もしもし」

『――ああ、君か。久しぶりだね』


 受話器の向こうから聞こえたのは、いつもと変わらぬ穏やかな声。ぼくを完全に覚醒させた――いや、考えようによっては「救済した」かもしれない――とある犯罪組織のボス、だった。


『君から電話をかけてきたということは、ついに自分から人を殺したようだね』

「ああ、そうだよ」


 このケータイは彼から渡されていたもので、ぼくが仕事以外で人を殺したら連絡をくれと言われていたのだ。


「で? ぼくはこれからどうすればいいの?」

『これから送るメールに書いてある番号に電話してくれるかな? その電話に出る人物は、我が組織の死体処理班の責任者だ。私から話はしてあるから、場所を伝えればあとは彼がどうにかしてくれるよ。そうしたら、君はそのまま帰ればいい。ああ、もし着替えが必要なら用意するが?』

「いや、いい」

『そうか。さすがだね』

「じゃあ、よろしく」

『ああ。そうだ、最後に一つ』

「何?」


 そう尋ねると、彼は一呼吸置いてから、やはりどこまでも穏やかな声でこう言った。


『おめでとう。これで君は晴れて立派な――ホンモノの、快楽殺人者だ』


 にこり、電話だから見えるわけがないのに、彼がそんなふうに笑っているのが鮮明に想像できた。その言葉は皮肉か、それとも。


「ああ、最高の誉め言葉をありがとう」


 ぼくはそう言って、電話を切った。それから、彼に教えてもらった番号に連絡し、その場をあとにする。多少不安はあったけれど、その後、何日経ってもぼくが殺した女ノコについてのニュースは流れなかったので、どうやらちゃんと処理をしてくれたようだ。


 その日から、ぼくは仕事以外でも人を殺し始めた。というか、その日を境に仕事はほとんど来なくなったのだけれど。それはきっとすきにしろ、ということなのだろう。

 だから、ぼくは本能のおもむくままに快楽に浸った。殺すのは、今までの仕事の反動で女の人ばかりだったけれど、そのほうが「人形」という感じがしていいと思う。ああ、そういえばぼくが人間のことを「人形」と呼ぶようになったのは、このころからだった。


 それから数ヶ月が過ぎたあの日も、ぼくは一体の人形を壊し、死体処理班に電話をかけ終えたところだった。帰ろうとしてきびすを返すと、誰もいないはずの路地の入り口に、人影が見えた。

 ――見られた。

 そう思い、ポケットにしまったナイフを握りながらその人物に近づこうとしたとき、雲に隠れていた月が顔を出し、その光が人影を照らした。そして、そこにいたのは、


「あ……」


 手で口をおおい、蒼白い顔でカタカタと震えている『彼女』だった。




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